第489話「三倍にして返す」

 白月が匂いを辿りながら歩き出す。

 中央制御塔を訪れるプレイヤーたちは、突然現れた白い牡鹿に驚きつつも快く道を譲ってくれた。

 俺とカミルは彼の後に続いて、案内を受ける。


『ほんとにこんなので見つけられるの?』

「わからん」


 怪訝な顔をするカミルに率直な解答を返す。

 それを聞いた彼女は一瞬眉を上げ、大きくため息をついた。


『分からないって……』

「まあでも、白月が歩き出したんだ。ちゃんと考えがあるんだろうさ」


 少なくとも、俺とカミルには行方を眩ましたT-3に辿り着く手段はない。

 今は白月だけが頼みの綱だ。

 それに彼も鹿ではあるが馬鹿じゃない。

 俺の言葉もよく理解してくれているし、何かしらの成果は挙げてくれると期待している。


「お、制御塔の外に出るみたいだな」


 頼みの綱は鼻を動かしながら塔の外へと進路を向ける。

 衆人環視のなか、彼は迷いなく〈ホムスビ〉の商業地区へと進む。

 立ち並ぶ店舗がアーツチップショップやスキルカートリッジショップから、この町特有のユニークショップへと移り変わり、周囲の人々も少し気の抜けた表情になっている。

 〈ホムスビ〉はおむすび屋とラーメン屋が圧倒的に多いが、それ以外の店がないわけでもない。

 特に、重労働を終えた後のプレイヤーを狙ってジェラートなどの甘味を売る店は人気だった。

 一仕事終え、中央制御塔からやって来たプレイヤーたちが、至福の時間を楽しんでいる。


「わ、鹿だ」

「鹿だ鹿だ」

「あれ白月か?」

「おっさんもいるし、そうじゃないか」

「いえーい、鹿ちゃんピース」


 白月は案外有名らしく、道行く人々の中には彼の名前を知っている者も多かった。

 遠慮なくカメラでスクショを撮られているが、彼は気にした様子もない。


「写真撮られるのに慣れてるのかね」

『アンタが一番よく写真撮ってるからでしょ』


 白月の白い毛並みや水晶の枝角はとても綺麗だ。

 朝日や夕日といった強い光を浴びると、尚更強く乱反射して写真として良く映える。

 ブログの記事に困った時は、白月育成日記として写真を並べるだけでも体裁は保てるので、何かと助かっていた。


「そういうカミルだって、たまに撮ってるじゃないか」


 俺のお下がりのカメラを与えたカミルも、〈ワダツミ〉の別荘で家事が一段落した時などに白月に向かってシャッターを切っている。

 彼女から受け取った写真データの中には、眠っている白月も多い。


『あれは、まだフィールドの原生生物を撮るのが苦手だから……。まずは白月から練習しようと思ってるだけよ』

「別荘にいる時に白月って九割寝てるし、残りの一割もリンゴ食べてるだけだろ。ほとんど置物撮ってるようなもんじゃないか?」

『うるさいわね!』


 そんな具合にカミルと仲良く談笑しつつ歩いていると、前方の白月が立ち止まって振り返る。


「お、着いたか?」

『ここにT-3がいるの?』


 白月が通りに連なる店のひとつに鼻先を向ける。

 鉄と蒸気の町に良く馴染んだ、小さめの店舗だ。

 軒先には果物の詰まった木箱が並んでおり、開け放たれたドアから見える店内にも、野菜や魚といった生鮮食品が冷蔵ストレージに収められている。


「〈コールドフレッシュ〉……。食材屋かな」


 〈料理〉スキルを持つ料理人が食材を買いそろえるために訪れる店なのだろう。

 一応〈料理〉スキルは持っているものの、ほとんど現地調達現地調理が基本スタイルな俺にはあまり馴染みのない店だ。


「白月、リンゴが食べたかったわけじゃないよな?」


 店先にあるリンゴの載った籠を指さして問い詰めると、白月はふいっと視線を逸らした。

 T-3がこの中にいなかったらどうしてやろうか。


『お弁当の材料を買いに来たのかも知れないでしょ。とりあえず入ったら』

「それもそうか」


 カミルに諫められ、俺も気を取り直す。

 ひとけのない、照明も落ち着いた店内に足を踏み入れる。


「涼しいな」


 冷凍し鮮度を保った商品を売りにしているのか、店内はひんやりと涼しい。

 そこかしこで鉄を鍛える音が響き、黒煙と水蒸気が吹き出す〈ホムスビ〉では、まるで砂漠の中のオアシスのような店だろう。


『うわっ。凄く高いわね……』


 T-3の姿を探しつつ、商品棚を一瞥してカミルが声を上げる。

 霜のついた冷蔵コンテナの中には、〈ワダツミ〉から送られてきたのであろう魚介類が並んでいる。

 そこに付けられた値段を見て、俺も思わず悲鳴を上げそうになった。


「市場価格の倍はあるな」

『そのぶん品質はいいけど……。輸送費と管理費でかなりコストが掛かってるんでしょうね』


 人の気配がない理由が分かったわ、とカミルが店内を見渡す。

 現状、海から最も離れた町である〈ホムスビ〉でこれほど新鮮な魚を入手しようとすれば、これくらい高くなるのも仕方ないのかもしれない。

 しかしプレイヤーならストレージに入れておけば鮮度の劣化もないため、この店の利点が活かせない。


「まあ、ユニークショップの大半はこういう店だからなぁ」


 ユニークショップは各都市に百以上もあり、売り上げが出なければ廃業し、新陳代謝が進む。

 〈鉄茶亭〉や〈新天地〉といった人気店以外は、このようにぱっとしない所が多く、だからこそユニークショップ巡りを趣味や仕事にしているプレイヤーもいるくらいだ。

 この〈コールドフレッシュ〉もそのうち潰れるのだろうかと、一抹の寂寥を覚える。


『どうして売れないのですか!』


 しんみりとした空気をぶち壊すように、店の奥から大きな声がする。

 驚いた俺とカミルは顔を見合わせ、その聞きおぼえのある声にまさかと耳を疑う。

 商品棚に身を隠し、そっと顔を覗かせる。


『どうしてと言われましても、お客様はビットをお持ちではないので……』

『ですから、三日後に三倍にして納めると言っているでしょう。私は〈タカマガハラ〉の主幹人工知能T-3ですよ。信用してください』

『そういわれましても……』


 店の奥にあるカウンターで、黒い和服を着た黒髪の少女と、困り顔の店員NPCが押し問答を繰り広げている。

 店のロゴだろう、氷漬けのリンゴのマークが入ったエプロン姿のNPCは、突然現れた上位存在に弱り果てているようだ。


「カミル、どう思う?」

『アタシも〈ウェイド〉の〈新天地〉でバイトしてたけど、あんなに厄介な客はそうそういなかったわよ』


 カミルは珍獣を見るような目を向けながら囁く。

 あれが本当に自分たちを指揮する立場にある者なのだろうかと、現状の理解に苦しんでいるようだ。


『あなたも愛が足りていませんね。愛とは他者を信じることですよ。なので私を信じて店に並べている商品を渡しなさい』

『む、無茶言わないで下さいよ。ただでさえ経営がギリギリで私のお賃金も払って貰えるか分かんないのに……。あ、あんまりしつこいと、その、警備NPCを呼びますよっ!』

『いいでしょう。呼びなさい。警備NPCに愛があるのなら私に賛同するはずです』


 店員さんの方は気弱そうだが、それでも屈することなく言い返している。

 NPCの世界も随分と世知辛いらしい。

 しかし、どちらも退かずに激突しており、次第に険悪な雰囲気が現れる。


『ほ、ほんとに呼びますよっ。脅しじゃないんですからね。ほら、呼んじゃいますよ』

『いいですよ。呼びなさい。なんなら管理者ホムスビを呼んでも――』

「はいはい。二人とも、とりあえず落ち着いてくれ」


 ヒートアップしていくT-3と店員の間に、手刀を切りながら割って入る。

 すかさずカミルが店員の方へ話しかけ、俺はT-3の肩を掴んで引き離した。


『レッジ!? どうしてここに……』

「T-3の事が心配だったからな。その予感は的中したわけだが」


 驚愕するT-3に、俺たちがここにやってきた理由を説明する。

 ビットを持っていないことや〈料理〉スキルを使えないことなどを指摘すると、彼女は面白いくらい分かりやすく狼狽えた。


「とりあえず、俺とカミルと白月は一時的だがそっちに協力することにした。そっちの方がフェアだろ?」

『そ、そんな敵に塩を送られるような真似……』

「勘違いするな。こっちはT-3を土俵に引きずり込もうとしてるんだよ」


 相手が戦えない状況では、勝敗も何もあったものではない。

 だからT-3には戦えるようになって貰わないと困るのだ。

 そう伝えると、T-3は白い頬を餅のように膨らませた。


『レッジの助けなどなくとも、私一人で弁当くらい作れました』

「ほんとかよ……。食材も集められてなかったじゃないか」


 管理者の機体を使っているT-3は戦闘ができないため、食材を入手する手段から大幅に制限されている。

 だから町の食材屋を頼ったのだろうが、一文無しではそれも難しいだろう。


『もう少し交渉が進んでいれば無事に確保できたはずです。邪魔しないで下さい』

「いや、あれはただの強盗だろ」


 いかにNPCの経営する店であろうと、業績が悪ければ存続できない。

 見たところこの店は悪い方に天秤が傾いているようだし、T-3の横暴な頼みなど聞けるはずもないだろう。


「とりあえず、弁当の材料は俺が立て替えてやるから」


 そう提案すると、T-3はぽかんと口を開いて呆ける。

 数秒後、再起動した彼女は戸惑った様子で両手の指を絡めた。


『それは……いいのですか?』

「元からそのつもりだったからな。できればもうちょい安い店で買ってくれると嬉しいんだが」


 近くの商品棚に並ぶ野菜の値段を見る。

 〈ウェイド〉なら50ビットで買えるカブが、この店では120ビットだ。

 多少品質はいいが、これなら自分で他の町まで仕入れに行った方がよほど効率的だろう。


『しかし、この店の品揃えと鮮度は他の食材店とは一線を画しています。より愛のあるお弁当を作るなら、ここで買うのが一番です』

「そんなに鮮度が大事なら、食材から作るか?」


 難しい顔で唸るT-3にそういうと、彼女は再び鳩が豆鉄砲を喰らったような顔でこちらを見上げる。

 目が前髪に隠れて見えないが、呆けた顔は可愛らしい。


「俺は〈釣り〉スキルも〈栽培〉スキルも持ってるし、ある程度の原生生物なら狩れるくらいの戦力と〈解体〉スキルもあるからな。一通りの食材なら集められると思うぞ」

『な、なるほど……。食材調達から販売までを包括して行うお弁当というのは、なかなか愛がありますね』

「そうか? まあ、T-3がそう思うなら、そうかもしれないが」


 よく分からない理論だが、T-3は納得してくれたようだ。

 赤い唇を緩く曲げてこちらへ手を伸ばす。


『では、調査開拓員レッジ、およびメイドロイドのカミル、そして白月。以上三名を私の直属の部下として認めましょう』

「うん? ああ、よろしくな」


 NPC、というか管理者たちの物言いは若干分かりにくいところがある。

 T-3の言葉もそのようなものだろうと理解しつつ、握手に応じた。


『毎度、ありがとうございましたー』


 迷惑をかけたお詫びに、店員さん一押しの新鮮な冷やし青リンゴを四つ購入して〈コールドフレッシュ〉を後にする。

 カミルと白月がぽりぽりといい音を立てて齧り付いているのを見ていると、隣に立つT-3も戸惑いながら丸い果実に小さな歯形を付けた。


「どうだ、美味いか?」

『そうですね。愛のある味です』


 よく分からないが、彼女はすぐに二口目に向かう。

 それを見て、俺もひんやりと冷たい青リンゴに齧り付いた。


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Tips

◇〈コールドフレッシュ〉

 地下資源採集拠点シード02-アマツマラ商業地区にある食材店。海洋資源採集拠点シード01-ワダツミから冷凍コンテナで輸送された鮮度抜群の海産物や、新鮮な野菜、果物などを幅広く取り扱う。

 ただし、商品の輸送と保管に特別な冷蔵、冷凍設備を使用しているため、他の店舗より若干割高な価格設定になっている。

 キンキンに冷やした果物が看板商品。


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