第509話「選択の岐路」

 本日三箇所目の営業地点は〈はじまりの草原〉の東方、〈岩蜥蜴の荒野〉に近いエリアだ。

 エネミーの強さの関係で、〈はじまりの草原〉の次は〈猛獣の森〉か〈牧牛の山麓〉へ向かうプレイヤーが多いため、このあたりは比較的人影も少なく、落ち着いて店を開くことができた。


「それじゃあシフトどおりに。キヨウとサカオが最初の休憩組だな」


 開店準備を終え、移動中にT-3たちが決めたシフト表を確認する。

 最初はキヨウとサカオの二人が30分の休憩を摂ることになっていた。


『それじゃあ、後は頼みます。あてらはゆっくりさせて貰いますから』

「分かった。コンテナの影に椅子とテーブルは用意してるからな。目立つとこに居たら気も休まらないだろうし、使ってくれ」

『おう、ありがたく使わせて貰うぜ』


 テーブルの数を減らしたぶんを、“鉄百足”の影に置いている。

 管理者が出歩いていればそれだけで注目を浴びるし、その対応をしていてはわざわざシフトを組んだ意味も無くなる。

 何だかんだと言いつつキヨウたちが疲れていたのは事実のようで、二人は椅子に座ると早速俯いて目を閉じた。


「これ、死んでないよな?」

『管理者を何だと思っているんですか。溜まっていた情報の消化に専念しているだけでしょう』


 呆れてウェイドに突かれるが、要は寝ているのと同じだろう。

 人間も寝ている間に記憶の整理をするというし、調査開拓員もログアウト中は休眠状態でデータを整理している、ということになっているらしいし。


「ブランケットとか持ってきた方がいいか?」

『そんなもの、わざわざ用意しなくても結構ですよ』

「いや、福利厚生の一環でテントセットの中にブランケットも突っ込んでるんだが」

『あなたは一体なにを想定しているんですか……』


 山小屋型テントで霊峰でキャンプした時は、ブランケットが大活躍だったのだ。

 俺は“鉄百足”のコンテナから、二枚のブランケットを取り出し、椅子に背を預けているキヨウたちに掛けてやった。


「……暑いかな?」

『そもそも、感覚系を全て遮断しているので何も感じていないと思いますよ』


 ウェイドは肩を竦め、さらにため息までつく。

 しかしそれ以上何かを言うこともなく、沈黙するキヨウとサカオを見届けて店先に戻った。

 そこへ入れ替わるように木箱を抱えたカミルがやってくる。


『レッジ、メニュー改訂で唐揚げの材料が嘴鶏コックビークの肉になってるわ。夜駆け鶏ナイトウォッチは親子丼だけに使うから』

「了解。コックビークの肉はだいぶ買い取れたし、今後も増えるだろうからな」

『逆にナイトウォッチの肉は少なくなってきたわ。唐揚げは値段を下げて、量を増やしてバランスを取るみたい』

「なるほど。ま、その辺はそっちに任せるから、変更点だけ教えてくれ」


 コックビークやグラスイーターのドロップアイテムは順調に買い取れており、消費が供給に追いついていない。

 代わりに夜駆け鶏ナイトウォッチなどの上位互換的なアイテムは消費されつづけており、どこかでバランスを取る必要があった。

 飯バフの効果が少し変わったりするが、そこは何とか堪えて貰おう。

 〈はじまりの草原〉や〈岩蜥蜴の荒野〉程度のフィールドならば、コックビークの肉の飯バフでも十分以上の効果がでているはずだ。

 他にもいくつかメニューの組み代わりや新規追加、削除が行われており、かなりすっきりと整理されたようだ。

 カミルから新しいメニューのデータを受け取り、それを確認する。


「うん。とりあえずこれでいいだろ。鶏だけに」

『じゃ、よろしくね』


 つれないカミルの冷ややかな視線を感じつつ、俺はメニューを店先にあるボードに反映させる。

 〈取引〉スキルのテクニックだが、やはり商いをする上で便利なものが多く揃っていて便利だ。


「行商人ロールと悩んだ時が懐かしくなるな。商売するのも面白くて、なかなか飽きない、なんつってな」

「何言ってんですか、レッジさん」


 一人楽しく作業をしていると、背後から乾いた声がする。

 振り返ると片眉を上げたレティが俺を見ていた。


「うおっ。何だ、突然」

「周囲の安全が確認できたので、その報告です。あと、シフォンさんはミカゲと一緒に〈岩蜥蜴の荒野〉に行きました」

「なるほど、ついにレッスンも最後か」


 レティたちから各種武器の、ラクトからアーツの戦い方を教えられたシフォンだが、ミカゲからは恐らく“戦い方”を伝授されるのだろう。

 彼の構成は〈呪術〉スキルを除けば典型的で人気も高い忍者ビルドそのもので、彼の強さは彼自身の動き方――プレイヤースキルの方にある。

 多様なテクニックの揃った〈忍術〉スキルを的確かつ瞬時に使い分けるのは、実のところかなり至難の業なのだ。


「ミカゲはあんまり目立たないですけど、何だかんだ言って〈白鹿庵〉になくてはならない存在ですからねぇ」


 レティも彼の働きぶりはきっちりと認識しているようで、〈岩蜥蜴の荒野〉の方角に向かって手を合わせていた。


「レッジ、そろそろお客さん通していいかしら?」


 カウンターに立つネヴァが声を掛けてくる。

 見れば、買い取りカウンターの前にもそこそこの人が待ち構えていた。

 弁当販売の方も準備は済んだようで、少し離れたところからカミルが両腕を使ってマルを作っている。


「よし、じゃあ開店だ」

「いらっしゃーい!」


 そうして、俺たちの戦いが始まった。



 レッジたちが店を開いた頃、シフォンとミカゲは広い荒野を歩いていた。

 赤い大地に大小様々な岩が転がり、草木は疎らだ。

 そこに棲んでいるのはイシトカゲやイワトカゲ、カンムリワシなどの手強い原生生物たちで、第二域のフィールドの中でも殊更に危険度が高い。

 それでも全くの無人というわけではなく、主にハンマーや杖といった打撃属性の武器を携えたプレイヤーが散在している。


「……」


 そんな荒野を歩くシフォンは、ぎゅっと眉を寄せて軽く唇を噛んでいた。

 前方を歩く、真っ黒な忍装束の青年がミカゲと言う名前であることは知っている。

 しかし、それ以外のあらゆる情報が圧倒的に足りていなかった。

 誘われた時も、彼の姉であるトーカを介してのことだったし、何より道中一言も言葉を交わしていない。

 しかも同性ならともかく、彼は男だ。

 一応、実は年頃の少女であるシフォンにとっては、どう話しかけたものかと悩まざるを得ず、二の足を踏んでしまう。


「――何が好き」

「はえっ!?」


 緊張感のある沈黙を打ち破ったのは、意外なことにミカゲだった。

 唐突かつ主語の欠落した問い掛けに、シフォンは混乱しながらも何とか答える。


「えと、その、焼きそばですかね!」


 やっちまった、と思ったのは言葉を放った直後だ。

 しかし、ミカゲは特に反応することなく補足した。


「武器。……いろいろ、試してた」

「え、えと、何でしょうね。どれも好きで、なかなか一つに選びきれなくて」


 ミカゲが聞きたいのは、今後シフォンがどの武器を主軸に据えたビルドを目指すのか、ということだろう。

 しかし、その答えは彼女が一番知りたくて、分からないものでもある。

 どの武器も一長一短で、アーツも面白そうだと思った。

 レッジたちが商売をしているのを見て、いっそ戦闘とは関係のないプレイをしても良いかも知れないとも考えた。

 つまりは、無数に分岐する道の手前で呆然と立ち尽くしているのだ。


「別に、一つに絞らなくてもいい」


 路傍の石を跨いで歩きつつ、ミカゲが言う。

 その言葉にシフォンは思わず口を半開きにした。


「……僕は、忍刀を使ってる。けど、糸も使う。クナイも投げるし、撒き菱も散らす。忍刀以外の剣も、一応使えるようにはしてる。毒薬とか、爆薬とか、投擲物とかも使う。呪術も、縄とか鏡とか札とか、色々使ってる」

「はええ。色々使うんですね」

「忍者っぽいものは、だいたい」


 覆面の下から放たれたシンプルな理由に、シフォンは思わず吹き出してしまった。

 慌てて謝るが、ミカゲに気分を害した様子はない。

 それよりも彼は自分が伝えたいことを一言で現すのに苦慮しているようだった。


「……使いたいものは、全部使ってもいい。使いにくかったら捨てて、使いたくなったら拾って。とりあえず、動いてるうちに、自分に合ったスタイルが分かると、思う」


 気恥ずかしそうに頬を掻きながら、ミカゲはそう締めくくる。

 それを聞いたシフォンは、ドロドロになっていた思考が急激に流れ出すのを感じていた。


「あの、ミカゲさん。さっきレッジさんたちから〈武芸者〉というロールについて聞きまして……」

「興味があるなら、やってみる? スキルがカツカツだと思うけど」


 〈武芸者〉は〈剣術〉〈杖術〉〈槍術〉〈格闘〉〈銃術〉〈弓術〉の六種のスキルが要件になる。

 一次ロールでも合計で180、全てレベル80にすると480となり、これだけでスキルレベル制限の半分ほどを占めてしまう。

 ここに〈戦闘技能〉などの補助系スキル、〈歩行〉や〈受身〉といった行動系スキルを合わせれば、ビルドはかなり難しくなるだろう。


「それに、武器も考えないといけない。格闘は素手でやるとしても、五種類の武器を持ち歩くのは、大変」


 ミカゲは更に別の課題も指摘する。

 天叢雲剣にデータを入れることで、それを武器として扱うことができるが、その数には制限がある。

 ミカゲが多様な攻撃手段を持っているのは、忍刀以外のものが武器ではなく道具としてインベントリに入れられるからだ。

 しかし、そんな彼の言葉に対して、シフォンは平気な顔で頷いた。


「たぶん、それは大丈夫だと思うんです」

「……なにか、案があるの?」

「はい。さっきの移動中にwikiで機術闘士アーツファイターについて調べてたんです。そしたら、面白いことができそうな気がして」


 含みを持たせるシフォンに、ミカゲは覆面の隙間から覗く黒い瞳に疑問の色を浮かべる。


「とりあえず、ラクトさんから頂いた機術師スターターキットで組んでみたコードがあるので、それで戦ってみます。それを見て、アドバイス頂けますか?」

「分かった。とりあえず、見てる」


 困惑しながらも、ミカゲは頷く。

 それを確認したシフォンはぎゅっと両の拳を握りしめ、気合いを入れる。


「では――。『氷の短剣アイスダガー』、『石の小槌ストーンハンマー』」


 彼女は天叢雲剣を腰のベルトに吊ったまま、立て続けにアーツを起動する。

 両手に現れたのは、氷で形作られた小さな片刃の剣と、石でできた無骨な両口ハンマーだ。


「アーツで、武器を」

「はい。これなら天叢雲剣のスロット制限はないですよね」


 そう言って、シフォンは顔を前に向ける。

 目に捉えるのは、蹲って岩に擬態する中型の原生生物――イワトカゲだ。


「行きますっ!」


 彼女は灰色の甲殻を纏った蜥蜴に向かって走り出す。

 そうして――


「とぅわっ!」


 その途中で石に躓いて転んだ。


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Tips

◇『氷の短剣アイスダガー

 二つのアーツチップによって構成される、水属性の初級攻性アーツ。小ぶりな片刃のナイフを氷で形成し、武器とする。鋭利だが非常に脆く、武器としての性能は低い。


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