第529話「愛を知る人」

 計三日間に及ぶ、ホムスビ対T-3の弁当販売対決の日程が終了した。

 もともとはホムスビが行っていたホムスビ弁当の意義を測るための視察も兼ねた対決だったのだが、現在はその目的が有耶無耶となっていた。

 それでも一応は結果だけ纏めておこうということで、記録を纏めておいていたのだ。


『結局、わたしも色々メニューを増やしたっすからね。ホムスビ弁当も人気は揺らがなかったし、わたしが勝ちっすよ』

『私の愛のあるラインナップを見て、まだそんなことを言う余裕があるのですね。調査開拓員の愛を満たすために作り上げた料理の数々、これだけの差があれば、結果は明白でしょう』


 最後の営業地点として戻ってきた〈はじまりの草原〉の真ん中で結果発表と相成ったわけだが、両者とも自分の勝ちを確信して譲らない。


『主張。情報量という観点から比較すれば、私の“1,680万種の海鮮を詰め込んだデータ豊かな海鮮太巻き-情報超圧縮スペシャルバージョン-”が最も優れています』

『お主は少し黙っておれ』


 ずい、と前に出て巨大な巻き寿司を掲げるT-2を、T-1が冷静に引き寄せる。

 ちなみに“1,680万種の海鮮を詰め込んだデータ豊かな海鮮太巻き-情報超圧縮スペシャルバージョン-”の売り上げ数はゼロだった。


『正直、どちらでもいいですね』

『せやねえ。どっちも一緒に売ったし、あてらにはあんまり関係ないし』


 バチバチと火花を散らして睨み合うホムスビとT-3を、他の管理者たちは疲れた表情で眺めている。

 せっかくの移動販売ということで引っ張り出された彼女たちにとっては、二人の対決もあまり関係がなくなっていた。

 今は激務から解放された喜びの方が勝っているのだろう。


「レッジさん、これって特に勝者にご褒美があったりはしないんですよね」

「そのはずだが……」


 俺は視線をずらす。

 店の厨房で、T-2を抑えるついでに特製稲荷寿司-データ量控えめバージョン-を作らせているT-1と目が合った。


『な、なんじゃ? 妾のお稲荷さんは渡さぬぞ!』

「いや別にいらんが」


 データ量が多すぎて表面にノイズが走っている稲荷寿司など、健康に良い気がしない。

 間髪入れず否定する俺にむしろ驚きつつも、彼女は言いたいことを察したようだ。

 少し思案顔になり、ならばと口を開いた。


『勝者には今後も店を開ける権限でも与えればいいじゃろ。今回のようなフィールドを越えた移動販売は難しいじゃろうが……』


 そう言って、T-1は一度間をおく。


『ふむ、そうじゃな。各都市に店舗を置いて、それを運用すればよい。売り上げでリソースも補填できるし、一石二鳥じゃ』

「片方の鳥はT-1のじゃないか」

『べ、別に良いじゃろ!』


 ともかく、そのアイディアは管理者たちにも受け入れられた。

 各都市に店を置き、そこを運営する権限を報酬として与えられる。

 店の収益は店長の懐と、営業都市に入り、大きく目減りしている貯蓄リソースの補填に充てられる。


「管理者は店舗の営業を通して調査開拓員とのコミュニケーションが図れる。都市は収益を上げることでリソースを回復できる。調査開拓員は今後も管理者の料理を楽しめる。まさに三方よしってところですね」


 話を聞いていたトーカがそう総括し、全員が頷く。

 それならばそう悪い話でもないだろう。


『絶対に負けないっすよ! 店長の座はわたしが頂くっす!』

『どちらがより愛される店長となるか、楽しみですね』


 睨み合う二人の間にも熱が籠もる。

 全員の注目が集まる中、俺は売り上げを纏めたファイルを開いた。


「よし、じゃあ発表するぞ」


 管理者たちが緊張と期待の籠もった視線を向ける。


「頑張れー!」

「俺、このためにホムスビ弁当300個喰ったんだ!」

「T-3ちゃんのおかげで身長が伸びました!」


 店に残り、趨勢を見届けようとしていたプレイヤーたちからも応援の声が挙がる。

 大勢の期待を一身に受けて、ホムスビとT-3が胸を張る。


「三日間の総売上は53,671,300ビットだ」


 金額を読み上げると、聴衆にどよめきが広がる。

 俺も何度も確認したが、計算に狂いはない。

 “シスターズ”で販売した商品の平均価格は500ビットだから、数にしておよそ10万食を売り上げたことになる。

 管理者たち七人がかりでも対応がギリギリになるわけだ。


「うち、ホムスビ弁当およびホムスビ考案メニューの売り上げ合計は――」


 ホムスビ弁当はそれなりに単価が高く、数もよく出た。

 途中からメニューに追加された考案商品も受けが良く、沢山売れていた。


「25,135,650ビットだ」


 およそ2,500万ビット、露店の売り上げとは思えない、驚異的な数字だ。

 プレイヤーたちがその巨額に湧き上がる。


『そんな……』


 しかし、聴衆の反応とは対称的に、ホムスビは愕然として膝から崩れ落ちる。


『ふふふ。だから言ったでしょう。愛の大きい方が勝るのですよ』


 その隣ではT-3が得意げな顔でホムスビを見下ろしている。

 25,135,650ビットという数字は、一露店でたたき出せるようなものではない。

 しかし、総売上額53,671,300から差し引けば、残額は28,535,650ビット。

 過半数に及ばず、T-3に軍配が上がる。


「まあ待て、まだ続きがある」


 しかし、勝ち誇るT-3に俺が待ったを掛ける。

 首を傾げる彼女に対して、俺は結果発表を続けた。


「続いて、T-3考案のメニューの売上合計だが。――25,135,650ビットだ」

『は?』


 俺の発した数字に、T-3とホムスビの声が仲良く揃う。

 彼女たち二人の、それぞれの売上合計金額はどちらも同じ25,135,650ビット。

 その発表に、他の管理者たちも首を傾げる。


「レッジ、計算が合わないんじゃない? 残りの3,400,000ビットはどこいっちゃったの」

「計算速いな、ラクト」


 すかさず指摘してくるラクトに、俺は頷く。

 そうして、最後の合計金額を発表した。


「続いて、俺が考案したメニューの売上合計だが」

『なぁっ!?』

『まさか、“おじさんの懐かし料理”――!』


 二人もようやく気がついたらしい。

 こちらを真っ直ぐに見つめて声を漏らす。

 二人の料理はどれも工夫が凝らしてあって、手間も掛かっている。

 そのぶん味も良いが、価格も上がっている。

 駆け出しのプレイヤーには少々厳しい金額設定だったため、俺がメニューの隙間にねじ込んだ枠がある。

 それが価格を抑え内容をシンプルにした“おじさんの懐かし料理”シリーズだ。


「売上合計、3,400,000ビット。いやあ、切りの良い数字に収まったもんだ」


 価格は安いがその分数が捌けたようで、薄利多売の威力が発揮された。

 その結果、個々の単価は低いものの、合計すると340万ビットとなかなかの金額になったらしい。

 正直あまり意識していなかったから、俺自身集計の時に驚いてしまった。


「そんなわけで、ホムスビもT-3も仲良く25,135,650ビットだ。店長の件、どうする?」


 量より質のホムスビと、質より量のT-3。

 二人の料理と価格のバランスは、奇跡的に釣り合ってしまったらしい。

 T-3が一日目をメニュー開発に充てたぶんのリードも、それなりに響いている。

 面白い結果だが、二人からすれば面白くない事態だ。


『やっぱりわたしっすよ! ホムスビ弁当の総売上高ならもうちょっと上にいけるっす!』

『勝負期間外の金額を持ち出すのは卑怯でしょう。それよりも開拓者レッジの考案メニューは私の所に加算するべきでは?』

『そっちも大概卑怯っすよ!?』


 困惑する衆人をそっちのけにして、二人は店長の座を掛けて論戦にもつれ込む。

 その様子を、他の管理者たちは呆れた顔で見届けていた。


「レッジさんも面倒くさい事しましたよねぇ」

「止めてくれよ。これだけ売り上げたってことは、それだけ需要があったってことなんだからな」


 “おじさんの懐かし料理”シリーズがよく売れたということは、それだけ人気を博していたということだ。

 元々の対象であった駆け出しプレイヤーだけでなく、懐に余裕のあるプレイヤーも敢えてこちらを選んでくれたりもしたようだし。


「まあ、レッジさんの焼きそばとか普通に美味しかったしね」

「だろう? あれはシンプルに見えて結構拘っててな。まず、具材だが――」

「知ってるって! 隠し味に七味が一振りされてるし、麺は焦がすくらい良く焼いてるし!」


 シフォンに焼きそばのこだわりについて語ろうとすると、彼女は少しうんざりしたような顔で声を掻き消す。

 そんなに覚えられるほど言っただろうか……。


「そうですね。レティもなんだかんだ、メニュー50周くらいしましたし」


 お祭りの屋台料理みたいで美味しかったです、とレティが唇を舐める。

 周辺警備の合間や地下工事現場営業での暇な時によく食べているように見えたが、やっぱりかなりの量を食べていたらしい。


「売り上げの半分くらいはレティだったりしないよな」

「流石にそれはないはずですよ」


 けろりとした顔でレティは否定するが、俺以外にもラクトやエイミーたちまで訝しげな眼を向けている。

 彼女なら可能性を捨てきれないのが、怖いところだ。


「ああ、そうだ。ウェイド、利益の分配はそっちに任せてもいいか?」


 俺は近くでホムスビたちの激論を眺めていたウェイドに話しかける。

 総売上から原価を引けば粗方無くなってしまうとはいえ、それでも多少は纏まった額になる。

 “シスターズ”の営業で発生した収益は全て、管理者たちへ納めることになっていた。


『分かりました。では、ひとまず私が受け取って、後で各自に分配します』

「ああ。頼んだよ」


 利益額は単純に等分されるわけではなく、各自の貢献度というよく分からない指標に基づいて分配されるらしい。

 そのあたりの複雑な計算は面倒なので、ウェイドに全部投げることになっていた。


『売り上げ成績が五分ならば、やはり根本的な権限の上下で決めるのが筋でしょう。私は〈タカマガハラ〉の主幹人工知能ですよ?』

『それなら営業歴で見るのが妥当っす! 私はT-3が仮想人格を獲得する遙か以前からお弁当を売ってたっすからね!』


 そんな間にもホムスビたちの争いは加速している。

 それぞれを推薦するプレイヤーたちも無駄なノリの良さを発揮して、それぞれの背後から声援を送っているようだ。


「T-1さん、どうしますか?」

『こんな時だけ敬語になるでないわ』


 ここはいっちょ最高責任者に判断して貰おう、とT-1に話しかける。

 彼女は俺に珍妙なものを見るような目を向けた後、仕方なさそうに考え始めた。


『まず、T-3もホムスビも本来の業務があるじゃろ』

『ちゃんとできます!』

『管理業務には支障は出さないっす!』

『ほんとかのぅ?』


 なんだろう、この構図。

 捨て犬を拾ってきた子供と親って感じがするな。


『両者が拮抗しておるのは、売り上げを見ても明白じゃからなあ。それならいっそ、共同経営にしたらどうじゃ?』

『二人でお店を……』

『共同経営っすか?』


 T-1の一声に、二人は顔を見合わせる。

 どうやらその選択肢は端から浮かんでいなかったらしい。


『二人とも多忙の身じゃろ。それなら、負担を軽減する意味も兼ねて、協力すればよい。売り方なら経験豊富なホムスビに利があるじゃろうし、事務的なことならば権限的に融通の利くT-3の方が得意じゃろう』

「なるほどなぁ」


 淀みなくすらすらと利点を挙げるT-1に、思わず感心してしまう。

 考えてみれば、T-1の本業も部下に仕事を割り振っていくものなのだから、こういうのは得意なのだろう。

 しかし、シャベルを持って穴を掘っているよりも、随分と様になっている。


『双方、それで良いな?』

『まあ、T-1が言うなら……』

『私も異論はありません。お店を開き、そこで更に愛を広められるのなら。多少の寛容も愛ある者の務めでしょう』


 T-1の鮮やかな手腕によって、たちまち対立も収まってしまう。

 結果、新たに各都市に建てられる“シスターズ”の経営は、ホムスビとT-3の二人が行うことになったのだった。


『では、二人とも。妾がアドバイザーをしてやったのじゃから、品目にお稲荷さんをしっかりと乗せるのじゃぞ!』

「結局そこに行くのかよ……」


 当然じゃ、と胸を張るT-1。

 その隣ではどさくさに紛れて巻き寿司も追加しようとT-2が手を挙げている。

 流れ流れてメニューの策定に入るホムスビたちに、他の管理者たちも参加する。

 再び賑やかになる管理者たちの塊を見て、T-1は満足げに笑みを深めた。


『ふむ。これが愛というものかのぅ』

「なんだ、分かってきたじゃないか」


 バチバチとノイズの走る稲荷寿司を美味しそうに頬張りながら、T-1が言う。

 彼女の隣に座り、俺も一つ摘まむ。


「ミ゜ッ!?」

「レッジさん!?」


 薄れ行く意識の中、ひとまず俺は販売する商品の安全性だけはしっかりして貰うように決意した。


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Tips

◇データ増量版特製五千目ごはんの稲荷寿司

 5,000種の具材を混ぜた特製ごはんを、甘く味付けした油揚げに詰め込み、圧縮し、更に詰め込んだ、特製稲荷寿司。特殊な製法によって形状と大きさは通常の稲荷寿司と同等に保たれているが、内部には5,000倍の“情報”が詰め込まれている。

 口に入れた瞬間溢れる“情報”量に圧倒される。


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