第496話「夜の狩り散歩」

 〈角馬の丘陵〉には大型の馬のような原生生物が大小いくつかの群れを成し、広大で見晴らしの良い草原地帯で暮らしている。

 夜になり、地平線の下に太陽が姿を隠す。

 悍馬たちも足を休め、互いに身を寄せ合って浅い眠りで疲れを癒やす。

 そんな頃、彼らと入れ替わるように活発に動き出す獣がいた。


「見つけましたよ。“夜駆け鶏ナイトウォッチ”の群れです」


 冷たい闇の中に紛れ、目を光らせていたレティが声を上げる。

 視覚補助アイテムの“星の滴”という目薬を注した俺も、すぐにその影を見つけることができた。

 夜間の丘陵を十匹程度の群れでぐるぐると巡回している、黒い羽毛をした大型の鶏だ。

 帽子のような鶏冠を真っ直ぐに掲げ、胸を張ってフィールドを見て回っている。

 夜警ナイトウォッチの名は伊達ではなく、不用意に攻撃を仕掛ければ、たちまちフィールド中に響き渡る大声で鳴き、眠っていた原生生物たちをたたき起こして呼び寄せる。


「ミカゲに一匹ずつ暗殺して貰うのが一番楽だと思いますけど、どうします?」


 のんびりと草を啄んでいる鶏たちを眺めながらレティが尋ねる。

 “夜駆け鶏”を安全に狩る定石は、ミカゲのような隠密性に優れた狩人が群れに気付かれることなく一匹ずつ消していくか、もしくは大規模な範囲アーツを使って群れそのものを一瞬で消してしまう、というものだ。


「いや、俺が行こう。レティたちは万一に備えてくれればいい」

「分かりました。じゃあここで見物してますね」


 しかし、俺はレティやミカゲを残して立ち上がる。

 久しぶりの狩りだし、罠師としても戦える所を見せておきたかった。

 レティたちもその答えを予想していたようで、特に驚くこともなく頷いてくれた。


「じゃ、ちょっと行ってくる」


 闇に紛れて一人動き出す。

 “星の滴”のおかげで、明かりを用意せずとも暗い丘陵を歩くことはできる。

 ケット・Cのような猫型ライカンスロープなら、こんな漆黒の世界でも昼間のように見えるらしいが。


「さて、このあたりか」


 俺は直接“夜駆け鶏”の群れへ近づくのではなく、彼らの進路の先へやってきた。

 夜間はフィールドを巡回している鶏たちは、そのルートがきっちりと決まっている。

 つまり、前もって罠を仕掛けておくことも容易なのだ。


「悲鳴を上げられたら厄介だから、一発で群れ全てを仕留める必要があるな。となると……」


 地面に杭を打ち込んで領域を指定しつつ、使用する罠を選定する。

 今回必要なのは、十匹程度の群れを静かに一網打尽にすることだ。

 動きを拘束するだけの落とし穴やカゴ罠では意味が無い。

 俺は浅く草の生えた地面に、目の粗い網を敷いた。


「『撒き餌設置』、『罠隠蔽』。よし、こんなもんだろ」


 網の上に鳥型原生生物用の撒き餌を広げ、罠の痕跡を隠す。

 あとはそこから離れて、獲物が掛かるのを待つだけだ。

 近くの草むらで息をひそめ、警邏隊がやってくるのを今か今かと待ち構える。

 夜の番人たちは草むらを掻き分け、しっかりとした足取りで罠の方へとやってくる。

 そして見つけるのは、美味しそうな匂いを放つ食べ物だ。

 一匹が啄み、すぐに後続も争うように餌を取り合う。

 より餌の多い方へと知らず知らずのうちに移動して、足下にある網にも気付かない。


「『罠発動』」


 握っていたトリガーのボタンを押す。

 瞬間、網に高圧の電流が流れ、一瞬で“夜駆け鶏”たちを麻痺させる。

 暗闇に焦げた匂いが立ち上り、すぐに風に吹かれて消えていく。

 念のため十秒ほど様子を見て、立ち上がるものがいないのを確認してから罠の元へと戻る。


「よしよし。良い感じじゃないか」


 ネヴァ特製の電流罠は、素晴らしい仕事を果たしてくれた。

 “夜駆け鶏”の大半は即死しており、力の強い群れのリーダーも“麻痺”の状態異常によって動けない。

 最後に残った個体を槍で突けば、安全に“夜駆け鶏”を倒すことができた。


「問題は罠が使い捨てってことだな。こればっかりは仕方ないが……」


 電流網は、網自体がその高圧電流に耐えきれないため、二度以上使用することはできない。

 使い捨ての割りにコストが掛かるのは、威力とのトレードオフと考えるしかないだろう。


「レッジさん、お見事でしたね」

「おう。ネヴァが良い仕事をしてくれたおかげだな」


 狩りの成功を察知して、レティがやってくる。

 彼女に周囲の警戒を任せて、俺は鶏の解体を始める。

 鶏と言ってもその姿が若干似ているくらいで、体長は1メートルを越えるし、がっちりとした筋肉質な体つきで、よく見れば大きな目玉が四つも付いている。

 きっと、夜目もある程度きくのだろう。

 解体するため原生生物をまじまじと見るたび、ここが異星で彼らがエイリアンであることを思い出す。


「これだけ大きいと、かなりお肉も採れそうですね」

「どうだろうな。見掛けの大きさと実際に得られる肉は随分と差があるもんだ」


 〈解体〉スキルが80もあれば、〈オノコロ高地〉の上に棲む原生生物は大抵簡単に捌けて、最高評価を出すことができる。

 それでも、明日販売する予定の親子丼や焼き鳥丼のためには、あと30個ほど群れを襲う必要がありそうだった。


「あれ、そういえばトーカとミカゲは?」


 解体した“夜駆け鶏”のドロップアイテムをしもふりにしまいこみながら、一緒にやってきた二人の姿が見えないことに気がついた。

 彼らの所在を尋ねると、レティは呆れたように腰に手を当てて口を開いた。


「ミカゲはリストにあった蛇肉を集めるために“穴掘り大蛇ディガーパイソン”の乱獲をしてます

そんでもって、トーカは……」

「ただいま戻りました!」


 丁度タイミング良く、レティの背後から人影が現れる。

 やってきたのは、頬に赤黒い血を付け晴れやかな笑顔のトーカである。

 彼女は俺とレティの間に立つと、引きずっていた巨大な獣を披露した。


「いやぁ、なかなか歯応えのあるネームドでしたね」

「これは……」


 膨れ上がった筋肉の塊、艶のある黒い毛並み。

 たてがみは長く、脚は太く、牙は鋭い。

 馬のようだが、その額には“優艶のラポリタ”と対称的な黒い一本角が伸び、脚は六本もある。


「レッジさんが離れてすぐ、近くを“夜帝のヴァルバ”が歩いているのを見つけたんです。そしたら、トーカが飛び出していってしまって」

「ヴァルバは夜間限定のレアなネームドエネミーですから。警戒心が強くて逃げ足も速いので、千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかなかったんですよ。その甲斐あって無事に討伐することができましたが」


 呆れるレティに気付いていないのか、達成感に満ちあふれた表情でトーカは言う。

 レティもかなりの戦闘好きではあるが、トーカも大概だ。

 特にネームドを狩る情熱に掛けては頼もしい女性陣の多い〈白鹿庵〉の中でも随一かもしれない。


「というわけでレッジさん、こちらも解体をお願いします。帰ったら桜肉で一献というのもオツでは?」

「トーカはまだ未成年だろ……」

「この世界なら関係ないから大丈夫ですよ」


 脚が六本もある、どう見ても肉食獣の歯並びをした獣の肉を桜肉と称して良いのかは一考の余地があるが、まあこの星ではそう珍しいことでもない。

 俺はヴァルバもサクサクと解体し、肉と皮とたてがみに分けた。


「……ただいま」


 そこへミカゲも帰ってくる。

 彼が狩りに行っていたのは“穴掘り大蛇”という土中に棲む大型の蛇に似た原生生物だ。

 これの肉は団子にしてミートボール丼として売り出すことになっている。


「おお、こっちも大量だな」


 ミカゲは細かな鱗の付いた薄緑色の大蛇を両腕いっぱいに五匹ほど抱え、肩にも一匹掛けている。


「『血縁伝呪』で纏めて倒せるから、楽。持ちきれないぶんがもっとあるから、取りに戻ってくる」

「お、おう……」


 平然として言うミカゲだが、『血縁伝呪』というのは一定範囲内にいる同種の原生生物へ纏めてダメージを与える〈呪術〉スキルのテクニックだ。

 元々は『血縁索眼』という追跡系の呪術を、彼が独自に改良し、攻撃系の呪術に転化させた、らしい。

 発見者ミカゲ、開発者ミカゲ、第一人者ミカゲ、という彼の呪術師としての優秀さを示す一例だろう。


「レッジさん、ミカゲに任せた方が、早くて安くて楽だったのでは?」

「言わないでくれよ……」


 再び闇へと消えていくミカゲを見送りながら、レティがぽつりと呟く。

 俺は遠い目をして唇を噛み締めた。


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Tips

◇夜帝のヴァルバ

 〈角馬の丘陵〉に生息する、大型の原生生物。夜行性で、非情に警戒心が高く、敵対する者を察知すると、六本の脚で機敏に逃げ去ってしまう。額から伸びる黒い角は、一種の感覚器として作用しているという説がある。

 争いは好まないが、戦闘力は突き抜けて高く、逃走が困難と判断すると一転して激しい攻撃を繰り出してくる。

 夜の丘陵を孤独に駆ける帝王が、唯一その心を開くのは、優しく艶美な白馬のみ。


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