第505話「才能の片鱗」

 場所を移したあとの露店にも、すぐに多くのプレイヤーが訪れてくれた。

 一度町に帰ったプレイヤーが知り合いを連れてきてくれたり、掲示板で口コミを書きこんでくれたりしたようだ。

 名前も知らないプレイヤーの繋がりに感謝しつつ、俺は俺で持ち込まれる原生生物を買い取り捌き続けていた。


「レッジさん、レッジさん。ヤバイですよ、あの方!」


 そんなところへ飛び込んできたのは、興奮した様子のトーカだった。

 彼女の口からヤバイという言葉が飛び出したことに少しぎょっとしつつ振り返る。


「ま、待って下さいよぅ」


 彼女を追いかけて来たのはシフォンだ。

 レティと〈牧牛の山麓〉から戻ってきた時にはベーシックハンマーを携えていた彼女だが、今回はベーシックソードを腰に佩いている。


「シフォンさん、剣の天才です! 私が教えたことをすぐに覚えてしまって、これはもう剣に愛されているとしか思えませんよ」

「お、おう。そうか……」


 カウンターから身を乗り出して顔を近づけるトーカに、思わず背中を反らせる。

 シフォンが良き弟子となってくれたことに興奮が抑えきれないのだろう。

 いつもの冷静な様子からは想像もできないほどの気迫がある。

 そんな彼女の評価に、背後のシフォンは気恥ずかしそうに前髪を弄っていた。


「しかし、レティも同じ事言ってたぞ」

「はい?」


 俺がつい二十分ほど前の事を思い返しながら言うと、トーカはきょとんとして首を傾げる。


「シフォンが〈杖術〉スキルレベルゼロの段階から“白母のサイロ”に挑んで、単独撃破したそうだ。それでレティも今のトーカみたいに言ってきたんだが……」


 シフォンから聞いてないのか、と尋ねると、トーカは物凄い勢いで振り返る。

 シフォンがこくりと頷くと、彼女はぽかんと大きく口を開いた。


「そ、それでサイロの行動パターンも知っている感じだったんですか……」

「何度もそう言ったんですけど、聞いてくれなかったじゃないですか」


 どうやら、トーカも最終試験としてサイロの討伐を課したらしい。

 シフォンとしては二度目の討伐なので、ある意味予習済みの課題だ。


「とはいえ、スキルレベル10やそこらで山麓のネームド単独撃破は凄いと思うけどな」

「そうですよ。サイロって推奨武器スキルレベル15くらいですよね」

「そうなんですか!?」


 俺とトーカの会話に、シフォンが目を丸くする。

 トーカとしては〈剣術〉スキルレベル10あるなら、多少キツい程度だろうと考えていたのだろう。

 〈杖術〉スキルレベルゼロのシフォンに嗾けたレティがスパルタなだけだ。

 シフォン自身はサイロはもっと弱い原生生物だと思っていたようで、今明かされる事実に開いた口が塞がらない様子だった。


「ま、推奨がレベル15ってだけだからな。頑張ればスキルレベルゼロからでも倒せるってシフォン自身が証明したし」

「どおりでめちゃくちゃ時間が掛かると思いましたよ……。〈杖術〉スキルもレベル10まで上がりましたし、〈受身〉なんてそろそろ20も見えてきてますよ」


 力が抜け、がっくりと肩を落とすシフォン。

 その時、彼女の背後に大きな影が現れた。


「順調にスキル体験会は進んでるみたいね」

「エイミー。次は〈格闘〉スキルだったか」


 現れたのは我が〈白鹿庵〉の偉大なる盾、エイミー先生だ。

 彼女もまたシフォンを格闘家にするべく、虎視眈々と機会が巡ってくるのを狙っていた。


「あの、わたし〈格闘〉スキルはゼロなので、できれば〈はじまりの草原〉からスタートしたいのですが……」

「レティから聞いたわよ。〈杖術〉スキルゼロから行けるなら、〈格闘〉スキルゼロでも大丈夫よ」

「はええ……」


 にこにこと笑みを浮かべ、しかし有無を言わせぬ気迫を見せるエイミーに、シフォンは何も言えない。

 なにより、彼女自身がそれを証明してしまっているのだ。


「〈格闘〉スキルは射程こそ短いけど、瞬間火力と小回りの良さはピカイチよ。〈杖術〉スキルよりも効率的に戦えると思うわ」

「そ、そうですか」

「じゃ、行きましょうか」


 そうして、シフォンはエイミーに連れられて再び〈牧牛の山麓〉へと消えていく。

 その後ろ姿には若干の哀愁が漂っていて、どこからか小牛を売りに行くメロディが流れているようだ。


「むぅ。シフォンさんには絶対〈剣術〉が最適だと思うんですが……」


 それをトーカは不満げに唇を尖らせて見ている。

 彼女はどうしても、シフォンを剣士にしたいようだった。


「ま、最終的に選ぶのは本人だからな。トーカは剣の魅力をアピールするしかない」

「それもそうですけどね」


 少々強引なところはあるが、誰もシフォンの進路を強制することはない。

 彼女の道は彼女にしか選べないのだ。


「そういえばトーカ、サイロは?」

「はい?」


 不思議そうに首を傾げるトーカ。

 シフォンが倒したサイロや他の牛たちも、大事な食材だ。

 そもそも建前としては食材集めで出掛けているのだから、それを持って帰ってきて貰わないと話にならない。


「あっ」

「ええ……。しっかりしてくれよ」

「すみません。ああ、まだ残ってますかね」


 ようやく思い出したらしいトーカは、慌てて山麓へと駆けていく。

 倒した原生生物は時間経過で消滅するし、そうでなくともルート権が解放されてしまう。

 牛肉の入荷は望み薄だろうな、と思いつつ、俺はカウンターにやって来たプレイヤーの対応を始めた。


「いらっしゃいませー」

「あ、コックビーク三匹買い取って貰っていいっすか?」

「ありがとうございます。では600ビットお支払いしますね」

「どもっす」


 鶏を受け取り、代金を支払う。

 さっそくそれを捌いていると、ラクトがやってきた。


「や、レッジ。新人さんの調子はどんな具合?」


 彼女は町に出掛けていた。

 アーツの発動には触媒などが必要だが、シフォンはそれを持っていないだろうと考え、わざわざ買い出しに行っていたらしい。


「レティもトーカもぞっこんだ。鎚使いにする、剣士にするって息巻いてる」

「へぇ。天性の戦闘センスを持ってる子なのかな」

「教えられたのを吸収するのが上手いのかもしれないな」


 コックビークを捌きつつ、レティたちの評言から推察したことを話す。

 レティが出会った当初は良くも悪くも普通の駆け出しプレイヤーだったそうだが、ものの数時間でメキメキと力を付けている。

 レティたちトッププレイヤーから手ほどきを受けているというのも理由の一つだろうが、それ以上に彼女の吸収速度が凄まじいはずだ。


「レティの説明でそれだけ強くなれるんなら、将来有望だねぇ」

「そうだな。今はエイミーが付いてるが、この分だと格闘家としても才能がありそうだ」

「そっかそっか。どんなビルドになるか、今から楽しみだね」


 そう言って、ラクトはクツクツと笑う。

 この後で彼女もシフォンに〈攻性アーツ〉スキルを布教する予定だったが、何か算段でもあるのだろうか。


「ま、どんなスキルを試そうが、どんなに戦闘スキルを使おうが、最後にはきっと〈攻性アーツ〉を使ってるだろうからね」

「どっかの覇王みたいなこと言ってるな……」


 妙に自信ありげなラクトに、首を傾げる。

 今のところシフォンはアーツ分野には手を出していないはずだが、確実に引きずり込めると確信しているようだ。

 まあ見てなよ、と言い残して、ラクトは護衛の仕事へ戻っていく。

 上機嫌のエイミーと疲れた顔のシフォンが戻ってきたのは、それから数十分後のことだった。


「レッジ、私がシフォンを育てるわ!」

「とりあえず落ち着けって」


 肌を艶々とさせたエイミーに、とりあえず冷静になって貰う。

 改めて話を聞くと、やはりシフォンは無事に“白母のサイロ”の単独討伐を成し遂げたようだ。


「体の動かし方が見事ね。多分、レッジやレティと同じVR適合者よ。自分の体の大きさを完璧に把握してるわ」

「へぇ。そりゃ凄いじゃないか」

「そ、そうなんですかねぇ」


 真横で止めどなく賞賛の言葉を浴びせられ、シフォンは恥ずかしそうだ。

 〈格闘〉は武器を装備しなくても攻撃できる唯一の戦闘スキルであり、今の彼女も素手だ。

 つまり、素手で自分よりも大きな牛に打ち勝ったと言うことだ。

 レティたちが太鼓判を押すだけあって、やはり彼女の戦闘センスは卓越しているのだろう。


「やあ、格闘パートも終わったみたいだね」


 そこへラクトが待ち構えたように戻ってくる。


「それじゃあ、わたしが〈攻性アーツ〉の可能性を教えて上げるよ」

「よ、よろしくお願いします」


 彼女はシフォンの手を掴むと、早速山麓の方へと歩き出した。


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Tips

◇推奨レベル

 フィールドやエネミーには、推奨される戦闘スキルレベルの目安が設定されています。フィールドの推奨レベルは情報資源管理保管庫で確認でき、エネミーの推奨レベルは〈鑑定〉スキルによって確認できます。

 推奨レベルに満たない戦闘スキルレベルでも、フィールド侵入条件を満たしていれば立ち入りは可能で、エネミーとの戦闘も問題なく行えます。


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