第527話「白に染まる」
「そういえばわたし、髪色変えたいんですよ」
シフォンがそんな事を言い出したのは、コオリザルの群れのボスを炎を纏った拳で殴り倒した直後のことだった。
相変わらずの白い初心者装備に、防寒対策はホットアンプルのみという、見た目にも寒々しい姿のまま、彼女はコオリザルへと近付きドロップアイテムをインベントリに納める。
ここは〈雪熊の霊峰〉の頂上付近。
レティたちはレッジのテントへ原生生物を近づけないため、見敵必殺の物騒な警備へと出ていた。
「髪色ですか。今の薄黄色も似合ってますけど」
レティはアイスボアの突進を打ち返しながら、シフォンの言葉に答える。
現在のシフォンの長い髪は淡い黄色だ。
前髪の下から覗く緑の瞳ともよく合っており、レティも個人的に可愛らしいと思っている。
しかし、本人は少し不満をもっているらしく、違うのよ、と首を振った。
「わたし、個性が欲しいの」
「個性、ですか……」
その言葉に、レティはまじまじと少女を見る。
今し方、第四域でも過酷な環境である雪山で、脅威として立ちはだかっているコオリザルの、それもボスと数匹の子分で構成された群れを、単身ノーダメージで倒しきったプレイヤーの台詞とは思えなかった。
「バチバチに個性はあると思いますけど」
「そうかなぁ。でも、髪色はデフォルトカラーを適当に選んだだけなんだよね。目の色は緑が好きだったからそれにしたんだけど」
前髪を弄りながら、シフォンは唇を尖らせる。
プレイ開始時にアマテラスの艦橋で設定できる機体や、地上のスキンショップで設定可能なスキンは、全て自由に変更することができる。
機体は流石にそう頻繁に変えられるほど手軽なものではないが、スキンは比較的安価に変更可能で、〈美容〉スキルを持ったプレイヤーに依頼することもできるため、ファッションの一部として認識されていた。
「やっぱり、イメージカラーって大事だと思うのよ」
「イメージカラー、ですか」
力説するシフォンに、レティは首を傾げる。
「たとえば、レティだと赤だよね」
「そうですかね?」
確かに、レティは鮮やかな赤い髪に、ルビーのような瞳をしている。
一部では赤ウサという名で呼ばれていることも、一応は知っていた。
しかし、それが自分のイメージカラーと言われても、そこまでこだわりっているわけでもなく、あまり実感が湧かなかった。
「ラクトは水色だし、エイミーは紫色かな。トーカは桃色、ミカゲは黒だね。ほら、イメージ湧くでしょ」
「まあ、言われてみれば確かに?」
そんなこと考えたこともなかった、とレティは曖昧に笑う。
はっきりとしないレティのそんな様子に、シフォンは困惑顔だ。
「それじゃ、レッジさんは何色だと思う?」
「レッジさんですか。そうですねぇ」
シフォンからの問いに、レティは思案する。
彼の髪と瞳は黒だが、そのようなプレイヤーは他にも多くいる。
今の装備は青色が主体だが、その前は濃緑がベースになっていた。
「強いて言うなら、青ですかね。〈風牙流〉のエフェクト的に」
レティはなんとか絞り出すようにして色を提示する。
彼女も色々なレッジを知っているが、なんとなくすぐに浮かんできたのは、槍に青い風を纏う彼の姿だった。
恐る恐るシフォンを伺うレティに、彼女はにこりと笑う。
「じゃあ、レッジさんは青だね」
「ええ……」
「イメージカラーはあくまでイメージだから。感じたままでいいんだよ」
随分と適当なことを、とレティがむっとする。
せっかく色々と考えたのに、軽くいなされたようだった。
「それじゃあ、シフォンは虹色ですね」
多少の当てつけを含め、レティが投げやりに言う。
水、火、岩、雷、風、と様々な属性の攻性アーツを巧みに切り替えながら戦う彼女は、その目まぐるしい動きも相まって、一色に定まらない。
しかし、そんな彼女の皮肉を込めた言葉に対して、シフォンは嬉しそうに頷いた。
「そうなの! わたしって、色がごちゃついてるんだよ」
「ええ……」
何度目かになる呆れ声を漏らす。
そんなレティの反応に気付くことなく、シフォンは続けた。
「アーツはエフェクトが派手なのはいいんだけど、色がごちゃつくんだよね。だから、髪の色を白にしたくて」
「へえ、白ですか。……白髪!?」
驚いて飛び跳ねるレティ。
シフォンは慌てて首を左右に振った。
「違うよ!
「そ、そうですか……。びっくりしました」
ほっと胸を撫でるレティに、シフォンは更に詳しいことを話す。
「装備も白を主体にして揃えようと思って。目は差し色と考えて、緑のままだけど」
「真っ白だと目がチカチカしませんか?」
「わたしは大丈夫だよ。むしろ相手の目が眩んでくれたら、回避しやすくてありがたいくらい」
シフォンの言い方を見るに、全身を白に統一し、長い髪も真っ白に染めることで、動きが悟られにくくすることも期待しているようだった。
そこにどれほどの意味があるか、レティには分からないが。
「それに、白だとレティと合わせて縁起が良いでしょ」
そう言ってシフォンは白い歯を覗かせる。
憎いことを言ってくれる、とレティは苦笑した。
シフォンが〈白鹿庵〉に加入したのは数日前のことだが、すでに全てのメンバーと完全に打ち解けてしまっている。
そう言うレティでさえも、彼女はまるで妹のように可愛らしく思っていた。
「それじゃあ、張り切って狩らないとですね」
そう言って、レティは鎚を構える。
周囲にはまだ多くの原生生物の気配があり、彼女の敏感な耳はそれを捉えていた。
〈雪熊の霊峰〉に棲む原生生物の多くは、雪に溶け込むため白い体色をしている。
その毛皮や鱗は、白い装備の素材として重宝がられているのだ。
「初心者装備から一気に第四域の装備って、〈武装〉スキルが追いつかないんだけど……」
「どうせ防御力は必要ないでしょう? なら、手っ取り早く上位の防具を揃えた方がいいですよ」
レティがそう言った時、雪の中から白い頭が現れる。
雪の中を素早く移動する中型の真っ白な狐、“白無垢狐”だ。
「とぅおりゃっ!」
モグラ叩きならぬキツネ叩きのように、レティが思い切り鎚を叩き付ける。
その寸前に狐は柔らかい雪の下に潜り、少し離れたところから顔を出す。
「ぐ、く、なんですかその顔はっ!」
その煽るような笑みにも見える表情に、レティはまんまと乗せられていた。
飛び跳ねて襲いかかるレティを弄ぶように、狐は雪の中を駆けていく。
その戦いの様子を眺めて、シフォンは思わず吹き出した。
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◇ななしの調査隊員
もうすぐ宴も最終日か
◇ななしの調査隊員
まじか
まだ一万も夜来てねぇぞ
◇ななしの調査隊員
最後の追い込みで皆出払ってんな
◇ななしの調査隊員
どの子も得票数が拮抗してるからなぁ。まじで良い勝負すぎる。
◇ななしの調査隊員
冥蝶の深林の伐採団を見習って他の採集者もそれぞれのフィールドに引きこもってるから、素材の供給が潤沢で生産スキル上げが捗る捗る
◇ななしの調査隊員
シスターズって今どこにいるんだっけ
◇ななしの調査隊員
今は雪山の頂上だな。
おっさんがロッジ出してくれてるから、ゆったりできるぞ。
◇ななしの調査隊員
あそこに行くまでが大変なんですが・・・
◇ななしの調査隊員
近海遠洋店とどっこいどっこいの到達難易度だな
◇ななしの調査隊員
近海遠洋ってなんだよ
◇ななしの調査隊員
四将のいるあたりに店だしてたんだよ。
みんな船で集まってて、なんか水上市場みたいになってた
◇ななしの調査隊員
九割客なんだけどな
◇ななしの調査隊員
四域とか五域のフィールドは初心者にはつらいのじゃ
◇ななしの調査隊員
はじまりの草原にも定期的に来てるし我慢しろ
◇ななしの調査隊員
シフォンちゃんを見習え
◇ななしの調査隊員
白鹿庵期待の新人ちゃんか
◇ななしの調査隊員
あの子、もう霊峰についてきてたからな。びっくりしたわ。
◇ななしの調査隊員
まあ弾頭背負い投げするくらいだしなぁ
◇ななしの調査隊員
初心者装備で山登ってるんだぜ?
訳分かんねぇよ
◇ななしの調査隊員
ええ・・・
◇ななしの調査隊員
お金ないの?
着る服ないの?
◇ななしの調査隊員
おっさんが搾取してるんやろなあ
◇ななしの調査隊員
おっさん許すまじ
◇ななしの調査隊員
おっさんはおっさんでなんか作業服着た女の子働かせてたけど
◇ななしの調査隊員
T-1ちゃんだな。不憫な子だ・・・
◇ななしの調査隊員
フィーバー起こしてくれた良い子だぞ
◇ななしの調査隊員
そのフィーバーが原因で働いてるんだよなぁ
◇ななしの調査隊員
シスターズで海鮮巻き頼んだら棍棒が出てきたんだが
◇ななしの調査隊員
あの店でいくつかある地雷商品の一つだ。事前リサーチが甘かったな。
◇ななしの調査隊員
海鮮丼は普通に美味しいんだがなぁ
◇ななしの調査隊員
正式名称が“1,680万種の海鮮を詰め込んだデータ豊かな海鮮太巻き”だからな。そんだけの質量があの直径10センチ長さ60センチの筒に詰まってンだ
◇ななしの調査隊員
ゲーミング海苔巻きかよ
◇ななしの調査隊員
ていうかそんなに海鮮の種類ねぇだろ
◇ななしの調査隊員
とりあえず商品名に“データ”か“愛”の文字がある商品は選ばない方がいい
◇ななしの調査隊員
データはともかく愛も地雷なのはトラップすぎるだろ
◇ななしの調査隊員
さっき黄将が雪山の火口から極太殲滅ビーム出してきたんだけど、縁に立ってるおっさんの山小屋びくともしてなくて笑うわ
◇ななしの調査隊員
あれ絶対木造じゃないよな。たぶんミサイル打ち込んでも平然としてる。
◇ななしの調査隊員
どういう構造してんだろな
◇ななしの調査隊員
極太ビームはわりと風物詩になりつつあるな。
地面が揺れ始めたら客が皆窓に向かうようになった。
◇ななしの調査隊員
異常すぎる・・・
◇ななしの調査隊員
さっき雪山で遭難してたら白鹿庵の初心者ちゃんと赤ウサちゃんに見つけて貰えて、ロッジまで案内してもらった。
たすかった・・・
◇ななしの調査隊員
初心者に助けられて恥ずかしくないんですか?
◇ななしの調査隊員
あの子ならもう全然恥ずかしくないだろ
◇ななしの調査隊員
ねえ助けて。アストラがバリバリ暴れ回ってる
◇ななしの調査隊員
良いことじゃないか
◇ななしの調査隊員
開拓が進むのでオーケーです
◇ななしの調査隊員
なんかあの人もテンション上がってんなぁ。イベント終わるから追い込みかけてるのか?
◇ななしの調査隊員
団長って推しいたっけ?
◇ななしの調査隊員
割と満遍なく攻略してるっていうか、おっさん主導の機動部隊動かしてるからなぁ。誰かに投票しようとはしてないはず。
◇ななしの調査隊員
俺はアイちゃんが推しだからよ・・・
◇ななしの調査隊員
騎士団さんこちらです
◇ななしの調査隊員
やっちまったな・・・
◇ななしの調査隊員
俺はやっぱりクリスティーナさん!
高速で真正面からキスしてほしい
◇ななしの調査隊員
灰燼になりそう
◇ななしの調査隊員
塵も残らねえだろ
◇ななしの調査隊員
ぽんちゃんなんだよなぁ
◇ななしの調査隊員
は? アリエス様だろ
◇ななしの調査隊員
おじトラしか勝たん
◇ななしの調査隊員
赤ウサちゃんになら踏まれてもいい
◇ななしの調査隊員
っぱメルちゃんなんだよな
◇ななしの調査隊員
ハガネが格好いいよ。
◇ななしの調査隊員
オニグマ隊の隊長さんだろjk
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Tips
◇〈美容〉スキル
生活系スキルの一種。機械人形に装着するスキンを変更したり、髪色や髪型、目の色を変化させることができるようになる。
また、機体の汚れを落としたり、迷彩加工を施したりすることで、特殊な能力を付加することもできる。
美は活力の源。自信の泉。自分らしくあればこそ、十分な実力を発揮することができるのだ。
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