第514話「八つの壁の砦」

 鋼鉄が森の緑を侵蝕する。

 八つの柱が立ち上がり、八つの壁が取り囲む。


「レッジさん、これなんですか!?」

「なにって、テントだが?」


 慌てるレティに答えると、彼女は周囲を巡る八角形の鉄壁を見てぶんぶんと首を振った。


「どう考えてもテントの規模じゃないですよ。ヴァーリテイン戦の、複数人で立ち上げたヤツよりもよっぽど大きいじゃないですか」


 たしかに、今展開しているこの壁は“朧雲”よりも更に大きい。

 森の中に開いた店をすっぽりと包み、なお余りある。


「でも、“朧雲”みたいに複雑な機構を仕込んでいるわけじゃないからな。ただのデカくて頑丈な壁だ。今回はちょっと、特別なことをやるぞ。――『野営地設置』」


 俺はレティにそういって、再びテクニックを発動させる。

 それによって構築が始まったのは、新たな八角形の壁だ。

 外壁よりも一回り小さく、上部に機銃と砲台がずらりと並んでいる。


「『野営地設置』」


 更なるテクニックの上乗せ。

 再び、一回り小さく、少しだけ背の高い八角形の壁が立ち上がる。


「『野営地設置』」


 四度目のテクニック発動。

 足下の箱が揺れ、新たな壁が立ち上がる。


「『野営地設置』、『野営地設置』」


 五回、六回。

 周囲のプレイヤーたちから視線を集めながら、クールタイムが終了するたびにテクニックを繰り返していく。

 そのたびに、分厚い鋼鉄の壁が立ち上がり、内側の面積が徐々に狭くなっていった。


「『野営地設置』」


 七度目の発動。

 七つ目のテントが立ち上がる。

 しかし、まだ終わりではない。


「『野営地設置』」


 八枚目、最後のテントが立ち上がる。

 それは他の七つの防壁よりも更に高く、そして細長かった。

 銀色に輝く八角形の柱が天に向かって伸びていく。


「八つのテント、ですか」

「ああ。大規模なテントを一つ作るんじゃなくて、いくつかに分割したテントにしたほうが機能も詰め込めるんじゃないかと思ってな。前からネヴァと試作してたんだ」


 防壁内部の衝撃緩衝機構や自己修復機能が構築されていく。

 砲台が内部構造を完成させ、弾薬が装填される。

 八つの壁全体から、防御を固める忙しない音が響く。


「“白壁”“驟雨”“散華”“羽切”“極光”“鉄守”“紫血”“黒箱”――八つのテントで構築される大規模多層式防御陣地、その名も“八雲”だ」


 ゆっくりと組み上がっていく壁を見上げながら。俺は誇らしげにその名を口にする。

 それを聞いたレティは、口を半開きにして呆れていた。


「いつの間にこんなものを……」

「〈タカマガハラ〉が俺の行動に否定的なのは分かってたからな。穏便に事が済めば良かったが、万一敵対した時のために備えて、一応少しずつ準備は進めてたんだ」


 このテント群の構想を練り始めたのは、俺がウェイドたちから特殊任務【天岩戸】を受けたその時からだ。

 当時は居なかったスサノオと、そして〈タカマガハラ〉、二人との交渉にかなりの困難を要することは容易に想像できた。

 平和的に話が進むのが理想だが、最良の結果だけを想定している訳にはいかない。

 俺は全管理者と敵対することを前提に、都市機能から独立して活動できるだけの準備をしていた。

 ウェイドたち管理者が変わらず側に居て、それどころか〈タカマガハラ〉の主幹人工知能のうち二人がこちらについてくれている今の状況は、予想よりも遙かに良い環境だ。


「レティ、すまんが関係ないプレイヤーの誘導は任せていいか?」


 突発的に“八雲”を展開したのはいいものの、周囲には巻き込まれたプレイヤーも多く居る。

 彼らは今回の騒動には関係がないため、テントの外に出て貰おうと思ったのだが、レティは首を横に振った。


「もうその勧告はしてますよ。ここに残ってるのは、お祭り好きの人たちばかりです」

「ええ……」


 むしろ人の数は増えてますよ、と彼女は“八雲”に開かれた扉の方を指さす。

 ラクトたちが立ち、外から続々とやってくるプレイヤーを誘導しているようだった。


「ここが次のイベント会場か?」

「遊園地に来たみたいだぜ」

「運営に叛逆するんだろ。ゲーム壊れない?」

「テンション上がるなぁ」


 やってきた人々は皆楽しげで、“八雲”を興味深そうに見ている生産職らしい顔もある。


「まあ、うん。協力者が増えるぶんにはありがたいんだが、まだ敵の詳細も分かってないんだぞ?」

「ああ、そのことなんですけど――」


 レティが口を開こうとしたその時、横から黒い影が現れる。


「やあやあレッジ殿。また面白い事になっておりますな」

「ムビト! それに、カナヘビ隊も勢揃いだな」


 ミカゲと同じような黒い装束を着込んだ、細身の青年と、その仲間たちだ。

 彼らは〈大鷲の騎士団〉にも並ぶ実力を持つと噂されるが、謎に包まれた忍者集団〈百足衆〉の精鋭部隊、カナヘビ隊だ。


「あらましは既に聞いておりますよ。各都市の秘匿領域に関しては、百足衆の者も改めて地図の精査から始めております。オニグマ隊や他の隊も、全速力で駆け付けております故」

「百足衆が表に出てくるなんて、珍しいじゃないか」

「いやぁ。たまにはお日様の光を浴びたくなりましてね。その上、日を落とすとなれば、まさに闇の者としては逃す訳にはいきませぬ」


 そう言って彼は覆面の下の目を空に向ける。

 唯一にして最高の権力者として君臨する開拓司令船アマテラス。

 言わば法の番人とも言える存在に叛逆するというのは、彼らのやる気を刺激するらしい。


「それに、〈大鷲の騎士団〉の皆々様とも一度肩を並べてみたかった」


 そう言って、ムビトは俺の背後に視線をずらす。

 首を傾げて背後を見ると、すぐ後ろに銀の鎧を着込んだアストラが立っていた。


「うわっ!? い、いつの間に」

「ついさっきですよ。おもしろそ……レッジさんの危機と聞きつけてはせ参じました」

「なるほど、大体分かったよ」


 アストラだけではない。

 アイは当然のこと、銀翼の団の面々、第一戦闘班、その他大勢の騎士が続々と集まっている。


「攻略の途中じゃなかったのか?」

「いえいえ。むしろ黄将を倒して一段落ついたところでしたから。タイミングが良かったくらいです」


 和やかな顔で答えるアストラに肩を竦める。

 きっとやるべき事は無数にあるのだろうが、それらを全て投げ打って駆け付けてくれたのだろう。


「〈七人の賢者セブンスセージ〉や〈黒長靴猫BBC〉は――」

「来ないはずがないですよね。既に掲示板でもこの話は広がってますし、〈八刃会〉や〈猟遊会〉、〈妖精の輪フェアリーリング〉、〈風の民〉なども参戦を表明しています」


 レティが掲示板を覗きながら、有名な戦闘系バンドの名前を上げていく。

 俺が知らない間に、自陣の規模が随分と大きくなっているようだ。


『ふふふ。今頃T-1は驚いているでしょうね。密かに始めた筈の計画が既に漏出していて、調査開拓員レッジがここまで大規模な防御を固め、更には大量の調査開拓員が反旗を翻しているのですから』

「T-3は、T-1の行動が妨害されるのにあんまり気にしてないんだな」


 くつくつと笑うのは、T-3だ。

 彼女は俺の問いに、なんでもないような顔で頷いた。


『私の使命は調査開拓員を愛で包むこと。その点では、むしろT-1とは対立していますからね』


 一度コテンパンに負けて、お灸を据えられればいいのです、と彼女は随分と怖いことを言う。

 T-2もそれに反論する様子はなく、ただ静かに見ていた。


「まあともかく、レッジさんは八層目の中で寛いでて下さい。レティが迫り来る敵は全て退けてやりますので!」

「ああ。信じてるからな」

「任せて下さい!」


 レティが力強く胸を叩く。

 “八雲”の外周では、多くのプレイヤーが臨戦態勢を整え始めている。


『あぅ、レッジ。大変……』


 スサノオがこちらを見上げて声を上げる。

 〈スサノオ〉の防壁の一部が突如として開き、そこから機械の大群が現れたという報告が挙がったのは、その直後の事だった。


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Tips

◇“八雲”

 “白壁”“驟雨”“散華”“羽切”“極光”“鉄守”“紫血”“黒箱”の、それぞれ独立したテントを同時に展開することによって完成する複合型大規模多層式防御陣地。それぞれの壁が一つの機能に特化することで能力を高め、その上で単独で運用できるように調整と工夫が凝らされている。

 展開に掛かる時間は非常に長く、また消費されるLPも膨大になる。そのため、展開するためには最初に別のテントを建てておく必要がある。


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