第526話「白い雪の中で」

 移動弁当販売店“シスターズ”、現在の営業地点は雪深き〈雪熊の霊峰〉の山頂だ。

 真っ白な雪が岩肌を覆い隠し、轟々と激しい風が吹き荒れる。

 天気は目まぐるしく入れ替わり、突き抜けるような蒼天が広がったかと思えば、大きな雪が横殴りに吹き付ける猛吹雪になる。

 第四域がいまだ難関なフィールドであることを思い出させるように、容赦の無い気候の暴力が全方位から攻め寄せる。


「流石にこれは、店を建てるだけでも精一杯だな」


 山頂に存在する猫の額ほどの土地と、周囲を取り巻く環境を見て、眉間に皺を寄せる。

 いつも通り“白百足”に物資を満載して登ってきたわけだが、これではゆっくり休むこともままならない。


「ていうか、そもそもこんな所にお客さんが来るんですか?」


 訝しげな目をして聞くのはレティである。

 ここまでの道中、彼女たちは迫り来る無数の原生生物を返り討ちにしていった。

 しばらく都市の地下にある工事現場での営業が続いていたため、久しぶりの出番だったわけだが、“白百足”や管理者たちを守りながらの戦闘はなかなか大変らしい。


「俺たちが来れるくらいだし、多少は来てくれるだろ。暇ならちょっとした休憩時間とでも思えば良いしな」

「こんな猛吹雪の中じゃ休めるものも休めないんじゃない?」


 髪に吹き付く雪を払いながら、うんざりした顔でラクトが言う。

 氷のアーツを愛する彼女も、この吹雪には辟易しているようだった。


「まあ、別にテントは“白百足”だけじゃないからな。ちょっと待ってろ」


 俺は店舗の設営予定地まで駆け上がる。

 そこは、巨大な火口の縁だ。

 大きくぽっかりと開いた穴の先は、深く地下の溶岩湖に通じている。


「『野営地設置』」


 もはやおなじみとなってしまったテクニックを発動する。

 今回使うのは、雪山の定番となったテント――山小屋型だ。

 建材を通常よりも多く使用することで、十人程度の収容量だった建物を更に大きくする。

 テントセットの中には調理設備やテーブルセットなども入っているため、これを店に流用することも可能だ。


「露店販売とはいかないが、今回ばかりは仕方ない。雪風が防げて暖炉で暖まれる方がいいだろ」

「それもそうね。やっぱり、レッジがいるとフィールドでの活動が快適だわ」


 倍速再生中の映像のように素早く組み上げられていく丸太小屋を見て、エイミーたちが歓声を上げる。

 そのテントが完成した瞬間、彼女たちは競うようにドアへ向かった。


『のう、主様。これは本当にテントなのかえ?』


 そんな〈白鹿庵〉の仲間たちの背中を見ながら、T-1がぽつりと呟いた。

 現在の彼女は他の管理者同様、もふもふのファーの付いた防寒具を着た丸っこいフォルムだ。

 手には何故かシャベルも携えている。


「〈野営〉スキルで扱える、フィールドで一時的に構築される建造物だからな。テントだろ」

『どう見てもテントの範疇を外れているように見えるのじゃが……』


 俺の説明を受けてなお、T-1は悩ましげな表情でロッジを見つめている。

 まあ、彼女もそのうち受け入れてくれることだろう。


『レッジのテントについては、あんまり考えない方がいいわよ。快適なのは確かなんだから』


 傍らで聞いていたカミルが、そんなことを言って肩を竦める。

 そうして彼女もすたすたと階段を登ってテントの中に入っていった。


『そういうものかのう……?』


 しきりに首を傾げ、釈然としない様子でT-1も小屋に入る。

 そうしてドアの向こうへ一歩立ち入った瞬間、驚いた様子で目を丸くした。


『おお……暖かい!』

「だろう? この小屋型テントも初期から色々改善してるからなぁ」


 山小屋型テントはそれなりに長い間使っているモデルだ。

 その間もネヴァと共に改良を重ねており、かなりの耐久性、快適性を持つ、俺のテントコレクションの中でも特に自慢の代物になっていた。

 特に暖炉は最近になって〈アマツマラ深層洞窟〉で採掘された保温性の高い石材に換えたため、かなり性能が上がっている。


『うむうむ。これは良いものじゃな。妾も気に入ったぞ! 寒々とした窓の外を眺めながら、暖かな部屋の内で摘まむお稲荷というのも、乙なものだと思うぞ』


 小屋の中に入った瞬間くるりと手のひらを返すT-1に、思わず苦笑する。

 臨機応変に立場を変えられるようになったのは、彼女の成長と捉えてもいいのだろうか。


『T-1、もしかして早速怠けようとしているのですか?』

『ぬあっ、T-3!?』


 弾むような足で早速窓の側にテーブルを引きずっていたT-1の背後に、T-3が現れる。

 彼女の言葉にT-1は肩を跳ね上げ、ふっと視線を逸らした。


『そ、そんな訳がなかろう。妾はただ、少し家具の整理をじゃな……』

『T-1にはより優先度の高い仕事があるでしょう?』

『うう……』


 言い訳を展開しようとするT-1に、T-3は有無を言わせぬ圧のある笑みで応じる。

 まだまだ負債の山積しているT-1は反抗することもできず、しょぼしょぼと項垂れて俺の元へ戻ってきた。


『主様、雪かきをしてくるのじゃ……』

「お、おう。そっか」


 どうやら地下工事現場を離れても仕事はあるらしい。

 持ってきていたシャベルを手に取り、彼女は小屋を出る。

 一応監督役を任されているため、俺もそれについていく。


「ここの雪を退けるのか?」

『うむ。雪が多いことは分かっておったからの。管理者らから店の周囲の整地を命じられておった』


 どちらが上司か分からない台詞だが、今は仕方が無い。

 T-1は再びファー付きのフードをぎゅむりと被り、手袋を嵌めた手でスコップを握る。

 そうして、小屋のポーチ近くから順に雪を掘り始めた。


「っと、そろそろ営業時間だな」


 T-1が雪かきをしている様子を眺めていると、営業時間が迫ってくる。

 ちらりと小屋の中を見ると、ウェイドたちも店の準備を粗方終わらせていた。


「それじゃ、レッジさん。レティたちは周囲を見回ってきますので」

「ああ。お土産期待してるぞ」


 警備担当のレティたちも武器を携えて小屋の外に出ていく。

 ここまで来るため破竹の勢いで道中のボスを倒してきたシフォンも、ついでに修行をするのだと言って護衛班についていった。


「美味しい熊肉持って帰ってくるわ。解体ナイフ研いで待っててね」

「おう。まあ、気をつけてな」


 ぶんぶんと手を振り出掛けていくシフォンを見送り、視線をT-1の方へ戻す。

 彼女は雪かきの手を止めて、斜面の下へ目を向けていた。


「客が来てくれたのか?」

『客かどうかは分からぬが、調査開拓員の一団が登ってきておるようじゃの』


 T-1は周囲の調査開拓員の存在を通信監視衛星群ツクヨミを介して知覚しているらしい。

 まだ俺には見えない段階にそう言った彼女の言葉通り、それからさほど経たずに斜面の下方から重装備のプレイヤーたちが登ってきた。


「お、T-1ちゃんじゃん。おっすおっす」

『うむ? おっすおっすなのじゃ。ようこそ“シスターズ”へ。ひとまず中で暖まると良いぞ』

「T-1ちゃん雪かきしてるの? 可愛いわねぇ」

『こう見えても重労働なんじゃからな! 労ってくれてもよいのじゃぞ!』

「借金返済頑張ってねー」

『借金ではないわ!」


 ここしばらく店の側で土木作業に勤しんでいたせいか、T-1も常連たちに認知されている。

 T-1の方も案外友好的に接していて、人気も出てきているようだ。


「T-1も人間味が出てきたな」

『仮想人格の成長速度は、〈クサナギ〉より遙かに早いじゃろうなあ。妾のプライベートストレージが圧迫されておるのじゃが』

「でも、悪いもんでもないだろ?」

『むぅ……』


 俺の問いに、T-1は答えない。

 彼女は黙々と雪にスコップを差し込み、小屋の前を平らにしていった。

 店前の土地が広がるのにつれて来客も増え、地面は固く踏み固められていく。

 作業を続けている内に暑くなったのか、いつの間にかT-1はフードを脱いで黒髪を晒していた。


「T-1、そろそろ休憩するか」

『うむ? しかし、まだ雪が残っておるのじゃが』

「もうすぐ降ってくるだろうし、変わらないさ。雪の中で動いてたらエネルギーも余分に消費するし、こまめに休んだ方が良い」

『そ、そうかの? ならば仕方ないのう』


 そう言って、T-1はスコップを抱えて戻ってくる。

 彼女を連れて小屋の中に入ると、そこは既に多くのプレイヤーで賑わっていた。

 キッチンに立つ管理者たちも忙しそうにしている。

 俺は彼女たちに声を掛けて、窓際にテーブルと椅子を移動させた。


「ほら」

『おお! お稲荷さんじゃ!』


 テーブルに運んだのは、T-1の好物となった稲荷寿司。

 T-3が業務の合間を縫って、愛を込めて作ったものだ。

 T-1は早速それを口に運び、頬を抑える。

 無邪気に笑う指揮官の姿を見ながら飲むコーヒーというのも、乙なものだ。


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Tips

◇山小屋風部分増築式テント

 木材をふんだんに用いた頑丈なテント。軸となるキャンプセットと共に“建材”を使用することで、設置時の建物の大きさを拡張することができる。通常のテントと比べて重く、展開に時間が掛かる。高低差のある不安定な土地にも適応可能。


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