第522話「おいなり」
新たにT-3たち指揮官が参加した“シスターズ”は、各都市の地下にある土木工事現場を中心に移動販売を行った。
驚いたことに〈スサノオ〉の地下で使われていたサノオは他の都市でも通用しているようだ。
“シスターズ”で売買する際はビットを使うから特に影響はないのだが、プレイヤーたちのノリと勢いには感心すらしてしまう。
『主様ぁ。妾も何か食べたいのじゃが』
〈サカオ〉の地下での営業中、黙々と土を掘っていたT-1が空腹を訴えてくる。
先の一件でのペナルティとして奉仕作業に従事していた彼女は、プレイヤーたちで賑わっている“白百足”の方を羨ましそうに見ていた。
T-1自身は管理者だが、彼女の機体はカミルと同じ通常のNPC用の機体だ。
長く肉体労働をしていると、エネルギーも減ってくるらしい。
「うーん。じゃあ、その手押し車を片付けたら休憩するか」
俺はT-1の作業の具合を見て、そう提案する。
正直、こっちも首からボードを提げた少女を働かせているのはあまり楽しくない。
周囲からの視線もあるし。
『甘いわねぇ。そんなのだと、T-1も負債を消せないわよ?』
逆に厳しいことを言うのはカミルだ。
彼女はT-1がメイドロイドとして俺たちの元へ来たことで、指導することに遠慮がなくなっている。
「ま、たまには休まんと良いパフォーマンスは発揮できないからな」
俺はカミルをたしなめて、T-1が手押し車を押して歩くのを見守る。
T-1がこうして土木作業をしているのは、彼女が管理者たちのリソースを無駄に使ったからだが、その総量と比べると彼女が働いて返せるリソース量は雀の涙よりも更に少ない。
返済のほとんどは演算領域の融通などで賄っているようだし、こうして働いているのはやはり懲罰的な意味合いが大きいのだろう。
『主様、土を運び終えたぞ』
「よしよし。じゃあ、何か食べるか」
嬉しそうに飛び跳ねて戻ってくるT-1を受け止め、カミルも連れて“シスターズ”の方へと向かう。
店ではエプロン姿のシフォンが仕事を手伝ってくれていた。
「あっ、レッジさん。作業は順調?」
「おかげさまで。シフォンも手伝って貰っちゃって悪いな」
元々彼女には昨日のお詫びとして食事を振る舞おうということでレティが呼んだのだが、シフォンはその後も店側に回って色々と手伝ってくれていた。
「いいんですよ。楽しいですし。それに、わたしも晴れて〈白鹿庵〉の一員になりましたからね!」
申し訳なく思う俺に対して、シフォンは明るい声で笑い飛ばす。
彼女のフレンドカードには先ほどようやく〈白鹿庵〉の文字が刻まれた。
レティがサブリーダーの権限を使って、正式にシフォンをバンドに加入させてくれたのだ。
幸いなことにシフォンは喜んでくれているようで、先ほどからずっと口元が緩んでいる。
「それより、レッジさんたちもごはん?」
「ああ。俺は焼きそばにするかな」
メニューを見ながら昼食を考える。
とはいえ、結局は安パイを選んでしまうのは年を取ったからだろうか。
「白月には冷やしリンゴ。カミルとT-1は何にする?」
『チーズバーガーにしようかしら。朝はフィッシュフライだったし』
『妾はお稲荷さんを所望するぞ!』
カミルはバーガー系の制覇を進めているようで、メニューの上から順番に頼んでいる。
そして、T-1はすでに食べたいものが決まっており、元気な声で手を挙げた。
「T-1は稲荷寿司好きだなぁ」
『じゅわっと美味いからのぉ。これをT-3が作っているのは少々癪じゃが、米とあぶらげに罪はない』
T-1と共に地上へ戻ってきた後に判明したことなのだが、どうやら彼女は稲荷寿司が好物らしい。
というか、初めて口にした食べ物が稲荷寿司で、それ以来食事のたびにこれを選んでいる。
「たまには他のを頼んでもいいんだぞ?」
『ううむ。他のものも美味いのじゃろうが、今は稲荷寿司以外を食べる気にはなれぬからな』
俺がそっと提案してみても、T-1はゆるく首を振るばかりだ。
相当、T-3の稲荷寿司が気に入ったらしい。
『提案。T-2のスペシャル太巻きもおすすめです』
そこへメイド服姿のT-2がやってくる。
実は、彼女もT-3がやっていたように
T-3は丼物に傾倒しているが、彼女は巻き寿司を色々と開発するのを好んでいるようだ。
しかし、差し出された子供の腕ほどもある太巻きを見て、T-1は口をへの字に曲げる。
『お主の太巻きは食べづらいのじゃ。どうやればあんなにギチギチに具材と米を詰め込めるか、不思議なくらいじゃぞ』
『説明。情報量は何事においても多いほど良いという事実に基づき作成しました』
『だからといって、管理者機体の出力をフル活用してカチンコチンの太巻きにするやつがあるか! 並の包丁では刃が欠けるレベルの太巻きは、もはやただの凶器なのじゃ』
T-1の苦言にT-2は不思議そうに首を傾げる。
しかし、こればかりは俺もT-1側だ。
T-2の作る特別な太巻き――いわゆる“T-2スペシャル”という巻き寿司は、中に様々な具材が入った豪華な料理だ。
しかし、めちゃくちゃに圧縮されているため刃が欠けるほど硬く、見た目に反してかなり重い。
太巻き状の鈍器、〈杖術〉スキルが必要、これを胸ポケットに入れてたおかげで助かりました、と購入者からの声も挙がっている。
『ふんっ。やはり、お稲荷さんじゃ。お稲荷さんが全ての料理の頂点に立っておる。その証拠に見事な三角形じゃからな』
『否定。稲荷寿司はT-2スペシャルと比べて情報量が遙かに少ないです』
『お主は全部情報量で見るのを止めるのじゃ! 引き算を覚えるのじゃ!』
『結局のところは愛ですよ。愛の詰まった料理はあらゆるその他に勝ります』
いつの間にかT-3までやってきて、指揮官たちが料理談義に盛り上がる。
そんな彼女たちを、店に来ていた他のプレイヤーたちも微笑ましい目で見守っていた。
「はい。焼きそばとチーズバーガーと稲荷寿司。あと冷やしリンゴね。お待たせしました」
「お、ありがとな」
そんな騒動を余所に、シフォンが注文の品を持ってきてくれた。
『おお! やはりこれじゃな。見よ、この愛らしい姿。むっちりと酢飯の詰まったフォルム。これぞ至高の料理じゃぞ』
『理解不能。単純な形状で、内容物の種類も少ないです』
『だからお主はデータ量で見るのを止めろと言っておるじゃろう』
『これは管理者スサノオが作成した稲荷寿司ですね。私のものと比べて少し小ぶりですが……。ぱくり』
『ぬあああ!? これ、T-3、何を勝手に食べておる! それは妾のおいなりさんじゃぞ!』
稲荷寿司を囲み、賑やかな指揮官たちだ。
何だかんだ言って、仲が悪いわけではないのかも知れない。
ともあれ、俺もそんな光景を見ていたら腹が空いてきた。
シフォンから受け取った焼きそばの容器を開く。
「これは……」
プラパックに詰められた焼きそばを見て、少し驚く。
具材はキャベツと豚肉だけ、麺が軽く焦げる程度に焼かれ、軽く七味が振りかけられている。
傍らに小さく添えられているのは、赤い紅ショウガだ。
「ウェイドさんが作ってくれたんですよ。“食材を節約するためです。あの人にはこのくらいで十分でしょう”なんて言ってました」
そう言ってクスクスと笑うシフォン。
厨房の方を見ると、お盆で顔を半分隠したウェイドと目が合った。
彼女は素早くくるりと後ろを向いてしまう。
「ウェイド……」
そんなウェイドを見て、小さくため息を零す。
「そんなに食材がギリギリなら言ってくれれば良かったのに。いつでも買い出しに行くんだが」
「は?」
何故かシフォンが珍妙なものを見るような目を向けてくる。
何かおかしな事を言っただろうか。
「レティさんたちから聞いてたけど、これほどとは……」
「シフォン? なんか言ったか?」
「いや、なんでもない。――まあ、わたしにとっては都合がいいか」
複雑な面持ちで何やら口の中で呟くシフォン。
やっぱり、レティがいないと不安なのだろうか。
「あ、レッジさん! 休憩中ですか?」
そこへタイミング良くレティがやってくる。
原生生物もいない場所で、彼女たちは裏方の仕事を手伝ってくれていた。
あとで買い出しも頼んでおこう。
『主様、妾たちが新たな料理を考案したのじゃ!』
『その名も“アマテラススペシャルラブ稲荷巻き丼”です』
『愛に溢れた新レシピです。早速作ってくるので、ぜひ食べて頂けませんか』
「なんだよその悪い予感しかしない料理は……」
さっきまで激しく激論を交わしていた指揮官たちが仲良くなって現れる。
どう考えても無理がある料理名だ。
どうして主幹人工知能が三つ揃っているのに、そんなモノが出てくるのか、これが分からない。
「ほほう? 美味しそうな予感がしますね。ぜひレティのぶんも作って下さいよ」
『よろこんで。愛を込めて作りましょう』
何故かそれにレティが興味を示してしまう。
さっきシフォンと一緒に色々食べていたはずなのに、なんという食欲だ。
「楽しみですね、レッジさん」
「そうかなぁ……」
わくわくを隠しきれないレティが、長い耳を小刻みに揺らす。
俺はむしゃむしゃと冷やしリンゴを囓る白月に視線を向けて、厨房から響く管理者たちの悲鳴から耳を塞いだ。
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Tips
◇稲荷寿司
煮つけた油揚げを袋にして中にすし飯を詰めた料理。口に入れた瞬間、じゅんわりと旨味が広がるお手軽なファストフード。
短時間、採集系スキルの効果が上昇する。
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