第516話「暴走驀進」

 森の中に蛮声が飛び交う。

 至る所で爆発が巻き起こり、金属の拉げる音が後を追う。

 絶え間なく続く銃撃と、アーツによる無慈悲な絨毯爆撃の二重奏が高らかに奏でられる。


「行けぇ! 奴らは高価な機械部品の塊だ。欠片も残さず狩り獲れ!」

「ヒャッハー!」

「警備NPCに毛が生えた程度のヤツじゃあお話にもなんねえな!」


 どちらが敵か分からないような言葉が飛び交い、プレイヤーたちは血気盛んに黒い蜘蛛型の特殊警備NPCに襲いかかる。

 高性能な警備NPCの筐体には、CPUやSoC、金属外装、特殊防護膜、高純度ブルーブラッドなどなど、希少な機械部品が無数に詰まっている。

 破壊された蜘蛛型ロボットたちは瞬く間に分解バラされ、欠片すら残すことなく全てプレイヤーのインベントリに吸い込まれていく。


「これは、なんか呆気ないなぁ」

『あぅ。元はスゥが溜めてたリソースなのに……』


 文字通り蜘蛛の子を散らすように右往左往している特殊警備NPCの群れと、それを血走った目で追いかけるプレイヤーたち。

 ドローンを通してそれを眺めて、俺は思わずため息をついた。

 隣ではスサノオが悲しそうな顔をしている。

 彼女からしてみれば、大切に溜め込んでいたリソースを勝手に使われたあげく、瞬く間にスクラップと化して流出していく地獄のような光景だ。


「なあ、T-3。T-1って俺の活動がリソースの浪費って言ってたんだよな」


 この現状はリソースの浪費以外の何ものでもないのでは、とT-3に尋ねる。

 彼女は肩を竦め、青い空を見上げた。


『おそらく頭に血が上って正常な判断ができなくなっているのでしょう。リソースを浪費する調査開拓員レッジを抹殺するためのリソースの消費は正当なものである、と言い訳してそうです』

「指揮官がそんなんでいいのか……?」


 人工知能にはあるまじき理性の無さだ。

 T-1はまだT-2やT-3のような仮想人格は獲得していないはずだが、ずいぶんと人間らしい。


『もちろん、良いはずがありませんよ。普段暴走しがちなT-1を、私とT-2が止めることでバランスを取っています』

「そのバランサーが無くなっちまったから、こんなことになってるんだな」


 そういうことです、とT-3は頷く。

 〈タカマガハラ〉はあくまで主幹人工知能三つで構成された指揮官だ。

 その三分の二が失われれば、暴走するのは必然なのかもしれない。


『レッジ、〈ウェイド〉方面からの侵攻も到達します』

『〈キヨウ〉からもそろそろ到着します』


 それぞれの都市を監視していた管理者たちから報告が挙がる。

 俺はその情報をすぐさまアストラたちに共有し、迎撃に備えてもらった。


『うーん、こりゃ面倒だなァ』

「どうしたアマツマラ。何かあったか?」


 難しい顔で声を上げるアマツマラ。

 彼女は俺の方を見て、口をへの字に曲げた。


『貯蔵してる金属類が予想よりも多く消費されてる。たぶん、〈アマツマラ〉から来る特殊警備NPCは第一陣よりもしぶといぜ』

「なるほど。向こうも対策してきたか」


 〈スサノオ〉の秘匿領域から出撃した第一陣が鎧袖一触で壊滅したことはT-1にも伝わっているのだろう。

 〈アマツマラ〉で製造中の特殊警備NPCの設計を見直し、強化を図ったようだ。


「なに、防御が固まるということは金属部品がより多くドロップするということでしょう。装甲が厚くなるなら、それよりも強い力でぶち抜けばいいだけですよ」

「うわ、レティ。余裕そうだな」


 いつの間にか“八雲”の中に戻ってきていたレティがそんなことを言う。

 彼女はネヴァに星球鎚のメンテナンスを頼み、しもふりのコンテナとインベントリに詰め込んだ戦利品を取り出していく。

 どうやら、彼女も外で随分と暴れ回っていたらしい。


「ちょっとした無双ゲーですね。敵の密度が少し物足りないですが」


 現場は苦戦するどころか、敵が足りない状態とは。

 なんというか、仲間がとても頼もしい。


『うわあああっ! やめろ! やめろぉ!』

「サカオ!?」


 突然、大きな悲鳴を上げたサカオに驚き振り返る。

 彼女は目を大きく開いて、天に向かって吠えていた。


『どうしたん、そんなに慌てて』

『T-1の野郎、リソース食い潰して馬鹿みたいな警備NPC作りやがった! なんだこの珍兵器見本市は!』


 荒ぶるサカオは叩き付けるようにウィンドウを展開する。

 そこにあるのは、見慣れない形の機械群だ。

 車輪の形をした自走地雷や、巨大な銃砲に百足のような脚がついた奇形の自走砲、パンケーキのような形をした飛行爆弾、二階建ての建物ほどの巨大な戦車、どう考えても重心が高すぎるひょろ長いタワー型の移動砲台などなど。

 随分と創意工夫に富んだ、チャレンジ精神に溢れるラインナップだが、実戦に投入できるとは思えない。


「なあ、これもう作られてるのか?」

『第一便が超特急でこっちに来てるよ。ああ……、あたしの貯めた貴重なリソースがこんなガラクタになるなんて』


 サカオはよろよろと膝から崩れ落ちる。

 規模の大きな資源地が周囲にない〈サカオ〉は、代わりに商業で発展してきた都市だ。

 金属類や精密機械類も、そうやって地道に稼いで蓄えていたのだろう。


「これはのんびり見てるわけにもいかないな」

『そうですね。これ以上リソースを浪費されては敵いません』


 ウェイドもT-1の暴走には憤慨しており、頬を膨らませて訴える。

 他の管理者たちも腹に据えかねている様子で、小さな拳を掲げて声を上げた。


「しかしレッジさん、いったいどうすれば止められるんです?」

『きっと、T-1は全ての都市のリソースを食い潰すまで止まらないでしょう。いや、最悪の場合では強制的に都市建造物や金属を接収して特殊警備NPCを作り続ける可能性もあります』

「どこの戦時中だよ……。ほんとに指揮官なのか?」


 T-3の予測に辟易としてしまう。

 おそらく、平時のイザナミ計画においてT-1は加速装置アクセルであり、T-3が制動装置ブレーキ、T-2が各種計器類、といった立ち位置なのだ。

 ブレーキが効かず、現在の速度も分からなければ、ただ闇雲に進み続けることしかできない。


「それなら、直接運転席に飛び込んで、無理矢理ハンドルを奪うしかないだろうな」

「ええ!? そ、そんなことできるんですか?」


 俺の言葉に、レティは半信半疑の目を向けてくる。

 簡単に言っているが、難しい。

 しかしやらねばならない。


「このまま全都市のリソースが枯渇しても困るからな。できるできないじゃなくて、やるしかないんだ」

「すごいブラック臭のする言葉ですねぇ」


 俺だって、まさか自分からこんな言葉が飛び出すとは思わなかった。

 ただまあ、他人から言われるのならともかく、自分で言うのならむしろすっきりとする。

 俺は都市の対応に追われている管理者たちへ声をかけた。


「今から、T-1の暴走を止めるための行動に出る。そのために、少し手伝って貰いたい」

『オーケー。ワタクシにできることなら何でも言って下さい』

『とはいえ、秘匿領域の探索やらでリソースが逼迫してるっす。あんまり力にはなれないかも……』

『とりあえず、何かプランはあるのでしょう。それを聞いてからですね』


 頼もしい管理者たちだ。

 俺は一つ頷き、温めていた作戦の内容を彼女たちに伝える。


「今から、〈ウェイド〉に行く。そこから一気に空へ飛び出して開拓司令船アマテラスに直接殴り込む」


 簡潔で短い作戦内容だ。

 しかし、それを聞いた管理者たちは一様に口を半開きにして俺を見上げた。


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◇ななしの調査隊員

祭りだァ!


◇ななしの調査隊員

すげぇ美味しいイベントが突発的に始まったな。

蜘蛛一体ぶっ壊すだけでもかなり稼げるぞ。


◇ななしの調査隊員

おっさん様々だな。早いとこ狩らないと、取り合いになってるところも多いぞ。


◇ななしの調査隊員

噂を聞きつけて金の亡者が寄って来やがる。

俺の獲物だったのに。


◇ななしの調査隊員

おまいう


◇ななしの調査隊員

〈サカオ〉から来てるのなんかおもろいな。


◇ななしの調査隊員

なんか英国面感じるヤツがあるな・・・


◇ななしの調査隊員

なんだこのボーナスタイム!?


◇ななしの調査隊員

超重量級戦車、重すぎて一瞬で履帯外れて動けなくなるの笑っちゃう


◇ななしの調査隊員

マジでおやつだなぁ。ログインしててよかった。


◇ななしの調査隊員

アマツマラから来てるのはなんか硬いな。壊せないほどじゃないけど。


◇ななしの調査隊員

最初のほうの蜘蛛はノンアクだったのに、途中からアクティブになったな。びっくりしたわ。


◇ななしの調査隊員

普通に攻撃力は馬鹿高いからな。下手にタンクで受けるより回避型の方が有利だぞ。


◇ななしの調査隊員

おっさんのテントの上から一方的撃てるのはいいけど、拾いに行けねえ。


◇ななしの調査隊員

スサノオの方がちょい密度高くなってきたか


◇ななしの調査隊員

うわぁ、ワダツミから崖登ってきてる。きも


◇ななしの調査隊員

密度高くなってきたな


◇ななしの調査隊員

やばいやばい。こっち戦線崩壊してる!


◇ななしの調査隊員

タンク前に出ろって


◇ななしの調査隊員

タンク溶けるんだよ!避けろ!


◇ななしの調査隊員

あれ、なんか敵強くなってね?


◇ななしの調査隊員

撤退! てったーい!


◇ななしの調査隊員

やべええええ


◇ななしの調査隊員

前線はガチ勢が維持してるな。凡人は前線から流れてきた残党を囲んで殴れ。


◇ななしの調査隊員

一気に本気出してきましたねぇ!


◇ななしの調査隊員

なんだあのドローン軍団!?蝗害かと思ったぞ。


◇ななしの調査隊員

絨毯爆撃されてわろた。いや、笑い事じゃないんだが。


◇ななしの調査隊員

白鹿庵は盾さんが驚異的すぎるな。なんで攻撃受け止められてんだ。


◇ななしの調査隊員

あの人の近くならとりあえず安全だからな。



◇ななしの調査隊員

サムライちゃんが活路を開いてくれてる。つづけー


◇ななしの調査隊員

大群戦だとラクトちゃんが輝いてんな。セブンスセージもやばいけど。


◇ななしの調査隊員

団長がさっきから蜘蛛の群れで孤立してんだけど、なんであの人生きてるんだ。


◇ななしの調査隊員

団長だから。


◇ななしの調査隊員

やべえよ。なんか初心者服の女の子が一人で群れんなか突っ込んでった。


◇ななしの調査隊員

それで死んでないなら頭おっさんなヤツだから大丈夫だろ


◇ななしの調査隊員

素手で突っ込んで、至近距離でアーツぶつけまくってる。

なんだあの身のこなし!?


◇ななしの調査隊員

それ多分白鹿庵の新入りちゃんだな


◇ななしの調査隊員

やっぱり白鹿庵かよ!


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『第14次地上前衛拠点シード01-スサノオ出撃部隊が壊滅しました』


T-1:第17次、第18次の編成を変更。防御装甲を白黒合金製に。


『地上前衛拠点シード01-スサノオの貯蔵リソースが危険域に達しています』


T-1:緊急非常事態により非常用備蓄を解放。自走式狙撃大砲機を増量。敵迎撃範囲外より爆撃を開始。


『地上前衛拠点シード03-スサノオの貯蔵リソースが危険域に達しています』


T-1:緊急非常事態により非常用備蓄を解放。試験中の新型疫魔を解放。


T-1:地下資源採集拠点シード01-アマツマラの弾薬生産速度を上げます。〈カグツチ〉製造工場を接収。自動操縦オートパイロットプログラムを適用後、即時射出します。


『地上前衛拠点シード01-スサノオの秘匿領域内に不正なアクセスを確認』


T-1:全て排除します。


『リソースの消費速度が規定値を大きく逸脱しています。計画の再設定を行って下さい』


T-1:提案を却下します。ナビゲートシステムにより提案は全て凍結します。


T-1:調査開拓員レッジの抹殺は、正当なリソース消費理由です。


『イザナミ計画実行委員会より警告。T-1はただちに全機能を停止しなさい。自発的な停止が認められない場合、強制執行が発動されます』


T-1:イザナミ計画実行委員会とのリンクを切断。今後、全てのコンタクトを拒絶します。


『イザナミ計画に重大な問題が発生しました。〈タカマガハラ〉での審議が必要です』


T-1:特殊警備NPCの生産体制を増強します。


『イザナミ計画に重大な問題が発生しました。〈タカマガハラ〉での審議が必要です』


T-1:倒さなきゃ。


『イザナミ計画に重大な問題が発生しました。〈タカマガハラ〉での審議が必要です』


T-1:進まなきゃ。


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Tips

◇超大型重戦車型特殊警備NPC

 総重量1,000トンを越える、超大型重戦車。80センチ口径の主砲を備え、戦闘用簡易人工知能を搭載した。履帯式走行であらゆるフィールドを駆け抜け、圧倒的な火力と超射程によって一方的に敵を殲滅することを期待されていた。


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