第501話「二人だけの秘密」
シフォンはレティに連れられて、草原の真ん中に開かれた大きな露店へとやってくる。
白く背の高い金属性のコンテナが八つ、弧を描いて並び、その前にはカウンターや調理台が連なっている。
メイド服を着たタイプ-フェアリーの可愛い少女たちがくるくると働いて、次々とやってくる客を捌いていた。
「はええ。賑やかですね」
「あそこで働いてくれてるのは、管理者という特別なNPCなんですよ。今は〈万夜の宴〉という
「すごい……。こんなこともできるんだ……」
鼻を高くして説明するレティの言葉を聞きつつ、シフォンは感激して丘に開かれたキャンプ地を眺める。
用意されたテーブルはどこも埋まっていて、美味しそうな料理と飲み物を置いて、プレイヤーたちが笑い合っている。
中には、シフォンとそう変わらない装備をした姿も見受けられる。
「すごいなぁ。お祭りみたい」
「ま、似たようなもんですね。採算もあんまり意識してないですし」
突如、調理場から火柱が吹き出し、悲鳴が上がる。
慣れた様子で速やかに消火活動が遂行され、黒髪のメイドが赤髪のメイドにぽかぽかと叩かれる。
それすらも賑やかしの一つとなって、その場は陽気な空気に包まれていた。
「メイドさんたちも可愛いし、強そうな人も沢山居るし、あそこのカウンターの――はぎゃっ!?」
じっくりとキャンプ地を見渡していたシフォンが、突然奇妙な悲鳴を上げる。
歩き出していたレティがぎょっとして振り返ると、彼女は両手で顔を覆い指の隙間から緑色の目を覗かせていた。
「えと、シフォンさん? どうかしました?」
「いや! その、なんでもないんですけど……。えっと、つかぬ事をお伺いさせて頂こうかと思いましてですね」
混乱しているのか口早に捲し立てるシフォン。
様子の急変した彼女を見て首を傾げながら、レティは彼女の言葉の続きを待つ。
「その、あの、そちらのカウンターにいらっしゃる方は」
「え? ああ。あの人がレッジさんですよ。我らが〈白鹿庵〉のリーダーで、〈万夜の宴〉の主催者です」
「おぅ……」
レティの返答に、シフォンは顔を両手で覆ったまま嘆息する。
「レッジ、レッジ……。そういうことかぁ。たしかに多少は顔も変えてるけど、流石に分かっちゃうよ。せめて髪型とか目の色とか変えればいいのに」
遠巻きにカウンターの方を見て、ごにょごにょと小声で何かを呟くシフォン。
突然奇妙な行動を始めた彼女に、レティは大きな疑問符を浮かべていた。
「シフォンさんは、レッジさんと面識があるんですか?」
「へっ!? いや、そのおじちゃ――こほん、レッジさんとは面識ないですね。初対面です。赤の他人です。血縁関係なんて一切ないです」
レティの妙に鋭い質問に、シフォンはぶんぶんと両手を振って否定する。
過剰に反応しすぎたかと戦々恐々とするが、レティは特に引っかかった様子もなく眉を上げた。
「まあ、レッジさんはゲーム内だとかなり有名な人ですけど、駆け出しさんだとまだ分かんないですよね」
「んえっ!? そ、そうなんだ。何やってんのおじちゃん……。ごほん! そうだったんですねぇ。」
「そんなに緊張しなくても良いですよ。レティがしっかり紹介してあげますから」
「はええっ!? いや、別に、その、いいというか……その……」
「大丈夫ですって!」
レティは挙動不審なシフォンの背中をぐいぐいと押し、レッジが立つカウンターのそばまで行く。
そこはアイテムの買い取りを行っているコーナーで、丁度初心者らしい男女のパーティが“
「はいよ。じゃあ1,200ビットだ」
「どうもー。じゃ、何か買おっか」
「うんうん。ポテト買ってシェアしようよ」
「まいどありー」
代金を受け取った若い二人は、その足で隣にずらりと伸びる列の後ろへと向かう。
初心者でも原生生物を何匹か狩って持ってくれば、その稼ぎで簡単なものを食べることができるというのも、露店の人気を加速させている要因だった。
「レッジさん、ただいまです」
「おう、おかえり。休憩か?」
客足が途切れたのを見て、レティがカウンターの方へと近づく。
彼女の声に気がついたレッジも顔を上げ、白いナイフを握った手を上げて応じた。
そうしてすぐに、レティの背中に隠れるようにして立っている少女にも気がついたようだった。
「見慣れない子だな。どうしたんだ?」
「さっきコックビークにやられそうになってるところを助けたんです。それも何かの縁ということで、ご馳走しようと思いまして」
「なるほど」
レティが事情を話すと、レッジはすんなりと頷いた。
そうして、恥ずかしそうに顔を隠している少女へと視線を向けて話しかける。
「俺はレッジ。〈白鹿庵〉ってバンドのリーダーで、レティはそこの仲間だな。今は〈万夜の宴〉ってイベントを主催させてもらってる」
レッジはいつものように軽く自身について説明し、手を差し出す。
それを見たシフォンは、あたふたとしながらもぎこちなくその手を握った。
「はえっ。わ、わたしはしほ――じゃなくて、シフォン! シフォンです。2日前にFPO始めた初心者で、さっきレティさんに助けて貰って」
「そうか。初心者さんには楽しんで貰わないとな。今日は俺のおごりでいいから、好きなものを食べてってくれ」
「は、はあ……」
にこやかに対応するレッジと、緊張の面持ちのシフォンの微妙に硬い会話。
そこに割って入ったのは、ルビー色の目を輝かせたレティだった。
「ええっ!? レッジさんのおごりでいいんですか?」
「レティは自分で買えよ! あんな量食べられたら破産するわ」
レティと親しげに話し始めるレッジを、シフォンは呆気に取られたような顔で見つめる。
その楽しげな横顔は、いくら電子変換されていようとも見間違えるはずもなかった。
「ていうか、そんなにほいほい奢っちゃっていいんですか? レッジさん、万年素寒貧ですよね」
「そりゃそうだけども。なんか、シフォンさんは初めて会った気がしなくてな」
「はええっ!?」
唐突なレッジの言葉に悲鳴を上げるシフォン。
レティたちがぎょっとして視線を向けると、彼女は頬を真っ赤にして俯いた。
「わたしは髪色も目の色も変えてるし、身長もかなり縮めてるし、バレないはず。バレないはず……」
口の中で何事かを高速で呟くシフォンを、レッジは訝しげに見る。
その視線に気がついて、彼女は再びレティの背中に隠れてしまった。
「もう、レッジさんが変なこと言うから」
「すまんすまん。とりあえず、鶏はこっちで引き取るから、後は二人で楽しんできてくれ」
「はーい。じゃ、これよろしくお願いしますね」
若干ショックを受けた様子のレッジは、レティからコックビークを受け取り、代金を渡して二人を見送る。
「良かったんですか?」
「もちろん。あ、これはシフォンさんの稼ぎなので、持ってて下さいね」
後ろを振り返りつつ歩くシフォンに、レティはコックビークの買い取り金である200ビットを手渡す。
ぎょっとした彼女は慌てて返そうとするが、レティは笑って受け取ろうとしなかった。
そのまま二人は買い取りカウンターの隣にある列に並び、やがて注文カウンターの前に辿り着く。
『らっしゃい! って、レティじゃねェか。そっちは……シフォンってんだな』
「こんにちは。お疲れ様です、アマツマラさん」
「はええっ!? わ、わたしの名前……」
注文カウンターに立っていたのは、赤髪にヘッドドレスを載せたメイド服姿のアマツマラだった。
口調はいつものままだが、それが逆に良いと周囲のプレイヤーは目を細めている。
「アマツマラさんは管理者なので、調査開拓員の情報は大体分かるんですよ」
『おうよ。アンタはまだ〈アマツマラ〉には来たことねェみたいだな。そっちの方もおいおいよろしくな』
「はええ……。そ、その時はよろしくお願いします」
元気な声を上げ、白い歯を見せるアマツマラに、シフォンは呆気に取られながらも頷く。
そうして、アマツマラは早速メニューを見せて、注文を尋ねた。
『ここのはアタシも試食してるけど、大抵のモンは美味ェからな。代金はレッジ持ちだし、好きなの頼みな』
「はええ。どれにしようかな」
メニュー表にはシフォンの想像以上の品数がずらりと羅列されていた。
目玉は“ホムスビの手作り弁当”とやらと“T-3の愛情どんぶりシリーズ”らしいが、どちらもシフォンの金銭感覚で言えば少し手が出しにくい。
「とりあえず、レティのぶんを注文してもいいですか?」
『おうよ。どんどん言ってくれ』
「では、とりあえずジャンボポークフランクとメガアメリカンドックと唐揚げ特盛りマジカルスパイストッピング。サラダスティックとインフェルノマルゲリータ。スーパースペシャルデラックストロピカルピザ。激辛焼き肉丼の大盛り、磯焼き風海鮮丼の大盛り、巨人のわらじカツ丼、漆黒味噌カツ丼。あとは――」
『お、おう……』
幸いなことに考える時間はたっぷりとありそうだ。
周囲がざわついているが、シフォンは構わない。
誰に似たのか、彼女は案外マイペースなところがあった。
「あれ?」
ゆっくりとメニュー表の細かい文字を追っていると、隅の方に小さな枠に囲われたコーナーがあった。
“おじさんの懐かし料理”と題されたそこには、えびせんやもんじゃ焼きといった、庶民的な料理が並んでいる。
「そこはレッジさんがさっきねじ込んだメニューですね。懐事情の厳しい初心者さんでも買えるように、価格を抑えた料理ですよ」
「なるほど。……じゃあ、これください」
そう言って、シフォンはメニュー表の表面に指先を落とす。
「いいんですか? どうせレッジさんの奢りですし、5万ビットの究極の愛丼とかでもいいですけど」
「いえ。これがいいんです」
「そうですか。じゃあホムスビさん、追加注文でシンプル焼きそばをお願いします。飲み物はどうします?」
「それじゃ、ジンジャーエールを」
『了解っす!』
いつの間にか注文を受ける少女がアマツマラから見知らぬ子に変わっていた。
シフォンがさっきのNPCと姉妹なのだろうかと思いつつ、厨房へ注文を伝える少女の背中を見ていると、レティが手を握った。
「テーブルは一杯ですし、特等席に行きましょうか?」
「特等席? はええっ!?」
レティは首を傾げるシフォンを軽く持ち上げ、お姫様抱っこのように手を回す。
そうして軽く腰を落とすと、高く跳躍して白い大型コンテナの上に登った。
「は、はえええ……」
「ふふん。ウサギのジャンプ力はすごいでしょう」
そう言って胸を張るレティ。
シフォンは高くなった視点から周囲を見渡し、賑やかなお祭りのような会場に思わず歓声を漏らした。
「ここなら落ち着いて食べられますからね。ゆっくりしてってください」
レティはコンテナの縁に腰を下ろし、となりをぽんぽんと叩く。
シフォンがゆっくりとそこへ座ると、すぐそばに梯子が掛けられた。
『ほら、注文の料理ができたわよ。残りもどんどん作ってるから』
梯子を登ってやって来たのは、大きなお盆に料理を満載にした赤髪のメイドだ。
彼女はぶっきらぼうにそう言うと、大量の料理を置いてすぐさま立ち去ってしまった。
「焼きそばとジンジャーエールもありますね。早速食べましょうか」
「はい。えと、頂きます」
レティに促され、シフォンは使い捨てのプラ皿に載った焼きそばを持ち上げる。
麺とキャベツと豚肉をソースで炒めた、名前の通りシンプルな焼きそばだ。
紅ショウガもちょこんと載っている。
「焼きそば、お好きなんですか?」
彼女の皿を覗きつつ、レティが尋ねる。
数あるメニューの中には、もっと豪華な海鮮焼きそばや塩焼きそば、激辛焼きそば、マジカルスパイス焼きそばなどもある。
わざわざ安い焼きそばを選んだのには理由があるのだろうと思ったようだ。
「おじちゃ――わたしの叔父が昔よく作ってくれたんです。母が仕事で忙しい時は、叔父に遊んで貰っていて。昔のゲームやったり、夏祭りとか海とかも叔父に連れてってもらったり。家に居る時のお昼ごはんで、よく焼きそばを作って貰ったんですよ」
「へぇ。いい叔父さんですね」
「はい。――まさかこんなことしてるとは思わなかったけど」
シフォンはレティの言葉に頷きつつ、視線を逸らし声量を落として呟く。
しかし、まだそうと決まったわけではない。
他人の空似という説も否定できないし、そもそもどんな確率だというのだろうか。
「叔父の焼きそばはこれくらいシンプルで、でも紅ショウガだけは絶対についてて。麺は少し焦がすくらい良く焼いてて、七味が少し掛かってて。縁日で食べた目玉焼きの載った焼きそばも美味しかったんですけど、あれくらいシンプルなのも――」
「……麺は少し焦がすくらい良く焼いてて、紅ショウガが添えられてて、七味が少し掛かってるシンプルな焼きそばですか」
レティがシフォンの持つ焼きそばを見ながら言う。
プラスチックの皿に載った、香ばしいソースの絡められたそれは、彼女が言ったそのままの焼きそばだった。
「…………ま、全く一緒ですね。偶然ですねぇ」
「そうですねぇ」
じっとシフォンの顔を覗き込むレティ。
視線を感じたシフォンは、ふっと顔を逸らす。
「ま、あんまり詮索はしませんよ。MMOでリアルの事を聞くのはマナー違反ですからね」
「それはもうほとんど察しているということでは……」
桶のようなサイズのカツ丼を持ち上げながら言うレティに、シフォンは苦笑する。
隠し事は苦手な性格は自覚しているが、ここまで言われてしまえば誤魔化すことはできないだろう。
「それに、レッジさんがたまに可愛い姪御さんのことを話してますからね」
「はえっ!?」
子供の手くらいはあるカツに齧り付くレティ。
シフォンは飲みかけたジンジャーエールを吹き出しそうになりながら目を丸くして振り向いた。
「ちょ、おじちゃん何言ってんの!? 変なこと言ってないですよね!」
「お祭りに連れてった姪が可愛い、海に連れてった姪が可愛い。泣いてる姪をどうすればいいか分からなかった、姪にスキーを教えたのも俺だ。なんてこと言ってましたかねぇ」
「はえええ……。何を軽率に話してるのよ」
指を立てながら挙げていくレティに、シフォンはもう勘弁してくれと背中を曲げる。
それを見たレティはくすりと笑い、ぽんと肩を叩いた。
「良いじゃないですか。シフォンさんの居ないところで言ってるってことは、本心からそう思ってるってことです。愛されてるんですよ」
「それは……分かりますけど。だからこそというか……」
うう、と恥ずかしそうに頬を染めるシフォン。
彼女は頭を振り、ジンジャーエールをゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。
「そうだ、せっかくなら〈白鹿庵〉に入ります?」
「んごへっ!?」
そうして今度こそ吹き出した。
白い飛沫が一定の距離飛んだ瞬間、電子の光となって消えていく。
「ななな、なんでそうなるんですか!?」
「レッジさんはシフォンさんの正体を知らないんでしょう? 間近で見るというのも、面白いと思いますけど」
「そんな、すぐにバレますよ……」
「そう思います?」
「…………うーん」
叔父のことをよく知っているからこそ、彼の適当な性格も熟知している。
そんなシフォンがすぐに頷けないでいると、レティはむふんと口を弓形に曲げた。
「ま、バレても驚くくらいで怒りはしないでしょうしね。レティだって、伊達にレッジさんと一緒にいるわけじゃないですよ」
「はぁ……。でも、わたし、初心者ですよ?」
「関係ないですよ。レティ、サブリーダーなので、メンバー加入させる権限は持ってるんですよね」
どうです?とレティは悪い顔でシフォンを誘惑する。
シフォンとしても、叔父の知らない一面は見てみたい。
そうでなくとも、一人でこの広すぎる世界を歩くよりも、レティのような頼れる先輩と一緒に活動する方が楽しめそうだ。
「そのぅ。おじちゃ……レッジさんが許してくれたら、ってことで」
「いいですよ。じゃあ食べ終わったら聞いてみますか」
そう言って、レティは空になった巨大な丼を隣に置き、間髪入れず新たな丼を持ち上げる。
次々と消えていく大量の料理と、続々と運ばれてくる追加の皿に呆気に取られていたシフォンも、慌てて焼きそばを箸で掴む。
「……美味しい」
鼻腔に広がる懐かしい香り。
FPOの味覚エンジンは素晴らしく優秀だった。
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Tips
◇シンプル焼きそば
キャベツと豚肉だけの、シンプルなソース焼きそば。麺が軽く焦げるくらい焼いて、隠し味に七味が少し振りかけられている、こだわりの一皿。ちょこんと添えられた紅ショウガが、小さいながらもたしかな愛を感じさせる。
一定時間、僅かにLP最大量が増加する。
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