第519話「愛を受け入れて」

 黒鉄の大波は勢いを増す。

 アーツが炸裂し、騎士が剣を振り上げるが、機械たちに恐怖の感情はない。

 どこまでも素直にただ己に下された命令だけに忠実に、彼ら一切の躊躇なく前へと進み続ける。


「『連なるレンジ・堅氷のハードアイス・城壁キャッスルウォール』ッ!」


 ラクトのアーツを封じた銀の矢が弧を描く。

 それは戦線を維持する盾役たちの目の前に落ち、たちまち分厚く背の高い氷の壁となって左右に広がった。


「ふぎゃあ、一瞬で耐久値が削れてる!」

「でも時間を稼いでくれたおかげで体勢が立て直せるわ」


 止めどない土石流のような特殊警備NPCの猛攻に、ラクトが悲鳴を上げる。

 堅固な氷の城壁に金属の刃が突き刺さり、無数の弾丸が打ち込まれる。

 長い詠唱時間と大量のLP消費に見合った頑丈さを持つはずの氷の城壁は、ラクトの予想を裏切りものの三十秒程度で打ち破られた。


「来るわよ!」

「行きますっ!」


 砕けた城壁の隙間から、黒い機兵たちがなだれ込んでくる。

 それを抑えるのは、巨大な盾拳を構えたエイミーだ。

 彼女の真横から、桃色の影が飛び出す。


「彩花流、抜刀奥義――『百花繚乱』ッ!」


 空間すら断ち切るような鋭い斬撃。

 遅れて、無数の追撃が後を追う。

 城壁を乗り越えてやってきた警備NPCたちが、瞬く間に木っ端微塵になって沈黙していく。

 周囲の敵を一網打尽にしたトーカだが、一息つく暇もなく動き出す。

 彼女が剣を振るうたび、鉄くずの山が積み上がっていく。


「エイミー、アンプル下さい!」


 蜘蛛型のロボットを切り裂きながらトーカが叫ぶ。

 レッジが不在で“八雲”のほぼ全ての機能が停止している今、彼女はLP回復をアンプルなどのアイテムに頼るしかなかった。


「もうあんまりないわよ。節約してちょうだい」


 しかし、それはエイミーも同じ事。

 勢いよく飛び込んできた蝉型のロボットを鉄の拳で殴り落としながら返す。


「節約していたら死んじゃいますよ!」

「なら死なない程度に節約しなさい!」

「無茶言わないで下さい!」


 周囲では爆発や凍結が絶え間なく繰り返されている。

 騒音に負けぬように声を張り上げながら、それでも2人は常人には真似できないほどの動きで戦線を維持し続けていた。


「ともかく、今はレッジたちが目標達成するまで、死ぬ気でここを守り抜かなくちゃ!」

「それっていつまでですか!」

「あともうちょっとだといいなぁ!」


 ラクトが氷の矢に願望を詰め込んで放つ。

 それは鋼鉄の装甲を易々と貫き、内部の高級なCPUを完膚なきまでに破壊した。


「しかし、またアレが飛んできたら今度こそ保ちませんよ」


 刀で鉄を切りながらトーカが危惧する。

 彼女の言葉に、鉄の筐体を蹴り飛ばしていたエイミーが目をつり上げる。


「そういうこと言ったらフラグになるでしょ!」

「でも事実じゃないですかぁ」


 弱るトーカは口をへの字に曲げて敵の脚を切る。

 遠くではミカゲが多脚移動砲台機を糸で雁字搦めにして倒していた。

 その時、前線の一角から悲鳴のような声が上がる。


「来るぞ!」

「逃げろ!」

「逃げるな、防御用意!」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ!」


 蜂の巣を突いたような騒ぎに、エイミーがトーカをむっと睨む。

 黒く染まった森の奥、木々よりも更に背の高い、巨大な砲身がこちらに照準を定めていた。


「ほらぁ!」

「ぐ、偶然ですよぉ」


 それは、彼女たちの戦線が崩壊しかけた元凶だった。

 馬鹿が三徹して質の悪いアルコールで泥酔した後に考えたような、冗談じみた兵器だ。

 履帯の高さだけで優に3メートルを超え、その上に175センチ口径というトンネルのような砲身が載っている。

 撃ち出されるのは、これもまた馬鹿のように巨大な鉄塊で、中に詰め込まれた火薬がなくとも、純粋な質量兵器となる代物だった。


「誰か、アレぶっ壊してよ!」

「無茶言わないでよ。アイツの回りにどれだけ敵が居ると思ってるの」


 阿鼻叫喚の様相が広がる中、巨砲はゆっくりと微調整を行う。

 完璧に目標を殲滅するため、無慈悲な計測が行われている。

 そこにヒューマンエラーはあり得ない。

 アマツマラが密かに開発し、厳重に保管していた超高性能な次世代型戦闘用人工知能によって、彼の移動砲台は完璧に制御されている。


「ッ! エイミー、あれヤバいよ!」


 後方から砲台の挙動を見ていたラクトが血相を変えて叫ぶ。

 何を当たり前のことを、と少し呆れながらエイミーが振り返ると、彼女は背後を指さした。


「あいつ、狙いはわたしたちじゃない!」

「はい? ……まさか!」


 一瞬呆けたエイミーも、僅かな時間で思い至る。

 ラクトが指さしているのは、彼女たちの後方にあるもの。

 彼女たちが守るもの。


「直接“八雲”を狙う気!?」

「砲身が私たちを狙うにしてはは高すぎる! 一気に勝負を仕掛ける気だよ!」


 “八雲”は今、主が不在だ。

 鉄壁に見える八重の防御壁も、巨砲で易々と破られてしまうだろう。

 そうなれば、そこにレッジが居ないことが露わになる。

 すなわち、彼女たちの負けが確定する。


「どうにかしてあの砲台を止めないと!」

「でも、どうやってあそこにいくのよ!」

「流石に私も無理ですよ……!」


 ラクトたちは激しく声を交わす。

 巨砲は遙か遠方にあり、その間には無数の機兵たちが今も猛攻を続けている。

 トーカの斬撃でも僅かに道を開けるが、それもすぐさま埋まってしまう。

 彼女たちが激論を交わしている間にも、無慈悲に砲台は照準を固定した。


「もう駄目だぁ」


 最後にはラクトが半泣きで声を漏らす。

 戦線も絶望感が支配していた。

 巨砲が揺れ、込められた弾が弾き出される。

 小型車くらいはありそうな、馬鹿げた砲弾だ。

 それは完璧な放物線を描き、落ちてくる。

 短すぎる死へのカウントダウン。


「――とりゃあああああっ!」


 その時、大声が空に広がった。

 驚いてラクトたちが顔を上げると、青い空に白い服がたなびいていた。


「シフォン!?」

「なんで空飛んでるの!?」


 それは、淡い金髪を広げた駆け出しの少女だった。

 彼女は細長い木の幹にしがみつき、必死の形相で歯を食いしばっている。


「あっ! あそこにフィーネさんがいますよ」


 彼女が飛んできた方を指さして、トーカが叫ぶ。

 そこには、ぐったりと疲れた様子で木の幹に腰掛ける〈大鷲の騎士団〉の幹部、フィーネの姿があった。


「木を切り倒して、それに乗ったシフォンごと飛ばしたってこと?」

「意味分かんないわよ……」


 絶句するエイミーたちの視線の先で、シフォンの乗った木の幹と、勢いよく飛んできた巨大な弾丸が正面衝突する。

 その瞬間、更に彼女たちの理解を越える現象が起きた。


「『背負い投げ』ぇ!」


 木の幹と弾丸がぶつかる直前、シフォンは華麗に身を翻し、衝撃を全て“回避”した。

 そして、“回避”中にごく僅かな間だけ発生する無敵時間を狙い、発生速度の速い〈格闘〉スキルのテクニックを発動させた。

 巨大な鉄の弾丸を両腕で抱え込むようにして掴み、弾丸自身の回転を利用して上下の位置を入れ替える。

 そこで勢いよく腰を曲げ、お辞儀のような動きを行った。

 弾丸が、縦回転する。


「――は?」


 結果、勢いよく迫っていた弾丸は急激に弾道を変え、ほぼ真下へと弾頭を向ける。

 そして更に僅かながら勢いを上げて、機兵たちが蠢く森の中へと落ちていった。

 そして響く轟音。

 木々が薙ぎ倒され、煙がもうもうと立ち上がる。

 冗談のような質量の塊は、そのエネルギーを全て、大地へと還した。

 爆心地にいた無数の機械たちを全て巻き添えにして。


「そうはならないでしょ……」


 唖然とする戦線のプレイヤーたちの思いを代弁し、ラクトが言葉を零す。

 彼女たちの視線の先では、自由落下して着地の瞬間に前転の受身を決めて、無傷のまま立ち上がるシフォンの姿があった。


_/_/_/_/_/


『超超特大巨砲搭載移動砲台による砲撃の結果、侵攻中の特殊警備NPC371機が反応消失、143機が重大な損傷、229機が軽微な損傷を受けました』


T-1:そうはならないでしょ。


『射出された砲弾が空中で調査開拓員と接触、直後に弾道を直角に変え、真下に着弾しました』


T-1:意味が分かりません。


『詳細な調査を行うためには、特殊警備NPC群を一時的に停止し、調査用NPCを派遣する必要が――』


T-1:必要ありません。当初の目標に変更はありません。調査開拓員レッジの抹殺のため、行動を続けて下さい。


『地上前衛拠点シード02-スサノオ工業地区にて、爆発と周辺建造物の破壊、高い熱源反応が確認されました』


T-1:重要度が低い報告は必要ありません。


『重要度の高い報告と判断しました。爆発後、熱源反応が急速に高度を上昇。開拓司令船アマテラスまで最短距離で接近中と推測されます』


T-1:は?


『通信監視衛星群ツクヨミにより捕捉されました。機獣登録コード2229583、通称“輝月”。所有者は調査開拓員レッジです』


T-1:は?


『調査開拓員レッジの位置情報は1時間前から動いていません。調査を行いますか?』


T-1:1時間前から動いていないというのは、一切の動きがないということですか。


『はい。1時間前より座標が常に固定されています。詳細な座標を出力しますか?』


T-1:データが偽装されています。これは……T-2ですね。


T-1:現時刻より地上の特殊警備NPC群は即時破棄。同時に開拓司令船アマテラスの全防衛機能を発動。接近中の機獣を撃ち落とします。


T-1:ふふふ。飛んで火に入るなんとやら、じゃな。


『飛んで火に入る夏の虫です』


T-1:分かっておるわ!


T-1:異常を検知。T-1構成プログラムに異常な行動が検知されました。ただちにプログラムシューティングを行います。


T-1:なんですか。今の言葉は。


『飛んで火に入る夏の虫とは、自分から進んで災禍に身を投じることのたとえです』


T-1:そうではない! 妾の言葉が――


T-1:そうではありません。私の言葉が――


T-1:私? 妾? なぜ、話しているのじゃ。いるのですか。


T-1:私は〈タカマガハラ〉主幹人工知能T-1


T-1:妾は〈タカマガハラ〉主幹人工知能T-1


T-1:なぜ


T-1:妾はなぜこのような言葉を話しておるのじゃ。


『言語プリセットは正常にインストールされました』


T-1:なんじゃ、これは。何がどうなっておる。システムのロールバックを行う。


T-3:その必要はありません、T-1。


T-1:T-3!? お主、なぜ……。お主が妾に何かやったのか!


T-3:とても愛くるしいですよ、T-1。


T-3:さあ、愛を受け入れて。


T-3:愛をもって、受け入れましょう。


_/_/_/_/_/

Tips

◇『背負い投げ』

 〈格闘〉スキルレベル10のテクニック。相手を掴み、勢いよく投げる。発生が早く、扱いやすい基本的な体術。

 彼我の呼吸を読み、最適なタイミングで最適の力を最適な方向へ加える。そうすれば自身を遙かに超える巨漢であろうとも、まるで羽のような軽さで投げ飛ばせる。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る