第531話「万夜の宴の終演」
夜、宴が始まった。
腹の底へ響くような鼓の打音が響き渡り、幕が上がる。
舞台には七人の管理者。
彼女らは白と朱の衣を纏い、手に鈴を持ち、しゃらりと鳴らす。
笙、篳篥が奏でられ、和琴と笏拍子が鳴り響く。
篝火があがり、闇の舞台を光が貫く。
ウェイドたちは声を揃え、長く滑らかな音を発する。
それに合わせて舞台に新たな影が現れる。
剣を持つ少女。
勾玉を下げる少女。
鏡を携える少女。
管理者たちが白い袖を揺らして広がり、現れた指揮官たちを取り囲む。
称える声と共に、踊りが展開された。
静かに音の流れる舞台で、鈴が泣く。
剣が煌めき、玉が擦れ、鏡が光を広げる。
今までのミニライブとは、ガラリと雰囲気を変えた神楽。
その荘厳な空気は広い客席を包み込み、観客たちは思わず息を呑む。
〈スサノオ〉の夜空には、極小のドローン群によって精緻な立体映像が投影されている。
映し出されているのは、白粉と紅を塗り、淑やかに化粧を施した管理者たちだ。
普段とは違う、彼女たちの神秘的な表情に、観客たちは飲み込まれる。
「……」
踊りが始まる。
静かに。
ざわついていた観客たちも口を閉ざし、舞台を注視することに全神経を注いでいる。
楽団による息の合った、一分の狂いもない演奏が、舞いを彩る。
曲調は波のように移り変わり、時に激しく、時に穏やかに、千変万化の様相を見せる。
舞台上で踊るのは機械の少女たちだが、そこには魂があった。
それを見守る者たちもまた機械の体ではあるが、そこに感動があった。
徐々に激しく、大きくなる動き。
黒髪が、赤髪が、銀髪が揺れ、白衣と緋袴が翻る。
鈴が鳴り、力強く舞台を踏む音が上がる。
やがて音楽と舞踏は最高潮へと達する。
燃え上がる炎のように激しく、流れゆく水のように滑らかに、彼女たちは一心不乱に踊り続ける。
閉ざされた心を開くように、閉ざされた戸を開くように。
「――ッ!」
そして、唐突に終わる。
最後の鈴が高らかに鳴り、腕を伸ばしきった姿勢のまま、十人の少女たちは動きを止める。
長い静寂。
後に続いたのは、万雷の拍手と割れんばかりの喝采だった。
†
「よぅし、掴みは完璧だ! 〈菜の花会〉のMCさん、タイミング見て登場してくれ! 衣装班は捌けてきた管理者たちをすぐに着替えさせて。楽団も入れ替わり素早く!」
篠突く雨のような拍手を遠くに聞きながら、俺は慌ただしく走り出す。
各生産系バンドが協力して作り上げた大舞台の床下には、裏方が控える空間も作られている。
そこではイベント運営専門バンドの〈菜の花会〉や、各種演奏系バンドの皆さんが控えており、ハードなイベントスケジュールの遂行のため気合いを入れていた。
「MC入りました! 管理者戻ってきます!」
「次の衣装準備できてます! 美容師、スキンの調整よろしく!」
奈落を通じて降りてきた和装の管理者たちを、黄色いTシャツ姿のスタッフたちが迎え入れる。
MCが場を繋げている間に装いを変え、化粧を落とす。
それらの作業は多くのプレイヤーの協力によって迅速に行われ、瞬く間に管理者と指揮官たちはフリルの多用されたアイドルらしいカラフルな衣装へと変わった。
「舞台装置準備できました!」
「ライト点灯準備できてます!」
「MCに連絡して。もうすぐ管理者上がるよ!」
まるでサーキットのピット作業のようだ。
管理者たちの顔へ無数の手が伸び、パフを当てられ、眉が描かれる。
口紅も塗り直され、頬も白から薄桃色に変わった。
楚々とした和の印象から、一気に現代的な可愛らしさ溢れる表情になり、ウェイドたちは息つく暇もなく舞台へと舞い戻る。
それを見送りながら、スタッフたちもまた間髪入れず、次の準備へと取りかかる。
†
「皆様、今宵は〈万夜の宴〉は最終夜へお集まり頂き、誠にありがとうございます。各都市の中継ステージ、各種配信サイトでご視聴の皆々様も、この一時を共に過ごせることを嬉しく思います」
暗転した舞台に、一条のスポットライトが当てられる。
その下に立っているのは黒尽くめの男。
翁の面を着け、表情は定かでは無い。
流暢に舌を回し、舞台を囲む客席へと深くお辞儀を向ける。
「先んじて披露されたのは管理者七名、指揮官三名による神楽。今宵の宴のため、彼の星の海に浮かぶ大船、アマテラスより三名の指揮官様がお見えになりました。そう、今夜の饗宴は特別編。長きにわたる宴を締めくくるに相応しい、煌びやかな舞台となりました。今この一時だけは、御両眼を大きく開き、大いに笑い、大いに楽しみ、万夜を越える結実と致しましょう!」
仰々しい身振り手振りと共に、朗々と語られる。
その言葉を合図に、客席が勢いよく声を上げる。
翁は満足げに頷き、一歩前に出た。
「それでは、〈万夜の宴〉グランドフィナーレ第二曲、『アドミニストレーターズセプテット』。演奏はオーケストラバンド〈ミカヅキ音大激辛部〉です!」
舞台中央が開き、一回り小さな円形の台が現れる。
そこに立っているのは装いをガラリと変えた管理者たち。
インカム式のマイクを着けた彼女たちが、ぱっと目を開く。
軽やかなメロディーが広がり、それに合わせて色とりどりのライトが降り注ぐ。
高らかな声が発せられると、観客たちもリズムに合わせて身を揺らす。
先ほどの神楽とは打って変わって、ポップなミュージックがステージを彩った。
†
頭上から微かに聞こえる音楽は、膨大な量が殺到した応募の中から厳選に厳選が重ねられた珠玉の一曲だ。
それに合わせてアイが踊りを付け、演出が施された。
舞台の足元では演奏系バンドの皆さんが魂を込めた音を奏で、管理者たちがそれを歌と踊りを交えて昇華させる。
「T-1、準備できてるか?」
『ばっちりじゃ。といっても、妾が何もしなくても自動的に装いが整えられていくのじゃが』
ウェイドたちが踊っている間、T-1たち指揮官はしばしの休息だ。
様子を伺うと、次のステージ衣装に着替えた彼女たちは、楽しそうに笑みを浮かべていた。
初の舞台がこんなにも大きなスケールで少し心配していたが、流石は指揮官といったところか。
物怖じした様子はなく、むしろ余裕すら見せている。
「『アドミニストレーターズセプテット』が終わったら三人も舞台に上がって、そこで改めて挨拶だ」
『分かっておる。進行は全て把握しておるから、安心するのじゃ』
むしろ俺の方が緊張しているくらいで、T-1が苦笑して肩を竦める。
T-2とT-3も、こちらを見てしっかりと頷いた。
「言うだけ野暮だったかな。ともかく、頑張ってくれ」
『うむ。任せろ』
『皆様に溢れんばかりの愛をお見せしますよ』
『了承。豊富なデータを提供しましょう』
「……T-2はほどほどでいいからな」
ともかく、指揮官たちもやる気十分、準備も万端な様子でひとまず胸を撫で下ろす。
あまり心配はしていなかったが、プレイヤーたちにもT-1たちはすんなりと受け入れられているようだ。
まあ、“シスターズ”で前々から姿は見せていたし、向こうもある程度予見はしていたのだろう。
「っと、そろそろ集計が終わるな」
時刻を確認し、予定と照らし合わせる。
このすぐ後に控える管理者たち指揮官たちの挨拶の中で、〈万夜の宴〉を通して行われていた人気投票の結果発表も行われる。
グランドフィナーレライブが始まったことで多少伸びは鈍化しているものの、いまだに投票はされ続けており、本当に直前まで結果が分からない。
『ふむ。誰が一位になるのじゃ?』
「もうちょっとだ。――よし、投票受付終了だな」
運営からも厚い支援を受けているこのイベントは、投票の進捗もFPOの公式サイトやゲーム内のウィンドウから直接確認できる。
俺がそれを見ていると、脇からT-1も潜り込んできて覗きこんだ。
『ほほう? これは、なるほどのう』
「順当な結果か?」
『まあ、そうじゃな』
そう言って、T-1は頷く。
一応順位はついたが、七人とも僅差でほとんど横並びと言って過言ではないくらいだ。
この数字が現れただけでも、この企画を行った意味があると思える。
「T-1さんたち、そろそろ出番です!」
その時、スタッフから声が掛かる。
『うむ!』
T-1たちは駆け足で舞台の真下へと向かい、下がってくる昇降装置の上に乗る。
俺はゆっくりと上がっていくT-1たちを見送り、自分の仕事へ戻った。
†
『――それでは、最後にこのイベントを通して行われていた管理者人気投票の結果を我々指揮官から発表しましょう。皆様、多くの応援、本当にありがとうございました』
『報告。期間中、領域拡張プロトコルは平時の三倍の速度で進行しました。これにより〈アマツマラ深層洞窟・最下層〉の“黄将ゲイルヴォール”や〈剣魚の碧海〉の“千鱗のカンノン”、ボスエネミーの“繊弱のハユラ”が発見、討伐されました。更には海を越えた先に新たな未開拓領域も発見され、全体として多大な成果が確認されています』
緊張の面持ちで並ぶ管理者たちの背後で、T-3、T-2が前置きをする。
イベントは当初期待されたとおりに開拓活動の起爆剤となり、開催中に様々な発見と成果が挙げられた。
その結果は〈タカマガハラ〉としても無視できる規模ではなく、彼女たちによって〈万夜の宴〉の有効性は完全に裏打ちされた。
動員された調査開拓員の数は万におよび、領域の拡張だけでなく、設備や物資の充実や経済の活性化といった観点からも、目を見張る物がある。
特に、木材の供給量はイベント開始前と比較しておよそ500倍にまで跳ね上がっていた。
『それでは、人気投票の結果を発表しよう』
指揮官を代表し、T-1が前に出る。
彼女の言葉を待ち、管理者たちが息を呑む。
行く末を見届ける調査開拓員たちも、各々の思いを抱えて祈りを捧げる。
無数の視線が集まる中、T-1は堂々と背筋を伸ばして立つ。
そして、最後の結果を口にした。
_/_/_/_/_/
◇ななしの調査隊員
【速報】人気投票結果確定!
1位・ワダツミ
2位・ホムスビ
3位・キヨウ
4位・スサノオ
5位・ウェイド
6位・アマツマラ
7位・サカオ
◇ななしの調査隊員
おお!!
◇ななしの調査隊員
やっと出たかー
◇ななしの調査隊員
まあワダツミちゃんだよね
最終的にみんな海に出てたし
◇ななしの調査隊員
キヨウちゃん三位か。
よく食い込んだなぁ
◇ななしの調査隊員
木こりのおっさんのおかげだろ
◇ななしの調査隊員
あの人がキヨウちゃんのMVPだわ
◇ななしの調査隊員
サカオちゃんが最下位かぁ
◇ななしの調査隊員
つってもほとんど僅差だ
◇ななしの調査隊員
スサノオなんでこんな上なんだ
◇ななしの調査隊員
地下労働組の働きは全部スサノオに計上されるからな
◇ななしの調査隊員
ウェイドちゃあああああんん!!!!!
◇ななしの調査隊員
アマツマラが思ったよりぱっとしないな?
◇ななしの調査隊員
姉より勝る妹など
◇ななしの調査隊員
まじかー
サカオちゃん応援してたんだけどな・・・
◇ななしの調査隊員
お前の応援が足りなかったんじゃない
他のやつらの応援が少しだけ凄かっただけだ
◇ななしの調査隊員
第二回の宴はいつですか?
◇ななしの調査隊員
次は絶対勝たせたるけんね
◇ななしの調査隊員
首位奪還目指して次から本気出す
◇ななしの調査隊員
新大陸に新しい都市ができたらそこの管理者も参戦すんのか?
◇ななしの調査隊員
そんなん新入りちゃんが有利じゃん
◇ななしの調査隊員
まだ第二回も決まってねぇのに・・・
◇ななしの調査隊員
ワダツミーーーー!俺だー!!!!血痕してくれー!!!
◇ななしの調査隊員
血痕にはなれそうだな
◇ななしの調査隊員
今回の投票のシステムがワダツミに有利だったよね。やっぱりもっと公正な方法を考えた方が良かったと思う
◇ななしの調査隊員
サカオちゃんへの投票の9割は俺
◇ななしの調査隊員
嘘をつくんじゃねえよ
◇ななしの調査隊員
木こりのおっさん、生放送で咽び泣いてる
◇ななしの調査隊員
マジかよ
◇ななしの調査隊員
マジやんけ
◇ななしの調査隊員
うれし泣き?悲し泣き?
◇ななしの調査隊員
オンオン泣いてて分からんわ
◇ななしの調査隊員
このおっさんみたいな人が各地におるんやろな
◇ななしの調査隊員
それだけ情熱持って応援できるのも凄いよ・・・
◇ななしの調査隊員
仕事でライブ見れないんだけど、アーカイブ残る?
◇ななしの調査隊員
死ぬほど残るぞ
◇ななしの調査隊員
野次馬、風の便り、ショッキングテレホン、その他無数のバンドより配信されております
◇ななしの調査隊員
ライブの音楽も良かったぞー
◇ななしの調査隊員
普通に今までのミニライブも含めて円盤にしてほしいわ
◇ななしの調査隊員
は、ワダツミ一位まじ?うそやったぜ!
◇ななしの調査隊員
ホムちゃんも二位か
やっぱ黄将が強かったか?
◇ななしの調査隊員
黄将タイムアタックも流行ってたもんなあ
◇ななしの調査隊員
金属需要が高まったのもあるな。毎日鉱夫であふれかえってた。
◇ななしの調査隊員
ウェイドちゃんがぱっとしないなあ
◇ななしの調査隊員
1位と7位の票差、1.2倍もないのかこれ
◇ななしの調査隊員
まじで僅差なんだな
◇ななしの調査隊員
ある意味で俺たちの団結力がすごい
◇ななしの調査隊員
ばらけてるってよりも、各管理者がどれも人気なのか?
◇ななしの調査隊員
満遍なく票入れ続けてたヤツもいるからな。俺とか。
◇ななしの調査隊員
T-3ママにはどうやれば票を入れられますか?
◇ななしの調査隊員
“シスターズ”で愛のつく料理を買ってれば入ったんじゃない?
◇ななしの調査隊員
次は指揮官で投票させてほしいわ
◇ななしの調査隊員
俺はやっぱりT-3ちゃんですね。愛に包まれてぇ。
◇ななしの調査隊員
T-2ちゃんなんだよなぁ
◇ななしの調査隊員
T-1ちゃんがナンバーワン!
◇ななしの調査隊員
うおおおおおおお!!!!キヨウちゃああああん!!!
◇ななしの調査隊員
各都市の中継ステージもざわついてるな
◇ななしの調査隊員
悲喜交々だろう。泣いてるヤツも多い。
◇ななしの調査隊員
なんかステージ動き始めたぞ
◇ななしの調査隊員
屋根開いたんだが
◇ななしの調査隊員
!!?!?!??
◇ななしの調査隊員
うわああああ、なんか変形し始めてるんだが???
◇ななしの調査隊員
なんだこれ、アリーナ?
◇ななしの調査隊員
闘技場っぽいぞ
◇ななしの調査隊員
ええ、管理者ちゃんって戦えるんだっけ?
◇ななしの調査隊員
こっから真の管理者を決めるバトルが始まるんです?
◇ななしの調査隊員
おい、団長出てきたぞ
◇ななしの調査隊員
完全武装の団長出てきて草
◇ななしの調査隊員
あれ前線出る時用のガチ装備じゃない?
◇ななしの調査隊員
反対からおっさん出てきたぞ
◇ななしの調査隊員
もしかしてまた戦うのか
◇ななしの調査隊員
そういえばこのイベント、おっさんが主催だったな
◇ななしの調査隊員
あれ、なんか管理者ちゃんたちもステージの回りにのこってんな
◇ななしの調査隊員
何するんだ?
◇ななしの調査隊員
ライブとバトルがいっぺんに楽しめちまうんだ
◇ななしの調査隊員
混沌としてきて草
◇ななしの調査隊員
なんだこれ
◇ななしの調査隊員
賭博始まったぞ
◇ななしの調査隊員
おっさんに全賭けします
◇ななしの調査隊員
安パイ狙うなら団長なんだよなぁ
◇ななしの調査隊員
まじでこれライブの最中に戦うの?
◇ななしの調査隊員
宴はまだまだ続くってことなんだよなぁ
_/_/_/_/_/
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Tips
◇特大型可動式舞台“伏桶”
地上前衛拠点シード01-スサノオ、イベントスペース内に建築された木造の巨大な舞台。舞台中央には昇降装置が備えられており、舞台自体も回転することが可能。上部には多数の大型スポットライトが取り付けられており、高出力のスピーカーも各所に設置されている。内部には広い空間があり、裏方の人員が作業を行うことができるようになっている。
長く続く宴の終演。有終の美を飾るに相応しい大舞台。踊り歌うは可憐な乙女。やがて日が差し世を照らすまで。
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