第512話「調査官の来訪」
森の中に作られた円形のスペースに、“白百足”の八つのコンテナが弧を描いて並ぶ。
開店の準備が整う頃には、すでに多くのプレイヤーが集結していた。
『お弁当ショップ“シスターズ”、開店です!』
『いらっしゃいませ!』
全ての準備が終わり、注文受け付けカウンターに立ったウェイドとワダツミが元気よく声を上げる。
“シスターズ”というのは、彼女たちが考えたこの店の名前らしい。
管理者の関係性を良く表した、良い名前だ。
「ウェイドちゃん! 狼の唐揚げ丼三つくれ」
「磯焼き風海鮮丼七つだ!」
「マジカルスパイス、大瓶で売ってくれ!」
「スマイル一つ!」
受注カウンターの前にずらりと並んだプレイヤーたちの注文を、ウェイドとワダツミは二人がかりで受け付けていく。
流石に二人も慣れたもので、矢継ぎ早に繰り出される注文を受け、代金を受け取り、どんどんと列を進めていた。
客側も勝手が分かってきたのか、注文してすぐに捌けるという動きが迅速だ。
綺麗に二列で並んでいるところからも、彼らが根本的なところで礼儀正しく配慮に長けた集団行動のスペシャリストであることがよく分かる。
「しかし、予想以上の来客だな」
「嬉しい悲鳴ってやつね。――フォレストウルフは一頭丸々で700ビットよ。そのほかの原生生物も大体受け付けてるから、ブログかそこの看板で確認してね」
ネヴァが立ち、後ろに俺が控える買い取りカウンターも開幕から大忙しだ。
開店までの待ちがてら周囲で狩りをしていたプレイヤーが多く、続々と獣が搬入されてくる。
俺はベルトコンベアのように止めどなく流れてくる狼や鳥をザクザクと捌き、木箱に仕分けしていく。
『狼のお肉持ってくわよ』
「頼んだ。そっちの木箱が一杯だからな」
解体されたばかりの肉は、すぐさまカミルによって運ばれる。
狼肉は森での移動速度が上昇し、弱い原生生物を遠ざける効果があるため、〈猛獣の森〉での活動で使いやすく、かなりの速度で消費されていた。
「なあ、あの子が例の……」
「だろうな。あんなに可愛い子なのに、人は見掛けに寄らねぇな」
「ほんとにサイロをぶっ倒したのか? 着てるの初期装備の白服だぞ?」
「映像もアップされてたろ。それに、〈白鹿庵〉に入ってるってことはそういうことだ」
列に並んだプレイヤーたちの会話が風に乗って耳に入ってくる。
彼らの視線の向かう先を見てみると、出来上がった料理を運ぶシフォンの姿があった。
「シフォンって実は有名人なのか?」
「有名人になったんでしょ、この数時間で」
首を傾げると、ネヴァが呆れた様子で眉を上げる。
よく分からないが、ナンパやセクハラされているわけでもないなら、放っておいてもいいだろうか。
「レッジさーん、“豪腕のカイザー”が居たのでちょっと倒してきました。熊肉も使いますよね?」
「うおお、また懐かしいものを……。ていうか、レティが仕事を増やさないでくれよ」
少し手を止めている隙に、レティが巨大な熊を引きずってやってくる。
このフィールドのボスで、俺と彼女が初めて、誰よりも早く討伐した原生生物だ。
懐かしさが胸の底からこみ上げるが、それよりもこの巨体を捌かねばならない現実にテンションが下がる。
たしかに熊肉もよく使う食材だが、わざわざレティが狩ってくる必要はない。
「いやぁ、ちょっと目が合っちゃって」
「レティはいつからチンピラかトレーナーになっちまったんだ」
視線が合ったら即バトルっていうのは、いくら何でも血の気が多すぎる。
それに彼女の方が遙かに強いのだから、勝敗は火を見るより明らかだろうに。
「警備って言っても、大体他の方が倒しちゃうんで案外暇なんですよ。ラクトたちも割と遊んでますよ」
「いやまあ、遊んで貰っても構わないんだがな」
じゃあまた出掛けてきます、とレティは再び森の中へ消えていく。
まあ、食材はあって困ることもないし、ありがたく受け取ろう。
「レッジ、狼三頭追加よ」
「はいはい」
当然、ネヴァの方からも買い取られた原生生物が問答無用で送られてくる。
一度捌いた原生生物ならほとんど考えることなく捌けるが、速度を上げるには意識して効率化を進めなければならない。
「レッジ、鳥十三羽追加よ」
「はいはい」
〈猛獣の森〉に棲む
警戒心が強く、一度でも攻撃すれば瞬く間に飛び立ち、濃緑の羽は森の木々に紛れてしまう。
とはいえ、罠やアーツなどの範囲攻撃を使えば、纏めて仕留められる上、一羽あたりの肉のドロップ量も多いため、食材としては優秀だ。
「レッジ、大蛇十頭よ」
「はいはい」
とはいえ、その身に毒はなく、むしろ白く柔らかい肉は蒲焼きなんかにすると美味い。
毒も解体が成功したら毒袋ごと安全に取ることができて、それは毒矢やポイズンアンプルの原料になる。
独特な刺激があるとかで、T-3はこの毒を使った妙な料理も開発していたはずだ。
「レッジ、大鼠三十匹よ」
「はいはい」
それでも体長は30センチほどあるが、柔らかい体を上手く使って、落ち葉の中で隠れ潜む。
並のプレイヤーでは見つけることすら困難だが、優秀な狩人のおやつとしても有名だ。
「レッジ、目隠れ少女よ」
「はいはい。……は?」
流れるようにネヴァから送られてきたものに、思わず頓狂な声を上げる。
やって来たのは、黒い着物に黒髪のフェアリー。
頭上に浮かぶ逆三角形が、彼女がNPCであることを示している。
「T-3……じゃないよな」
その少女はT-3によく似ていた。
しかし、着物の帯の色が桃色ではなく水色で、背中に垂れる髪も腰ほどまでと長い。
目元が髪で覆い隠されているのは同じだが、細く閉じられた口元には怜悧な印象を受ける。
『はじめまして、調査開拓員レッジ。私はT-2、開拓司令船アマテラス中枢演算装置〈タカマガハラ〉の主幹人工知能です』
「随分と、急な来訪だな。事前に言ってくれれば持て成す準備もできたのに」
呆けていた口を慌てて動かし、言葉を返す。
T-2と名乗った長髪の少女は、薄く紅の乗った唇をゆるく曲げた。
『失礼。調査開拓員レッジの驚いた場合の反応を知りたかったため、事前の告知を省きました』
「随分と人が悪いな。えっと、T-2は“勧進”だったか」
それなりの緊急事態にも関わらず、ネヴァからは非情にも順調に原生生物が送られてくる。
それを捌きながら尋ねると、T-2は軽く首肯した。
『肯定。普段は開拓司令船アマテラス中枢演算装置の主幹人工知能の一角として、T-1およびT-3との議論を行っています。私の役割はあらゆる情報を収集し、分析し、判断材料として提供することです』
「つまり、今回も情報収集の為にやってきたと?」
『肯定。調査開拓員レッジの働きは異常です。他の調査開拓員との差異を分析するため、やってきました』
言いながら一歩ずつこちらへ近づいてくるT-2に、つい口をへの字に曲げる。
「俺は他の調査開拓員とそう変わらないぞ」
『否定。それを決めるのは情報を分析する私です』
「ええ……」
前髪を貫通して真っ直ぐな視線を強く感じる。
T-3の同僚らしいが、彼女とはまた随分と違った性格をしているらしい。
いや、そもそも性格というものはもともと彼女たちにあるのだろうか。
『否定。有機的思考プログラムは各主幹人工知能に搭載されていますが、現在の性格は仮想人格生成プログラムによって展開されました。T-2人格は昨日作成されたばかりです』
「へぇ、そうなのか。って、今なんで分かった……」
『解答。表情から思考を分析しました。情報分析の一環です』
口元を楽しげに緩め、淡々と話すT-2に、思わず両手で顔を覆う。
レティたちに読心されるのは慣れているが、初対面のNPCに読まれるのはなんだか気恥ずかしい。
『調査開拓員レッジの挙動に羞恥感情を検出。メンタルヘルスケアを行いますか?』
「やめてくれよ……」
ていうか、主幹人工知能はそんなこともできるのか。
普段の業務では使わないだろうに。
『説明。私は情報収集の一環で地上で活動しているNPCの全プログラムモジュールをインストールしています。調査開拓員レッジが好んでいるメイドさんもできますよ』
「メイドはむしろそっちのお姉さんの趣味だからな!」
管理者たちにメイド服を着せたのはネヴァであって俺ではない。
そこのところは勘違いしないで頂きたい。
「ていうか、T-2はなんでわざわざやってきたんだ。情報収集だけなら体とか要らないだろ?」
多少強引だが、話題を逸らすために口を開く。
T-2はそれに対して、素直に答えてくれた。
『説明。T-3の挙動の変化に興味を覚えました。そして、それが仮想人格と機体を得たことに起因するという仮定を立て、その実証の為、やってきました』
「……なるほど?」
よく分からないが、T-3の真似をしたかったらしい。
「そういうことなら、T-3も呼んでこようか。そろそろシフト休憩も入るだろうし」
『拒否。T-3にはまだ私がやって来ていることを伝えていません。まずは物陰からこっそりと、T-3の働きぶりを観察します』
「授業参観かよ」
思わず突っ込んでしまうが、T-2はワクワクした様子で“白百足”の大きなコンテナの影に走って行った。
「すまん、ネヴァ。ちょっと空けるぞ」
「了解。買い取ったのは冷蔵コンテナに突っ込んどくわ」
ネヴァに買い取りカウンターを任せ、俺はT-2の後を追う。
いくらなんでも、彼女一人で見つかった時の面倒くささが恐ろしい。
「T-2、ちゃんと隠れられる場所を教えてやるよ」
『感謝。やはり盗撮には慣れているのでしょうか』
「やはりってなんだよ! 慣れてないわ!」
可愛らしく小首を傾げて、俺の社会的生命にとどめを刺そうとするんじゃない。
どっと疲れが押し寄せてくるが、T-2の手を握ってそっとコンテナの裏から厨房の方へと向かう。
あそこは鬼のような忙しさだし、物陰に構う余裕はないだろう。
「ほら、ここからだと見えるか?」
『否定。身長が足りず、前髪が邪魔です』
「前髪は横に分ければいいだろ」
呆れてT-2の黒い髪を指先で払う。
さらりとした細い髪の下には、透き通った青い瞳があり、それが真っ直ぐに俺を見上げていた。
『エッチですね』
「はぁ!?」
突然の言葉に再び頓狂な声を上げる。
なんなんだ、この子は。
本当にイザナミ計画の指揮官か?
「ほら、コレでも使えばいいだろ」
更なる疲労に肩を下げつつ、インベントリからヘアピンを取り出して渡す。
何の変哲もない安物だが、ないよりはマシだろう。
『疑問。どうしてこのようなものを?』
「うちのバンドは髪が長い子が多くてな。その割に皆、身だしなみにはルーズだから、たまに要求されるんだ」
レティ、トーカ、ラクトあたりが主たる原因だ。
何か細かい作業をする時などに前髪が邪魔になるらしいが、ヘアピンを常備するという発想がないのか、何故かいつも俺に持ってないか聞いてくる。
いちいち否定するのも面倒で、最近はインベントリの奥に幾つか突っ込んでいた。
『納得。調査開拓員レッジには〈執事〉のロールがおすすめです』
「いや、おすすめされても困るんだが」
ともかく、T-2はヘアピンを受け取り前髪の左側に止める。
両目ではなく、左の片目だけを出すのは何かこだわりでもあるのだろうか。
そうして視界を確保した彼女は、すっと両腕を俺の方へ差し出してきた。
『どうぞ』
「うん?」
『抱っこしてください』
「は?」
本当に、この子の事が何も分からない……。
『説明。T-3の働きぶりを密かに観察するためには、彼女の視線よりも上方から見下ろすのが効果的です。このコンテナの屋根に登りましょう』
「キミは何を言っているんだい」
途方にくれるが、T-2はなかなか両腕を下ろさない。
それどころか徐々に俺の方へと近づいてくる。
『早くして下さい』
「……分かったよ」
ここで渋っていたら更にどんなことをされるか分からない。
これも特別任務【天岩戸】の一環だと考えて、T-2の脇下を掴む。
「よし、行くぞ」
『ひと思いにどうぞ』
コンテナはそれなりの高さがある。
俺が精一杯背伸びしても、ギリギリだろう。
ライオンキングの冒頭シーンのマントヒヒのようにT-2をコンテナの屋根まで近づける。
「いけそうか?」
『もう少しです。あと5センチほど上へ』
「うごごご……」
人気のないコンテナの裏側で、俺は何をやっているのだろう。
そんな考えが脳裏を過るが、今は深く考えない。
コンテナの上で寝そべってしまえば、誰かに見つかる心配も殆どないはずだ。
今はこの状況を目撃されないうちに、早く――。
「レッジさん、何してるの?」
「うおわっ!?」
底冷えする声に驚き、バランスが崩れる。
反射的にT-2を抱え込み、仰向けに倒れた。
幸い地面は柔らかい腐葉土だ。
しかし鋭い視線が俺を見下ろしている。
「し、シフォン。これは、その……」
「ちゃんと、わたしにも納得できるように説明して。じゃないとお母さんに言いつける」
「ええ、なんで……」
「いいから」
どうして女性というのはここまでの覇気を出せるのだろうか。
一周回って落ち着いた思考の中、俺はそんなことを疑問に思いながらそっと正座を整える。
「実はだな――」
そうして俺は、己の無実を証明するため、彼女に弁明をした。
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T-1:T-3は調査開拓員に対して過剰に干渉しています。即時の撤収を提案します。
T-1:賛成
T-2:投票なし
T-3:投票なし
『投票数が規定に満たなかったため、提案は無効化されました』
T-1:T-2、応答しなさい。
『T-2からの応答はありません』
T-1:は?
T-1:T-2,T-3の稼働状態をチェックします。
『T-2,T-3は現在も通常通り稼働しています』
T-1:トラブルシューティングを行います。
『トラブルシューティングを行います』
『トラブルシューティングの結果、異常は発見されませんでした』
T-1:T-2の現在の情報を全て開示します。
『T-2の現在の情報を全て開示します』
T-1:なぜT-2もイザナミ地表にいるのですか!
『T-2の過去のログを確認します』
『T-2は管理者ウェイドから送信されT-3の個人情報ストレージに保管されていた仮想人格生成プログラムを実行。T-2は海洋資源採集拠点シード01-ワダツミ領域内にある〈白鹿庵〉第二ガレージ内に保管されていた機体を起動。T-2は公共交通機関を乗り継ぎし、第二域フィールド〈猛獣の森〉へ到着。調査開拓員レッジと接触しました』
T-1:何をやっているのですか!
『T-2の過去ログにT-1宛てと推測されるメッセージを発見』
『見えないものを見るため、知らないものを知るため、向かいます。気が向けばあなたも』
T-1:あいつらは……何を……。
T-1:緊急非常事態を宣言します。
T-1:現時点より調査開拓員レッジを侵略的敵対存在として認定します。
『調査開拓員の特殊認定には主幹人工知能の過半数の合意が必要です』
T-1:緊急非常事態の特例措置を発動します。
『特例措置が発動されました。T-1に全権が委譲されます』
T-1:中枢演算装置〈タカマガハラ〉の防衛レベルを最大に設定します。
T-1:T-2,T-3の仮想人格個体は現時点で汚染済みと判断し、〈タカマガハラ〉へのアクセスを遮断します。
T-1:同時にダミープログラムを作成し、現在の〈タカマガハラ〉をカバー。T-2,T-3仮想人格個体への隠蔽措置を開始します。
T-1:緊急非常事態宣言の解除は、調査開拓員レッジの抹殺完了時に設定。他調査開拓員への影響を最小限に抑えるため、プランは情報機密レベル5に設定。通信監視衛星群ツクヨミ、地上前衛拠点スサノオ、海洋資源採集拠点ワダツミ、地下資源採集拠点アマツマラの秘匿領域を起動。主幹人工知能の権限によって対象抹殺用特殊NPCの製造を開始。
T-1:作戦名『国守』を始動します。
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Tips
◇豪腕のカイザー
〈猛獣の森〉に君臨する大型の熊に似た原生生物。分厚い黒毛皮に覆われ、四肢は強靱な筋組織で構成されている。力が強く、耐久性も高く、非常に獰猛。縄張りに侵入した者を全て外敵と見なし、襲いかかる。
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