第491話「謎の健啖家」
「それで、〈ホムスビ〉のお店ぜんぶ回ってきたんですか」
「全部っていっても、丼料理を出す店だけだけどな」
〈ワダツミ〉の別荘で、ソファに横たわりながら答える。
レティはそんな俺を見て、呆れたように口を曲げた。
俺が彼女たちを置いてT-3の方へ行ってしまったのもあってか、微妙に機嫌が悪い。
『馬鹿だわ、まったく。馬鹿正直にT-3に付き合う必要もないでしょうに』
カミルが椅子に座ってお茶を飲みながら、つんと棲まして言う。
〈串焼き火風〉で弁当の方針を決めたT-3は、その後〈ホムスビ〉中の丼屋を巡った。
炭火焼き牛丼、塩豚丼、トロピカル南国ヴォルケイノ丼、ダークネスアルティメットカツ丼、親子丼、ロコモコ丼、ドドンガ丼、ドンドコ丼、天丼、天天丼、クリスタルワーム丼、コウモリ丼、ドン丼、カツとじ丼、特大うな重、三色丼、ヒレカツ丼、カツカレー丼、エトセトラ。
王道定番からゲテモノ、変わり種、B級まで、ありとあらゆる丼料理を食べ続けたのだ。
カミルは早々にギブアップしたものの、俺はなんとなく三人と一匹で入店して一杯しか頼まないのは気が引けて、T-3に付き合った。
複数種類がある店では別々のものを頼んで、比較したりもした。
そんなわけで、レティのように無限の胃袋を持っていない俺は青い顔で戻ってきたというわけだった。
「お腹いっぱいになって動けなくなるなんて、お人好しにも程があるのでは? 呼んでくれたらレティが食べたのに」
「え、そっち?」
唇を尖らせて恨み言を吐き出すレティ。
ラクトが首を傾げているが、彼女はお構いなしだ。
腰に手を当てて、俺の腹をぽんと叩く。
「ぐおっ。あんまり刺激しないでくれ、リバースしそうだ……」
「レティたちを置いていった罰ですよ。甘んじて受けて下さい」
そういってレティは無慈悲にぽんぽんと叩く。
俺が悲痛な声を上げても、ラクトたちは助けの手を差し伸べてはくれなかった。
「それについては謝るから。ぐえっ。す、すまんっ!」
「ほんとにもう。レティたちもあの後大変だったんですからね」
ひとしきり俺の腹を刺激して満足したのか、レティは話題を変える。
俺とT-3が去った後、地下の弁当工場に取り残されたホムスビたちも動き出していたようだ。
「とにかく、勝負が決まるまで三日しかないですから。一つでも多くお弁当を売りさばこうということになりまして」
ホムスビ側にいるのは俺を除いた〈白鹿庵〉の五人と〈
すでに商品は量産体制が整っていることもあって、彼女たちは販路を伸ばす方へと行動指針を定めたようだ。
「私たちはみんな戦闘系で、生産はからっきしだからね。街中で売り歩くよりは、フィールドに持っていった方が良いんじゃないかって話したのよ」
「しもふりもいますし、エイミーもトーカも力持ちですからね。在庫を沢山持って、ホムスビさんを護衛しつつ、深層洞窟を下っていったんですよ」
ホムスビはおむすび弁当に自信を持っているし、レティたちがその内容に介入することもできない。
そのため、レティたちは自身の能力を最大限活かすため、ホムスビを中心に据えた行商団を作り、フィールドへと飛び出した。
〈ホムスビ〉より奥に続いている深層洞窟へはヤタガラスも通っておらず、徒歩か機獣くらいしか移動手段がない。
そのため、長期間籠もっているプレイヤーも多く、彼らにとって管理者自ら持ってきてくれた弁当というのは、天からの恵みのようなものだった。
戦闘職の高い腕力にものを言わせ、ついでにしもふりのコンテナにも満載させて大量に持ってきた弁当は、〈アマツマラ深層洞窟・最下層〉に辿り着くまでに全て売り切れてしまったようだ。
「しもふりのコンテナに五枠、レティたちのインベントリに合計で二枠ですから、七千食売り上げた計算ですかねぇ」
「めちゃくちゃ売りさばいたな……」
レティが指折り数えた数字に思わず戦慄する。
彼女たちの積載重量も俺からすれば途方もない数字だが、それだけの弁当が一往復することもなく売り切れてしまったことが信じがたい。
「前衛職とか鉱夫とかは、レティほどじゃないけど良く食べるみたいだね。一人で十食とか二十食とか買っていく人も結構いたよ」
その時のことを思い出してか、ラクトが苦笑と共に言う。
仮想現実とはいえ体を良く動かしていれば腹が減り、現実ではないため胃袋以上に食べることができる。
レティはそれが特別顕著なだけで、現実より大食いになるのはそこまでレアケースというわけではないらしい。
まあ、現に俺は自分の胃袋を遙かに超えた、現実なら物理的に不可能であろう量の丼を食べて苦しんでいるわけだしな。
「初日でさっそく、7,000対0ですよ。レッジさんたちは大丈夫なんですか?」
畳の上に正座して湯飲みを傾けていたトーカが、心配そうに眉を寄せて俺の方を見る。
たしかに随分と劣勢に立たされてしまった。
初日は打ち合わせに費やすため、スタートダッシュを譲ることは折り込み済みだったが、ここまで大差を付けられるとは、少々予想外だ。
「ま、こっちはこっちでなんとかやるさ。勝つだけが勝利ってわけでもない」
「はえ?」
今だ重く膨らんだ腹を抱えながら、頑張って不敵な笑みを浮かべてみる。
それを見たレティたちは、不思議そうに首を傾げた。
「それで、件のT-3ちゃんは今どこにいるの?」
エイミーが部屋を見渡す。
しかし別荘に戻ってきたのは、俺とカミルと白月だけだ。
「ホムスビと一緒にいるはずだ。なんか、他にも仕事があるとか言ってたな」
T-3がわざわざ開拓司令船アマテラスから降りてきたのは、弁当を売るためだけじゃない。
ホムスビ自身の存在が調査開拓活動に必要なものなのかどうか、いろいろと検証するのも仕事の一つだ。
そこからウェイドたち他の管理者に対する評価も進めていくのだろう。
「つまり、ホムスビさんは今、上司に見られながら仕事してるわけですか」
「ま、そんなとこだろうな」
「うわぁ。想像しただけで胃が痛くなるよ」
ラクトが口をへの字に曲げて言う。
彼女はリアルだと社会人らしいし、そのあたりは実感のある苦痛を想起してしまうようだ。
「上司に見られるのってそんなに嫌なものですかね?」
「その上司との関係性に依るだろうな。お互いに気心知れた仲の良い、信頼関係のある上司なら、むしろ仕事が捗るかもしれない」
「ホムスビちゃんにとってT-3ちゃんって、上司っていうか社長とか雇い主よね。何かミスしたら首を切られるんじゃないかって怯えてると、普段しないようなミスもしそうね」
俺たちがそういうと、レティとトーカとミカゲの若者組は分かったような分からないような顔で相槌をうつ。
まああんまりゲームにリアルの事情を持ち込むのも好ましくない。
恐らくホムスビとT-3の様子はどこかの掲示板で取り上げられているだろうし、そっちを見るのが早そうだ。
俺はようやく腹の落ち着いてきた体を起こし、ウィンドウを開いた。
_/_/_/_/_/
◇ななしの調査隊員
今日は平和だなぁ
◇ななしの調査隊員
近海で四将がリスキルされ続けて、黄将に吶喊する奴らが列を成して、白将の奥にいる新規のネームドが瞬殺された今日が平和だと?
◇ななしの調査隊員
深森の木こりもなんか数増えてるんだよな
チェーンソー持ち出してるKIKORIもいるし
◇ななしの調査隊員
生産系バンドの方も色々動きが活発だぞ。
サカオからウェイド、キヨウ、サカオまでの三路線が複線になって、行き来がめちゃくちゃ良くなったし
◇ななしの調査隊員
スサノオ地下労働施設ではチンチロが流行してるぜ
◇ななしの調査隊員
あれ、結構平和かもしれない
◇ななしの調査隊員
なんか忘れてる気がするんだよな
◇ななしの調査隊員
今はこの平穏を楽しもうぜ
◇ななしの調査隊員
崩れる前提やめろよ
◇ななしの調査隊員
【悲報】おっさん子供をつくる
◇ななしの調査隊員
ほら崩れただろ
◇ななしの調査隊員
な、なんだってー
◇ななしの調査隊員
何人目だよ・・・
◇ななしの調査隊員
大分子だくさんになってきたなぁ、おっさんも
◇ななしの調査隊員
え、おっさんって子供いたの?
◇ななしの調査隊員
↑管理者の事を便宜上おっさんの子供っつってるだけだから安心しろ
◇ななしの調査隊員
おっさんは読心だぞ
◇ななしの調査隊員
おっさんなら読心できそうだから、案外真実味がある
◇ななしの調査隊員
なるほど、おっさんのことはこれからはお義父さんと呼ばないといけないのか
◇ななしの調査隊員
とりあえず子供の詳細はよ
◇ななしの調査隊員
プレイヤーじゃないの?
◇ななしの調査隊員
〈ホムスビ〉の居酒屋で一人呑みしてたら、おっさんがメイドさんと鹿と見知らぬ女の子連れて来たんだよ。ちゃんとNPCだった。
◇ななしの調査隊員
スクショは?
◇ななしの調査隊員
撮るかよ
◇ななしの調査隊員
何!? おっさんはフリー素材ではないのか
◇ななしの調査隊員
ゲーム内のスクショなら別に公開おkだけど、無遠慮にパシャパシャ撮られるのは嫌なんじゃない?
◇ななしの調査隊員
スクショ撮ってたよ。多分時系列的には居酒屋入る前だけど。
[鹿.img]
◇ななしの調査隊員
でかした!
◇ななしの調査隊員
鹿じゃねーか
◇ななしの調査隊員
白月ちゃんかわよ
◇ななしの調査隊員
オスなんだよなぁ
◇ななしの調査隊員
黒髪メカクレ系和服少女。機体はフェアリー。
まあこんなところかな。
◇メカクレ警部
ヌッ! メカクレ少女ならば我輩にお任せ下さい。
〈ホムスビ〉にいるメカクレフェアリーの女性機体NPCは46体。しかし、和服の子はいませんなぁ。今から実地調査に出掛けてきますのでしばしお待ちを!
◇ななしの調査隊員
メカクレ警部だ
◇ななしの調査隊員
いつでもスレにいる変態だ
◇ななしの調査隊員
自己紹介かな
◇ななしの調査隊員
メカクレ警部には悪いけど、たぶんこの子じゃないかな
[謎のNPC.img]
◇ななしの調査隊員
ああ、その子だ
おっさんと一緒にいないのか?
◇ななしの調査隊員
この子か
可愛いじゃん
◇ななしの調査隊員
メカクレはあんまり・・・
◇ななしの調査隊員
キヨウちゃんっぽいふいんき
◇ななしの調査隊員
黒髪和服だからでは?
◇ななしの調査隊員
ホムスビちゃんと一緒に仕事してんのか
新しい管理者かねぇ
◇ななしの調査隊員
いや、仕事はしてないよ
◇ななしの調査隊員
ええ・・・
ニートかな?
◇ななしの調査隊員
なんか隣でじっと立ってる。
ホムスビちゃんの笑顔が引き攣ってるんだが。
◇ななしの調査隊員
新しい管理者で、研修中かも。
つまり新しい町ができる可能性があるな。
◇ななしの調査隊員
もう新しい町? さすがに早すぎるのでは。
◇ななしの調査隊員
ホムちゃんできたばっかりだしなぁ
◇ななしの調査隊員
おっさん尋問するのが一番じゃねーの?
◇ななしの調査隊員
おっさん、公開できる情報ならブログで公開しちまうからなぁ
◇ななしの調査隊員
ああ、この子か。昼間見たよ。
なんかおっさんとメイドさんと鹿と一緒に歩いてた。仲よさそうにリンゴ食べてたのが印象に残ってる。
◇ななしの調査隊員
俺も見たことあるな。
〈†獣たちの饗宴†〉で晩メシ食ってたら入ってきたよ。おっさんが若干顔色悪かった。
◇ななしの調査隊員
なんだその店の名前・・・
◇ななしの調査隊員
店名から匂い立つ地雷臭
◇ななしの調査隊員
施設検索:†獣たちの饗宴†
◆ディクショナリーBOT
〈†獣たちの饗宴†〉
所在地:
地下資源採集拠点シード02-アマツマラ
商業地区B-25
説明:
肉料理専門の飲食店。ボリュームたっぷりの肉料理が比較的リーズナブルな価格で楽しめる。LP最大値上昇、ダメージカット系の食事バフが付けられるメニューが多く、前衛戦士向け。大食いファイター向けに大盛り、特盛り、極盛り、宴盛りがある。それぞれ、並盛りの二倍、四倍、八倍、十六倍の分量。欠点として、メニューが全てイタい。
◇ななしの調査隊員
大食い系の店か
ちっちゃい子なのに結構食べるのかな
◇ななしの調査隊員
おっさんってもしかしていっぱい食べる子が好きだったりすんの?
◇ななしの調査隊員
おっさんの胃袋は割と普通って印象だけどなぁ
◇ななしの調査隊員
別の店でもその子見たよ。天天丼食べてた。
◇ななしの調査隊員
天天丼って、あの昇天ペガサスMIX盛りみたいな天丼か
◇ななしの調査隊員
やっぱりフードファイターでは?
◇ななしの調査隊員
別の店で見たぞ。豚丼食べてた。
◇ななしの調査隊員
とんどん
◇ななしの調査隊員
ぶたどん
◇ななしの調査隊員
は?
◇ななしの調査隊員
表出ろてめぇ
◇ななしの調査隊員
ドドンガ丼食べてたぞ。他の店。
◇ななしの調査隊員
友達がクリスタルワーム丼食べてるの見たって。
◇ななしの調査隊員
露店でうな重売ってたら「並、上、特、大盛り一通り」って注文受けたな。流石にビビったけど、ぺろっと食べてたよ。
◇ななしの調査隊員
何か一気に目撃報告があがってきたな
◇ななしの調査隊員
え、これ同一人物なの?
流石に食べ過ぎでは?
◇ななしの調査隊員
おかわりいただけるだろうか
◇ななしの調査隊員
おっさんもよく付き合ってるな
◇ななしの調査隊員
で、件の女の子がホムスビちゃんの隣にいると
◇ななしの調査隊員
ホムスビちゃんのお弁当を狙っているのでは
◇ななしの調査隊員
実際、今ホムスビちゃんお弁当売ってるんだけど、それをじっと見てるんだよな・・・
◇ななしの調査隊員
そういえばホムスビちゃん、今日はフィールドまで出張販売してくれたな。すげえ助かった。
◇ななしの調査隊員
白鹿庵とBBCが護衛してたやつか。俺50食買ったぞ
◇ななしの調査隊員
お前のせいで俺は目の前で売り切れになったんだが???
◇ななしの調査隊員
明日も販売されるだろうし待ってろって
◇ななしの調査隊員
うん? あれ、メカクレちゃんが消えた
◇ななしの調査隊員
まじで
◇ななしの調査隊員
ほんとだいなくなってる。
ホムスビちゃんしかいない。
◇ななしの調査隊員
どこ行ったんだ?
◇ななしの調査隊員
管理者って割と神出鬼没だからなぁ
案外おっさんとこに行ってたりして
◇ななしの調査隊員
ホムスビちゃんに聞いてもあんまり教えて貰えないな
◇ななしの調査隊員
むーん、俺もメカクレちゃんに会いたい
◇ななしの調査隊員
そんなツチノコみたいな・・・
◇メカクレ警部
ホムスビに到着した瞬間に手がかりがなくなりましたぞ
_/_/_/_/_/
『なるほど。私のことも話題にあがっているみたいですね』
「うわあああっ!?」
掲示板のスレッドを読んでいると、耳元に囁かれる。
思わず声を上げて跳び上がれば、背後にT-3が立っていた。
「T-3さん!? ホムスビさんと一緒だったのでは」
レティたちも気付かなかったようで、驚いた顔でT-3を見る。
突如俺の背後に現れた彼女は、クスクスと肩を震わせた。
『管理者ホムスビの監査が十分に遂行できたと判断したので帰還しました』
「帰還って……。T-3がここに来るのは初めてだろ」
T-3は手慣れた様子で部屋を歩き、ソファの俺の隣に腰を下ろす。
『レッジは私の直属の部下です。ならばこの施設も私が使用できるはずです』
「そうなのか……?」
騙されているような気がするが、まだ腹が一杯で思考が回らない。
そんな俺の代わりに、レティがT-3に話しかけた。
「〈ホムスビ〉からの瞬間移動は……倉庫の機体を使いましたか」
『ええ。管理者たちも便利なモノを用意していましたね』
別荘はウェイドたちの溜まり場にもなっているため、倉庫に彼女たちのスペア機体が置いてある。
T-3の機体も、そこに前もって紛れ込んでいたのだろう。
T-3は俺の方へと向き直り、口を開く。
『それでは、レッジ。明日からが本番です。計画を進めましょう』
そう言って彼女は、黒髪の隙間から怪しく目を光らせた。
_/_/_/_/_/
Tips
◇ダークネスアルティメットカツ丼
〈†獣たちの饗宴†〉の目玉商品。特大厚切りのカツにたっぷりと味噌だれを掛けた、豪勢なカツ丼。ザクザクとした衣の下に、ジューシーな豚肉が包まれ、つやつやの白米がそれを受け止める。濃厚な味噌だれがそれらを渾然一体に仕立て上げ、見事な調和のとれた一皿へと昇華する。
防御力+30、LP最大値+500、ダメージカット5%のバフを長時間付与する。
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