第502話「仲間への洗礼」
〈始まりの草原〉の西側で店を始めて、二時間ほどが経過した。
まだまだ客足は途切れないが、そろそろ場所を移さなければならない時間になってきた。
「カミル、撤収準備を始めてくれ」
『分かったわ。居座ってる奴らを蹴り出せば良いのね』
「もうちょっと穏便に頼むよ……」
一抹の不安を覚えつつ、テーブルを囲んでいるプレイヤーたちに退いて貰う。
この盛況ぶりなら、1日ずっとここで店をやっていても良かったかも知れないが、すでにスケジュールは公開してしまっている。
もう移動先で待っているお客様もいるかもしれない以上、急遽予定変更という訳にもいかない。
『ほら、もう店が移動するから。あんたたちもとっとと帰りなさい』
「ええっ!?」
「待て待て待て待て!」
箒を構えてぐいぐいと客の背中を押すカミルに、慌てて掛けよって謝罪する。
接客はともかく、撤収作業は荷物の積み込みを頼んだ方がいいかもしれない。
「T-3たちも準備を始めてくれ」
『分かりました。任せて下さい』
二時間ずっと火の前に立っていたT-3は、少しも疲れた様子を見せず、野菜の詰まった木箱を持ち上げる。
それを見た他の管理者たちも負けじと荷物を運び始めた。
彼女たちがT-3をどう思っているかは分からないが、俺個人としては作業がスムーズに進むのが大変ありがたい。
「さて、レティたちも呼び戻さないとな」
ラクトたちはまだ周囲で原生生物を狩ってくれているし、レティはさっき沢山買い込んでいた。
彼女は“鉄百足”のコンテナの上に腰掛けて、突然連れてきた初心者らしい少女と一緒に食事を摂っている。
「レティ、そろそろ移動だ。準備してくれ」
「んぐ。了解です! ちょっぱやで食べちゃいますね」
コンテナの上に向けて声を掛けると、レティは猛然と勢いを増して料理を吸い込んでいく。
隣に座るシフォンはそれを唖然とした顔で見ていた。
「シフォンも、そろそろ店じまいだから降りてくれると助かるが……」
「はえっ! そうですよね。お邪魔しました」
心苦しいが、このまま見ず知らずの初心者の子を載せて各地を行脚するわけにもいかない。
シフォンもそばに掛けられていた梯子に足を載せて、トントンと降りてきた。
「ああっ! ちょっと待って下さい!」
その時、一瞬で桶のような丼を空にしたレティがシフォンを呼び止める。
ぴくりと肩を揺らして硬直するシフォンを追って、彼女は軽くコンテナを飛び下りた。
「シフォンさんは帰らなくても良いですよ」
「は?」
少女の華奢な肩に腕を回して、レティが言う。
唐突な言葉に思わず頓狂な声が出てしまったが、仕方ない。
「レッジさん、シフォンさんを〈白鹿庵〉に入れてもいいですか?」
「……は?」
「はぁっ!?」
再び、レティの言葉に驚く。
今度は俺だけではなく、集まってきていたラクトやトーカたちも大きな声を上げていた。
「ちょ、ちょ、レティ、どういうこと!?」
「そうですよ。とりあえず、事情を説明して下さい」
ラクトとトーカは素早くレティへ詰め寄り、俺が聞きたいことを代弁してくれる。
胸元を掴まれたレティは苦しげに呻き、二人の肩を叩いて拘束から逃れた。
「そんなに荒っぽくしないでくださいよ……。えっと、そうですね、シフォンさんに〈白鹿庵〉のことを話してると、是非入りたいと」
人差し指を立てて、レティは事情を説明する。
「うーん。なんか釈然としないなあ」
そんな彼女の言葉を、ラクトたちは眉間に皺を寄せて聞いていた。
腕を組み、訝しむ彼女たちに、シフォンは気まずそうに視線を逸らす。
「正直、今まで〈白鹿庵〉へ加入の打診は随分と沢山来てましたよね。今まで全部突っぱねてたのに、どういう風の吹き回しですか?」
トーカの言葉はもっともだ。
気がつけば〈白鹿庵〉の名前も有名になっていて、それなりに力のあるプレイヤーからの加入したいという声はブログなどを通じて毎日のようにやって来ている。
今のところメンバーを増やす必要性を感じていないこともあって、それらは全面的に断っていたし、レティも新しい仲間が入ってくる事にはあまり興味が無かったように思う。
それが突然、しかも数日前にFPOを始めたばかりのプレイヤーを引き込もうとするのは、少なからず驚いてしまう。
「うーん、権限的にはサブリーダーのレティには人事権があるから、問題ないけどな……。あっ!」
そこまで言って、とある可能性に気がついた。
俺が手を叩くと、シフォンが怯えた様子でびくりと肩を跳ね上げた。
「ラクト、トーカ、エイミー、ミカゲ。ちょっといいか」
俺はレティとシフォンを置いて、残りのメンバーを呼び寄せる。
そうして頭を突き合わせて声を抑えて、今し方思いついた可能性について話す。
「レティは偶然出会ったような体でいるが、実は現実での知り合い――つまり、リアフレってやつなんじゃないか? 普段からFPOの事を話してて、それで友達も興味を持った。それなら辻褄があう」
「なるほど。リアルの関係を詮索されたくないから、隠してるってことね」
「別に隠さなくても良いのに……」
「そこはほら、一応マナー違反ですし」
見たところ――雰囲気的にだが――二人の世代も近そうだし、実はレティが初対面の相手と二人で食事を摂るほど親しくするのはあまりないことだ。
となれば、俺の仮説も俄然説得力を増す。
「いやぁ、我ながら思考が冴え渡ってるな。そういうことなら、レティも人柄をよく知ってるだろうし、俺は加入してもらってもいいと思うが」
「でも、シフォンさんと私たちは強さが随分離れてますけど、大丈夫ですかね?」
「そこはレティが何とかするんじゃない? 友達なら、放っぽっちゃうこともないだろうし」
「それにスキル合計1,050にするだけなら一月もあれば十分だしね」
結局、レティが責任を持つのなら、とラクトたちも了承する。
全員の意志が統一されたところで、不安げに見守っていたレティとシフォンの元へと戻った。
「レティの推薦なら、ということで歓迎するよ。ようこそ、〈白鹿庵〉へ」
「っ! ありがとうございます、レッジさん!」
俺が手を差し出すと、レティが耳をピンと立てて喜ぶ。
当のシフォンは口を半開きにして固まっていた。
「あれ、シフォン?」
「はえっ!? あ、ありがとうございますっ」
首を傾げて顔を覗き込むと、はっと正気に戻ったシフォンは慌てて俺の手を握る。
「すみません、突然押しかけてしまって。一生懸命頑張るので……」
「いや、頑張らなくても良いよ。ウチは緩いエンジョイ勢バンドだからな」
ガチガチに緊張しているシフォンを安心させるため、そう言って笑いかける。
何故かトップバンドとつるむことの方が多い〈白鹿庵〉だが、バンドリーダーの俺がまずエンジョイ勢だからな。
自由に好きなことを楽しんで貰えれば良い。
「わたしはラクト。機術師だよ。スキル構成がまだ決まってないなら、アーツに手を出してみるのも面白いよ」
「私はエイミーよ。格闘家兼、防御機術師の
「トーカです。やはり王道と言えば剣ですし、刀はいいですよ。快刀乱麻を断つようにザバザバ斬っていきましょう」
「……ミカゲ。忍者が好きなら、嬉しい」
新メンバーの加入が決まった瞬間、ラクトたちは次々に自分の好きなスキルへと引きずり込もうと手を伸ばす。
シフォンはまだ駆け出しだから、ビルドも変更しやすいだろうが、こんなに詰め寄られたら困惑するだけだろう。
事実、彼女はこめかみを引き攣らせて、助けを求めるように俺の方へ視線を向けた。
「おじちゃ――レッジさんのスキル構成ってどうなってるんですか?」
「レッジでいいよ。そうだなぁ、俺のビルドは……」
一言で説明するのが難しいため、少し考える。
「ロールは〈
「は、はあ……」
スキルウィンドウを見せながら説明すると、シフォンは困惑した様子で生返事をかえす。
それを見たレティが、ぷっと堪えきれず吹き出した。
「レッジさんの構成は気にしない方がいいですよ。それよりもやっぱりハンマー使いましょうよ、ハンマー! 全てを破壊する快感は、他の何にも代えがたいですからね」
「ええっ!?」
ずい、と顔を寄せるレティに、シフォンが思わず後ろへ下がる。
しかし、そこに待ち構えているのは、深い笑みを浮かべた沼の住人たちだ。
「機術だよ。特に水属性、中でも氷はいいよぉ」
「やっぱ殴るのが一番よね。ハンマーで砕くのも楽しそうだけど、生の感触は拳がいいわ」
「刀ですよ、刀!」
「……忍術とかもいいよ」
「はえっ、はえっ!?」
すっかり周囲を取り囲まれたシフォンが混乱した様子でこちらを見てくる。
しかし、もう俺にはどうすることもできないのだ。
「レティ、ほどほどにしてやってくれよ」
「分かってますよ。先っちょだけ、先っちょだけですから……」
「はえええっ!?」
怪しい目つきの仲間たちに呑み込まれていくシフォンに謝罪の意味を込めて合掌する。
“鉄百足”のコンテナの上に連れて行かれた彼女は、そこで各人からスキルについてのプロモーションをみっちりと受けるのだった。
『レッジ、何をぼさっとしてるのよ。さっさと片付けて移動するんでしょ』
「お、おう。すぐにやるよ」
俺に彼女を助ける力はなく、せめてもの救いとして、早く次の設営地点に辿り着くよう作業を急いで進めることにした。
_/_/_/_/_/
Tips
◇木箱
アイテムを纏めて保管、運搬するための道具。同一のアイテムを最大1,000個まで入れた状態で運ぶことが可能。総重量は内部に入れたアイテムの合計重量の
半分になる。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます