第515話「火蓋を切る」
地上前衛拠点シード01-スサノオを囲む黒い鋼鉄の防壁がぱっくりと割れる。
今までその存在すら知られていなかった秘密の扉が開き、多脚の機械たちがわらわらと現れる。
「うわぁ。蜘蛛の大群ですね」
「一般的な警備NPCだな。ほら、〈白神獣の巡礼〉の時にも出てきた」
〈はじまりの草原〉を疾駆する黒い蜘蛛型ロボットの大群を俯瞰しながら、俺たちは口々に敵についての評価を下す。
配信設備を整えたプレイヤーによって、〈猛獣の森〉の中心に立て籠もりながら遠隔地の映像を見ることができるのは便利だった。
「現地の団員から報告が挙がってます。『鑑定』の結果、通常の警備NPCよりも全てのステータスが一回り上回っているようですね」
「普通の警備NPCでも大概厄介だろ。なかなか手強いんじゃないか」
ドローン視点と思わしき俯瞰の画面では、地上を進む蜘蛛型ロボットへ果敢に挑むプレイヤーたちの姿も映りこんでいる。
中には健闘している者も居るが、大抵は鎧袖一触でアップデートセンターへと送り返されていた。
「レッジさん、“八雲”の構築はまだ掛かりそうですか?」
「今の段階で80%ってところだな。この機械兵が辿り着くのと、完成するのと、ギリギリの勝負だ」
「それなら、できるだけ足止めした方がいいですよね。レティちょっと行ってきます!」
星球鎚を掴み駆け出そうとするレティ。
しかし、彼女の前にエイミーが立ちはだかった。
「フィールド跨いでも補給が受けられなくなって不利になるだけよ。今は情報を集めつつギリギリまで引きつけて、“八雲”の前で攻撃を受け止めた方が効率的だわ」
「むぅ。たしかにそれはそうですが……」
「まあまあ。そう焦ることもないよ。ゆっくり行こう」
ラクトにも諭され、レティは渋々鎚を納める。
エイミーも言うように、今は準備の段階だ。
言葉は悪いが他のプレイヤーが率先して突撃してくれているおかげで、俺たちは敵の情報を収集することができている。
「テントの展開と同時に、周囲に領域を広げてる。バリケードとか地雷とか、敵の侵攻を遅らせる罠を準備してるから、そのあたりで配置を考えてくれ」
「了解しました。それじゃあフィールドの確認に行ってきます」
防御陣地は今も拡大を続けている。
“八雲”の全周には『罠』スキルで掌握された領域が設定され、機兵の動きを阻害するものを中心に展開し始めている。
戦場は森の中だが、普段のフィールドとは勝手が違う。
レティは予習のため、“八雲”の外へ出掛けていった。
『レッジ、すみません。〈ウェイド〉の秘匿領域からも特殊警備NPC群の出撃が確認されました』
『あてのところも同じくです。こっちのんはキヨウ祭で使っとる“疫魔”までコピーされてもとる』
ウェイド、キヨウから立て続けに報告が上がる。
“疫魔”というのはキヨウ祭の山車回しで敵役として配置される特殊なNPCのことで、通常の物理的な攻撃が効きにくい特性を持っている。
「あれって独立したアーツみたいなもんなんだよね? 三術師と機術師はキヨウ方面に展開した方が良いかも」
それを受けてラクトが地図に指先を落として提案する。
“疫魔”の対応は通常の物理的な攻撃手段しか持たない戦闘職には少々荷が重い。
「それなら、ワシが現場で指揮を取るよ」
「メル! 来てくれたんだな」
緋色のローブが翻り、朗々と声が響く。
振り返れば、そこに小柄ながら堂々と立つ赤髪の少女がいた。
「もちろん。不参加なんて選択肢はないに決まってるでしょ」
彼女は背後の仲間たちを見ながら言う。
〈
「地雷ならいくらでも仕掛けられるが、アーツ系と三術系の攻撃はできないからな。そのあたりをカバーしてくれるのはありがたいよ」
「くふふ。レッジも素直になったね。ワシらが出るのだから、大船に乗ったつもりでいるといいよ」
快く協力を申し出てくれたメルたちに感謝すると、彼女はにんまりと笑って何度も頷く。
「あらあら。アーツだけでは心許ないのではありませんか? やはり、呪術師は必要でしょう」
忙しない“八雲”内部に新たな声が響く。
視線を向ければ、黒い修道服に身を包んだ金髪の女性が立っていた。
「ラピスラズリ! 三術連合も来てくれたのか」
彼女はラピスラズリ。
〈罠〉スキルと〈呪術〉スキルを融合させ、“禁忌領域”という独自のシステムを開発した呪術師だ。
彼女と共にやってきたのは“闇巫女”のぽんや“星読”のアリエス、“骨剣”のカルパスといった三術連合の面々だ。
「いよいよオールスター感が出てきましたね」
「レッジの知り合いは皆こういうの好きだもんねぇ」
続々と集まる友人たちに思わず目頭が熱くなる。
彼女たちが居れば、文字通り百人力だ。
「あの、この方々って凄い人たちなの?」
そんな中、シフォンは戸惑った様子で首を傾げる。
彼女はまだFPOを初めて数日の駆け出しだし、アストラたちの事を知らなくても無理はない。
「俺とは違って正真正銘のトッププレイヤーだからな。めちゃくちゃ強くて頼りになる。シフォンもこの人たちの戦い方を見てれば参考になると思うぞ」
「そ、そうなんだ……。じゃあしっかり見学させてもらおっと」
見慣れない顔に怯えていたシフォンは、そういって気合いを入れる。
彼女は今回巻き込まれただけだし、敵も遙かに強い。
とはいえトッププレイヤーの戦いぶりを間近に見る機会は彼女にとっても良い経験になってくれるだろう。
「そういえばケットたちは見ないな。ログインしてないのか?」
ふと、こういう時は大体居るはずの猫が見当たらないことに気がついて首を傾げる。
あたりを見渡していると、メルが肩を竦めていった。
「奴らは草原に行ってるよ。もう敵とも接触してるんじゃないかな」
「マジか。早いなあ」
どうやらBBCの面々は既に戦闘に突入しているらしい。
彼ららしいと言えばそうだが、相変わらずのマイペースぶりだ。
『調査開拓員レッジ。あと数分で〈スサノオ〉方面の特殊警備NPC群が現在地へ到達します。迎撃準備を』
T-2が俺の服の袖を引っ張って言う。
警備NPCの先頭を捉え続けている配信映像は、すでに〈猛獣の森〉へと入ってきていた。
「それでは、我々の出番ですね」
「レッジはここでゆったりしててちょうだい。一匹たりとも入れないから」
いよいよアストラたちが動き出す。
彼らが“八雲”の外へ向かうのを見送り、俺は呼吸を整えた。
_/_/_/_/_/
T-1:状況を報告しなさい。
『現在、地上前衛拠点シード01、02、03-スサノオの三地点より特殊警備NPCが出撃中。地上前衛拠点シード01-スサノオより出撃した特殊警備NPC50機のうち、13機が喪失』
T-1:なぜ特殊警備NPCが破壊されているのです。
『調査開拓員から攻撃を受けています。被害は徐々に広がっています。現在の残機は35機になりました』
T-1:調査開拓員レッジ以外には攻撃しない旨を通達し、攻撃を停止させなさい。
『通達完了。現在の残機は33機です』
T-1:なぜ攻撃が止まらないのですか!
『原因不明。調査開拓員の各種パラメータは全て正常です』
『イザナミ計画実行委員会より通達。T-1はただちに全機能を停止しなさい』
T-1:通達を削除。現在は緊急非常事態であり、通達は受け入れられない。
T-1:地上前衛拠点シード04-スサノオ、海洋資源採集拠点シード01-ワダツミ、地下資源採集拠点シード01,02-アマツマラの特殊警備NPC生産も加速しなさい。
T-1:全方位からの飽和攻撃でPoI-レッジを可及的速やかに抹殺します。
『調査開拓員レッジはフィールド〈猛獣の森〉にて大規模なテントを建築しています』
T-1:は? なんで?
『どこからか情報が漏出した可能性があります』
T-1:ダミープログラムのトラブルシューティングを実行。
『ダミープログラムに異常は検知されませんでした』
T-1:原因不明。情報の漏洩元を探索しつつ、戦略を続行。
『演算領域が逼迫しています』
T-1:優先度レベル4,900以下の業務を停止、リソースを『国守』に集中させなさい。
『イザナミ計画実行委員会より再度通達。T-1はただちに全機能を停止しなさい』
T-1:通達を削除。以降、イザナミ計画実行委員会からの通達は全て削除!
『地上前衛拠点シード01-スサノオより出撃した特殊警備NPCが、調査開拓員レッジの構築したテントへと到達します』
T-1:一斉攻撃で構築物を破壊しなさい。
『地上前衛拠点シード01-スサノオより出撃した特殊警備NPCの全反応が消失。残機はゼロです』
T-1:は?
_/_/_/_/_/
Tips
◇特殊警備NPC
通常の警備NPCよりも攻撃力、防御力、機動力が大幅に上昇した戦闘用機械群。開拓司令船アマテラスの中枢演算装置〈タカマガハラ〉の指令によってのみ、都市秘匿領域内の専用工場にて製造され、特定の任務を完了した場合ただちに自己分解される。
都市中枢演算装置〈クサナギ〉の管理リソース外に存在しており、あらゆる情報は遮断されている。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます