第528話「白熊嵐舞」
時折、火口から放たれるゲイルヴォールのビームを眺めつつ、“シスターズ”の営業は順調に続けられた。
一部の商品以外は基本的に好評で、リピーターがつき始めた定番メニューも出てきた。
ウェイドたちは相変わらず忙しそうで、T-1も雪かきに精を出している。
俺も今回はフィールドでの出店であるため、持ち込まれる雪山の原生生物の解体に勤しんでいた。
「お疲れ様です、レッジさん」
「おう、レティとシフォンか。お疲れさん」
一心不乱にナイフを振るっていると、頭上から声を掛けられた。
頭を上げると、デカい白熊を背負ったレティと目が合った。
「それは?」
「“赫腕のケリフ”です。シフォンが狩りました」
彼女が背負っていたのは、体長がゆうに五メートルを超える大熊だ。
前の両足が血で染まったように赤く、右目が深い傷によって潰れている。
非常に凶暴なフロストベアで、〈雪熊の霊峰〉の頂点に君臨する王者のはずだったのだが……。
「シフォンが?」
「はい。レティは見てただけですね」
「えへへ」
それを、いまだ初心者装備すら更新していないシフォンが単独で撃破したらしい。
俺は何度かケリフとシフォンの間で視線を往復させ、その事実を飲み込もうと努力するが、どうしても彼女がこの化け物じみた熊に勝てるビジョンが浮かばなかった。
「シフォン、随分とレティたちに染められてきたな」
「そ、そうかな」
第四域のボスを単独で撃破するなど、それなりに装備を整えた戦闘職でもかなり難しい。
それをまだスキルも育っておらず、装備もないよりはマシ程度のもので挑む時点で、まずおかしいのだ。
出会った時は純朴そうな少女だと思っていたのに、気がつけばレティたちの規格外さにあてられてしまっている。
「ともかく、これを使って装備を作りたいんですよ。シフォンもそろそろ更新しないとキツいらしいので」
「そういうのってボスを倒す前に言うことなんじゃないか?」
レティの物言いに首を捻りつつも、俺はケリフの骸を受け取る。
これだけの大物は流石に珍しい。
少し気合いを入れて毛皮に刃を差し込み、ザクザクと解体していく。
「はいよ。肉と脂はこっちで貰っても良いか?」
「もちろん。そっちは煮るなり焼くなり好きにしてください。あと、他にもいくつか持ってきたので、それも頼めますか」
そう言って、レティは更に白無垢狐や氷結熊、青霧鳥といった雪山の原生生物を次々と並べていく。
「随分と沢山狩ったんだな」
「シフォンの防具に何が必要なのかも分からなかったので。とりあえず手当たり次第に狩ってきました」
まるでお使いにでも行ってきたような台詞だが、字が違う。
しもふりのコンテナが生臭くなっていなければ良いが……。
「よし、こんなところだな」
「ありがとうございます」
「ありがと、レッジさん」
レティにケリフの毛皮や骨といった防具の素材になるアイテムを渡す。
持ち込まれた時は山のようだったが、適切にバラして肉や脂、肝などの食材と分ければ、かなり嵩も減る。
これらを小屋の中にいるネヴァに渡せば、すぐに良い装備に加工してくれることだろう。
足取りも軽く、楽しげに肩を並べて室内へ入っていく二人を見送って、俺は曲がった腰を叩く。
「ふぅ。腰痛はないけど、癖は抜けないな」
『主様はジジ臭いのう』
「実際におっさんなんだから、仕方ないだろ」
クツクツと笑うT-1に唇を尖らせ、再びナイフを握りしめる。
まだまだ買い取った原生生物は残っているし、今後も続々と運び込まれてくるはずだ。
「レッジ、雪ん子三匹来るよー」
「おお……。アレは罪悪感が凄いんだけどな」
早速、ラクトが買い取り希望の客を連れてやってくる。
雪山の原生生物とはあまり相性の良くない彼女は、店の雑事を手伝ってくれていた。
「でも、アイテムは美味しいでしょ?」
「それはそうなんだけどな……」
買い取ったのは、通称を“雪ん子”と呼ばれる原生生物だ。
正式名称は“白玉鼠”という。
体長三十センチほどの小型で丸っこい体で、ふわふわで真っ白な毛が生えている。
密度が高く、細い体毛は空気をしっかりと捉え、寒い地域に適応しているようだ。
体が小さく、雪に溶け込む保護色で、すばしっこい動きの原生生物だが、それよりもその愛らしさが多くの調査開拓員を苦しめていた。
〈調教〉スキルでペットにするプレイヤーも多いくらいに人気で、庇護欲の誘うビジュアルのため、それを攻撃することを躊躇う人が多い。
ちなみに性格は滅茶苦茶に凶暴で、油断している調査開拓員に突然噛み付いてくる。
可愛らしい外見からは想像できないほど、大きく真っ赤な口に鋭い牙が並んだ凶悪な捕食形態を持っており、トラウマを刻みつけられた者も多い。
「お、出たぞ。“白雪の八角結晶”」
そんな白玉鼠を高評価で解体成功することで得られるレアドロップアイテムがある。
“白雪の八角結晶”という、雪の結晶を五センチ程度まで巨大化させたようなそれは、寒冷地での武器や防具の性能を上昇させ、水属性系の攻撃を減衰させるという、破格の能力を宿していた。
「うわ、マジで出ることあるんだ!? ……おじさん、それ買い取らせて貰えませんか?」
白玉鼠を持ち込んだプレイヤーも、まさか“白雪の八角結晶”が出るとは思わなかったらしい。
目を丸くして驚き、こちらに伺いを立ててくる。
「白玉鼠の他のアイテムをタダでくれるなら構わないよ」
「いいの!? マジか、やった。それでお願いします!」
白玉鼠の通常買い取り金額は2,000ビット。
結果的には、俺は2,000ビットで“白雪の八角結晶”を売ったような形になる。
アイテムを懐に入れ、飛び跳ねるような足取りで小屋へ戻っていくプレイヤーを見て、俺は苦笑する。
「レッジ、ほんとに良かったの?」
客が去ったあと、ラクトがそっと耳打ちしてくる。
“白雪の八角結晶”は、正直2,000ビットではきかないくらい高額で取引される希少なアイテムだ。
それをみすみす手放してしまうというのは、普通に考えれば損だろう。
「いいんだよ。俺が欲しいのは“白玉鼠の腿肉”だからな」
ヤツの可食部はかなり小さいが、その代わりとても旨味が詰まっている。
軽く塩を振って炙るだけでも頬が落ちるような美味しさで、ついでに寒冷地での行動補正が大きく掛かるのだ。
俺があの結晶を持っていても無用の長物だし、お互いに納得できる取引ができたのなら万々歳だ。
「そっか。まあ、レッジが納得してるならいいや」
問い掛けてきたラクトも、さほど深く追及することはなかった。
すんなりと引き下がり、仕方なさそうに肩をすくめる。
「それじゃあ次のお客さん連れてくるよ」
「おう、よろしくな」
そう言って、再び小屋に入っていくラクトを見送る。
流石に屋内で解体はできないが、かといって客を寒空の下で待たせる訳にもいかず、折衷案として俺だけが外で震えている。
山伏の隠れ蓑を着けているから多少はマシだが、それでも山頂付近は少し寒い。
こっそりと雪だるまを作り始めていたT-1に声を掛けて雪かきを再開させつつ、ラクトが連れてきた新たな客の対応をする。
そんなことを繰り返している内に、突然、小屋の方から歓声が上がった。
『なんじゃなんじゃ』
それを聞きつけたT-1が、シャベルを放ってやってくる。
俺も心当たりがなく、首を傾げる。
二人してそっと扉から中を伺うと、そこには真新しい白い装備に身を包み、恥ずかしそうに笑うシフォンが立っていた。
彼女を取り囲むように人垣ができており、傍らにはネヴァがやり切った顔で立っている。
「おお。防具が完成したみたいだな。って、なんか髪まで白くなってないか?」
『ほう。見違えたのう。真っ白じゃ』
シフォンの新たな装備は、ケリフの白い革を使ったコートを主軸に添えた、全身真っ白なものだった。
回避を多用する彼女のスタイルに合わせ、ゆったりとした可動域の広い構成で、金属部品は極力省かれている。
カジュアルさとワイルドさを兼ね備えた絶妙なバランスは、ネヴァのこだわりがよく分かる。
更に言えば、何故か長い髪まで真っ白に染めていて、瞳の緑がより際だって見える。
「あ、レッジさん! どうです、可愛いでしょう?」
俺たちに気がついたレティが、シフォンと腕を組んでやってくる。
彼女はまるで自分のことのように嬉しそうにして、シフォンの新たな装いを褒めたてた。
「全身真っ白だな。髪まで染めたのか?」
「お客さんの中に美容師さんがいて、色を変えて貰ったの」
そう言ってシフォンは人垣の一角に視線を向ける。
そこにはレインボーに輝く奇抜な髪色とアグレッシブな髪型をした、サイケデリックな装いのお姉さんが立っていた。
「この装備、“
「へえ。やっぱり、シフォンにぴったりだな」
シフォンが白いコートを脱げば、その下にも白い服が隠れている。
そちらは袖を落としてスッキリとさせたタンクトップ型で、より動きやすそうだ。
コートの袖を腰に回して結べば、また違ったシルエットになる。
「ある程度汎用性も持たせてるから、しばらくは使っていけると思うわ。やっぱり、ボスの素材はイジり甲斐があるわね」
「えへへ。ありがとうございます。こんな立派な装備を着れるなんて」
自慢げに胸を張るネヴァに、シフォンが嬉しそうにはにかむ。
色こそ同じ白一色だが、初心者装備とは比べものにならないほどの上級装備だ。
「そういえば、シフォンはこれが着こなせるくらいの〈武装〉スキルはあるのか?」
ふと、一つ懸念が生まれる。
装備が要求するだけの〈武装〉スキルが、その装備の防御力は発揮されず、ただ重いだけの服になってしまうのだ。
これだけの高性能な装備ならば、スキルも相応のものが要求されるだろうが、シフォンはそれを満たしているのだろうか。
「全然届いてないよ。だから、今の防御力はゼロだね」
「ええ……」
そんな俺の問いに、シフォンはあっさりと答える。
「防御力は加算されないけど、攻撃力とかの上昇補正は問題なく掛かるからね。わたしにとって重要なのはそっちで、防御力は別にいらないから」
「当たらなけりゃいいってことか?」
「うん。今までもずっとそうだったからねぇ」
確かにそうだ。
今のシフォンのステータスでは、雪山のどんな原生生物にもほとんど一撃で負けてしまう。
彼女が生き残っていると言うことは、ボス相手にもノーダメージの完封勝利を挙げた証左だった。
「ああ、うん。まあ、シフォンがそれでいいなら……」
「うん!」
やっぱり、彼女も常人からかけ離れた力を持っているらしい。
白鹿庵の凡人組として少し親近感が湧いていただけに、寂しさが少し胸を締め付けた。
「シフォンも白鹿庵だったんだなぁ……」
「うん? そうだよ?」
思わず零れた言葉に、シフォンは首を傾げながら頷く。
何故か、周囲で聞いていた他のプレイヤーまで頷いていた。
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Tips
◇“
雪山の王、“赫腕のケリフ”の純白毛皮を用いた白い衣服。全身を包み込みつつも可動域は広く取られ、激しい動きにも耐える作りになっている。
攻撃力、回避力が大幅に上昇する。強い寒さに耐える。攻撃を連続で当て続けるほどに、攻撃力が徐々に上昇する。攻撃を受けた際、ダメージが1.5倍になる。寒冷地での戦闘時、各種ステータスが5%上昇する。
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