第508話「業務改善命令」

 俺が鶏を捌き続けているうちに、シフォンたちも止めどなくやってくる客を捌き続けていた。

 とはいえ、波が寄れば引くもので、しばらくするとピークを過ぎて客足も落ち着いてきてくれた。


「ふぅ。何とか凌ぎきったわね」

「助かったよ」


 額の汗を拭うネヴァを労い、俺も最後のコックビークに取りかかる。

 はじめの頃こそ購入した料理をその場で食べる人が多かったが、メインとして売っているのが弁当であることも徐々に浸透してくれたようで、受け取ったらすぐに町へ戻ったり奥のフィールドへ出掛けたりする人も増えてきた。

 おかげで客の誘導に手間取らなくなり、結果的により効率的に対応することができるようになった。


「次からは弁当であることを強調した方がいいかもしれないわね」

「そうだなぁ。いっそ、テーブルの数は減らすか」


 弁当は別にキャンプ地や街中でなくても食べられるのが利点の料理カテゴリだ。

 その長所を活かすのも売り方の一つだろう。


「ふぁあ、お疲れ様でした……」


 そこへ疲労困憊のシフォンがよたよたとやってくる。

 彼女もくるくるとよく働いてくれて、ようやく一息付けたらしい。


「ごめんな、まだ〈白鹿庵〉の正式参加もしてないのに」

「いや、大丈夫だよ。バイトで慣れてるから。それにレティさんたちにはもう沢山お世話になってるから」

「そうか。ならいいんだが……」


 何故かシフォンはレティたちには敬語なのに、俺にだけは砕けた口調だ。

 心を許してくれているのなら嬉しいが、どうにもむず痒い。

 そんな俺の複雑な心境などつゆ知らず、シフォンは俺の隣にあった椅子に背を預けた。


「はふぅ。まさかゲーム内で接客業をするとは……」

「ごめんな」

「いえいえ。働いてる最中に、他の管理者ちゃんからも少しずつ事情は聞けたし、培ってきたが活かせるのは楽しいよ」


 どうやらあの激しい戦場のような中で、ウェイドたちと親睦を深める余裕があったらしい。

 尋常なコミュ力ではなせる技ではない。

 これが若さというものか……。


「何を戦慄してるのよ。レッジだって大概コミュ力お化けでしょ」


 隣で見ていたネヴァが腰に手を当てて呆れた声を上げるが、俺にはピンとこない。

 気がつけばフレンドリストもかなり長くなっているが、コミュニケーション強者と胸を張れるほどではない。


『レッジ、そろそろこっちは片付けに入るわよ』


 キッチンの方からやってきたカミルがそんな報告を上げてくる。

 時間を見てみれば、もうすぐ次のポイントへ移る時間だった。


「もうそんな時間か。体感時間が短いな」

『忙しくしてたらそんなもんよ。それよりも、管理者の相手もしなさいよね』

「うん?」


 カミルの言葉に首を傾げる。

 管理者――ウェイドやスサノオたちは俺たち普通の調査開拓員よりよほどタフな機体をしているはずだが、何かあったのだろうか。


『これはアタシの推察だけど』


 そう前置きして、カミルは続ける。


『管理者は対人経験が少ないでしょ。そんな状況で、すでに100人以上の調査開拓員と交流してるわけ。機体からだはともかく、情報処理こころが追いつかない可能性があるわ』

「ええ……。そんなことになるのか」


 カミルの言うとおり、管理者は今日の数時間だけで今まで経験したことがないほどのコミュニケーション量をこなしてきた。

 しかし、天下の中央演算装置〈クサナギ〉がその程度でへこたれるだろうか。

 そんなことを纏めてカミルに反論すると、彼女はあきれかえった顔で俺を見た。


『あのねぇ。管理者はお弁当売るのが仕事じゃないのよ。今も作戦指揮は継続されてるし、普段の業務も滞りなく処理してるの。お弁当の販売業務に割いてる演算処理リソースは、〈クサナギ〉全体の1パーセントにも満たないんだから』

「そ、そうだったのか……」

『管理者と一番関わってるのはアンタなんだから、そのへんきちんと理解しときなさいよ』

「はい。肝に銘じます」


 まったく、と肩を下げるカミル。

 俺は彼女の言葉を粛々と受け止め、深く頭を下げて頷いた。


「おじちゃん、なんでNPCに怒られてるの……?」

「あれがレッジのいいところよ。悪いところかも知れないけど」


 背後で何やら囁く声がするが、それどころではない。

 管理者たちも疲れているのだとしたら、俺は何かしらの対策を立てる必要がある。


「撤収作業を進めよう。移動中に、管理者と話し合うことにする」

『分かったわ。それじゃ、さっさとなさい』


 カミルに尻を蹴られて動き出す。

 レティたちにも手伝って貰って木箱をコンテナに積み込み、キッチンやテーブルといったアセット類を回収する。

 身を丸めて休んでいたしもふりにレティが跨がり、“鉄百足”が進む。

 その上に乗り込んで、俺は管理者たちに話しかけた。


「お疲れさん。ちょっと話があるんだが、いいか?」

『なんですか、改まって』


 コンテナの縁に腰掛けて休んでいたウェイドが振り向く。

 他の管理者やT-3たちもぞろぞろとやって来た。


「次の営業から、シフト制を導入しようと思ってな。数時間働きづめってのも大変だろうし、休憩に入って貰うことにした」

『ええっ!?』


 俺の言葉に、まっさきに驚きの声を上げたのはホムスビだった。

 彼女は立ち上がり俺の足下へやってくる。


『わたしはまだ戦えるっすよ。一個でも多くお弁当を売ってみせるっす!』


 赤い瞳に炎を宿し、熱血スポ根漫画の主人公みたいな台詞を吐くホムスビ。


『そうですよ。むしろ、私たちよりレッジの方がよほど疲れているでしょう』


 ウェイドや他の管理者もホムスビの側に立ち、俺の提案に反対の意志を示す。

 たしかに、彼女たちは機体が特別製で、肉体的な疲労は感じていない様子だ。

 しかしカミルの言ったことも正しいのだろう。

 さっきもコンテナに座ったまま、それぞれ話すこともなくぼんやりと空を見ていた。


「そもそもこんなに忙しくするつもりはなかったからな。全体的な効率化の一環だ。テーブルも減らして、客の回転率を上げる。注文の受付に二人、厨房に二人、商品の提供に二人、残りの二人は休憩だ」

『しかし……』


 今だ納得できない様子でウェイドは食い下がる。

 生真面目な性格の彼女だから、安易に休むという選択はしたくないのかもしれない。

 しかし、そんな彼女の声が掛かった。


『分かりました。では、それでシフトを組みましょう』


 そう言ったのは、長い黒髪で瞳を隠した少女――T-3だった。


『T-3!? 何を……』

『管理者の情報処理機能が圧迫されているのは把握しています。レッジが言い出さなくとも、私から指示するつもりでした』


 驚くウェイドに、T-3は冷静に答える。

 俺も少し目を見張ったが、よくよく考えれば当然なのかもしれない。


『私は開拓司令船アマテラス中枢演算装置〈タカマガハラ〉の主幹人工知能T-3です。つまり、私にはイザナミ計画を推進する義務があり、管理者の状態管理もその範疇です。効率的な業務遂行の為には余裕を持ったリソース管理が必須。私の権限に基づき、管理者各位に命じましょう』

『ぐ、そう言われてしまえば、私に反論する権限はありませんが……』


 毅然とした態度で宣言するT-3に、ウェイドたちもしぶしぶ従う。

 初めてT-3が管理者よりも上位の権限保持者であるところを目の当たりにした気がするが、随分と堂に入った態度だ。


「ありがとな、T-3。助かったよ」

『何を言っているのですか。先も述べたように、レッジが言わずとも私から命令を下していました』


 すん、と澄ました顔のT-3に、思わず口元を緩める。

 彼女も自分の立ち位置を理解し、本来の業務はしっかりと行っているようだ。


『……それに、こんなところで支障をきたしていては、面倒くさいことになりますからね』

「うん? なんか言ったか?」

『なんでもありません』


 最後にT-3が何事か呟いたが、声が小さすぎて拾えなかった。

 彼女はそれをうやむやにして、早速管理者のシフトを組み始めた。


『管理者各位に私を入れて、八人です。レッジの提案をそのまま使い、二人が休憩に回るようにしましょう。営業時間は2時間なので、30分ごとに交代します』

『異議無し。あたしはそれで構わないよ』

『あてもサカオに同じです。休憩中は何してもええのんやろ?』


 流石というか、もしくは当然なのかもしれないが、T-3が議論の舵取りを始めると、管理者たちもスムーズに話を進めていく。

 ウェイドとホムスビも最終的にはそれを受け入れ、シフトが組まれ始めた。


「ま、多少忙しくなったら俺やカミルがピンチヒッターに入ることもできるからな。休憩中はゆっくり羽を伸ばしてくれ」

『決まってしまったものは仕方ありませんね……。ただし、何か問題が起きたらすぐに駆け付けますから』

「それは脅しなのか?」


 キッと鋭く俺を睨むウェイドだが、背丈も相まって可愛らしいだけだ。

 なんとなく姪のことを思い出して思わず口元が綻ぶ。

 それがまた彼女を刺激して、ぽかぽかと腰にあたりを叩かれた。


『あの、一ついいっすか?』


 シフト組みが落ち着いてきた頃、ホムスビが手を挙げる。

 場を仕切っていたT-3が許可すると、彼女は温めていた考えを他の管理者たちに披露した。


『ホムスビ弁当の内容を少し変えたり、新しいメニューを追加したいっす』

『……管理者ホムスビはお弁当一本で行くのでは?』


 唐突なホムスビの提案にT-3が眉をひそめる。

 それを見てホムスビは少したじろぐが、勇気を出して言葉を続けた。


『実際に調査開拓員の皆さんに売って、皆さんが食べてるのを見て、色々考えたっす。ホムスビ弁当は大量生産でコストを抑えて、品数を増やしてるっすけど、フィールドではもう少し手軽に食べられるものの方が喜んで貰えるかもって思ったっす』


 彼女なりに色々と考えた上での言葉なのだろう。

 弁当一本で戦うと宣言した手前、T-3に面と向かって言うのはたとえ管理者であろうと苦しいのかも知れない。


『分かりました。ではメニューの変更内容を纏めて共有してください』

『分かったっす。って、いいんすか!?』


 しかし、T-3はホムスビの予想に反して驚くほどすんなりとそれを受け入れた。

 唖然とするホムスビを、T-3は不思議そうに見る。


『そちらの方が調査開拓員に喜ばれると考えての判断でしょう。ならば、それを否定する理由はありません。もちろん、変更内容は精査して、難しければ意見を述べます』

『そ、そうっすか……』


 ぽかんと口を開くホムスビに、T-3はふっと表情を和らげた。


『弁当そのものの価値やそこに内在するコストは最重要項目ではありません。それを受け取る調査開拓員の事を考え、より最適な形を追い求める。――それこそが、愛なのですよ』


 その言葉に、ホムスビだけでなく他の管理者たちも目から鱗が落ちた様子だった。


「それが分かってるなら、唐辛子を馬鹿みたいに入れるのも止めて貰いたいんだがなあ」

『凍える寒さを和らげ、暖める。これもまた愛ですから』

「愛が致死量なんだよ……」


 俺の具申は軽く撥ね除け、T-3はメニューを纏めたウィンドウを開く。


『効率化の推進は私も必要だと思っていました。今の段階では、流石にメニューが多すぎてキッチンでの作業が煩雑になっていますから。売り上げの低いものは排除して、シンプルにしていきましょう』


 ホムスビが品数を増やしたいと思ったのに反して、T-3はメニューを整理したいと考えたらしい。

 たしかに、別荘で色々と試行錯誤を繰り返して様々なメニューを用意したが、中には一度も注文されていないものもある。

 そういったメニューを消せば、客としても選択肢が減って選びやすくなり、ひいては回転率の向上に繋がるだろう。


「それじゃあ、メニューの方は任せていいか? 俺は色々変更したことをブログで告知しとくから」

『分かりました。任せて下さい』

『それじゃあ、色々メニュー考えたので皆に検討して貰うっす!』


 後のことはT-3に任せて大丈夫だろう。

 そう判断して、俺はブラウザウィンドウを開く。


『爆弾おむすびなんてどうっすかね?』

『しかし、火薬はあまり美味しくないと思いますが』

『TNTは甘ェが、毒だぜ?』

『そういう爆弾じゃないでしょう!』

『あぅ。スゥはハンバーガーがいいと思う』

『ファストフードもええねぇ。お米のバーガーなんかも美味しそうやし』


 揺れる“鉄百足”の背の上で、活発な議論をBGMにキーボードを叩く。

 どんな新メニューが出てくるかは実際に来店してのお楽しみ、となれば一度やってきた人も興味を示してくれるかも知れない。

 そんなことに期待しながら、俺は急いで記事を書き上げていった。


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Tips

◇TNT

 トリニトロトルエン。土木作業や戦闘で用いられる、褐色火薬。使用には〈投擲〉スキル、〈採掘〉スキル、〈罠〉スキルなどが必要。食用ではない。


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