第511話「我が愛弟子」

 ミカゲがシフォンを抱えて帰ってきたのは、東方での営業が終わり撤収準備を進めようかと立ち上がった時のことだった。

 随分と時間を掛けていたが、その甲斐あったのかシフォンの表情は晴れやかだ。


「ミカゲ、女の子をあんな風に抱えてどう言うつもりですか」

「……ごめんなさい」


 急いで走ってきたミカゲは、シフォンを下ろした瞬間にトーカによって捕縛され、滔々と詰められている。


「ごめんなさい。何も手伝えなくて」

「いいさ。メニューを整理して、ウェイドたちも働きやすくなって、負担は減ったからな。ちゃんとスムーズに回ってた」


 肩を落として俯くシフォンにそう言って首を振る。

 実際、様々な効率化を施した上で客側もそれを理解して協力してくれたため、俺がピンチヒッターに出る幕もなく店は回っていた。


「そうですよ。こっちはレティたちの仕事なので、シフォンさんは自由にしてもらって構わないんです」

「そ、そうですか」


 力強く胸を叩くレティを見て、シフォンはどこかほっとした様子だ。

 そんな彼女の白い服の裾を、ラクトが引っ張る。


「それで、どんな事をしてたの? 〈攻性アーツ〉は使った?」

「はえっ。あ、はい。えっと、そうですね……」


 興味津々で顔を近づけるラクトにたじろぎながら、シフォンはミカゲと共に赴いた〈岩蜥蜴の荒野〉での出来事を話し始める。

 俺は撤収作業を進めながら、彼女の声に耳を傾けた。


「――と、いう感じで無事にイワトカゲを倒してきました」


 最後にそう締めくくり、彼女は今まさに俺が解体を始めようとしたイワトカゲを見る。


「なるほど。つまりハンマーは最強ということですね」

「レティ、話聞いてた?」


 さすが愛弟子、と拳を握るレティに、すかさずエイミーが突っ込みを入れる。


「超近距離戦闘、つまり格闘の経験が活きたってことでしょ」

「はぁ? エイミーまで何言ってるの。どう考えても〈攻性アーツ〉の強さでしょ」


 得意げに鼻を鳴らすエイミーに、ラクトが眉を寄せる。


「え?」

「うん?」

「はい?」


 一気に険悪な空気が三人の周囲に立ち込め、シフォンが慌てて両手を振る。


「あの、その、三人とも落ち着いて下さい」

「そうだそうだ。シフォンはいろんなスキルの長所を引き出して、その上で自分のスタイルを確立しようとしてるんだからな」


 俺が助け船を出してやると、レティたちもひとまず落ち着く。

 とはいえ、三人が三人ともシフォンの師匠は自分であると譲りそうにはないが。


「ともかく、シフォンは〈武芸者〉に〈攻性アーツ〉を加えたビルドにするってことだな」

「うん。今回は『石の小槌ストーンハンマー』しか使わなかったけど、今後は敵に合わせて臨機応変に武器を変える戦い方ができたらいいなって」


 シフォンは楽しげに目を細めて答える。

 何事も、将来の事を考えている時が楽しいものだ。


「そうなると、武器系のチップ集めが急務だね。今は“短剣”と“小槌”しか持ってないでしょ?」

「そうですね。あとは“針”が刺突属性に使えるくらいです」


 シフォンが今後の事を話せば、すかさずラクトがアーツの分野から助言を述べる。

 彼女はチップ集めを趣味にしていて、自分が使わないチップもとりあえず集める程の蒐集家だから、良き相談相手になってくれるだろう。


「原生生物と肉薄した時の立ち回りは私に聞いて貰って良いわ。盾主体と回避主体じゃ少し勝手は違うだろうけど、共通する部分も多いだろうし」

「あ、はい。そちらは存分に胸を借りさせて貰います」


 ジャストクリティカル回避、という俺には耳馴染みのないシステムを主軸に据えたスタイルであるシフォンの基本的な立ち回りは、エイミーのそれと似通っている部分が多いらしい。

 エイミーが動きの師匠となってくれれば、シフォンもメキメキと成長していくことだろう。


「えーと、えーと。じゃあ、ハンマー使う時はレティが教えますから!」


 二人に取り残され、焦った顔でレティが手を挙げる。

 それを見たシフォンは苦笑して、よろしくお願いしますと頷いた。

 何だかんだ言ってレティの戦闘センスは天性のもので、彼女自身が教えることは苦手だが、その近くで見ているだけでもシフォンなら色々と学び取っていくはずだ。


『レッジ、そろそろ出発しないと間に合わないわよ』


 レティたちが話しているのを見ていると、カミルから声を掛けられる。

 シフォンが順調に馴染んでくれているのは嬉しいが、そろそろ移動の時間だった。

 荷物の積み込みが終わった“白百足”が立ち上がり、レティが跨がったしもふりが歩き出す。

 まだ残っていたプレイヤーたちに見送られながら、次なる設営地へと進み出す。


「さて、次はいよいよ〈猛獣の森〉だ」

「第二域ですか。好戦的アクティブな原生生物も多いですし、視界も開けてませんね。警備はしっかりしないとです」

「流石にシフォンと離れられる余裕は無くなるかもねぇ」


 移動する“白百足”の上で打ち合わせを始める。

 懐かしの〈猛獣の森〉はその名の通り、フォレストウルフ以外にも猛獣系の原生生物が多く生息している。

 昼間でも襲ってくるものは多く、キャンプに威嚇効果があるとはいえ、レティたちもそう遠くへは離れられない。


「それにあそこは群れるのが多いのよね。流石にシフォンも分が悪いでしょ」


 エイミーも冷静にフィールドの特性を分析する。

 視界が悪く、開けた場所も少なく、敵も多いというのは、流石に今のシフォンでは難しい。


「その、今回はお店の方を手伝わせて下さい。さっきは全然参加できなかったですし」

「いいんですよ? さっきは問題なく回ってましたし」


 シフォンの申し出に、レティが首を傾げる。

 しかし、俺はそれを遮って口を開く。


「いや、シフォンにも手伝って貰おう。こっからはまた忙しくなるだろうしな」

「そうなんですか?」


 レティの目がこちらへ向く。


「〈はじまりの草原〉は初心者でも歩きやすいから、逆に熟練者は遠慮してこなかった。森に入るとそれも無くなるだろうし、そもそも設営地が狭い。どれだけ素早く捌けるかが重要だ」


 それに、俺とネヴァで買い取る原生生物の種類も更に増える。

 弁当屋の評判は順調に広まっているし、人手はいくらあっても足りないくらいかもしれない。


『別に、私たちだけでも十分だと思いますが』


 そう言うのは、側で聞き耳を立てていたウェイドだ。

 彼女はどうせやるなら管理者だけで回したいと思っているのかも知れない。


『まあまあ。〈猛獣の森〉は木材の一大生産地やし、木こりさんも沢山いてはるやろ。手ぇが足りんかったら手伝って貰うのもええと思うよ』


 そんなウェイドをキヨウが諫める。

 彼女の言うとおり、〈猛獣の森〉には斧を携え木を切り倒し続ける木こりが多くいる。

 肉体労働と単純作業に疲れた彼らもきっと来てくれるはずだ。


『ともかく、お店を開いてみないと分かんないでしょ。様子を見て人を調整していけば良いじゃない』


 最後に我らがカミルさんが一言で纏める。

 これには管理者たちも文句はないようで、ひとまず議論は落ち着いた。

 丁度同じタイミングで“白百足”は森の中へと入っていく。

 一気に植生が変わり、周囲には太い木々が立ち並ぶ鬱蒼とした森が広がった。


「はええ。ここが〈猛獣の森〉ですか」

「シフォンは初めてだったか」


 物珍しげに周囲へ視線を彷徨わせるシフォン。


「そもそも、今までは〈はじまりの草原〉しか行ったことがなかったよ」


 そんな返答につい驚いてしまう。

 既に一端の開拓者としての貫禄を身につけているが、そう言えばまだ彼女は始めて数日の初心者だった。


「レッジさん、着きますよ」

「分かった。それじゃあ準備を始めるか」


 森に入ってすぐに、予定していた設営地点へ辿り着く。

 地図を確認していたレティが首を傾げる。


「ほんとにここで合ってます?」


 彼女がそう言うのも無理はない。

 ここは木々がせめぎ合う緑のまっただ中、猫の額ほどの地面もなかった。

 特大コンテナ八個が連なる“白百足”や大型機獣であるしもふりは窮屈そうで、なんならガリガリと木の幹に体を擦っている。


「大丈夫大丈夫。最低限の広さは確保できるからな」


 俺はそう言って“白百足”を停める。


「普段は安定した所でばっかりテント立ててるからなぁ。たまには使ってやらんと。――『地形整備』」


 テクニックを使用すると、“白百足”を中心に光の円が広がっていく。

 その内側に入った木々が瞬く間に粉砕され、でこぼことしていた腐葉土の地面も硬く均される。

 ゴリゴリとLPは削れるが、この程度なら許容の範囲内だ。

 結局、LPの五割ほどを消費して、半径15m程のそこそこ広い面積を確保することができた。


「おお、そういえばそんなテクニックもありましたね」

「凄い力業だなぁ」


 レティたちも突然現れた空間にそれぞれの反応を示す。

 ともあれ、これで舞台は用意できた。

 あとはそこを飾り付け、開演を待つだけだ。


「さあ、やろうか」


 俺はコンテナから飛び下りて、もはや慣れてしまった設営に取りかかった。


_/_/_/_/_/

◇ななしの調査隊員

アストラが黄将の単独討伐したってな


◇ななしの調査隊員

まじかよ・・・


◇ななしの調査隊員

あれはソロを想定してるモンじゃないだろ


◇ななしの調査隊員

ついさっき百足衆が討伐して喜んでたのに


◇ななしの調査隊員

ていうか騎士団は海の方に集中してるんじゃかったのか


◇ななしの調査隊員

船艦の進捗が遅れてるらしい


◇ななしの調査隊員

でかい氷造船だっけか

素直におっさんに聞けばいいのに


◇ななしの調査隊員

おっさんと対抗してるから聞けないんじゃないか


◇ななしの調査隊員

ていうかおっさんの方は氷造船持ってるのかよ


◇ななしの調査隊員

持ってるというか、作れるというか


◇ななしの調査隊員

〈白鹿庵〉のメンバーで氷造船を作れるらしい


◇ななしの調査隊員

そういえば〈白鹿庵〉に新メンバー入った?


◇ななしの調査隊員

いや知らんが


◇ななしの調査隊員

初耳なんだが


◇ななしの調査隊員

新規加入したのか、俺以外のメンバーが


◇ななしの調査隊員

俺めっちゃ申請送ってんだけど


◇ななしの調査隊員

誰が入ったんだ


◇ななしの調査隊員

知らんけど、なんか初心者っぽい子


◇ななしの調査隊員

は?


◇ななしの調査隊員

切れそう


◇ななしの調査隊員

どうして・・・


◇ななしの調査隊員

初心者の女の子だったな。

赤ウサちゃんと仲よさそうにしてたし、リア友かもしれん


◇ななしの調査隊員

あー、リア友か

人脈には勝てんな


◇ななしの調査隊員

しかし、白鹿庵って普通のプレイヤーの参加も認めるんだな。超人しか入らないのかと思ってた


◇ななしの調査隊員

一応おっさんか赤ウサちゃんのどっちかの許可が貰えれば加入できるんだよな。一次面接がキツいわけだが。


◇ななしの調査隊員

まあ朱に交われば赤くなるっていうし、新人ちゃんもそのうち白鹿庵になるだろ


◇ななしの調査隊員

白鹿庵になるってどういうことだよ


◇ななしの調査隊員

頭がおっさんになるということだ


◇ななしの調査隊員

訳分かんねぇよ・・・


◇ななしの調査隊員

みんな、安心しろ。新人は既におっさんだ。


◇ななしの調査隊員

え、男だったのか


◇ななしの調査隊員

いや、ヒューマノイドの女の子だったはずだが


◇ななしの調査隊員

ガワは女の子だけど、動きがおっさんじみてる

[新人vsイワトカゲ.movie]


◇ななしの調査隊員

動きがおっさんじみているとは


◇ななしの調査隊員

ええ・・・


◇ななしの調査隊員

これどういう事?

教えて偉いひと


◇ななしの調査隊員

イワトカゲ相手にジャストクリティカル回避を決めまくってる。たしか、猶予数フレームみたいな激ムズ技だった気がするんだが。


◇ななしの調査隊員

なんで武器使わずにわざわざアーツ使ってんだ?


◇ななしの調査隊員

この背後からの攻撃に完璧に対応してるのはおっさんみたいだな


◇ななしの調査隊員

白鹿庵は千里眼でもないと参加できないわけ?


◇ななしの調査隊員

ああこれかぁ。なんかやってるの見てたわ。

白鹿庵の子だったのか。


◇ななしの調査隊員

外見は可愛いのに動きが変態過ぎる。


◇ななしの調査隊員

この子、今〈猛獣の森〉にあるおっさんの店で働いてるよ


◇ななしの調査隊員

ちょっと見に行ってやるか・・・


◇ななしの調査隊員

野次馬はやめろよ。俺は腹減ったしなんか買ってくるけど。


◇ななしの調査隊員

久しぶりに猛獣の森に行くかな。


◇ななしの調査隊員

マイナスイオン浴びてくるわ


◇ななしの調査隊員

おれ、狼の素材集めたかったんだよなぁ


◇ななしの調査隊員

なにげに白鹿庵でヒューマノイドの女の子って初めてじゃない?


◇ななしの調査隊員

サムライちゃん「」


◇ななしの調査隊員

あーあ、斬られるわ


◇ななしの調査隊員

この子ちょい前は剣使ってなかったっけ?


◇ななしの調査隊員

俺は素手で牛殴ってるところなら見たんだが・・・


◇ななしの調査隊員

なんかきな臭くなってきましたね・・・


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_/_/_/_/_/

Tips

◇『地形整備』

 不整地を整備してキャンプテントが設営できる環境にする。土地の荒れ具合、整地する面積によって消費するLP量が変化する。


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