第507話「ロマンある職業」
ラクトがシフォンにアーツを布教している間にも、店は大忙しだ。
管理者たちは息つく暇もなく、T-3も延々とキッチンで手を動かしている。
「はいはーい。次はネズミ10匹ね、1,800ビットよ」
ネヴァも〈取引〉スキルを持っているため、俺の代わりに買い取り作業をしてくれている。
俺は次々と積まれていく原生生物の山を崩すため、必死に解体作業を進めていた。
「レッジさん、この木箱運びますね」
「ああ。頼んだ」
猫の手も借りたい忙しさで、周囲の警備も機動力のあるトーカが担当し、レティ、エイミー、ミカゲの三人にはアイテムの運搬を手伝って貰っていた。
すぐに使う鶏肉や牛肉はキッチンへ運び、その他のアイテムはコンテナに積み込む。
表では管理者たちが奔走し、裏ではプレイヤーが動き続けていた。
「よっと。とと、流石にちょっと重いかな」
「やっぱ前衛職は腕力あるなぁ」
アイテムをたっぷり詰め込んだ木箱を一気に六つも重ねて持ち上げたレティを見て、思わず羨望の眼差しを向ける。
BBを腕力に極振りしている彼女だからこそできる芸当で、俺では木箱二つが精一杯だろう。
「女の子に向かってそれは褒められてる気がしませんが……。まあ、頼られてると思っておきますよ」
「すまんすまん。でもレティにはいつも助けて貰ってるからな。これからも頼むぞ」
「ふへっ!? そ、それはつまり、そういうことですかね? そういうことですよね?」
労いの言葉を掛けると、レティは耳をピンと立てて口元を緩める。
彼女との付き合いも長くなったが、ちゃんと感謝は伝えておくべきだろう。
「レッジさんって、いっつもあんなこと言ってるんですか?」
「そうだねぇ。いちいち気にしてたら負けだよ」
背後から声が聞こえて振り返ると、どこか疲れた様子のシフォンとラクトが立っていた。
随分と時間が掛かっていたようだが、ようやくアーツ体験が終わったようだ。
「おかえり、二人とも。シフォンはアーツどうだった?」
「ただいまです。ラクトさんから丁寧に教えて貰って、色々学ぶところもありましたよ。――なんとかサイロも倒せましたし」
最後は暗い瞳になって言うシフォン。
初期ステータスに毛が生えた程度の彼女が、LP消費の激しいアーツだけでネームドエネミーを倒すのは、随分と苦労したことだろう。
「シフォンは機術師というか、
「なるほど。それならラクトよりもエイミーの方が適役だったかもな」
機術を近接戦闘に取り込んだスタイルは、ラクトよりもエイミーの方が近い。
そう思って言うと、丁度近くを通りがかったエイミーが素早く近寄ってきた。
「なになに? やっぱりシフォンちゃんはコッチ側にくるの?」
「そうじゃないよ。シフォンがどっちかって言うとエイミーのスタイルに近いアーツの使い方をしただけだからね」
ニコニコ顔でやって来たエイミーを、ラクトは子を守る親猫のように追い払う。
シフォンは隙あらば勧誘してくる先輩たちを見て困っている様子だ。
「どうだ、シフォン。自分のスタイルは見つかりそうか?」
そんな彼女の側に行き、話しかける。
ハンマー、剣、拳、アーツと様々な武器と戦闘スタイルを体験してきたわけだが、その中で何か見つけることができただろうか。
「そうだなぁ。どの武器もそれぞれ長所短所があって、なかなか選べないな。アーツも結構楽しかったし……」
虚空を見つめて回想しながら唸るシフォン。
師範たちの熱意は十分に伝わっているようで、だからこそ一つに選ぶのが難しいのだろう。
ハンマーは一撃の破壊力が高いかわりに取り回しがしづらく、LP消費が大きくディレイが長い。
剣は扱いやすいが、大剣や片手剣、双剣と武器の細分化が激しく、全てを使いこなすには高い技量が必要だ。
格闘スタイルは手数で他に勝るが、一撃当たりのダメージが伸ばしにくく、被弾の可能性も高い。
アーツは威力が高く柔軟性もあるが、扱い自体が難しい。
どれも表裏一体の一長一短で、その中から一つを選び取るのは一苦労だ。
「ちなみにレッジさんが使ってる槍はどんな感じなの?」
「槍も使いやすいぞ。長柄だから間合いが取れて安全だし、連撃系の技が多くて瞬間火力もかなり出る。ただ、刺突属性が通る原生生物が限られるのと、面じゃなくて点の攻撃だから、狙いを正確につける必要もある」
「ぐぬぬ。やっぱり槍も悩ましいのね……」
「〈風牙流〉を習得すればある程度大雑把な狙いでも使えるけどな」
「そっか、流派っていうのもあるんだよね……」
武器の選択だけでも無数に道があるのに、そこから更に流派も立ちはだかってくる。
すでに発見されている流派も膨大にあるが、彼女が新たな流派を見つける開祖となる可能性もあるのだ。
シフォンは腕を組み、頭の痛そうな顔で懊悩していた。
「せっかくだし、武器全取りってロマン構成はどうだ?」
そんな彼女を更に困らせるように、俺はまた別の選択肢を与えてみる。
〈剣術〉〈杖術〉〈槍術〉〈格闘〉〈銃術〉〈弓術〉の六種のスキル全てがレベル30以上、というものが要件となっている複合ロールがある。
その名も〈武芸者〉といって、名前だけは格好いいのとロマン全振りの構成ということもあり、それなりに人気はあるらしい。
「ま、武器が多すぎても使いこなせないし、天叢雲剣に保存できる武器の数にも限界があるから、難しいんだけどな」
「はええ。そういうロールもあるんですね」
結局〈武芸者〉はロマンに終わる構成なのだが、シフォンは興味深そうな顔をする。
「ちなみに、アーツ三種を揃えたロールもあるんですか?」
「あったはずだ。えーっと、なんだったかな……」
思わぬ質問に詰まっていると、側で見ていたレティが代わりに答えてくれた。
「〈機術道士〉ですね。こっちは専用のアーツチップとかもあって、〈武芸者〉よりも人気はあるらしいですよ」
「ただでさえ多い選択肢が爆発的に増えるから、使いこなすのはめちゃくちゃ難しいみたいだけどねぇ」
少なくともわたしには無理、とラクトが肩を竦める。
彼女がそういうということは、常人では到底手に負えない難易度なのだろう。
「ちなみに生産系スキルを全部纏めた〈
更にネヴァが会話に参加してくる。
ロールはかなりの数があるが、俺が考える程度のものは既にカバーされているらしい。
ていうか、スキルの一分野を網羅したロールというのは定番なのかもしれない。
「たぶん、三術スキルを要件にしたロールもあると思うけど、そっちはまだ聞かないわね」
エイミーが、そういえばと首を傾げる。
〈呪術〉〈占術〉〈霊術〉は、三術系という新しい区分のスキルだ。
こちらも三つを纏めたロールが存在していると考える方が自然だが、検証班が探し回っているにも関わらず、まだ見つかっていない。
「三術系ならミカゲが詳しいよね。三術連合でも何か調べてたりするんじゃないかなぁ」
「はええ……。また新しい選択肢が出てきましたね」
武器にアーツにロール、そして更に三術系。
次々に現れる新たな存在に、シフォンが頭を抱える。
その様子を見て、エイミーが苦笑した。
「ま、一度に色々言われても困るわね。ゆっくり考えると良いわ」
「そうですね……。スキルはいつでも上げ下げできますし」
エイミーがシフォンの薄い金色の髪を撫でると、シフォンはエイミーの胸に顔を埋めて目を細めた。
「はええ。タイプ-ゴーレムの包容力……」
うっとりとした表情のシフォンに、エイミーが苦笑する。
ふと周囲を見てみれば、露店にやってきたプレイヤーたちの視線を集めていた。
『……お話は終わった?』
「げえっ!?」
そして、背後から凍えるような声がする。
慌てて振り返ると、鬼の気迫を纏ったカミルが、箒を構えて睨み上げていた。
露店にはお客が沢山訪れており、他の管理者たちはてんてこ舞いだ。
「す、すまん。話し込みすぎた」
『良いからさっさと働きなさいよ! 新入りも手伝いなさい!』
俺は慌てて解体作業に戻り、レティたちも蜘蛛の子を散らすように去って行く。
取り残されたシフォンに、カミルがびしりと箒の先を突き付けた。
「はえっ!? わ、わたしですか。えと、何をすれば……」
NPCに責められるPCという珍妙な図だが、シフォンはあわあわと混乱している。
そんな彼女の手をカミルはむんずと掴み、キッチンの方へと引っ張っていった。
『できた料理を運んでちょうだい。正直、管理者は歩幅が小さすぎて不利なのよ』
「ええ、そんな理由……。ていうか、わたしが運んでもいいんですか?」
『いいのよ。商品の受け渡しまでは値段に含まれてないもの』
「ええ……」
真っ当と言えば真っ当なのだが、カミルの言葉にシフォンはどこか納得できない様子だ。
しかし、カミルは有無を言わせず彼女を職場に引きずり込んだ。
『一応聞いとくけど、ちゃんとできるわよね』
「ま、任せて下さい。わたし、ファミレスでバイトしてるので」
『ファミ……? まあいいわ、じゃあ早速これお願いね』
むん、と気合いを見せるシフォンに、カミルは早速ホムスビ弁当が四つ載ったトレーを手渡す。
まだ〈白鹿庵〉への加入も正式に終わっていないのだが、彼女は快く手伝ってくれるようだ。
「そういえば、うちの姪っ子もファミレスでバイトしてるって言ってたな」
「へ、へぇ~。そうなんですね」
思わず声を漏らすと、背後で木箱を抱えていたレティがぴくりと肩を揺らす。
「一度くらい働きぶりを見に行ってみたいんだが、なかなか職場を教えてくれなくてな」
「……そういうのやめといたほうがいいですよ。絶対嫌われます」
「うぅむ。年頃の女の子は難しいな」
いつになく真剣な声で言われて、俺も眉間に皺を寄せる。
職場を教えてくれないということは、姪も自分が働いている様子は見られたくないってことだろう。
「その代わり、シフォンさんの働きぶりを見とけば良いんじゃないですか。実質同じですし」
「うん? まあ、年齢は近いかもしれんがな」
カミルからエプロンを渡されたシフォンは、それを身につけて早速走り回っている。
彼女は元気溌剌な性格を遺憾なく発揮し、和やかな笑みで料理を運んでいた。
管理者から料理を渡されるわけではないが、それでもプレイヤーは喜んで受け取っている。
「年齢はともかく、あの活発さは姪に似てる気がするなぁ」
「はぁ。ま、そうかもしれませんねぇ」
なぜかさっきからレティの相槌が気の抜けたものだ。
彼女も疲れているのだろうか。
「まだまだ今日は始まったばかりだ。よろしく頼むぞ」
「ええ、頑張りますよ」
俺はレティを励まし、自身もまたネヴァから次々と送られてくる原生生物の解体へ向かうのだった。
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Tips
◇〈武芸者〉
〈剣術〉〈杖術〉〈槍術〉〈格闘〉〈銃術〉〈弓術〉の六種のスキルを習得した、戦いのスペシャリスト。あらゆるものを武器とみなし、あらゆる武器を使いこなし、刀折れ矢尽きるまで戦い続ける。
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