第495話「愛は誰のために」
俺とT-3が並んで胸を張り、“鉄百足”を用いた現地調理の移動販売形式を宣言する。
しかし、レティからは思ったような反応は返ってこず、むしろ怪訝な顔をされてしまった。
「ワイルドキッチンって、そんなのアリなんですか? 一応お弁当なんですよね?」
どうやら、彼女は弁当の意義について疑問に思っているようだ。
たしかに現地で調理、販売を行うのなら、弁当形式以外の料理も提供できる。
保存などを考える必要も無いだろう。
しかし、
「結局フィールドで売るとなると、弁当形式以外の料理を食べるのは手間だぞ。テントの範囲内にいないといけないからな」
フィールドでは基本的に、弁当形式以外の料理は食べることができない。
レティたちが外でカレーや焼き魚といったキャンプ飯を楽しめるのは、俺のテントによって例外的に制限範囲外になっているからだ。
『販売は“鉄百足”の機動力を活かし、〈アマツマラ深層洞窟上層〉だけでなく、中層、下層、最下層までカバーします。余裕があれば、地上フィールドへ販路を拡大することも視野に入れています』
「なるほど。たしかに、“鉄百足”は機動力と運搬能力を高いレベルで併せ持った機体です。更に材料単位でアイテムを圧縮すれば、可能かもしれません」
話を聞くうちに、レティは真剣な表情になる。
そこへ、へべれけになったラクトとエイミーがリビングから顔を出す。
「それなら、ビールとおつまみも売りましょ。単価は少し高くても、肉体労働したあとのプレイヤーにはよく売れると思うわよ」
「ついでにアイスも並べてこうよ。地下は特に蒸れるから、冷たいスイーツも人気が出ると思うよ」
うぇーい、とほとんど空になった酒瓶を掲げる二人に思わず頭が痛くなるが、言っていることは参考になる。
品数を増やすと管理が大変になるが、一種類の弁当しか売っていないホムスビとの差別化には繋がるし、顧客もより多く受け止めることができるはずだ。
「そうなると俺とカミルとT-3だけじゃ、まず間違いなく手が回らなくなるな。何とかして人手を確保しないと」
『それなら、既に解決策を導いています』
俺のぼやきにT-3がすかさず手を挙げる。
彼女はレティや酔っ払い共の顔を見渡した。
『〈白鹿庵〉の皆さんにも手伝って貰いましょう』
「ええっ!? それはちょっと駄目なんじゃ……」
「一応わたしたち、ホムスビを手伝ってる側じゃなかったっけ」
驚きたじろぐレティたちに、T-3は首を傾げる。
『当然、管理者ホムスビにも同行してもらいます。彼女の手作り弁当も一緒に販売します』
その言葉に、彼女たちは更に驚いた。
“鉄百足”でホムスビも一緒に販売するということは、敵に塩を送る様な行為ともとれる。
実際、そうすればホムスビ側もかなり売り上げを伸ばせるはずだ。
しかし、T-3はそのことにはほとんど頓着していない様子で、訳を話した。
『もちろん勝負には勝ちます。私は幅広いラインナップという強い武器を用意していますから。しかし、それとは別に、より多くの調査開拓員の活動を支援することは重要な使命です。管理者ホムスビのお弁当がより多くの調査開拓員に届けられるのは、活動のクオリティを上昇させるうえで一定の効果が予測されます』
何か含みを持たせているわけでもなく、あくまで淡々とT-3は語る。
彼女は〈タカマガハラ〉のうち、“興進”を司る愛の主幹人工知能だ。
彼女の思考原理にあるのは、
「つまり、愛ということか」
『そうです。レッジも愛が分かってきたようですね』
ふっと彼女は口元を緩める。
レティたちが首を傾げているが、俺は彼女の言わんとしていることがおぼろげながら掴めたような気がした。
『実は、管理者ホムスビにはすでに話を付けています。なので明日からは共に行動することになるでしょう』
「そうだったのか。根回しが早いな」
恐らく、ホムスビの視察に行っていた時にでも打ち合わせていたのだろう。
優秀な指揮官らしい迅速な行動だ。
俺が褒めると、T-3は誇らしげに胸を反らせた。
「あのー、レッジさん」
そこへ、トーカが控えめに声を上げる。
何か言いたいことがあるらしく、全員の注目を集めた彼女は口を開く。
「商品のラインナップを充実させるのは妙案だと思いますけど、食材の確保は大丈夫なんですか? 私たちがさっき集めてきたのは、試作品を作るための最低限ですけど……」
「たしかに、余裕のある食材もあるにはあるが、心許ないのも多いな」
一つの料理にしか使わない食材ならともかく、米や肉といった比較的色々な料理に共通して必要な食材はいくらあっても足りないくらいだ。
今から市場を走り回るにしても、現金資産は正直心許ない。
「それじゃあ、今から集めに行くか」
「それは構いませんけど、数を集めるとなるとレティたちでも割と大変ですよ?」
眉を寄せるレティに、俺はエプロンを脱ぎながら答える。
「乱獲なら俺に任せろ。罠の真骨頂は原生生物の群れを一網打尽にできるところだからな」
最近ほとんど出番がなくて存在感が薄らいでいるが、俺はサブ攻撃手段として〈罠〉スキルを持っている。
普段は専ら“浮蜘蛛”の運用やらDAFシステムの構築やらに使われているが、本来はそういう用途で使われる技術ではない。
「ラクトとエイミーは完全に酔っ払ってるな……。レティ、申し訳ないが荷物持ちを任せてもいいか?」
「レッジさんと二人でお出かけ! コレって実質……。もちろん大丈夫ですよ!」
俺一人では非力で、せっかく集めたアイテムも持ち帰れないため本末転倒だ。
レティとしもふりの運搬力があれば百人力だろう。
「なるほど……。では私も同行しましょう」
「と、トーカ!?」
「おお。トーカも案外力持ちだしな。同行してくれると助かるよ」
「レッジさんまで!」
早速出掛ける準備を済ませたトーカがやってくると、何故かレティが悲鳴を上げる。
カミルはT-3と共にこのまま試作品の作成を続けて貰い、酔っ払い二人は試食係になってもらおう。
「ミカゲも範囲技結構持ってるよな。手伝ってくれるか?」
「まかせて」
結局、夜の乱獲ツアーのメンバーは、俺とレティとトーカとミカゲの四人となった。
一応白月も付いてくるが、まあいつものようにいないものと考えた方が良さそうだ。
「むぅ、トーカとミカゲは留守番でもいいのに……」
「荷物持ちは多い方がいいでしょう?」
レティたちが部屋の隅でなにか話しているが、こっちはいそいそと準備を進める。
ネヴァと共に作ったはいいものの、なかなか使う機会に恵まれず埃を被っていた罠がいくつもあるのだ。
「レッジさん、夜の原生生物でも大丈夫なんですか?」
レティが一応確認といった様子で尋ねてくる。
フィールドでは時間帯によって現れる原生生物の種類や行動パターンが変わることがあり、大抵の場合は夜の方が凶暴になる。
顕著な例は〈猛獣の森〉のフォレストウルフだろう。
だが、いくら俺が非力とはいえ、それはレティたちと比べた場合の話だ。
これでも〈罠〉スキルはカンストしているし、最前線のフィールドに出掛けるわけでもない。
「大丈夫だろ。まあ、危なくなったら頼む」
「任せて下さい。レッジさんの事はレティが守りますからね」
自分より年下の少女に守られるのもなんだか奇妙な話だが、彼女の方が圧倒的に強いのだから仕方ない。
「それじゃ、カミル、T-3、任せたぞ」
『はいはい。せいぜい頑張って稼いで来なさいよ』
『任せて下さい。愛に溢れる料理を作って待っています』
別荘に残すカミルとT-3に声を掛ける。
カミルはいつものように面倒くさそうな顔で手をひらひらと揺らし、T-3はキリリとした佇まいで頷いた。
……とりあえず、カミルがブレーキ役になってくれることを期待しておこう。
帰ってくる家が残っていれば、大丈夫だ。
「レッジさん、準備できましたよー」
「分かった。すぐ行く」
そうして、俺は夜のフィールドに向けて飛び出した。
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Tips
◇〈罠〉スキル
戦闘系スキルの一つ。フィールド上に仕掛けを施し、原生生物を捕らえ、狩猟する。前もって設置する手間がかかるが、低いスキルレベルでも安定した成果を出すことができ、技術を磨けば多数の原生生物を一網打尽にすることも可能になる。
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