第530話「幕引きの準備」

 長く続いた〈万夜の宴〉も終焉を迎えつつあった。

 各地では最後の追い込みを掛けるため、多くのプレイヤーが開拓活動に勤しんでおり、特に〈大鷲の騎士団〉の活躍は目覚ましい。

 数十人の機術師によって構築された巨大な氷造船艦、総勢二十六隻で形成された大規模な船団によって〈剣魚の碧海〉をローラー作戦の要領で開拓したのだ。

 その結果、長い間多くの攻略班が血眼になって探していた〈剣魚の碧海〉のボスエネミー“繊弱のハユラ”を発見、三時間にも渡る壮絶な長期戦の果てに討伐を果たした。

 その際に団長であるアストラや副団長のアイ、銀翼の団の面々が八面六臂の活躍を見せたのは言うまでもないだろう。

 更に、第六域のフィールドボスが討伐されたことにより、第七域の存在も示唆された。

 だが、激戦を繰り広げた騎士団にもその探索を行う余力はなく、遠方から撮影された不鮮明な島影だけが、掲示板や攻略wikiを通じて拡散されているのが現状だ。


「レッジ。ステージは順調に完成しそうだが、回りの設備がちょっと心許ないな。不足してる材料のリストだ」

「了解。これくらいならウチの倉庫にあったはずだから。すぐに持ってくる」


 そんな中、俺は〈スサノオ〉の一角にあるイベントスペースに立っていた。

 広い舞台のそこかしこで〈ダマスカス組合〉と〈プロメテウス工業〉、〈菜の花会〉の構成員たちが忙しそうに走り回っている。

 俺は紫煙を燻らせているクロウリからリストを受け取り、中身を確認して頷く。


「レッジさん、レティがひとっ走り行ってきましょうか?」

「助かるよ」


 資材運びを手伝っていたレティが、しもふりを伴ってやってくる。

 彼女なら俺よりも効率的にリストのアイテムを持ってきてくれることだろう。


「いよいよ最終日ですねぇ。間に合います?」

「間に合わせるんだよ。それが俺たちの仕事だからな」


 浮き足だったレティの言葉に、クロウリがニヒルな笑みで答える。

 〈万夜の宴〉の最終日、今日の夕方から始まるのは、イベントを締めくくる盛大な宴だ。

 管理者七人と、指揮官三人、十人の少女たちがこの大舞台で歌い踊る。

 そのため、彼女たちは今もアイの指導で最後の合わせを行っているはずだ。

 振り付けも衣装も音楽も、全てこの日のために多くのプレイヤーが協力を申し出てくれた。

 今も票は管理者それぞれに入り続け、激しい競争が続いている。

 人気投票の結果は、いまだ誰にも分からない。


「しっかし、随分と大きい舞台だね?」


 ラクトがやって来て、クロウリたちの作業の進捗を見る。

 〈スサノオ〉の広大なイベントスペースに建てられているのは、巨大な木造の舞台だった。

 八角形の櫓が組まれ、太い柱の上に広い屋根が載っている。

 更に注連縄が軒下に飾られ、舞台下には歌と踊りを彩る楽団が並ぶためのピットも設けられている。


「グランドフィナーレだからな。相応のものにしないとならんだろ」


 これまで中間成績の報告も兼ねて行われていたミニライブとは違う。

 正真正銘、最後のライブなのだから、その規模も大きな物になるし、演出も派手になる。


「客席の管理もしないといけないし、配信系バンドとの打ち合わせもする必要がある。トーカたちにも手伝って貰ってるけど、正直息つく暇がないな」

「まあ、どう考えても開拓者企画ユーザーイベントの規模じゃないですもんね」


 客席の不足を補うため、〈スサノオ〉以外の都市のイベントスペースも借りて、大画面での中継もセッティングしている。

 配信系バンドとも連携して、外部のサイトからも観覧が可能な体勢を整えた。

 やることは芋づる式に増えていき、正直猫の手でも借りたいところだった。


「にゃあ、なんだか呼ばれたような気がするよ!」

「ケット!?」


 そこへ、唐突に猫が現れた。

 図ったようなタイミングに驚いて振り返ると、黒い革の長靴を履いた猫型ライカンスロープの一団が勢揃いしている。


「BBCが30人も集まってるなんて、天変地異の前触れか?」

「にゃはは。ボクもびっくりしてるんだけどにゃあ」


 構成員の規模で言えば100人を越える〈黒長靴猫BBC〉だが、彼らが10人集まるだけでも相当珍しい。

 それが一堂に会しており、思わず瞠目してしまう。

 よくよく見てみれば、ケット・Cを含めBBCの面々は誰もがボロボロで疲れ切った様子だった。


「もしかして、一仕事終えた後か?」

「にゃあ。ちょっとボス退治にね」


 そう言ってケットは片目を閉じる。

 彼らがこれほどまで疲弊するボスなど、そういない。

 となれば自ずとその正体も察せられる。


「もう碧海のボスを倒したのか」

「騎士団だけに良い思いさせる訳にもいかないからにゃあ。いやぁ、強敵だったよ」


 どうやら、ケット・Cたちは騎士団が200人を越える規模で辛くも勝利した碧海のボスを、たったの30人で制したらしい。

 当然、騎士団の詳細な報告書を受けて入念に準備をした上でのことだろうが、それでも流石はBBCと賞賛せざるを得ない。


「そんなわけでボクらは暇になったからにゃあ。何か手伝う事があれば、猫の手くらいは貸して上げるよ」

「いいのか?」


 疲れているだろうし、休んでおきたいはずだ。

 そもそもBBCは集団行動をあまり好まないがために結成されたバンドだ。


「いいのいいの。その代わり、と言ってはニャンだけど……」


 当然、何かしら対価を求められる。

 俺が身構えると、ケット・Cは苦笑しつつ打ち明けた。


「新大陸攻略の時に協力してほしいんだにゃ」

「新大陸……?」


 それは、騎士団が“繊弱のハユラ”を討伐した果てに発見した新たな土地。

 まだ大陸か島かも不明だが、プレイヤーの間では専ら新大陸という名称で呼ばれている。


「あそこは前人未踏の地だし、シードが落とされるまでは補給もままならないにゃあ。だから、レッジが協力してくれれば、大きなアドバンテージになるにゃ」

「はぁ。まあ、それくらいなら……」


 ケット・Cには、ドリームチームとして協力してもらった恩もある。

 それくらいのことなら悩むことなく引き受けられる。

 俺が頷くと、ケット・Cたちは耳をピンと立てて喜んだ。


「センキュー! じゃ、約束したからね。みんな、バリバリ爪研いで、働くよー!」


 ケット・Cはヒゲを震わせ振り返る。

 背後に立っていた仲間たちに呼びかけ、会場設営の準備に加わってくれた。


「いいの? レッジ」

「何がだ?」


 後ろから背中を突かれ、振り返るとラクトが胡乱な眼を向けてきた。

 問いの真意が掴めず首を傾げていると、彼女は呆れた様子で華奢な肩を竦めた。


「安請け合いしちゃって。新大陸に行くためには、わたしたちも“繊弱のハユラ”を倒す必要があるんだよ?」

「それなら大丈夫だろ」


 俺がそう答えると、彼女はきょとんとする。


「ウチにはラクトもいるしな。心強い仲間がいるんだから、新ボスでも余裕だろ」

「そ、そう? ふーん。まあ、そうかも知れないけどね?」


 これだけは自信を持って答えられる。

 俺はともかく、ラクトやレティ、エイミー、トーカ、ミカゲ、そしてシフォン、〈白鹿庵〉には信頼できるメンバーが揃っているのだ。

 多少苦戦はしたとして、負ける気はしなかった。


「って、それもあるけど、それだけじゃないよ!」


 もにょもにょと何事か呟いていたラクトが、はっとして声を大きくする。

 驚いて振り返ると、彼女はずいと顔を近づけて口を開いた。


「新大陸の攻略はトップ勢の誰もが先んじようと争ってるんだよ。レッジの事を求めてるのはBBCだけじゃ――」


 ラクトの言葉を遮るように、TELの着信アラームが鳴り響く。

 慌てて対応すると、聞き覚えのある少女の声が響いた。


『レッジ! ワシらと一緒にハユラ退治に行こうじゃないか!』

『ついでに新大陸にもそのまま乗り込みましょう』

「メル!? ミオも。悪いが今それどころじゃなくてな……」


 掛けてきたのは〈七人の賢者セブンスセージ〉の面々だ。

 彼女たちもトッププレイヤーであるため、ハユラ討伐を急いでいるらしい。

 しかし今は俺もそれどころではない。

 頭を低くして断っていると、別の所からも着信が入る。


『レッジさん、百本勝負が終わった後なんですが、一緒にハユラ討伐しませんか?』

「アストラ!? 騎士団はもう討伐してるだろ!」

『もしもし、レッジさんですか? ラピスラズリです。今度、三術連合でハユラへ挑戦しようと思っているのですが――』

『た、タルトです。あれ、これ留守電ですかね? あの、今度〈神凪〉の皆とハユラ討伐に挑戦したいんですけど。ご一緒にどうですか』


 メルと通話を繋いでいる間にも、次々と着信が入る。

 録音されるメッセージはどれもハユラの討伐と、その後の新大陸開拓の誘いばかりだ。


「ほらね。言ったでしょ」


 慌てふためく俺を見て、ラクトが言う。

 まるで彼女はこのことを予見していたようだ。


「騎士団の報告書とBBCの攻略情報が公開されれば、他のバンドもそれに追随するようになるからね。ケットたち、レッジに話を付けてから情報をアップしたんだと思うよ」

「ど、どういうことだよ?」


 ラクトの言葉に目を白黒させる。

 なんとなく人手を求められているのは分かるが、今はそれどころではない。


「と、とりあえず! 落ち着いたら話そう」

『なあ!? そ、それでは遅いんだよ。ちょ――』


 メルとの通話を強引に切り、深呼吸を繰り返す。


「おうおう。人気者は辛いなぁ」


 そんな俺を、クロウリは面白そうに笑う。

 他人事だと思って、気楽なもんだ。

 彼だって船舶の需要が高まっているから、工房を全力稼働させているだろうに。


「――ともかく、今は〈万夜の宴〉を終わらせるのが先決だ」


 何とか冷静を取り戻し、優先順位を確定する。

 兎にも角にも、目の前にあることから片付けていかねばなるまい。


「レッジ! 勝手に通話を切ったね!」

「うわ、メル!? 近くに居たなら普通に来れば良かったじゃないか」


 そこへご立腹の様子のメルたちがやってくる。


「一刻を争う事態だったから急いでたんだよ。ていうかなんでケットがいるの!?」

「にゃはは。レッジはボクらが頂いたよ!」

「はああ!?」


 設営が進むイベントスペースが俄に騒がしくなる。

 ケット・Cの話を聞いたメルたちが、自分も手伝うと言って椅子を運び始めた。


「ケット、抜け駆けは許さないからね!」

「にゃあ? 何のことやら……」


 うん、まあ。

 楽しそうなら何よりだ。


「レッジさーん、資材持ってきましたよ。ってなんでBBCと〈七人の賢者〉の皆さんが!?」


 そこへレティもしもふりに荷物を詰め込んで戻ってくる。

 クロウリの部下がそれを受け取り、建設中の舞台を完成に近づけていく。


「レッジさん、やっぱりこちらでしたね」

「すみません。メッセージは送ったんですけど、やっぱり直接話した方がいいかと思って」

「レッジ、頼まれてたヤツ完成したから見てくれない?」

「中継位置の確認をしたいと言われたんですが――」

「レッジさん、ダンスの振り付けに修正したいところがありまして」


 更にはアストラたちやタルトたち、ネヴァやトーカやアイまでもが、四方八方から続々とやってくる。

 俺は混乱しながらもなんとかそれに対応していく。


「忙しそうだねぇ」

「そう言うなら手伝ってくれ……」


 クスクスと笑うラクトに懇願すると、彼女は仕方ないなぁと息を吐く。


「はいはい。〈万夜の宴〉の関係者はレッジの方へ。新大陸関連はわたしが対応するから。とりあえずこっちへ!」


 彼女が訪問者を捌いてくれるおかげで、随分とやりやすくなった。

 やはり、〈白鹿庵〉の仲間は皆、心強い。

 そんなことを改めて確信しながら、俺はうずたかく積み重なった業務を片っ端から片付けていった。


_/_/_/_/_/

Tips

◇留守番電話機能

 TEL機能を使用した際、通信相手が何らかの事情で応答できない場合、短時間の録音メッセージを残すことが可能です。録音メッセージは最大300件まで保存され、容量の上限に達した場合は古いものから順に消去され。発信者の名前のみが記録されます。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る