第517話「霧に紛れて」

盾役タンクは戦線を死守しろ! 防御機術はいくら重ねてもいい! 支援役バッファーは盾役に張り付け!」


 〈猛獣の森〉の北側、〈スサノオ〉方面から現れる特殊警備NPCの群れを凌いでいるのはアストラが指揮する〈大鷲の騎士団〉の精鋭たちだった。

 個々が高い実力を持ち、それらが高度な連携を取ることによって、銀鎧の軍団は巨大な生物のような一体感で戦列を死守している。

 重い盾を構えた重戦士がずらりと並び、その前面に防御機術師の展開する障壁が連なる。

 後列からは攻性機術師による一斉掃射が行われ、森の木々を薙ぎ倒して押し寄せる機械の群れを打ち砕いていた。

 しかし、〈スサノオ〉からは今も止めどなく無数の機兵が溢れ、しかもその強さは加速的に上昇している。

 最初こそドロップアイテムの美味いイベントだと湧いていたプレイヤーたちも、既にそんな余裕は消し飛んでいた。

 ほとんどのプレイヤーは騎士団の構築した陣形の背後に位置取り、僅かに討ち漏らした機械の残党を取り囲んで叩くだけだ。


「聖儀流、二の剣、『神罰』ッ!」


 白光が煌めき、地面を黒く覆う多脚の蜘蛛型機械を薙ぎ払う。

 僅かに作られた隙間にすかさず大盾を構えたタンクが進み、戦線が僅かに前進する。

 しかし、敵の猛攻は激しさを増すばかりで、一進一退の攻防の中、ゆっくりと騎士団の隊列も後ろに下がっていた。


「踏ん張りなさい! ここが突破されたらおしまいですよ」


 青い戦旗を掲げたアイが団員たちを激励する。

 副団長の声に呼応して、屈強な男達が雄叫びを上げ、機械兵へと勇猛果敢に飛び掛かる。


「しかし、このままじゃジリ貧だ。レッジさんは何か対策を考えてるのか?」


 自ら隊列の前に陣取り、指揮と戦闘を同時に行いながら、アストラは僅かに眉を寄せる。

 巨大で強力なボス一体だけなら彼一人でもなんとかなるが、それなりに強い群体となれば手が回らない。

 この状況が続けば続くほど、彼らの状況は不利に傾くだけだった。


『団長! C地点が崩れました!』

『B地点に大型の蜘蛛が出現!』

『F地点、狙撃されてますっ!』


 騎士団の共有回線からは、各地から被害の声が次々に挙がる。

 敵は徐々に進化しており、機体も多様になっている。

 新たな特殊警備NPCが現れるたび、その能力を確認し、戦略を立て、共有しているが、そのサイクルが間に合わない。


「AからCへ10人補填! 大蜘蛛は貫通系機術で対応! 全班狙撃に備えて対貫通障壁を強化!」


 銀に輝く両手剣を振り、自身よりも遙かに巨大な蜘蛛型ロボットを切り伏せながらアストラは指示を下す。

 彼の思考はフルスロットルで回転し、騎士団が受け持っている全ての状況を毎秒ごとに更新させ、最適な戦術を考え続けている。

 その上で目の前の敵を倒し続け、更にはまだ見ぬ敵への備えも始めていた。


「一段階後退して、体勢を立て直す……?」


 しかし、それでも戦況は変わらない。

 アストラが立つA地点は比較的安定しているが、彼から離れた地点ほど戦列の維持が難しくなっている。

 銀翼の団は遊撃隊として暴れ回っているはずだったが、それでも列が横に広がりすぎた。

 後退し、列幅を狭めることで密度と強度を上げるという案が、彼の脳裏に過る。

 その時だった。


『アストラ、今良いか?』

「レッジさん!」


 常に解放してあった専用回線から声が響く。

 アストラがコールなしで接続されるように設定している回線は、そう多くない。


『これからちょっと行動を始める。特殊警備NPCの“八雲”への接近、接触を絶対に阻止してくれ』


 それは非常に冷酷な要請だった。

 後退すら視野に入れるほどの戦況で、レッジのテントは最後の頼みの綱だった。

 その綱が使えない。

 まさに背水の陣だ。

 しかし、アストラは即答する。


「わかりました。我々はここから一歩も下がりません」

『ありがとう。難しいだろうが、よろしく頼む』


 レッジが頭を下げている様子が目に浮かぶ。

 彼がそこまで言うならば、そうせざるを得ない何かがあるはずだ。

 アストラはそう信じて、覚悟を決めた。


「こちらからも、健闘を祈ります」

『ふっ。そうだな。やれるだけやってみるさ。ふふっ』


 最後にアストラが応援すると、レッジは堪えきれず吹き出した。

 何かおかしかっただろうかと首を傾げていると、彼は慌てて弁明した。


『いや、すまん。メルやケットたちにも健闘を祈られてるんだ。何をするとも言ってないのにな』

「そうでしたか」


 アストラは努めて平然とした声で言葉を返す。

 直後、襲いかかってきた特殊警備NPCを切り裂き、無駄にオーバーキルしてしまったのは、動揺したからではない。

 自分への連絡が後回しにされたのは、レッジなりの信頼の現れだろう、と納得する。


『アストラ?』

「いえ、なんでも。では、こちらも死力を尽くします」

『まあ、死なない程度に頑張ってくれ』


 回線が閉じる。

 ふと周囲を見渡せば、赤いランプを光らせた黒い金属の兵士たちが飛び込んでくる。


「聖儀流、八の剣、『神気』」


 光のドームが青年を中心に展開され、蜘蛛の大群を退ける。


「各員へ通達。これより一切の後退は認めない。我々でこの黒波を退ける」


 鉄の骸を乗り越えて現れる機械兵たちを睥睨しながら、アストラは短い命令を下す。

 そうして、将自らそれを遂行するべく、剣を構え、鉄の群れの中へと飛び込んでいった。



「はえええっ」


 黒い刃のついた脚が振り下ろされる。

 シフォンは情けない鳴き声を上げつつもそれを避け、ジャストクリティカル回避を決めつつ『石の小槌ストーンハンマー』を振り下ろす。

 カメラアイを潰された特殊警備NPCは、あらぬ方向へと飛び出していった。


「おわわっ!?」


 間髪入れず、また別の特殊警備NPCがシフォンに襲いかかる。

 それを彼女はジャストクリティカル回避で避けつつ、センサー類を潰していく。


「な、な、なんでこんなことにぃ」


 彼女が立っているのは〈猛獣の森〉の真ん中。

 ついさっきまで周囲で雄叫びを上げていた、血の気の多いプレイヤーたちは、彼女が蜘蛛から逃げ回っているうちに姿を消していた。

 代わりに彼女を取り囲んでいるのは無数に増殖し、より殺気に満ちた姿に変貌した機械兵たち。


「ふわーん!」


 鳴き声を上げながら、シフォンは四方八方から繰り出される攻撃を避けていく。

 現在地は騎士団が構築した戦列の遙か前方。

 率直に言って、彼女は逃げ遅れていた。


「絶対初心者装備で相手する敵じゃない! なんでこんなに増えてるの!」


 彼女が敵地まっただ中で現在も生き長らえている理由はただ一つ。

 彼女の回避能力が高すぎたからだ。

 ついさっきまでレティたちによってトッププレイヤーの動きを叩き込まれた彼女は、その優れた能力が仇となり孤立無援になっていた。

 周囲にプレイヤーはおらず、救助がやってくる可能性もない。

 シフォンはただ死にたくない一心で、無限に現れる蜘蛛の攻撃を避け続け、倒せないまでもセンサー類を破壊しできる限りの無力化を図っていた。


「助けて、おじちゃーーーん!」


 そんな彼女の叫びは、大地を黒く覆う機械兵たちの騒音によって掻き消されてしまった。



「T-2、調子はどうだ?」

『良好。情報ジャミングは問題なく発揮されています。現在、調査開拓員レッジ、調査開拓員レティ、メイドロイドカミル、ペット白月、管理者ウェイドの存在は全て通信監視衛星群ツクヨミに捕捉されていません』


 森の中を駆け抜けながら、俺はT-2の報告に小さく安堵の息を吐く。

 俺が提案した開拓司令船アマテラスへの直接の殴り込みには、まず〈ウェイド〉へと潜り込む必要がある。

 しかし、俺の位置情報は全てT-1によって捕捉されているだろう。

 そのため、データの扱いに長けたT-2に協力してもらい、位置情報を偽装してもらっていた。

 その上でメンバーを絞り、俺たちは一路〈ウェイド〉に向けてひた走っている。


「しかし、T-2さんってそんなこともできるんですね。今のレティたちは透明人間ってことですよね」

「データ上はな。直接見られたら意味が無いから、町についたら隠密行動に移る」

『データの扱いが専門ということは、データの偽装や偽造も容易ということですか。流石は〈タカマガハラ〉の一角と言うべきか……』


 レティに背負われたウェイドは複雑な表情だ。

 通信監視衛星群ツクヨミは、天の三柱の中では存在感が薄いところがあるものの、開拓の根幹を担う強固なシステムだ。

 管理者といえど、そこに手を出すことはできない。


『ともかく、今は急がないといけないんでしょ。いつ前線が壊れるかも分かんないんだから』


 俺の背に乗り、首に手を回したカミルが緊張した声で言う。

 T-1は俺がまだ“八雲”の中に居ると思っているが、実際の俺はもうすぐ〈水蛇の湖沼〉へと入るところだ。

 これほど離れていれば、“八雲”の防御もテントとしての回復効果も全て消え去っている。

 あそこにあるのは、ただの目立つハリボテだった。

 当然、アストラたちが立つ前線が崩壊すればそのまま敵がなだれ込み、“八雲”は為す術も無く陥落。

 俺が居ないことが判明してしまう。

 俺がアマテラスへ辿り着くか、不在が判明するかの勝負だ。


『レッジ、私が言うのもなんですが〈ウェイド〉は至る所に監視カメラや各種センサーが設置されています。どうやってその目を掻い潜るのですか』


 レティの背からこちらを見て、ウェイドが言う。

 都市内に張り巡らされた警備網に引っかかってしまえば、その時点で終わりだ。


「知り合いに連絡してる。ちゃんと案内してくれるはずだ」


 しかし、俺は確信を持ってそう答えた。

 今回の作戦は俺だけの力で達成できると考えていない。

 しかし、俺には頼れる仲間が多くいるのだ。

 彼らを存分に頼って、なんとしてもアマテラスに辿り着く。


「ともかく今は急ごう。白月、〈水蛇の湖沼〉に入ったら『夢幻の霧』を使ってくれ」


 そう言って、俺は更に足を早める。

 今ほど〈歩行〉スキルをありがたいと思ったことはない。

 木の根が横たわる森の中を、落ち葉を蹴って駆け抜ける。


「レティも走りますよ!」

『きゃあっ!』


 レティは機脚による跳躍力で、それについてくる。

 彼女に背負われるウェイドは激しい動きに目を白黒させているが、今だけは堪えて欲しい。

 〈水蛇の湖沼〉に入った瞬間、白月が濃霧へと姿を変える。

 その中に紛れながら、俺たちは走り続けた。


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Tips

◇『幻夢の霧』

 ミストホーンの扱う特殊なテクニック。原生生物を遠ざける濃霧を自身の周囲に発生させる。湿度が高い水場であれば常に発動が可能。


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