第12章【宴の終わり】

第521話「新しい仲間」

 シフォンは駆け出し調査開拓員である。

 惑星イザナミに降り立ったのはつい数日前のこと、いまだ主軸となるスキルもレベル30を越えたばかりだ。

 昨日、彼女はとある劇的な出会いを果たし、流されるまま分不相応な激戦に巻き込まれた。

 迫り来る無数の機兵の波に呑み込まれつつも生き残ることができたのは、ただただ運が良かっただけだ――と、彼女は思っている。

 最後の方の記憶は薄ぼんやりとしていて定かではない。

 ただ、近くにいたお姉さんに木の幹ごと空に投げて貰い、軽自動車ほどもある巨大な弾丸を背負い投げで地面に落としたことだけは覚えている。

 どうやらあまりに深く集中しすぎたようで、脳が著しく疲労していたようだ。

 そのあと彼女は、身体の異常を検知したVRモジュールによって強制ログアウト措置を受けてしまった。


「はええ。仕方なかったとはいえ、挨拶もせずにログアウトしちゃったな。無礼なヤツだと思われてたらどうしよ……」


 ログイン制限時間が終わり、再び惑星イザナミの大地に降り立ったシフォンは、鉛のように重い肩に背中を曲げた。

 一夜明け、彼女が拠点としている〈スサノオ〉の町はいつも通りの賑わいを見せている。

 まるで昨日の激戦などなかったかのようだ。


「おじちゃん、上手くやったのかな」


 いつの間にか姿を消していた叔父を思い、シフォンが小さく言葉を零す。

 その時、丁度見計らったかのようにTELのアラームがけたたましく鳴り響いた。


「はええっ!? あ、わ、もしもし!」

『あ、繋がりましたね。こんにちは、昨日は大変だったと思いますが、体調は大丈夫ですか?』


 通話の主はレティだった。

 明るい労いの声に、シフォンはふにゃりと相貌を崩す。


「はい、いっぱい寝たら元気になりました。えと、その、昨日はご迷惑を……」

『何言ってるんですか。むしろレティたちが謝らないといけないんですから』


 しょぼしょぼと謝罪を始めるシフォンを、レティは慌てて止める。

 彼女からすれば、初心者であるシフォンを勝手に巻き込んでしまった自分たちの方こそ謝るべきだった。

 シフォンがあの激戦を生き抜き、あまつさえ窮地を救う一矢となったことに、驚きと感謝を覚えている。


『それで、本題なんですが。今日も管理者の皆さんとお弁当売ってるんですよ。シフォンさんが良ければ、お詫びと感謝を込めてご馳走させて下さい』

「い、いいんですか!? あ、でも、フィールドによってはまだわたしの実力じゃいけないかも……」

『シフォンさんなら近海も余裕だと思いますが……。まあ、安心して下さい。今、座標を送りますね』


 そんな言葉の後、シフォンの元へレティから座標データが送られてくる。

 それと地図を照らし合わせたシフォンは、思わず目を丸くした。


「ここって……」

『それじゃ、お待ちしてますので。ぜひぜひー』


 通話が切れ、シフォンはぽかんとする。

 レティから送られてきた座標は〈スサノオ〉の真ん中、シフォンが立っている場所の丁度真下だった。


「ビールだ! 冷えたビールをくれ!」

「柿ピーはないのか!」

「スルメが欲しいんだが」

「ひゃあ我慢できねぇ!」


 そこは混沌だった。

 〈スサノオ〉の地下深く、土の剥き出しとなった洞穴を大きなライトが照らし上げている。

 壁際にはケーブルが這い、土や鉱石を満載した機械牛が列を作って運んでいる。

 異様な地下空間の中心に、見覚えのある白いコンテナの機獣があった。

 そして、その周囲には薄汚れた服装で黄色いヘルメットを被ったプレイヤーたちが集まっている。


「あ、シフォンさん。来てくれたんですね」


 シフォンが呆然としていると、レティが見つけて駆け寄ってくる。

 彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべ、シフォンの両手を握る。


「レティさん。あの、これは……」


 見知った顔を見つけたシフォンもほっとした様子で、彼女に周囲の状況についての説明を求める。

 この地下工事現場は、彼女が理解できないほどの情報に溢れていた。


「ここも〈万夜の宴〉で開発が進められてる場所ですね。あそこにいる方々は作業員です」

「はええ。あの人たち、何か借金とか……?」

「いえ? 別にそんなことは」


 不思議そうに首を傾げるレティ。

 シフォンはそうですよね、と少し焦りながら頷く。

 彼らも自主的にここで作業をして、スサノオに票を投じているだけなのだろう。

 出入りが制限されているわけでもないだろうし、特におかしな事はない。


「ああ、でもここの人たちは独自の通貨を作ってますね。1ビット10サノオでしたかねー」

「はええ……」


 なんででしょうね、と不思議そうに首を傾げるレティを傍目に、シフォンはざわざわと空気が揺れるのを感じていた。

 外出する権利なども売買されている気がするし、何かしらの賭博も行われていそうだった。


「ここ、違法性はないですよね?」

「スサノオさんが管理してますし、そういうのはないと思いますけど……」


 シフォンがそっと尋ねると、レティはきょとんとしていた。


「それよりも、お腹空いてませんか? なんでもご馳走しますよ」

「そうですね。じゃあ、お言葉に甘えて……」


 結局、シフォンは深く考えることを止めて、レティと共に歩き出した。

 シスターズの露店では、昨日と同じようにメイド服を着たタイプ-フェアリーのNPCたちがくるくると働いている。

 遠くから見ると異様に映っただけで、近づけばいつもの露店とそう変わらないことに、シフォンはそっと安堵した。


『歓迎。ようこそ“シスターズ”へ。メニュー表を提示します』

「わ、T-2ちゃんだ。あなたも働き始めたのね」


 シフォンたちの元へやって来て、メニューを広げたのは、メイド服姿のT-2だった。

 T-3とよく似ているが、髪が長い。

 更に言えば、昨日レッジから貰ったヘアピンで前髪を分け、片目を覗かせている。


『肯定。実際に業務を遂行することで様々な情報を収集しています。例えば、この場所ではビールなどの種類とおつまみ系のメニューが良く売れています』

「なるほど?」


 よく分からないが、レッジはT-2も引き込んだのだろう。

 シフォンは複雑な心境で相槌を打った。


「そういえば、おじ――レッジさんはどこに?」


 ふと思い出し、周囲を見渡してシフォンは首を傾げる。

 いつもの買い取りカウンターに彼の姿はなく、ネヴァも暇そうにしている。

 厳密にはフィールドではないため、原生生物の買い取りがなく、仕事も回ってこないようだ。


「ああ。レッジさんならあそこに……」


 そう言ってレティが地下工事現場の一角を指さす。

 シフォンがそれに吊られて視線を向けると、そこには――。


『あう、あう。重たいのじゃ、腕が千切れるのじゃ……』

「大丈夫だって。ほら、もうちょっと頑張れ」

『もう嫌なのじゃぁ』


 嗚咽を上げながら土を掘る黒髪の少女と、彼女を励ます叔父の姿があった。


「児童労働許すまじッ!」

「うおわっ!? な、シフォン!? なんだ突然!」


 考えるよりも先に体が動いていた。

 レティたちに叩き込まれた身のこなしを最大限に発揮し、一瞬でレッジのもとへ向かい拳を振り上げる。

 背後からの奇襲に気がついたレッジが慌ててシフォンの腕を逸らし、ひらりと身を翻して避けた。


「何やってるの!」

「なにって、現場監督だよ。と、とりあえずその拳を下ろせって」


 身内の恥は始末せねばと息巻くシフォンを、レッジは落ち着かせる。

 しかし彼女は鼻息を荒くして、シャベルを抱えた黒髪少女を指さした。


「じゃあこの子はなんなの。可哀想でしょ!」

「お、俺に言わないでくれよ……」


 黒髪少女はT-3によく似た風貌だった。

 土に汚れた作業服に華やかさはないが、目元の隠れた顔はあどけなく可愛らしい。

 細い首には黒い首輪が回され、更には“妾が大切なリソースを無駄使いしました”とマジックペンで書かれたボードを下げている。

 その哀れな姿に、シフォンは同情の念を向けた。


『別にレッジの趣味じゃないから、安心しなさい。ただの懲罰だから』

「カミルちゃん! 懲罰ってどういうこと?」


 レッジに助け船を出すように事情を説明するカミル。

 シフォンが詳しい事情を尋ねると、彼女は更に続けた。


『まず、彼女はT-1のメイドロイド体よ』

「T-1って、事件の黒幕?」

『黒幕……? なのかはちょっと分かんないけど、今回の騒動の中心ではあるわね』


 首を傾げるシフォンに、カミルは曖昧な回答をする。

 シフォンは正直なところ、レッジたちの周囲で巻き起こった一連の騒動についてはあまり知らない。

 プレイ歴数日の駆け出しに理解しろと言う方が酷ではあるが、ともかくT-1や他の指揮官、管理者たちについてもほとんど実体を把握していないのだ。


『とりあえず、T-1は色々暴走して、管理者の貯蓄していたリソースを大量に浪費したわ。今はその責任を取って、奉仕作業をしているの』

「奉仕作業……」


 ザクザクと土を掘っては手押し車に積み込んでいくT-1を、シフォンはまじまじと見る。


「T-1の余剰演算領域をメイドロイドとしての活動に割り当てて、俺と契約したんだ」

『そういうこと。だから先輩のアタシがビシバシ指導してやってるのよ』


 そう言ってカミルは胸を張る。

 初めての正式な後輩に、随分と張り切っている様子だった。

 上位権限者には弱い彼女も、T-1がメイドロイドとなったため遠慮なく指導できる。

 T-1をメイドロイドにしたのは、管理者たちによる決定だった。


「T-1がメイドとしてやってきたのは特別任務の報酬らしいんだが、体よく押しつけられた感じが否めない……」

「それって人身売買的なのじゃないの?」

「ロボットだからなぁ」


 契約料やらが必要なく、指揮官らしく各種能力値がすこぶる高い、優秀なメイドさんではあるのだが、〈白鹿案〉には既にカミルという優秀なメイドさんがいる。しかし彼女を引きずり出してしまった手前、レッジも放っておくわけにもいかなかった。

 そんなわけで、レッジはT-1が管理者たちに対する負債を完済するまで、面倒をみることになっていた。


『主様、積み終えたのじゃ』

「分かった。じゃあ集積所に運ぶか」


 シフォンたちが話をしているうちに、T-1が手押し車いっぱいに土を積み上げた。

 それを押して、工事現場の隅にある土山の方へと向かうT-1を、レッジとカミルが追いかける。


「レッジさん、T-1ちゃんに主様って呼ばせてるの?」

「カミルの指導だよ。俺は何にも関与してない」


 険しい視線のシフォンに、レッジは慌てて弁明する。

 T-1はもともと彼のことを“貴様”と呼んでいたが、カミルがそれを矯正したのだ。


「ていうか、T-1に言う割にはカミルは俺のことアンタとか呼ぶよな」

『は? 何か悪い?』

「いや、別に良いんだけども」


 語気を強めるカミルに、レッジは釈然としない様子だが首を振る。

 彼自身、特に呼ばれ方にこだわりを持っていない上、今更彼女に敬われるように呼ばれても背中がかゆくなりそうだと思っていた。


「ああ、そうだ」


 去り際、レッジは唐突に振り返り、シフォンに話しかける。


「今度、シフォンとT-1の歓迎会するから。都合の良い日を教えてくれな」

「はえっ? それはいいけど、何するの?」


 首を傾げるシフォン。

 それに対して、レッジは不敵な笑みを浮かべる。


「まあ、それは追々。とりあえず今はまだ〈万夜の宴〉の期間中だからな。そっちを楽しんでてくれればいいさ」

「はあ……」


 そう言って手を振り離れていくレッジ。

 彼らを見送ったシフォンは、今度こそレティと共に露店の方へと向かった。


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Tips

◇サノオ

 調査開拓員有志によって作成され、一部のコミュニティ内で取引されている独自の通貨アイテム。不定形のおよそ長方形をした紙製で、精巧な管理者の肖像が描かれている。

 1サノオ、10サノオ、100サノオ、1,000サノオ、10,000サノオ紙幣の五種類が存在するが、紙幣額と描かれている管理者肖像に関連性はない。

 ビットとの兌換レートは1ビット10サノオ。


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