第523話「灯台下暗し」

 ここ数日の間に、イザナミの夜は歌と踊りに彩られた賑やかな光景が定番化していた。

 〈万夜の宴〉の期間中、昼間は移動弁当販売“シスターズ”として活動している管理者たちも、夜は各都市で開催されるミニライブのステージに立っている。

 彼女たちを見に来るプレイヤーの数も日増しに増え、衣装や楽曲の提供を申し出てくれる生産者やバンドも急激に増加していた。


「なんていうか、すでにミニライブって規模じゃないですよね」

「いつの間にかなあ。俺が借りてるのはここのステージだけなんだが……」


 今日のライブ会場は〈ワダツミ〉だ。

 海沿いという立地を活かし、洋上に浮かべられたステージの上で、水兵姿のウェイドたちが歌って踊っている。

 その様子は小型のドローン群による立体映像として夜空のスクリーンに映し出され、ステージの近くに行けないプレイヤーたちも楽しめるようになっていた。

 しかし、そのドローン群は〈飛行少年隊〉というバンドが自主的にやってくれており、俺たち〈白鹿庵〉は一切関係がない。

 実況系バンドのカメラもずらりと並んでいるし、オタ芸専門バンドが客席の一角でペンライトを振っている。

 客席の外周では管理者たちの姿を模したぬいぐるみや缶バッジなどを自主的に製作し、販売する露店まで出ているようだ。


「ああいうのっていいんですかね?」

「俺が取り締まるようなことじゃないしなぁ。管理者はあくまで全プレイヤーに対するNPCだし」


 管理者たち自身が自主製作グッズの販売を規制するのならともかく、俺にそんな権限はない。

 それに彼女たちも、そのグッズで経済が循環するなら止める理由がないのだろう。


「最終日、もうすぐですよね。フィナーレのライブはどうするんですか?」


 下手な規模だと拍子抜けされちゃいますよ、とレティが痛いところを突いてくる。

 元々〈ダマスカス組合〉らと構想を練って打ち合わせは重ねていたのだが、ミニライブの規模が俺の制御できないところでドンドコと膨れ上がってきている以上、当初の予定からの修正は避けられない。


「一応、T-1たちにもゲスト出演してもらおうとは考えてる」


 ミニライブは管理者の人気投票の途中経過発表も兼ねているため、ステージに立つのは管理者七人で固定だ。

 しかし、最後のライブならいいだろうということで、指揮官たち三人にも出演を依頼している。

 彼女たちも“シスターズ”で働いていたり、俺の側で土を掘っていたりする手前、存在自体は知られているものの、まだ正式に大衆の前に出たことはない。

 指揮官三人が満を持して登場となれば、とりあえず話題性はあるだろう。


『主様の指示なら受けぬわけにはいかぬが、妾らの仕事では無いような気がするのう』


 俺の隣で“白百足”に腰掛け、稲荷寿司を摘まんでいたT-1が複雑な顔で言葉を零す。

 これも実地研修の一環として、どうにか堪えて貰いたい。


『踊りとは自然界でも多く愛を示す行為として確認されます。調査開拓員の皆様への愛を込めて、私も精一杯踊らせて頂きますよ』

『了承。管理者機体なら240fpsの動作で手旗信号も可能です』

『それはもう傍から見ればただのバイブレーションなのじゃ……』


 T-1の隣に座るT-3、T-2の二人は、ありがたいことに乗り気になってくれているらしい。

 若干T-2に不安を覚えるが、まあ本番までに振り付けと歌詞もしっかり習得してくれることを祈っておく。


「あれ、そういえばダンスの振り付けって誰が考えてるんですか? やっぱり、曲と一緒に振り付けも指定されるとかそんな感じですか」


 近くの露店で売られていたサッカーボールほどの巨大たこ焼きを食べながら、レティが問いを投げてくる。

 洋上のステージでセーラー服のプリーツスカートを揺らすウェイドたちは動きの揃った可愛らしいダンスと歌で、客席を沸かせている。


「一応、専属の振付師に依頼してるよ」

「専属……?」


 俺の回答に、レティが眉を寄せる。

 振付師自身があまり正体を明かされたくないと言っており、俺も彼女についての言及を避けていた。


「女性の方なんですか?」

「まあ、そうだな」

「ふーん……」


 デカいタコ足を口に運びながら、レティが剣呑な目つきになる。

 何か癪に障るようなことを言っただろうか。


「レッジさんにレティが把握していない女性の影……? そんなはずは」


 なぜだか急に背筋が冷たくなってきた。

 夜の海沿いは冷えるのだろうか。

 防寒具とまではいかずとも、何か羽織れる物を用意しておくべきだったかも知れない。

 そんな事を考えつつ、ホットコーヒーを啜る。


「レッジさん! ここにいましたか」


 その時、夜の闇の中から聞き覚えのある声が俺の名前を呼んだ。

 声のした方に視線を向けると、銀の軽鎧を着た少女がローズピンクの髪を揺らしてやってきた。


「アイさんだ。レッジさんに何か御用ですか?」


 その姿を認めた瞬間、俺が応えるよりも早くレティがその名を呼ぶ。

 〈銀翼の騎士団〉の副団長、フェアリーの少女、アイは、レティの問いに頷きで答えた。


「明後日のぶんの振り付けが完成したので、見本映像のデータを渡そうと思って。たまたま近くに来ていたので、ライブを見るついでに来ました」

「そうだったのか。いつも助かるよ」


 アイが映像データをこちらに転送してくれる。

 プレビュー画面では、銀鎧を脱いだラフな服装で軽やかに踊るアイの姿が映っていた。


「今日のダンスも曲に合ってるよ。観客の受けもいい」

「それは良かったです。でも、あんまり広めないで下さいよ」

「分かってるさ」


 ステージ上で踊るウェイドたちを、アイは少し気恥ずかしそうな顔で見守る。

 七人ともそれぞれに少し違った動きをするパートもあり、彼女はわざわざそれも考えてくれている。

 そんな彼女の期待に応えるように、ウェイドたちの動きも軽快だ。


「ってレッジさん!? ま、ま、まさか振付師って……」

「あ」


 良い感じに和んでいた空気を、レティの声が掻き消した。

 彼女は目を丸くしてアイの方を見ている。

 アイもアイで、困惑した様子だ。


「もしかしてレッジさん、レティさんにも言ってなかったんですか」

「いやだって、できるだけ伏せとけって……」

「流石に〈白鹿庵〉の方々なら話を通して貰って良かったんですけど」


 ここで明かされる衝撃の事実。

 俺はわなわなと震えるレティに、そっと種を明かした。


「えーっと。そういうわけで、振付師のアイさんだ」

「は、はわ……」


 衝撃が大きすぎたのか、レティは言語を話せていない。

 彼女が振り付け担当となってくれた経緯は、ほとんど偶然のようなものだった。

 〈万夜の宴〉を企画する際、管理者たちの踊りを誰が指導するのか、というのはそれなりに早い段階で問題として浮上した。

 そもそもイベントの中心となっているのが俺だし、技術協力は〈ダマスカス組合〉の職人たちだ。

 誰か頼れる人物はいないかと頼ったのは、人脈の広そうなアストラだった。

 ダメ元で問い合わせてみると、すぐさまアイが紹介された。


「アイはリアルでもダンスをしてるみたいでな。そういうのが得意なんだそうだ」

「はえええ……」

「ただの趣味の素人ですから。あんまり持ち上げないで下さいよ」


 絶句するレティを前に、アイは恥ずかしそうに前髪を弄る。


「いやいや。俺が踊ったら最悪ぎっくり腰で寝込む羽目になるからな。動けるだけでも素晴らしい」

「そのレベルで褒められるのは流石に初めてですよ」


 アイはレイピアを持つ時は敵に密着し、素早く攻撃を回避をしながら攻めるスタイルだし、戦旗を持つ時は歌声で仲間を鼓舞している。

 音楽やダンスといった分野に親しんでいるからこそのバトルスタイルなのかも知れない。


『ふぅむ。お主が踊りを伝授してくれるのじゃな』

「あなたはT-1さんですね。グランドフィナーレの際はよろしくお願いします」


 一応、アイの方にも事前にフィナーレライブの構想は共有している。

 とはいえ、T-1たちとは初対面だったため、ここで顔合わせとなった。


『要望。情報量の多い、アクロバティックなダンスが良いと考えます』

「そうですね。検討しましょう」

『それなら、私からは愛情を示すことができるようなものを』

「はぁ。か、考えておきます」


 T-2たちが次々と要望を投げていくのを、生真面目なアイはいちいち書き留めていく。

 とりあえず苦労を掛けてしまうことだけは謝っておこう。


「はあ、びっくりしました……」


 そんなアイを見て、レティはようやく落ち着いてきたようだ。

 なんとか絞り出すように、一言だけ口にする。


「すまんな。言って良いなら前もって紹介しとけば良かった」

「いや、でも少し安心しました。盲点ではありましたが」

「うん?」


 何やら若干すれ違いが生じている気がするが、レティはほっと胸を撫で下ろしている。

 納得してくれたならよかった。

 しかしその直後、突然レティがはっとしてこちらを向く。


「そういえばレッジさん、さっき映像データ貰ってましたよね?」

「うん? ああ、振り付け見本の録画だな」


 アイが分かりやすいように前後左右の四視点から記録してくれた、分かりやすい見本動画だ。

 各管理者のパートごとに七種類がある。


「な、なんかそれは駄目な気がします。ちょっと見せて貰っても――」

「だ、駄目です!」


 にじり寄るレティの声を、アイが慌てて遮る。

 彼女は俺とレティの間に割り込み、ぶんぶんと手を振った。


「なんでですか!? 疚しくないなら見せられるはずですよ!」

「普通に恥ずかしいからですよ。あんまり見られたくないです!」

「じゃあなんでレッジさんには見せてるんですか!」

「ええと、ええと、それはまた別の問題というか。仕方なくですね……」


 わいのわいのと組み合う二人。

 レティも踊ってみたかったのだろうか。

 しかし、見本映像に関しては二次配布や他の人への公開の禁止が厳命されているのだ。

 こちらが〈白鹿庵〉のメンバーも含んでいるため、てっきりアイの正体まで明かすのも駄目だと思ってしまっていた。


「レッジさん、やっぱり駄目です! アイさんも思わぬ伏兵でした」

「な、何を言って……。私はただレッジさんに協力しているだけですから」


 楽しげに騒ぐレティとアイ。

 二人とも流石はトッププレイヤーの前衛職と言うべきか、かなりアクロバティックな動きで組み合っている。

 彼女たちの背後ではウェイドたちが最後の曲に突入し、観客たちのボルテージも最高潮に達していた。


『平和じゃのう』

『愛に溢れていますね』

『多くの情報が確認されています。感情データの収集はとても好調です』


 T-1たちも楽しそうに、稲荷寿司を摘まみながらそれを見ている。


「くうう! アストラさんに言いつけますよ!」

「お、おに……団長は関係ないでしょう!」


 宴の夜は、今日も賑やかに更けていく。


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Tips

◇〈舞踏〉スキル

 全身を使い音楽やリズムに合わせて踊るスキル。技量が上がるほど、その動きには強い意味が込められ、見る者を魅了していく。

 街中で使用すれば、一定の確率でおひねりを貰える。


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