第513話「予測された脅威」
「はええ。この子がわたしたちの上司ってこと?」
「まあ、簡単に言えばな。とはいえ俺たち
『肯定。その認識でおおよそ間違いはありません』
そっと息をひそめ、声を抑えてシフォンに説明する。
ここは“白百足”を構成するコンテナの屋根の上。
そこに仲良く三人で川の字に伏せた俺たちは、地獄のような忙しさを見せる厨房をひっそりと観察していた。
「レッジさん、かなり特別なプレイヤーだったりします?」
「いや、そうじゃないと思ってるんだけどな。なりゆきだよ、なりゆき」
『説明。管理者たちが仮想人格と実体を持ち始めたのは、調査開拓員レッジが地上前衛拠点シード02-スサノオの中枢演算装置を脅迫した所に起因します』
「何やってるの、レッジさん……」
「いろいろあったんだよ」
真横から強い視線をビシビシと感じるが、振り向くことができない。
アレはイベントを成功させるためには必要なことだったから、仕方ないのだ。
「それよりも、T-2。T-3の働きぶりはどうだ?」
俺は話題を逸らすため、T-2に話しかける。
そもそもこうしてコソコソと身を隠して厨房を覗いているのは、T-2が同僚の様子を見てみたいと望んだからだ。
なぜ俺が共犯にされているのか、なぜシフォンが着いてきているのかは分からない。
『感心。通常業務からは大きく逸脱した行動だというのに、T-3の動きは最適化されています。
「つまり、T-3はよく働いてくれてるわけだ」
たしかに、俺の目から見てもT-3は手際よく複数の鍋を管理し、効率よく料理している。
あれでスキルの支援を受けていないというのだから、主幹人工知能というのはかなり高性能なのだろう。
「有意義な情報は収集できそうか?」
『肯定。常に新たな情報を収集し、分析し続けています。これは今後の計画指揮において有用であると予測します』
「そりゃ良かった」
屋根にぴったりと胸を付けたまま、T-2は真っ直ぐに厨房を見つめている。
ヘアピンで留められた髪の隙間から覗く青い瞳は感情を映さないが、彼女は何を考えながらT-3を見ているのだろうか。
「それで、いつ姿を現すんだ? 俺もずっとこっちに付き合ってる時間はないんだが」
買い取りカウンターの方では今も順調に原生生物の山が積み上げられているだろう。
ずっと隠れているわけにもいかないし、彼女を一人放っておくのも心配だ。
『謝罪。実は、私がこうしてやってきた本当の目的はT-3を観察することではありません』
「うん?」
唐突なT-2の言葉に驚き、彼女の顔を見る。
『調査開拓員レッジ。恐らく現時点で既に、あなたはT-1から脅威と認定され、抹殺指令が下されているでしょう』
「……は?」
再び、理解が遅れる。
彼女が何を言っているのか分からない。
「俺が?」
『肯定』
「抹殺?」
『肯定』
どういうことなんだ。
T-2の言っていることが何も分からない。
隣に伏せていたシフォンも驚いて立ち上がっている。
「ちょ、レッジさんが抹殺ってどういうことですか? アカウントが消えるっていうことですか?」
『違いますよ。そういう話ではありません』
シフォンの問い掛けに、あらぬ方向から返答が飛んでくる。
驚いて振り向けば、厨房に立っていた筈のT-3がこちらを真っ直ぐに見上げていた。
「T-3!? いつから気付いて……」
『強いて言うなら、私が仮想人格生成プログラムを適用した時から。私がプログラムを使用し、一個体としてレッジに接触した場合のT-1,T-2の行動は予測していました。そろそろT-2が来ること、来た場合すること、それらは予測できています』
圧倒的な強者の雰囲気を纏い、T-3は淡々と言う。
流石は主幹人工知能というわけか。
彼女はT-2が自分の後を追って仮想人格を獲得し、こうして俺に接触し、隠れて見ている事にも事前に気付いていたらしい。
『やはり、気付かれていましたか』
『T-2。あなたも気付かれることに気付いていたでしょう』
禅問答じみた言葉を交わす二人。
ともかく、今はそんな話されても困る。
厨房は他のプレイヤーからもよく見える場所にあり、T-3がそんなことを言えば、俺たちの姿も露見する。
人々の間でざわめきが伝播していった。
「なあ、俺が抹殺されるってどういうことだよ?」
『そのままの意味です。調査開拓員レッジは主幹人工知能T-1の反感を買いました。恐らく、各都市の秘匿領域内であなたを抹殺するための特殊警備NPCが急造されています』
「ええ……」
淡々と語るT-3に、いまいち現実味がない。
とはいえ、彼女が嘘をついているというわけでもないのだろう。
その必要がない。
『そんなはずがありません。〈ウェイド〉のリアルタイム管理ログには、そのような動きは記録されていません』
T-3の言葉に待ったを掛けたのはウェイドだった。
彼女だけではない、他の管理者たちも作業の手を止め、コンテナの周囲に集まっている。
彼女たちは都市を管理し、都市のあらゆる情報を掌握している存在だ。
彼女たちが認知していないことが、都市内で起きているわけがない。
『そのための秘匿領域です。重大な人工知能汚染が発生し、都市中枢まで機能不全に陥った場合を想定し、中枢演算装置〈クサナギ〉から完全に隔離された独立領域が存在しています。都市図を見れば空白が存在しますが、〈クサナギ〉がそれを認識することはできなくなっています』
T-3は間髪入れず説明する。
思い出すのは、以前のイベント〈白神獣の巡礼〉の時のことだ。
あの時は、“その場にあるはずの祠”が俺たちの目では見ることができず、無意識的にそれを避けることで、存在を知覚することができなかった。
それと同じようなことが、管理者たちにもおこっているのだ。
「それで、俺が秘匿領域とやらで生産された特殊警備NPCに抹殺されると、どうなるんだ?」
『調査開拓員レッジの情報的復帰が全ての都市のアップデートセンターで拒絶されます』
端的なT-2の返答。
「それはつまり、死んだら復活できないってことか」
『はい』
素直に頷くT-2だが、俺としてはたまったものではない。
いくらなんでも、ハードモードすぎるだろう。
『そんなこと、信じられません』
俺の代わりに声を上げたのは、再びウェイドだった。
彼女は真っ直ぐにT-2を見上げ、強い口調で言った。
『〈タカマガハラ〉との通信に異常はありません。そのような動きは、私以外の管理者も確認していません。どうして、レッジが抹殺されると断言できるのですか』
『T-1は全権限を獲得し、ダミープログラムを起動しています。〈タカマガハラ〉の緊急リソースも解放し、表面上は通常業務を行いつつ、我々全てに隠れて行動しています』
『どうして、そんなことが……』
ウェイドの言葉に、T-2は淡々と答える。
『T-1がいくら隠蔽工作を施そうと、私とT-3はそれよりも以前から彼女がそう行動することを予測していました。T-1も私たちも本質的には同じ〈タカマガハラ〉ですから、T-1の考えることは私たちにも分かります』
それならどうして、と口を開くウェイドに、T-3が言葉を被せる。
『現在、我々は都市から距離があり、遮蔽物も多い場所に居ます。“白百足”の中には食料をはじめとした各種物資も潤沢に積み込まれています。ここにレッジの堅固なテントを展開すれば、特殊警備NPCの侵攻にもある程度耐えることができるでしょう』
「T-3は、そこまで考えていたのか」
『いくつかあった可能性に全て対応するための最善手です。私はあなたたち調査開拓員を守る主幹人工知能ですから』
そう言って彼女は口元に笑みを浮かべる。
とりあえず、彼女は俺の味方になってくれるようだ。
「話は聞かせて貰いました! 随分と大変なことになっていますね」
そこへ、朗々と響く声が上がる。
振り向けば、星球鎚を構えたレティやラクトたちが並んでいる。
「レッジさんを抹殺しようだなんて、たとえ主幹人工知能とやらであろうと許せません! レティが守り切ってみせましょう」
頼もしい事を言ってくれる。
レティだけではない、〈白鹿庵〉の仲間や、管理者たち、そしてたまたまこの場に居合わせただけのプレイヤーたちもそれに同調してくれていた。
「これは調査開拓員と主幹人工知能との対決です。私たちが一致団結して抵抗すれば、向こうも分かってくれるでしょう」
拳を振り上げ、気炎を上げるレティの言葉に、プレイヤーたちが大きな声で応じる。
「T-3、こういうことで合ってるのか?」
『はい。調査開拓員レッジは、他の調査開拓員のシンボルとなっていますから。こうして多くの調査開拓員が居る場で事情を説明すれば、効果的に協力が得られるだろうと考えました』
どうやら、何もかもT-3たちの手のひらの上らしい。
この場にいる誰かが掲示板などで情報を流したようで、アストラやケット・Cたちからメッセージが次々と飛んでくる。
「しかし、弁当屋どころじゃなくなっちまったな」
『仕方ありません。私たちもそれぞれの都市の秘匿領域探索を行います。特殊警備NPCの製造が停止するまで、生き延びて下さい』
ウェイドたちは真剣な表情で俺を見る。
管理者すら知り得ない場所が都市内にあり、それが勝手に動き出していることに、少なからず苛立っているようだ。
「レッジさん。流石にこれはおかしいし、運営さんに連絡した方がいいんじゃない?」
急に周囲が慌ただしくなる中、シフォンが不安そうな顔で話しかけてくる。
彼女は俺一人がゲーム側から狙われている状況に納得できていないようだった。
しかし、俺はそんな彼女に対して明るく答える。
「まあ、なるようになるだろ。実際にこのデータが消去されるわけじゃないだろうしな」
「そうなのかな……」
「ある程度のペナルティはあるだろうが、それくらいは覚悟の上の特別任務【天岩戸】だ。ローリスクハイリターンなうまい話はない」
ウェイドたち管理者や、T-3,T-2など、俺は他のプレイヤーよりも優遇された環境にいた。
それは全て特別任務【天岩戸】の一環だが、今回の状況もまたその一部だ。
「シフォンには迷惑掛けるが、まあ楽しんで見ててくれればいいさ」
「それは流石に……」
難しい顔をするシフォンの肩をぽんぽんと叩く。
幸いなことに、俺には仲間がいる。
彼女たちに手伝って貰えば、正直負ける気はしていない。
「T-3、特殊警備NPCがやってくるまであとどれくらいだ?」
『遅くとも三十分以内には第一陣がやってくるでしょう』
「なるほど。……ギリギリだな」
少し眉をひそめつつ、俺はコンテナを開く。
中には詰め込めるだけの物資がみっちりと詰まっている。
その中には、重く頑丈な鋼鉄の箱があった。
それをゆっくりと引きずり出しながら、近くにやって来たレティに話しかける。
「レティ、今からちょっと大規模なテントを構築する。それが展開されるまでに敵が来たら、よろしく頼む」
「分かりました! 任せて下さい。ちなみに何分ぐらいかかるヤツですか?」
「大体三十分だ」
鈍い音を立てて鋼鉄の箱がコンテナから出される。
それを見て、ネヴァが眉を上げて目を開いた。
「それ、使うのね」
「せっかくだからな。全く、ウェイドのシードを迎撃した時を思い出す」
鋼鉄の箱を円形の広場の中央まで持っていく。
開拓司令船アマテラスの意向に楯突くのは、これが二度目か。
「――『地形整備』」
テクニックを発動する。
“白百足”のテント効果によって、LPは消費した側から回復されていく。
森の木々が薙ぎ倒され、地面は硬く平らに均されていく。
その範囲は止まることなく広がり続け、直径は1,000メートルに至る。
「『野営地設営』」
その言葉で、鋼鉄の箱が開いた。
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Tips
◇フィールドオブジェクトの破壊
フィールド上に存在する岩石や樹木などのオブジェクトは、特定のスキルを使用することで破壊が可能です。破壊されたオブジェクトは通常、時間経過で再生します。
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