第494話「火に油を注ぐ」

 しもふりの機動力を活かし、少し遠くのフィールドへ出掛けていたレティはエイミーたちの少し後に帰宅した。

 リストにあったものを無事に集め終え、意気揚々と戻ってきた彼女が見たのは、唇を真っ赤にしてのたうち回る仲間の姿だった。


「ただいま帰りましたーって、どうしたんです?」


 別荘の床に倒れたラクトたちは、虚ろな目をして呻き声を上げている。

 レティはその惨状を前にして、思わず後ろへ後ずさった。


「うう。み、水……」

「かひゃ、かひゃい」

「焼けて、痛みが」

「かゆ、うまい」


 新たな犠牲者を見つけた亡者たちが、同じ地獄へ引きずり込もうと手を伸ばす。

 レティはその手を軽い身のこなしで避けながら、キッチンの方へとやってきた。


「お、帰ってきたな」

「ただいまです。アレはなんなんですか?」

「T-3の試作品を食べた成れの果てだ。今、デバフ除去の料理を作ってるところ」


 シャカシャカとボウルの中の生クリームを掻き混ぜながら、レティに事情を説明する。

 俺は激辛焼き肉を口にしてしまったラクトたちを救うため、急いで中和作用のあるアイスクリームを作っていた。


『レティも一度ご賞味下さい。そして味の感想をお願いします』

『アンタは悪魔か何かなの……?』


 T-3がリビングの惨状など無いような顔をして、焼き肉の載った小皿をレティに差し出す。

 カミルが信じられないと目を見開くている。


「くんくん。なるほど? 美味しそうですね」

「えっ」

『ちょ、アンタも馬鹿なの!?』


 カミルが制止の手を伸ばすよりも早く、レティが軽率に焼き肉を摘まみ、口に運ぶ。

 その瞬間、彼女の口内で業火が渦巻いた。


「うん。ピリ辛ですね」

『ええ……』


 けろりとした顔で感想を述べるレティ。

 それを見たカミルは、化け物を見るような目になっていた。

 のたうち回っていたエイミーたちも、平然としているレティにぽかんと口を開いている。


「でも、流石にお弁当の具材って感じはしませんね。味が強すぎて、ごはんが負けてしまいます。もっとカリッとさせたらお酒の良いおつまみになるかもですけど」

『なるほど。参考にしましょう』


 早速アドバイスを施すレティに、T-3も真剣な顔で耳を傾ける。

 その傍ら、ようやく解毒アイスを完成させた俺は、リビングで呆けているラクトたちへ提供した。


「はい、お待たせ」

「ありがと。なんだか、辛さも忘れちゃったわね」

「まあレティは普段からぶっ飛んだモノばっかり食べてるし、今更かもね」


 カラースプレーチョコを振りかけたアイスを食べながら、エイミーたちは複雑そうな顔でレティを見る。

 仮想現実でどれだけ辛いものを食べても、たしかに現実の体には影響はないのだが、それを意識的に制御するのは難しい。

 彼女はそれを息をするように実行しているのだろう。


「そういえば、T-3さんはどうして料理ができてるんです?」

『それは管理者権限コマンドの“完全手動操作フルマニュアルオペレーション”というものを使って――』

「なるほど。それならレティでも料理ができたりしませんか?」

『残念ながら、調査開拓員には権限がありません。しかし、レティのアドバイスは大変為になりますね。是非そばで監修していただきたいです』

「なるほど、任せて下さい! 家じゃキッチン立ち入り禁止令が出されてしまっているので、こちらで思いっきり実力をご覧に入れましょう」

『期待していますよ』


 俺たちがアイスを食べている間に、二人の間で話が纏まってしまった。

 止める間もなく二人がキッチンへと入っていく。


「あれ、大丈夫だと思うか?」

「いちおう、鎹組に連絡しといたら? キッチン壊れるかもって」


 ラクトがアイスにウィスキーを掛けながら言う。

 全然興味がなさそうだ。


「って、その酒俺のじゃないか!」

「いいもん持ってるじゃないの。〈白鹿庵〉の共有財産でしょ?」

「うぐぐ……」


 T-3の料理を食べて苦しんだ彼女たちに、強く言うのも憚られる。

 俺は涙を呑んで、贅沢に使われる秘蔵の酒を見守ることしかできなかった。


「さあ、T-3さん。調味料の多さは愛の多さです。思いっきり使いましょう」

『なるほど、やはりそうでしたか。えいっ』

『うわー! アホーーーッ!』


 そうこうしている間にキッチンの方が騒がしくなる。

 カミル一人では猛獣二匹を制御するのは不可能だろう。

 俺は急いでキッチンへと戻る。


「レティ、一回フランベを生で見たかったんですよね」

『まかせてください。はっ!』

『きゃああああっ!?』

「キッチンの天井を焦がすんじゃない! って、それ俺が完璧に隠してた秘蔵中の秘蔵の酒じゃないか!」


 駄目だ、俺とカミルでも手を組んだ猛獣二匹を御せる自信が無い。


「ていうか、今度は何を作ってるんだよ」

『見て分かりませんか? 海鮮丼です』

「海鮮丼でフランベはしないだろ!」


 止まらない暴走列車に視界が揺らぐ。

 フライパンの中で豪快に魚介類が踊る。

 リビングで賑やかな酒盛りの声が聞こえ始める。


『レッジ、磯焼き風海鮮丼です。味見をお願いします」


 諦めの境地に片足を突っ込んでいると、T-3が小皿を持ってやってくる。

 そこにあるのは、貝やイカ、タコなどの魚介類を炒めたものだった。


「あれ、案外見た目は普通だな?」

『当然です。通常の海鮮丼は生ものなので、お弁当には不向きです。レティの助言を受けて、磯焼き風に加熱してみました』

「なるほど……」

『辛さも抑えているので、安心して下さい』


 どうぞ、と小皿を差し出され、戸惑いながらも箸を手に取る。

 最悪、まだ解毒アイスは残っているし、俺が人柱になってもいいだろう。

 そんな覚悟を決めながら、料理を口に含む。


「ん。……うん? 普通に美味いな」

『当然です。レティのアドバイスを受けたのですから』

「なんか釈然としない理由だなぁ」


 首を傾げつつも箸は止まらない。

 少し濃いめの味付けは、ごはんに載せても、冷めても美味しく頂けるはずだ。

 加熱することによって弁当としての適性を高めつつ、食感もよくしている。


「レティって料理できたんだな」

「し、失礼ですね……。人並みにはできますよ」


 思わず口から零れ出た言葉に、レティが頬を膨らませて腰に手を当てる。


「それなら、どうしてキッチン立ち入り禁止令が出てるんだ?」

「え。そ、それはその……」


 当然の疑問を投げかけると、彼女は言いにくそうにそっぽを向いて両手の指を絡める。

 それでも追及の目を緩めずにいると、観念して口を開いた。


「食料庫の食べ物を粗方食べちゃったことがありまして……。それも、値段が高い順から」

「なるほど」


 前にリアルだと人並みくらいしか食べないと言っていたはずだが、過少申告だったらしい。

 レティは恥ずかしそうに頬を染め、強引に話題を変える。


「とりあえず、焼き肉弁当と磯焼き弁当は商品化できそうですね!」

「そうだな。一応、他にも試作はするとして、問題はどうやって絞り込む?」


 T-3が考えた試作品のリストはまだまだ沢山残っている。

 それら全てを一通り作るにしても、最終的には何種類化に絞り込まねばならないだろう。

 そう考えて尋ねると、T-3はきょとんとして口を開く。


『別に絞り込む必要は無いでしょう』

「ええ。でも、全部作るとなると、それなりに手間じゃないか? 在庫の配分も考えないと駄目だろうし」


 そこまで考えて、はたと気がつく。

 そんな俺の様子を見て、T-3も得意げに口元を緩めた。


『ちょっと、二人だけで分からないでよ。アタシにも説明しなさい』


 カミルが不満げに脇腹を突いてくる。


「わざわざ一度に大量に作って在庫を抱えなくても、注文を受けてから一つずつ作れば良い」

『ええっ!? でも、そんなの……』

「俺がいればできる。溶岩湖のど真ん中でうな丼だって作ったろ」


 そこまで言えば、彼女も俺たちが何をしたいか察したらしい。

 呆れた顔で見上げてくる。


「移動式コンテナ型テント“白百足”を使った、移動販売。ワイルドキッチンだ」


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Tips

◇アンチドート・アイスクリーム

 複数の解毒作用があるハーブ類を用いた、甘いチョコミント味のアイスクリーム。すっきりとした甘さが様々な負荷を取り払う。

 最新のデバフを二つ除去する。短時間で二つ以上食べた場合、頭痛が発生する。


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