第499話「小さな一歩」
〈オノコロ高地〉の中心に広がる〈はじまりの草原〉は、第一域のフィールドとしてこの惑星に降り立ったほとんどの調査開拓員たちを出迎える玄関口だ。
ほとんど、と言ったのは最初の支援物資でサバイバーパックを選んだプレイヤー、いわゆる砂漠難民は草原の周囲にある四つのフィールドのいずれかに不時着してしまうからなのだが、まあそれは余談だろう。
しもふりに牽かれる“鉄百足”に乗って〈はじまりの草原〉までやってきた俺たちが目にしたのは、多くの初心者プレイヤーたちだった。
「おおー、懐かしいですねぇ。ファングシリーズを着てる人もいますよ!」
しもふりの背に跨がったまま周囲を見渡したレティが、かつて自分も使っていた装備を着ている少女を見つける。
ファングシリーズは〈猛獣の森〉に生息するフォレストウルフのドロップアイテムを素材にして作成できる野性的なビジュアルの防具で、攻撃力が上昇する効果があるため、駆け出し戦闘職の初めての更新装備として人気が高い。
「私たちも、コックビークに苦戦してた時代がありましたね」
「そう思うとずいぶん遠いところまで来たわねぇ」
トーカやエイミーたちも、見晴らしの良い草原で剣や槍を振っているプレイヤーたちを見て、微笑ましそうにしている。
今の彼女たちにとってはこのフィールドに棲む原生生物など取るに足らない存在だが、お世話になったこともたしかだ。
「それじゃ、後進の支援のためにお弁当を売りさばこうか」
物珍しげにしている初心者たちの間を駆け抜けて、俺はあらかじめ目星を付けていた地点で足を止める。
最寄りの町である〈スサノオ〉から遠く、補給に戻るのも若干不便な場所だ。
少し背伸びして〈猛獣の森〉に挑戦し、逃げ帰ってきたプレイヤーたちも保護することができるだろう。
「まずはここで。あとは〈彩鳥の密林〉と〈岩蜥蜴の荒野〉と〈牧牛の山麓〉の近くも回るからな」
「分かりました。では、設営をしましょうか」
“鉄百足”を停車させ、コンテナを開く。
その間に、近くを通りがかったプレイヤーたちが立ち止まり、興味を持ってくれたようだった。
「あのー、すみません。これは何をしてるんですか?」
“弁当直売所”と書かれた看板代わりののぼりを立てていると、初心者らしい装備のパーティが話しかけてきた。
ゲームを始めてまだ1日程度だろうか、スキンは張っているが、白いビギナーズ装備を着て、銀色のベーシック武器を携えている。
まだ〈万夜の宴〉に参加する余裕もないのだろう。
「プレイヤーを支援するために、弁当を売ってるんですよ。管理者という、各都市の長をしているNPCの皆さんにも手伝って貰ってね」
そう言って、俺はキッチンの方で準備を進めているウェイドたちへ視線を向ける。
初心者パーティの青年はまだ管理者についても知らない様子で、なるほど、と曖昧な返事をした。
しかし、彼と一緒にいた機術師らしいヒューマノイドの少女は、目を大きく開いて反応する。
「かか、管理者って……。もしかして、おっさん、あいや、レッジさんですか?」
彼女は俺の方を見て、あわあわと口を覆う。
よく分からないが、名前は知られているらしい。
とりあえず頷くと、彼女は手の隙間から歓声を漏らした。
「なあおい、レッジって誰だよ?」
「FPO日誌の人! そういえばお弁当の売り歩きするって記事にあったわね。ほんとに実在する人だったんだ……」
困惑顔の青年に、少女は早口で捲し立てる。
漏れ聞こえてくる言葉から、どうやら感激されているらしいことは分かる。
しかし、俺はNPCか何かだとでも思われていたのだろうか。
「レッジー、とりあえず椅子は全部出せたよ。設置よろしく」
そこへ、コンテナから荷物を下ろす作業を手伝ってくれていたラクトがやってくる。
彼女を見て、初心者少女の興奮は更に高まった。
「ひ、ひぇえええ! ラクトさんだ、ラクトさんだ! あ、握手してくださいっ!」
「ええっ!? まあ、いいけど。え、何?」
突然の急接近に驚きつつも、ラクトは手を差し出す。
ヒューマノイドの少女はそれをぎゅっと握りしめ。ぶんぶんと千切れそうなほどの勢いで振り回す。
「なんか、すんません。アイツ、機術師志望らしくて。ラクトさんの名前も何度も言ってて」
「なるほど? ラクトも機術師界隈だと有名なのかな」
申し訳なさそうに頭の後ろに手を当てる青年と、軽く話をする。
彼も機術師についてはあまり知らないようだが、それでも相棒の少女から耳に残る程度にはラクトの名前を聞かされていたようだ。
おそらく、彼女が俺のブログを知ってくれていたのも、ラクトについての記事が少し載っているからなのだろう。
「今日はこういうルートで動いてるし、明日もまた巡る予定だからな。もし良ければ見ていってくれ」
「うす。あいや、あんまり金持ってないんで買えるかは分かんないすけど」
巡回ルートとメニュー表が纏められたパンフレットを渡すと、青年は苦笑する。
たしかに、駆け出しだと懐事情もかなり厳しいだろう。
一番安いメニューだと300ビットくらいだが、それでも少し躊躇する額かもしれない。
「初心者支援をするなら、価格設定を抑えた商品も展開するべきかな……。コックビークとかを狩って持ってきてくれたら、それも買い取れるから、考えてくれるとありがたいよ」
「了解っす。ありがとうございます。じゃ、この辺で……」
青年は軽く会釈をして、ラクトに張り付いている彼女を引き剥がして去って行く。
後に残されたラクトは、困惑した顔で二人のプレイヤーを見送っていた。
「ラクトも有名人なんだな」
「そんな自覚は無いんだけど……。ちょっとレッジの気持ちが分かった気がするよ」
ラクトはボサボサの髪を整えながら、少し疲れた様子で息を吐く。
しかし、休んでいる暇はない。
会場の設営が終われば、早速開店だ。
管理者やT-3たちの準備も万端で、すでに油を温め始めている。
「ラクトはレティたちと一緒に近くにやってきた原生生物の排除と客の案内を頼む。俺はアイテム買取の対応とか、色々あるから」
「りょーかい。ま、ぼちぼち頑張るよ」
そして、満を持して店が開く。
遠巻きに眺めていたプレイヤーたちも恐る恐るやってきて、様子を伺う。
『いらっしゃいませ!』
ウェイドたちも元気に声を上げ、人々を出迎える。
T-3は初めてのことで動きもぎこちないが、他の管理者たちは一度経験しているため慣れたものだ。
「こちらで注文をお願いします。受け取りはあちらです。スムーズな移動にご協力ください』
『ポテトとコーラできたぜ。愛の焼き肉丼とほうじ茶のセットももうすぐだ』
キヨウやサカオたちも、メイド服の裾を揺らしてくるくると良く働いている。
彼女らの可愛らしい姿に、プレイヤーたちの表情も和やかなものになっていた。
『オーダーがはいりましたよ! トゲ辛唐揚げ丼マジカルスパイストッピングと、ハイパーコーラです』
『唐揚げ丼、了解しました。ハイパーコーラは冷蔵コンテナにありますので、一緒に出して下さい』
ワダツミが注文を取り、キッチンで鍋を振るT-3に伝える。
フライヤーでは無数の揚げ物がジュワジュワと音を立てており、六つ並んだコンロでは次々に火柱が上がっている。
野外調理なら延焼の心配もないから、別荘で試作している時よりも気が楽だった。
「あのー、コックビーク狩ってきたんですけど」
「ありがとうございます。一羽200ビットで買い取らせて貰いますよ」
俺の方もまた忙しい。
“
コックビークは鶏肉なので言わずもがな、グラスイーターもネズミの唐揚げといった料理に使われるのだ。
「はいはーい、急がないで下さいねー」
「はい、パンフだよ。事前に注文を決めてくれると嬉しいな」
人の数はだんだんと多くなり、やがて賑やかなテーブルがいくつもできはじめた。
人が人を呼び、次第に忙しさも増していく。
管理者たちによる弁当の売り歩き、第一歩目は順調な滑り出しを見せていた。
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Tips
◇ネズミの唐揚げ
ネズミの肉を使った唐揚げ。柔らかくジューシーな食感。
一定時間、草原地帯での足音が小さくなる。
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