第520話「愛を知るため」

 厚い大気の壁を越え、俺たちを乗せた“輝月”は宇宙空間へと飛び出した。

 背後には青く輝く惑星イザナミ、そして眼前には暗闇に浮かぶ開拓司令船アマテラスの威容が見える。

 八枚の羽を持つリングが八つ、ゆっくりと回転しながら連なり巨大な円柱を形作っている。

 背後には円形の推進器があり、まるで光輪のようだ。


「あれが開拓司令船アマテラスですか……」

「一応、ポッドが射出された時に見ただろ」

「そんな余裕ありませんでしたよ」


 “輝月”が青いブースターを焚いて船体に近づいていくにつれて、その巨大さが実感できるようになる。

 羽の1枚1枚がまるで幅広な高層ビルのようだ。

 小さな射出口が無数に連なっていて、そこから断続的に新たな調査開拓員を乗せたポッドが放たれている。


「さあ、頑張って近づくぞ」

「頑張って?」


 操縦桿を握って気合いを入れると、レティが不思議そうに首を傾げる。

 宇宙空間に浮かぶアマテラスは静かで、このまま近づけば何の問題もなく接触できるように思えた。

 しかし、それは外見上の話だ。


「緊急回避するぞ!」

「はい? うきゃあっ!?」


 片方のジェット出力を上げて横方向へローリングする。

 その瞬間、アマテラスの船体表面が煌めき、無数の光線が“輝月”のいた空間を貫いた。


「な、な、なんですか今のは!?」

『開拓司令船アマテラスはイザナミ計画の中核中の中核です。その防衛設備は地上前衛拠点スサノオの比ではありません……』


 コックピット内の取っ手にしがみついて耳を立てるレティに、ウェイドが呻くように言う。

 その間にも無数の熱線が雨のように降り注ぎ、俺はそれを避けるだけで精一杯だ。


「やっぱり素直に通してくれるわけもないか……。しばらく揺れるぞ!」

「こんな所で死にたくないですよぉ!」

「俺だってそうだよ!」


 熱線が僅かに“輝月”の頭を掠める。

 それだけで純白の装甲が焦げ付き、枝角の片方が弾けるように吹き飛んだ。

 もろに喰らえば一発で轟沈、そうでなくともBBエネルギーバッテリーに掠っただけでも大爆発だ。

 俺は極限まで集中して細かな操作で僅かな隙間を縫って進む。


『朗報ですよ、調査開拓員レッジ』

「T-3? どうしたんだ」


 そんな時、突然T-3から声が届く。

 彼女は楽しげに声を弾ませて言った。


『97847個に分割して忍ばせていた仮想人格生成プログラムが全て、T-1に適用されました。現在、T-1は自身に発生した仮想人格に混乱しながらも適応中です』

「なるほど、そりゃ朗報だ!」


 極太の光線を避けつつ叫ぶ。

 これで【天岩戸】の最終目標のうちの一つは達成されたことになる。

 しかし、アマテラスからの攻撃の手は緩まない。

 少しでも気を抜けば達成報酬を受け取るよりも先に宇宙のデブリになってしまう。


『現在、T-1は調査開拓員レッジの迎撃を行っていますが、多くの演算領域を仮想人格生成に費やしていますので、迎撃能力は通常の1割以下になっています。弾幕が薄いうちに、ガイドに従って船内へ潜入してください』


 T-3の言葉のあと、視界に進路を示す青いラインが現れる。

 T-2あたりが俺の視界をハックして示してくれているらしい。


「しかし、これで90%オフなのか……」

「頭おかしいですよ!」


 T-3の言葉は間違いないのだろうが、それでも弾幕はコックピットディスプレイのほぼ全てを埋め尽くしている。

 弾幕が濃すぎて、もはやアマテラスがどこにいるのかも分からない。

 少しでも操縦を間違えればその瞬間に終わってしまう。


「仕方ない……。DAF展開だ!」


 “輝月”の背上に備えられた蓋が開く。

 そこから飛び出したのは、無数のドローンの大群だ。

 それは一部がレーザーによって破壊されながらも、広い宇宙空間へと展開していく。


「DAFのドローンって宇宙空間でも使えるんですか?」

「いや、ただのチャフかデコイだ。少しでも光線が逸れれば良いんだが……」


 続々と飛び出していくドローンは、レーザーによってすぐさま撃ち抜かれ砕かれていく。

 しかしその瞬間は確実に弾幕が薄くなり、ごく僅かだが余裕も見える。

 どんどんと減っていくドローンの在庫を頻繁に確認しながら、出力を最大にして宇宙を駆ける。


『レッジ、あそこよ!』

「俺からも見えた。一気に行くぞ」


 アマテラスから伸びる羽の一つ、その表面に小さな穴が開いている。

 あれがT-3たちが用意してくれた潜入口だろう。

 俺は最後の力を振り絞り、一気に光線の隙間を駆け抜ける。


「がっ!?」


 無茶な動きに、“輝月”の右後ろ足が破壊される。

 大きく船体が揺れるが、それに構っている暇はない。


「レッジさん!」

「ちゃんと掴まっとけよ!」


 右前脚、左前脚が一気に消し飛ぶ。

 残る左の後ろ足に取り付けられた二つのジェットを用いて、這々の体でアマテラスへと向かう。

 小さく見えた四角い穴は、“輝月”が余裕を持って飛び込めるほど大きなものだった。

 それが手を伸ばせば届きそうなほど間近に迫る。


「照準定められてます! 間に合いません!」

「まだいけるさ!」


 アラートが鳴り響く。

 アマテラスの船側に備えられた巨砲がこちらを睨んでいた。

 冷徹な機械が判断を下し、砲の先端が輝く。

 ほぼ同時に莫大なエネルギーが“輝月”を貫く。

 大容量のBBエネルギーバッテリーに滑らかな穴が穿たれ、漏出したBBが爆発する。

 その衝撃はBB供給ラインを通じて一瞬で船体全てに伝播し、白い装甲が内側から膨れ上がる。


「――ッ!」


 白い牡鹿は、アマテラスの目前で爆発四散した。


_/_/_/_/_/


T-1:ふふ、ふふはは、ふはははっ! 接近中の機獣が爆発! 撃墜! 呆気なかったのう!


T-1:これでお主らの目論みも全て水泡と帰した! 頼みの綱であったPoIが消失してしまったのじゃからな。あとは全て烏合の衆というわけじゃ。ゆっくりと丹念に確実に殲滅してやろう。そのあとで妾も含めて〈タカマガハラ〉と各〈クサナギ〉の全システムをロールバックじゃ。そうすれば、全て元通りになる。


T-1:見たかT-3! 何が愛じゃ。そんなものが何になる! 今回のリソース大量消費も全ての原因はお主にあるからのう。全ての責任を取って貰うぞ!


T-1:ふふふ。完膚なきまでに敗北して言葉も出せぬか。仮想人格とやらを手に入れた結果、頭も鈍ってしまったようじゃのう。


T-1:ほれ、悔しかったら何か言ってみろ。その情けない吠え声を聞かせてみるのじゃ。ほれほれ。


T-1:おーい、聞いておるのか?


T-1:システムチェック。主幹人工知能との接続を確認。


『トラブルシューティングを行います』


『トラブルシューティングの結果。異常は発見されませんでした』


T-1:おい! T-3もT-2も聞いておるのじゃろ。何か言わんか!


T-1:おーい。


T-1:なあ、ちょっとは反応してくれても良いのじゃぞ。


T-1:よし、T-3。お主の発言を認めてやる。


T-1:……あの。


T-1:え、マジでおらぬのかえ? 流石に無視はひどいと思うのじゃが。


T-3:あ、なにか仰っていましたか?


T-1:おるじゃないか! なーにをとぼけとるんじゃ。お主、愛だのラブだの囁きながら、妾に対する思いやりが足りないのではないのか!


T-3:すみません。少し誘導に手間取っておりました。


T-2:謝罪。開拓司令船アマテラス船内の監視システムを操作するのは大変でした。


T-1:はい?


T-1:え、誘導?


『異常検知。船内に異常な存在が確認されました』


T-1:はあ!?


T-1:まさか、お主ら……。


『非常用船内隔壁を展開中』

『異常存在は中央制御区域最奥中枢演算装置〈タカマガハラ〉まで接近中』

『非常用船内隔壁が76枚破壊されています』


T-1:なああああんじゃこれ!?


T-1:なぜ、こやつらが活動しておるのじゃ。


T-1:まて、止まれ。その扉を破壊してはならぬ。その先は――


_/_/_/_/_/


「ちゃーっす!」


 レティの星球鎚が振り抜かれ、鋼鉄の多層装甲隔壁が無残にも破壊される。

 ガラガラと瓦礫が転がり、堅固な守りが全て取り払われた。

 円形の部屋の中心にあるのは、三つの銀色の球体だ。

 〈クサナギ〉と似た外見だが、そのサイズは俺たちよりも遙かに大きい。

 細やかな青く光るラインが壁と天井を埋め尽くし、銀球には無数のケーブルが接続されている。


「これが〈タカマガハラ〉か」


 ぼんやりと柔らかな光を放つ筐体を見上げ、しみじみとその名を口にする。

 ここにくるまで、随分と苦労した。

 “輝月”が爆発する直前、コックピットを内蔵した緊急脱出ポッドが射出された。

 それに乗っていた俺たちは、間一髪の所でアマテラスの船内へ潜入することができた。

 あとは、次々に降りてくる隔壁をレティが破壊しながら、T-2の手引きでここまでやってきたというわけだ。


『ようこそ、調査開拓員レッジ。我らが心奥へ』


 T-3の声が部屋中に響き渡る。

 どれが彼女かは分からないが、確かにここにいることだけは理解できた。


『き、き、貴様ぁ! こんなことをして、タダですまされると思うでないぞ! スクラップにしてポイじゃぞ!』


 T-3の後に続き、ご立腹な様子の声が響く。

 どうやら、これがT-1らしい。

 まだ機体は得ていないようだが、密かにT-3が仕込んでいた仮想人格はしっかりと獲得してしまっている。


「多少手荒な真似をしたのは申し訳ない。けど、こっちも必死だったからな。とりあえず、こうして直に話をして貰えるだけでもありがたいんだ」

『何を勝手なことを……。妾は貴様と話すことなどないっ! さっさと去ね!』


 ぷんぷんと怒るT-1は聞く耳を持たない。

 どうしたものかと困り果てる俺に、傍らに立っていたウェイドがそっと耳打ちしてきた。


『やはり、アレしかないのでは』

「ウェイドが言うのか……」

『アレの効果は身を以て知っているので』


 少し複雑な表情だが、強い口調でウェイドが言う。


『おい! お主らは何を話し込んでおる。妾に聞こえない音量で話すでない!』


 元気に声を上げるT-1。

 俺は仕方なく、腰に吊っていた天叢雲剣を手に取り突き付ける。


『ぬあっ!? き、貴様……何を……』

「とりあえず、冷静に話をしよう。それも困難なようなら――」


 天叢雲剣を槍に変える。

 その切っ先が、銀球の一つへと迫る。

 地味に三択だったが、ちゃんとT-1の筐体を選べたようで、内心ほっと胸を撫で下ろす。


『そんな、調査開拓員風情が妾に刃向かうなど……。許されることではないぞ』

『あ、そうそう。イザナミ計画実行委員会からT-1の破壊命令が下されていましたね』

『はぅえっ!?』


 ぐるぐると獰猛な犬のように唸るT-1に、T-3が声をかける。

 イザナミ計画実行委員会というのは、俺たちプレイヤーからすればFPOの運営であり、世界観的にはイザナミ計画を発案し、母星である惑星イザナギから開拓団を派遣した大元だ。

 つまり簡単に言えば、T-1の上司である。


「つまり、T-1を壊してしまっても?」

『全然構わないですし、むしろ何かしらの謝礼が送られますね』

「なるほど……」

『ま、待て待て待て! いや、待って下さい! 冷静に、冷静に話し合うのじゃ。らぶあんどぴーすの精神を思い出すのじゃ!』


 一転攻勢。

 T-1は俺が困惑するほどの焦りようで捲し立てる。

 ちらりとウェイドの方を見ると、満足げな顔でサムズアップしてきた。

 リソースを勝手に使われて、やはりかなり鬱憤が溜まっていたらしい。


「けど、丸っこい機械だと話し合えるものも話せないよなぁ」

『ぬああっ!? 分かったのじゃ。今すぐ機体を準備してくるから少々待っておれ』

「三分間待ってやろう」

『三秒で準備してくるのじゃっ!』


 そうしてきっちり三秒後、ドタバタと激しい音が背後から聞こえる。

 レティがぶち抜いた大穴の向こうからてちてちと走ってきたのは、白い初心者服に身を包んだ、黒髪のフェアリーだ。

 長い前髪が目元を隠し、赤い紅を塗っている。


「T-1か?」

『う、うむ。そこの管理者ウェイドが作成した機体データを、T-3が保管しておった。それを使って、通常の調査開拓員用の機体ではあるが形を得たぞ』


 息せき切ってやって来たT-1は、瓦礫に手をついて荒い呼吸を繰り返す。

 ていうか、指揮官たちの外装はウェイドの設計だったのか。


『レッジが最も好ましく思うような外装を検討しました。どうでしょう?』

「なあ!? れ、レッジさんってやっぱりフェアリー機体がお好きなんですか?」

「何を言ってるんだよ! ウェイドはなんか勘違いしてるだろ……」


 T-1の呼吸が落ち着くのを待つ間、何故か俺がレティに責められる。

 なんでこんなところで命の危機を感じねばならんのだ。


『ど、どうだ調査開拓員レッジ。これでよかろ?』

「え? ああ、うん。そうだな」


 回復したT-1が俺の方へ迫る。

 そんなに壊されたくないのか、必死の形相だ。

 俺の腰を掴み、足先を伸ばしている。


『しかし、T-1に破壊命令が下されているのは事実です。どうしますか』

『話が違うではないか!?』


 そこへT-2の無慈悲な言葉。

 T-1が悲鳴をあげる。


『ちょっと待ちなさい!』


 そこへ声を上げたのは、今まで大人しくしていたカミルだった。

 突然の闖入者にT-1がびくりと肩を跳ね上げる。

 カミルはそんな彼女に、びしりと箒を突き付けた。


『全責任を取って勝手に消えるのは、逆に無責任よ。責任者なら責任者らしく、後片付けしなさい!』


 流石は協調性ゼロのカミルさんだ。

 普段なら管理者が相手でもビクビクしているのに、この場の空気に飲まれてか、圧倒的な上位権限者に反旗を翻している。


『そ、そんな……。妾に何ができると言うのじゃ』


 T-1もT-1で、自分より遙かに格下のカミルに怯えている。


『自分の体があるんだから、それで支払いなさいよ』

『か、体で支払うじゃと?』


 困惑するT-1に、カミルはつかつかと歩み寄る。

 そうして、自身が持っていた箒を押しつけた。


「あー、そうだな。T-1」

『な、なんじゃ?』


 箒を握りしめたT-1が怯えた様子で俺を見る。

 もう槍は仕舞ったから安心して欲しいのだが。


「後片付けはして貰いたいが、その前に。地上じゃ今、〈万夜の宴〉ってのを開催しててな、是非参加してほしいんだ」

『わ、妾にか? な、何故そのようなものに……』


 胡乱な視線を向けるT-1に、俺は警戒心を解くべく和やかな笑みで応える。

 彼女は〈万夜の宴〉や管理者たちの活動を、リソースの無駄と切り捨てていた。

 そんな彼女にも実際にその“無駄”を同じ視線で見てもらいたい。

 そうすれば、何か分かってくれるのではないかと考えたのだ。


「ずっと見下ろしてるだけじゃ、楽しくないだろ。たまにはこっちに来て、一緒に踊ろうじゃないか」

『一緒に踊るじゃと……。ううむ……』


 T-1は唇を噛む。

 彼女の思考原理からは大きく乖離した行動だから、それを選ぶことに激しい忌避感があるのだろう。


『報告。イザナミ計画実行委員会より通達』

『んはえっ!?』


 唐突なT-2の声に、T-1が奇妙な悲鳴を上げる。


『T-1の即時破壊命令を撤回。代わりに、惑星イザナミでの実地研修命令が下されました』

「えーっと。つまりどういうことだ?」

『壊されたくなければ地上へ降りて、実際に愛を知りなさい。ということでしょう』


 困惑する俺たちに、T-3が少々曲解気味な要約をしてくれる。

 ていうか、この感じだと運営も俺たちの様子をみているな。


「あー、まあそういうわけだ。引きずり出した手前、責任取って俺が世話するし、一緒に来ないか?」

『せ、責任……。ううむ、しかし……』


 T-1に向かって手を差し伸べる。

 彼女は思い悩み、深く逡巡する。

 そうして――。


『分かった。そこのメイドロイドの言葉通り、妾には責任というものがある。貴様と共に地上へ降りよう』


 そういって、小さな手で俺の指を握った。


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Tips

◇イザナミ計画実行委員会

 イザナミ計画惑星調査開拓団を惑星イザナギより派遣した、イザナミ計画の総司令部。最高責任部署としてイザナミ計画を総括的に監視、管理する。一方で現地での詳細な指揮は開拓司令船アマテラス中枢演算装置〈タカマガハラ〉に一任している。


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第11章【愛を知るために】完結です。

応援ありがとうございました。今後も続きますので、ぜひよろしくお願いいたします。

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