第490話「飲み食い話す」

 無事にT-3との合流を果たした俺は、彼女と作戦会議を行うため、ひとまず手近な店に入ることにした。

 〈ホムスビ〉も〈スサノオ〉や〈ウェイド〉ほどではないものの、広い商業区域に多くの店舗が立ち並んでいる。

 無数の選択肢の中からT-3が選んだのは、〈串焼き火風〉という小さな店だった。


「もっと喫茶店みたいな所の方が良かったんじゃないか?」

『何を言っているのですか。すでに戦いは始まっているんですから、情報収集も兼ねた効率的な行動をしなければなりません』


 そう言って、T-3は躊躇無く引き戸を開いて店内に入る。

 カウンター席がいくつかと、掘りごたつ式の個室が三つあるだけの、小規模な店だ。

 先客としてお猪口を傾けていたプレイヤーがぎょっとしてこちらを見る。


「三人と一匹。個室が空いてるなら、そっちがいいんだが」

『ラッシャイ。奥ノ部屋ヘドウゾ』


 スケルトンのタイプ-ゴーレムがカウンターの奥で焼き場に立ちながら対応してくれる。

 良い意味で寡黙な店主だ。

 個室のテーブルの中央には火鉢がおかれ、赤い炭が灰の中に半分埋もれている。


「T-3の弁当は、串焼きを入れるのか?」

『まだ構想は固まっていませんが……。串焼きは素手でも食べられるでしょう』


 T-3はメニューウィンドウを見つめながら言う。

 串焼きは箸やフォークなどの食器がいらず、素手でそのまま掴んで食べることができる。

 なるほど、彼女もそれなりに考えているようだ。


『ももタレ、もも塩、皮タレ、皮塩、ぼんじり、はつ、ねぎま、つくね、レバー、ささみ、せせり、砂肝。豚串、ベーコンアスパラ、椎茸、チョリソー。とりあえず各三本ずつ。こんなところですかね』

「待て待て待て待て!」


 流れるようにポチポチとウィンドウに指を滑らせるT-3を慌てて止める。

 本当に下界は初めてなのかと疑いたくなるほど、淀みない所作で鬼のように注文されるところだった。

 一応確認するが、彼女は文無しで、ここの支払いは俺が持つことになっている。

 だというのに彼女は、慌てて手を掴んだ俺をきょとんとした目で見てきた。


『どうしました? レッジも好きなものを頼んでいいですよ』

「頼んで良いですよ、じゃないんだよ。どんだけ食べる気だ」


 出鼻を挫かれたような気持ちで、がっくりと肩を落としながら尋ねる。

 T-3は不思議そうに小首を傾げていて、まるで俺の方が間違っているような錯覚に陥ってしまう。


『ひとまず串モノは一通り頼んだ方がよいでしょう。食わず嫌いは良くないですよ』

「そうじゃないんだよ。まずはどういう方向性で考えてるのか、意見の摺り合わせから始めようって言ってるんだ」

『なるほど。それならそうと言って下さい』


 なんとか納得してくれたようで、T-3は選択していた注文を解除していく。


「ていうか、盛り合わせがあるじゃないか。全部単品で頼むよりこっちの方が安いだろ」

『盲点でした』

「しっかりしてくれよ……。天下の〈タカマガハラ〉さんだろ」


 ひとまず、人数分の盛り合わせと適当な飲み物を注文する。

 白月には塩だれキャベツを山盛りで用意してやる。

 塩だれは体に悪いかと思ったが、こいつは本当に何でも食べるし、食べられない物は食べないから恐らく大丈夫だろう。

 突き出しの枝豆がやってきて、すぐに盛り合わせもやってくる。

 火鉢の焼き網の上に並べられていくそれを、T-3は真剣な顔で見つめていた。


「それで、T-3はどんな弁当を考えてるんだ?」

『当然、愛のあるお弁当です』

「……もっと具体的に。具材とか、ビジュアルとか」


 そう尋ねると、彼女は押し黙る。

 やはり愛だの何だのと言っているわりに、具体的なことは思いついていなかったらしい。

 俺はつくねを囓りながら、彼女の中で考えが纏まるのを待つ。


『……分かりません』


 つくねをゆっくりと食べ終えたころ、それを待っていたようにT-3が答える。

 絞り出すように放たれた言葉に、正直驚きはなかった。

 ただ、隣で皮塩を食べていたカミルが、呆れた顔でため息をつく。


『ホムスビにあれだけ啖呵を切ったのに、何も考えてなかったの?』

『愛が足りないことは分かります。管理者ホムスビの弁当に何かが足りていないのは分かります。しかし……』

「何が足りていないのかは分からないのか」


 T-3の言葉を継いで言うと、彼女はこくりと頷いた。

 きっと、こういう足りていない何かを探すのは“勧進”たるT-2の仕事なのだろう。

 普段のT-3は、何かが足りていないという事実だけ検証し指摘すればいい。

 しかし、今はすべて彼女一人でこなさなければならない。

 自分のデータベースにはない何かを探さなければならない。


「とりあえず、食べたらどうだ。あんまり放っておくと焦げるかもしれないぞ」

『そうですね』


 いただきます、と行儀良く手を合わせ、T-3はももタレを手に取る。

 口元を汚しながら串を横に引き、口をもぐもぐと動かす。


「美味いか?」

『そう、ですね……。味覚データに馴染みはありませんが』


 彼女にとっては初めての経験だったのだろう。

 戸惑いの表情を浮かべながらも、串はぎゅっと握りしめている。

 瞬く間にももタレを食べ終え、間髪入れずにもも塩を手に取る。

 それも食べ終えると、つくねにも手を伸ばした。


『けどレッジ、焼き鳥はあんまりおすすめしないわよ』


 ぱくぱくと夢中で食べるT-3を横目に、カミルが断ずる。


「まあ、常温だとなぁ」


 俺も彼女がそういう理由がある程度分かっていた。

 弁当系カテゴリの料理は、フィールドでも食べられる代わりに常温が基本だ。

 焼き鳥は焼きたてが美味しく、冷えると脂も身も固まってしまう。

 キャンプの焚き火を囲んで食べるならともかく、採掘や狩りの合間に食べるのは少し難しい。

 加熱機能を持たせることもできるが、コストや手間が余計に掛かり、それは価格に影響してくる。

 できるだけ安く売りたいのなら、避けたいところだ。


『なるほど。それは盲点でした』


 瞬く間に串焼きの盛り合わせを完食したT-3が、枝豆をぷちぷちと押し出しながら頷く。

 どんどんと皿が空になっていく様子は見ていて楽しく、思わず自分の盛り合わせも彼女の方へと移動させた。

 普段レティの食べっぷりを間近で見ているからか、元気よく沢山食べる人を見るのが楽しい。

 あと年齢的に、最近脂っこいものがあまり食べられなくなってきた。


『そういう観点なら、おむすびは優秀よね。常温でも美味しいし、バリエーションもあるし』

『では、こちらもおむすびは入れますか』

「別におむすびに拘る必要は無いんだぞ。ぶっちゃけ元はただの駄洒落だし」


 建前としておむすびは外での作業中も食べやすいとなっているが、別に弁当なら白飯を敷き詰めていてもいい。

 現実なら手の汚れや食器の手間があるだろうが、仮想現実はそのあたりのストレスも省かれている。


『一口にお弁当って言っても、色々あるものね。幕の内とか、焼き肉弁当とか』

「エナジーバーも携行食だから、広義の意味では弁当かもな」

『それをお弁当とは認めたくないわよ』


 盛り合わせが無くなったところで、追加を頼む。

 カミルは鶏の唐揚げやフライドポテトなどを指さし、俺はだし巻きとカルパッチョを選ぶ。

 T-3は三種のおむすびと梅茶漬けと塩ラーメンと焼きそばとワームの輪切りステーキを注文した。


「いや、めちゃくちゃ頼むな」


 流れで注文を確定した後、思わず確認してしまった。

 ほとんどシメの料理ばかりだし、シメで頼む量じゃない。

 管理者機体はどれだけ食べても負荷が掛からないのだろうか。


『ご飯物はお弁当の軸になりますから、色々なものを検証します。ワームの輪切りステーキは、このあたりの特産でしょう』


 続々と届き、テーブルを占有していく料理に手を伸ばしながらT-3は弁明する。

 明らかに胃の大きさを遙かに超える質量が吸い込まれるように消えていくのは、やはり某ライカンスロープの少女を連想してしまう。


『麺類は延びちゃうから向いてないでしょ。お茶漬けもお弁当では聞かないわね』

「しかし、ポットを別に用意すればできないこともないんじゃないか? 冷や汁っていう手もあるしな」


 各々好きな料理を摘まみながら、深く考えることなく思いついたまま意見を投げていく。

 T-3はもりもりと米を食べながら、俺たちの声に耳を傾ける。


「しかし、そのステーキでかいな……」

『クリスタルワームの輪切りなんでしょ? 小さいくらいじゃないの?』

「にしてもカミルの顔の三倍はあるぞ」

『アタシが小顔なだけよ』


 大胆に切られ、じっくりと網で焼かれたワームの輪切り。

 ゲテモノかと身構えていたが、案外美味しそうだ。

 ふんだんに使われたスパイスも良い仕事をしている。

 だがその大きさだけは規格外で、俺は空腹時でも完食するのは難しいだろう。

 そんなものを、T-3は平然とした顔で食べ進める。

 そうして、山のようにあった料理を全て綺麗に平らげた後、ようやく口を開いた。


『お弁当の方向性が決まりました。丼物にしましょう』

「食べてない料理が出てくるのか……」


 満足げに熱い息を吐き出すT-3。

 流石に消化が追いついていないのか、帯の下のおなかがぽっこりと膨れている。

 俺はひとまず、当面の目標が定まったことにほっと胸を撫で下ろした。


『なのでレッジ』

「なんだ?」


 突然名前を呼ばれ、驚きながら顔を上げる。

 前髪で隠れた目をまっすぐにこちらへ向けて、T-3は口を開く。


『丼料理の造詣を深めるため、他のお店へ向かいましょう』

「まだ食べるのかよ!?」


 思わず大きな声を出してしまった俺は、決して悪くない。

 こうなれば絶対に人気の弁当を作り上げて、その売り上げで出費を回収してやろう。

 ごちそうさまでした、と手を合わせるT-3とカミルを見ながら、俺はそう心に誓うのだった。


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Tips

◇〈串焼き火風〉

 地下資源採集拠点シード02-アマツマラ商業地区にある飲食店。狭い店内だが、無愛想ながらも腕の良い店主がじっくりと焼き上げた串焼きが人気の隠れた名店。

 焼き場を間近に見ることができるカウンター席と、掘り炬燵式の個室があり、ゆったりと寛ぐことができる。


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