第503話「得意な料理」

 店を片付けた俺たちは、早速“鉄百足”を動かして北へと向かった。

 レティが跨がるしもふりがのっしのっしと草原を歩き、それに牽引された“鉄百足”の上では仲間たちが束の間の休息を摂っていた。

 次の設営地点は同じ〈はじまりの草原〉の北方、〈牧牛の山麓〉の入り口に近いエリアだ。

 奥に続くフィールドが比較的安全性が高く、また有用なアイテムが多く採集できることもあり、このあたりでは戦闘職だけでなく生産職のプレイヤーもやってくる可能性が高い。

 特に料理人志望のプレイヤーには、ゆくゆくはどんな料理が作れるのかというものを示すことができるだろう。


「ウェイドたちも、腹ごしらえは今のうちにしといたらいいんじゃないか」

『何を言ってるんですか。私たちは食べずとも活動が可能です。ここに積み込まれている食材は全て商品ですし、そんなことをしている余剰はありません』


 軽い気持ちで言うと、ウェイドから冷淡な言葉が返ってくる。

 たしかに管理者機体は特別製で、満腹度などはないらしいが、食事は気力も回復してくれるはずだ。


『ヘイ、ウェイド。さっきT-3に管理者権限コマンドを教えて貰いまして、完全手動操作フルマニュアルオペレーションでお菓子を作ってみました。試食テイストしてください』

『むぐっ!?』


 少し気を落としていると、突然ワダツミがウェイドの口に黒く焦げた何かを強引に突っ込んだ。

 目を丸くしたウェイドの顔が、急激に真っ青になり、突如真っ赤になり、ぶわりと銀髪が逆立った。


『こほっこほっ。な、なんですかコレは!? 劇物を作らないで下さい!』

『ワッツ? コレはワタクシが愛情込めて作り上げたエクレアですよ?』


 烈火の如く怒るウェイドに、ワダツミはきょとんとして首を傾げる。

 管理者というのは、そもそも料理が下手なのだろうか……。


『硬くて辛くて苦いなんて、エクレアの条件を全て無視しているではないですか』

『しかし、教えてくれたT-3は“栄養価的には及第点です”と――』

『評価のハードルが低すぎます!』


 賑やかになる管理者二人に、他の管理者たちも興味を示してやってくる。

 ワダツミがキヨウたちにもエクレア(仮)をご馳走すると、直後に悲鳴と嗚咽の上がる地獄のような空間が誕生した。


『レッジさんもお一ついかがです?』

「いや、今は倒れるわけにはいかないからな……」


 満面の笑みで消し炭のような物体を差し出してくるワダツミに、丁重に断りを入れる。

 アンチドート・アイスクリームが手元にない状態でアレを食べる勇気はなかった。

 俺が食べなかったぶんのエクレアは、T-3が平然とした顔でボリボリと食べてしまった。


「ホムスビは料理が上手いのに、なんでこうも巧拙が出るのかねぇ」

『わたしは絶対にレシピは遵守してるっすからね。下手なアレンジはただの改悪っす』


 思わずぼやくと、青い顔のホムスビがよろよろと立ち上がって言う。

 みんな彼女みたいにしてくれたら、完全手動操作フルマニュアルオペレーションでも安心して食べられるのだが。


『ただ、多分ワダツミでも魚介類を使った料理なら、ここまで酷くはならないと思うっすよ』


 口直しなのか、お茶をごくごくと飲んでホムスビが言う。


「それは、どういう理屈で?」

『ワダツミが管理してる町は海産資源が豊富っすから。必然的に彼女が日頃アクセスしてる情報資源管理保管庫には海産物の加工法も多くストックされてるっす。だから、彼女は魚や貝を使った料理なら上手にできるっすよ』


 ホムスビの説明に、目から鱗が落ちる。

 各都市の情報資源管理保管庫に貯蔵されているデータは、その都市の性格が色濃く出ている。

 管理者の能力もそれにある程度左右されるのだ。


「そしたら、ホムスビの得意料理はなんなんだ?」

『卵と鶏の話になるっすけど、やっぱりおむすびっすね。あとはラーメンも得意っすよ』

「なるほど。じゃあ、他の管理者もそれぞれ得意料理があったりするのか」


 自慢げに両の拳を握るホムスビ。

 彼女の背後で死屍累々の様相を呈している管理者たちを一瞥しながら言うと、彼女は口元に指先で触れて考え込んだ。


『ウェイドは恐らく、製菓関係が得意っすね。特に洋菓子、エクレアなんかは一家言あると思うっす。逆にキヨウは和菓子とか、あと和食も得意っすね。サカオは香辛料を使ったエスニック系の料理っすかねぇ』

「なんとなく町のイメージにも合ってるな。アマツマラはどうなんだ?」

『アマツマラは肉っすね』


 俺の質問に、ホムスビは端的に答える。

 随分とシンプルな答えだが、これが真実であり全てなのだろう。

 〈アマツマラ〉は地下闘技場がある関係で、攻撃力への高いバフが得られるガッツリとした肉料理などが市場にも良く並んでいる。


『ちなみに、スゥはオムライスとか作れるよ!』

「うおっとと。そうか、スサノオは洋食が得意だったのか」


 ホムスビと話していると、俺と彼女との間にスサノオが頭をねじ込んでくる。

 彼女が管理する〈スサノオ〉では、オムライス、オムレツ、ハンバーグといった子供が喜びそうな洋食が良く作られている。

 このあたりの料理は要求される〈料理〉スキルレベルが低い入門向けであることも影響しているはずだ。


「ふむ。メイドさんと言えばオムライスだよな……」


 管理者たちが着ている服を見て、そこに商機を見出す。

 ケチャップを掛けるくらいなら、料理が苦手でも大丈夫なのでは?


『何を変なこと考えてるのよ。これがホムスビとT-3の勝負だってこと、忘れてないでしょうね』


 そんな俺へ鋭い言葉が飛んでくる。

 顔を上げれば、呆れた顔のカミルが腰に手を当ててこちらを見ていた。


「わ、忘れるわけないだろ。ほら、そろそろ目的地だし、準備をしないとな」


 俺は彼女の疑念の視線から逃れるように立ち上がり、丁度よく近づいてきた次の設営ポイントの様子を伺う。

 予想通り、事前にポイントは告知していたため待ち構えているプレイヤーが少なからず居る。

 目聡く俺たちに気付いた数人がこちらに手を振ってくれたため、管理者たちを促して手を振り返してもらう。

 彼らが求めているのは可愛いメイドさんたちであって、冴えないおっさんではないのだ。


「レッジさん、設営が終わったらちょっと席を外していいですか?」


 そうしていると、しもふりを操作していたレティが振り返って言う。


「別に良いが、何かあったのか?」

「さっきみんなと話し合ってたんですけど、シフォンさんにおすすめスキルのプレゼンを兼ねた勧誘をしようと思いまして。シフォンさんと誰か一人が抜ける感じでローテーションを組んでるんです」


 なるほど、彼女たちは誰もシフォンのことを諦めていないらしい。

 一人でも同好の士――と言う名の沼の住人――を増やそうと躍起になっているのだ。


「まあ、四人もいれば護衛は十分だろうし、別にいいんじゃないか? ついでにエネミーを適当に狩って持ってきてくれると嬉しいが」

「了解です。その辺は任せて下さいよ。〈牧牛の山麓〉まで足を伸ばすつもりですので」

「大丈夫なのか?」


 張り切って胸を張るレティに首を傾げる。

 シフォンはまだまだスキルも育っていないし、〈牧牛の山麓〉は第二域のフィールドの中では比較的安全とは言え、ルボスやボーンオックスのように危険な原生生物も多い。


「レティたちが付いてれば平気ですよ。それに、危機的状況を打破すれば、きっとハンマーに惚れ込んでくれると思います」

「そういうのって吊り橋効果っていうんじゃないか?」


 若干いやらしい思考を口の端から漏らすレティに白い目を向ける。

 ただまあ、レティたちが居れば山麓程度危険でもなんでもないのはたしかだ。


「じゃあ、そういうことなので。よろしくお願いしますね」

「おう。交代する時だけ声かけてくれればいいからな」


 そんなわけで、弁当売りの巡回営業の裏側で一人の初心者の勧誘合戦が始まった。

 シフォンにとっては、それぞれのスキルの最前線に立つプレイヤーの姿を間近に見られる良い機会だろう、と願う。


「おっさんが来たぞ!」

「店だ、弁当だ!」

「なあ、マジカルスパイス売ってくれよ。もうアレが無ェと調子でねぇんだ」

「ホムスビちゃーーーん! 俺だ! けっ――」

「抜け駆けするんじゃねぇよ!」


 そうこうしているうちに設営ポイントへと到着する。

 プレイヤーからの熱烈な歓迎を受けながら“鉄百足”は停車し、俺たちもコンテナから飛び下りる。

 そうして早速、キャンプ地を設定しはじめた。


「じゃ、レッジさん、行ってきますね」


 設営が終わると早速、レティがこちらにやってくる。

 彼女の隣には少し不安げな面持ちのシフォンもいる。

 始めて〈牧牛の山麓〉に入るから緊張しているようだが、リアフレのレティが最初ならばすぐに安心できるだろう。


「おう。気をつけてな」

「はい!」

「あの、レッジさん……」


 シフォンが躊躇いがちに口を開く。

 首を傾げると、彼女は小さく唸ってしばし逡巡した後、思い切った様子で言葉を続けた。


「れ、レッジさんの〈槍術〉スキルも見てみたいなって……」

「俺の? でも、俺の槍は自衛レベルだからなぁ。やっぱり、シフォンとしてはまずレティと一緒に行った方がいいだろ」

「えっ?」

「えっ?」


 きょとんとするシフォンに、俺も驚く。

 僅かな沈黙の後、彼女はかっくりと肩を落とした。


「そ、そうですね。うん、そうだよねぇ。……じゃ、レティさんお願いします」

「はいっ。レティがいるからには、大船に乗ったつもりでいてくれて大丈夫ですからね」


 意気揚々と歩き出すレティ。

 その後ろを付いていくシフォンは、何か後ろ髪を牽かれる様子でちらちらと俺の方を振り返っていた。


『あの子、槍が好きなのかしら?』


 その光景を見ていたカミルが、木箱を抱えたままやってくる。


「そうかもなぁ。じゃないと、見ず知らずのおっさんに声は掛けないだろ」


 疑問に思うところはあるが、もし槍が好きで槍を選んでくれるなら、俺としても嬉しい。

 ともかく今はそれどころではないが。


「さて、準備するか」


 そうして俺は、本日二回目の店舗設営作業へと戻った。


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Tips

◇愛のエクレア(仮)

 とある管理者が愛情を込めて手作りしたエクレア。砂糖の量は愛の量、火の激しさは愛の激しさ、その黒さは愛の深さ、その硬さは愛の確実さ。これを届ける相手を思い、詰め込める以上の愛を詰めた結果。

 一定時間、極寒、酷暑、麻痺、蝕毒の状態異常がランダムで三種類付与される。視界が非常に狭くなり、平衡感覚が失われる。LPが徐々に減少していく。防御力が僅かに上昇する。


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