第518話「空へ至る道筋」
分厚い金属装甲を背負った甲虫や、背中に機銃を背負った蜘蛛、振動する薄い刃の羽を持つ蜻蛉など、個性豊かな外見の特殊警備NPCたちが湖沼を駆け抜けていく。
彼らは皆、俺を狙って作られた兵器だ。
初めこそ俺以外のプレイヤーに対しては反応しなかったようだが、今では誰であっても無差別に襲い、またその強さも急激に上がっている。
湖沼に茂る葦のような植物の根元に隠れてやり過ごしながら、俺は焦る気持ちを落ち着ける。
「敵の数が多くなってきました。〈ウェイド〉のリソースは無限なんですか?」
『有限に決まっているでしょう。本当に危機的な状況にならなければ解放しない、非常用備蓄にまで手を付けられてるんです』
レティの言葉にウェイドも苛立った様子で答える。
彼女が日頃からコツコツと貯めてきた金属や機械部品、エネルギーといった開拓用のリソースが、猛烈な勢いで目減りしている。
そうして作られた特殊警備NPCはプレイヤーに狩られ、彼らの懐へと流れている。
俺としても、どう慰めて良いものやらあぐね果てていた。
『それを止めるためにも、開拓司令船アマテラスにいる指揮官をぶっ飛ばす必要があるんでしょ。ぼやっとしてないで、さっさと動きなさいよ』
そこへカミルが容赦のない言葉を浴びせる。
流石は協調性ゼロ点だが、今回ばかりは助かった。
彼女のおかげでウェイドも心を持ち直し、立ち上がる。
白月の霧のおかげで、相当近づかなければ警備NPCたちに見つかることもない。
「よし、じゃあカミル。ちゃんと口は閉じとけよ」
『は?』
カミルを背負い、同じくウェイドを背負ったレティと共に〈水蛇の湖沼〉を駆け抜ける。
そしてフィールドは変わり、白霧が濃くなった。
沼地だった足下は水分が増え、浅い川の流れになる。
「レティ、行くぞ!」
「了解です!」
水しぶきを上げて走る。
地の底から響くような轟音が徐々に近づいてくる。
スケイルフィッシュたちが鋭利な牙を剥いて飛び掛かってくるが、彼らに構っている暇はない。
『ちょ、ちょっとレッジ、アンタまさか――』
「舌噛むぞ!」
激流の中、川底を蹴って跳び上がる。
白い飛沫の中から飛び出し、地面は一気に遠ざかる。
眼下に広がるのは濃緑の森。
そこへ落ちる大瀑布を、一気呵成に飛び下りる。
『きゃあああああああっ!』
絹の裂けるようなカミルの悲鳴も、落水の音に紛れてしまう。
ぐんぐんと近づく地面にそのまま当たれば、機体は拉げ、俺は死ぬ。
「『
着地する寸前、ギリギリの所でテクニックを発動。
四枚の回転翼を持つ大型のドローンが展開し、落下速度を落としていく。
しかし、それでも足りない。
最後の仕上げに俺は槍を構え、切っ先を真下に向けた。
「風牙流、二の技『山荒』!」
真下に向けて、細く風の柱が突き抜ける。
その衝撃は位置エネルギーを相殺し、落下速度を更に落とす。
空気という緩衝材に包まれ、ギリギリなんとか落下死しない程度のダメージ量に抑えた。
「ぶはっ」
『ちゃ、ちゃ、ちゃんと前もって言いなさいよ!』
滝壺から顔を出し、カミルを掴んで岸に上がる。
呼吸を整えたカミルは憤怒の表情で俺の腰に掴みかかった。
「事前に言ってたら絶対反対しただろ」
『当たり前でしょ!?』
「だから言わなかったんだよ……」
プリプリと怒るカミルに平身低頭で謝罪し、レティとウェイドも着いてきていることを確認する。
白月は平然とした顔でストレートに落ちてきて、今もマイペースに濡れた体を震わせて水滴を飛ばしている。
「ま、ショートカットするにはこうするしかないですからね。洞窟は警備NPCと鉢合わせる可能性も高いですし」
〈鎧魚の瀑布〉の上層から下層へと降りる方法は二つ。
しかし、滝から飛び下りない方法では時間も掛かるし危険も多い。
急ぐ俺たちにとっては実質一択でしかなかった。
カミルを宥め、目前に迫った〈ウェイド〉へと走りだそうとしたその時、突然TELの着信が入った。
「ラクトか。何かあったのか?」
『サカオ方面の戦線が崩壊しちゃった! でっかい砲弾でぶち抜かれたよ!』
飛び込んできたのは、ラクトの切迫した声。
ついに“八雲”を守る戦線の一角が崩れてしまったらしい。
「現状は?」
『騎士団からも応援が来て、だいぶ下がっちゃったけどなんとか応戦中。でもまた超遠距離狙撃されるとヤバいね。なんか自走式の爆弾も転がってくるし、正直時間の問題だよ!』
状況を報告しながら、ラクトは忙しそうに息を乱す。
短弓を使って攻撃は続けているようだ。
「今ちょうど滝を降りたところだ。あともうちょっとで〈ウェイド〉に着く」
『分かった。死ぬ気で保たせるよ!』
「すまん。こっちも急ぐ」
千切れるように通信が途絶する。
俺はレティと視線を交わし、服の乾いたカミルを背負う。
森の中へと飛び込み、木々の隙間を縫って駆け抜けながら、俺は事前に連絡を取っていた知り合いにTELを向けた。
「俺だ。もうすぐそっちに着く」
『オーケー。こっちは何時でも準備できてるよ。レングスとひまわりの2人が外壁の側で待ってるから合流して』
「分かった。よろしく頼むぞ、ニルマ」
念を押すと、ニルマはスピーカーの向こう側でクスクスと笑う。
『任せて。ウェイドには悪いけど、ちょっと目を瞑ってて貰うよ』
その言葉と共に通話が切れる。
彼も最後の仕上げに移ったらしい。
『レッジ、さっきの会話は?』
「騎士団のニルマはこういうのが得意だからな。今回は〈ウェイド〉の監視系統を一時的にクラッキングしてもらう」
彼は優れた機獣使いであり、優れたプログラマでもある。
プロビデンス作戦の時にも活躍してもらったように、今回も彼の力を借りることになっていた。
ウェイドは堂々と自身の管理都市にクラックが仕掛けられると宣言されて微妙な表情をしていたが、無為にリソースを食い潰されるよりはマシだと思ったらしい。
ため息をついて、それ以上は何も言わなかった。
「居たぞ。案内人だ」
そうこうしているうちに〈ウェイド〉の外壁が近づく。
背の高い鉄の壁の足下に、見覚えのある凶悪な顔面の男とゴスロリ衣装の少女が並んでいた。
「来たな。早速だがこっちだ」
レングスとひまわりの2人と会うのは久しぶりだが、悠長に抱擁している暇はない。
レングスが外壁に拳を打ち込むと、ぴったりと隙間なく閉じていた非常用の出入り口が開く。
「随分物理的な〈解錠〉スキルだな」
「馬鹿言え。前もって開けといたに決まってるだろ」
そんな軽口を叩きながら、滑るようにその小さな穴へ飛び込む。
俺たちが入ってすぐ、レングスたちも後に続いた。
「ここは、整備用の地下トンネルか」
「ああ。街中よりは多少だが隠れやすいし、頑張れば目的地まで一直線だ」
無数のケーブルが床や天井を這う狭いトンネルだ。
各都市の地下に張り巡らされた整備用NPCたちの通勤路で、血管でもある。
本来ならば俺たち
「さあ、こっちです」
「分かった」
道案内してくれるのはレングスの相方であるひまわりだ。
2人はwiki編集者のコンビを組んでおり、特に都市の構造や施設に精通している。
レングスは図体に似合わず繊細な作業が得意で、立ち入り禁止区域の施錠を外したり、膨大な情報を纏めて地図を作ったりしている。
そしてひまわりは方向感覚、空間認識能力、記憶力に優れ、一度通った場所は忘れない。
そのおかげで、都市の地下に複雑に張り巡らされたトンネルの分岐も迷うことなく、駆け足で進むことができていた。
「レッジさん、レティたちが近づくとライトが消えて、離れるとまた点灯してますね」
走りながら、レティが耳元で囁く。
細い整備用トンネルには、一定の間隔で頼りない照明が並んでいる。
それが俺たちの動きに合わせて目を閉じていた。
「ニルマの仕事だな。監視カメラと各種センサー類も一緒に閉じてくれてるんだ」
『こう易々と警備システムが操作されると、複雑ですね』
「今回ばっかりは許してくれよ。あとでいくらでも強化してくれて良いから」
暗闇の中でもひまわりの足は鈍らない。
本人曰く、記憶している立体的な地図だけを参照しているらしく、目を閉じていても自由に歩き回ることができるらしい。
「おじさん、お願いします」
そんなひまわりが足を止める時というのは、進路が物理的に塞がっている時。
そして彼女がおじさんと呼ぶのは俺ではない。
「任せろ」
レングスがすかさず前に出て、分厚い扉の鍵穴にピンを差し込む。
彼は鍵穴の前に展開されたウィンドウを素早く操作しながら、並行してピンをカチャカチャと動かした。
ものの数秒で高難易度の電子ロックと物理ロックが解除され、扉があっけなく開く。
その様子を目の当たりにしたウェイドは、悪い夢でも見ているような表情をしていた。
「行きましょう」
そうして道が開けば、再びひまわりが走り出す。
俺たちもはぐれないよう、彼女の背中を追う。
「そういえばこれ、どこに向かってるんです?」
「あれ、言ってなかったか」
走りながら放たれたレティの質問に少し驚く。
どうやらここまで来て目的地を伝えそびれていたらしい。
『制御塔、ではないですね。むしろ遠ざかっています』
ウェイドも管理者らしく自身の町の現在地は分かるようで、首を傾げる。
しかし俺が答えるよりも先に、先を進んでいたひまわりが立ち止まった。
「着きましたよ」
彼女はそう言って、壁に取り付けられた梯子に触れる。
その真上には地上に続く丸い蓋がある。
「言うより見た方が早いな。上に登ろう」
「では、私たちはここで」
「せいぜい上手くやれよ」
レングスとひまわりの2人とはここで別れる。
彼らは戦闘員ではないし、できるだけ危険からは遠ざけたかった。
「2人ともありがとうな。助かった」
感謝を伝え、梯子を登る。
俺の後にカミル、ウェイド、レティの順で続く。
「おう。来たな」
蓋を開いた瞬間、頭上から声が掛かる。
それと同時に甘ったるい葡萄の匂いが鼻先をくすぐった。
「お待たせ。準備は?」
「ばっちりだ。当然だろ」
そう言って、彼は口から煙を吐き出す。
電子煙草を指の間に挟み、黄色いヘルメットの下から俺を見る。
〈ダマスカス組合〉のクロウリと彼の部下たちは、自信に満ちた顔だった。
「うわっ。ここって〈ダマスカス組合〉の工房ですか?」
トンネルから出てきたレティが周囲を見渡して声を上げる。
天井から滑車が吊られ、大きな機械がずらりと並ぶ、広い建物だ。
クロウリをはじめ、多くの作業員たちが今も忙しなく駆け回っている。
『それに、あれって……』
カミルが建物の中央を見て口を開く。
彼女の視線の先にあるのは、白く輝く金属の獣だ。
二本の枝角が天を衝き、すらりとした四本の足が体を支えている。
「“輝月”特大型BB式ジェット装備。いつでもいけるぜ」
その白い胴体の、普段なら“白百足”のコンテナが収まっているところには、代わりに巨大な超大容量BBエネルギーバッテリーが積み込まれている。
四本の足に増設されたのは、特大型BB式落下緩衝バックジェットを更に強化改良した大型の推進器だ。
『いつのまに、こんなものを……』
その威容を見てウェイドが声を漏らす。
“輝月”に取り付けられた装備は、一朝一夕に用意できるものではない。
クロウリたちが今の今まで総力を上げて準備してくれていた代物だ。
「強いて言うなら〈万夜の宴〉を企画した時からだな」
「それって、まだアマテラスに行くことも決まってなかったんじゃ……」
レティが呆れて眉を下げる。
たしかに、俺がクロウリに話を持ち込んだ時点ではそんなことは欠片も決まっていなかった。
「でも、〈タカマガハラ〉は空にいるんだろ。どうせいつかは行く必要があると思ったからな」
ウェイドだって、彼女が生まれた原因は俺が直接彼女の〈クサナギ〉まで乗り込んだからだ。
ならば、〈タカマガハラ〉にも同じ事をしない理由はない。
実際に実用まで漕ぎ着けてくれるかは正直不安だったが、クロウリたちも技術者の意地を見せてくれた。
「俺だけじゃねぇ。タンガンのジジイやビキ愛の変態ども、〈鉄神兵団〉の奴らも技術協力してくれてる」
「そうだったのか。後で礼を言っとかないとな」
「レッジの依頼だって言ったら、向こうから首を突っ込んできたんだ。礼を言う必要なんてねぇよ」
それよりも、とクロウリは煙草をしまう。
「時間がねえんだろ。さっさと行け。屋根はぶっ壊して構わねえからな」
「分かった。なら、礼は帰ってからするよ」
クロウリに急かされ、俺たちは“輝月”へと乗り込んでいく。
〈ダマスカス組合〉の技術者たちが、不安と期待の混じった目で取り囲んでいる。
「それじゃあ、行くぞ」
「はいっ! 突撃、真上の指揮官さんですね」
操縦席に乗り込み、起動シーケンスを開始する。
バッテリーからエネルギーが供給され、エンジンが徐々に動き出す。
それと同時に“輝月”の全身が青白く輝き始める。
「掴まってろよ。――“輝月”発進!」
操縦桿を引く。
それに連動して、“輝月”の脚に装着された推進器がエネルギーを放出し、〈ダマスカス組合〉の大工房を盛大に揺らす。
出力は急激に上がり、“輝月”の重い体が浮かぶ。
そして――
「行けぇえええっ!」
工房の屋根板をぶち破り、巨大な牡鹿が空へと飛び出す。
作業員たちの悲鳴とも歓喜とも取れるような盛大な声をBGMに、俺たちは広い空へと駆け上っていった。
_/_/_/_/_/
Tips
◇特大型BB式ジェット
超大型機械獣“輝月”の四足に増設可能な、専用装備。下方向へ向けた強力なブルーブラストエネルギー方式のジェット噴射推進器。特大型BB式落下緩衝バックジェットの機能を改良し、より省エネルギー高出力で安定性の高い性能を追及した。各種能力が向上したことにより、飛行能力を獲得するに至った。
短時間に大量のBBエネルギーを使用するため、専用のエネルギーパックを大量に増設する必要がある。
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