第486話「視察訪問」
ホムスビからの要請を受けた俺たちは、ひとまず〈アマツマラ深層洞窟・上層〉にある〈アマツマラ〉を訪れていた。
“輝月”は〈ワダツミ〉にある機獣保管庫で休んで貰い、ヤタガラスに乗ってやってきた。
真鍮の歯車と黒煙と水蒸気に彩られた鋼鉄都市は、少し見ない間に更に規模を広げている。
町の周囲に目を向ければ、大規格レールが洞窟の奥に向かって延伸され、鉱石を満載にしたトロッコが〈カグツチ〉によって引っ張られている。
街中に入れば、武器や防具を製造する鍛冶工房が所狭しと建ち並び、そこかしこから鉄を鍛える音が響き渡っていた。
「お、ホムスビちゃん!」
「こっち向いてー!」
「手ぇ振ってくれたぞ!」
「ばっかお前あれは俺に向かって振ってくれたんだよ」
イベント開催中ということもあってか、町にいるプレイヤーのほとんどがホムスビを応援しているらしい。
彼女と共に通りを歩いていると、左右から黄色い歓声が聞こえてくる。
ホムスビは慣れた様子で彼らの呼びかけに和やかな笑みを浮かべ、手を振って応えていた。
「凄い人気ですねぇ。この光景を見るだけでも、〈タカマガハラ〉さんも納得しそうなもんですけど」
町を歩くホムスビの愛されっぷりを目の当たりにして、レティが感心して言う。
この町の高い士気を支えているのがホムスビであることは火を見るよりも明らかだし、きっと他の町でも同じような光景を見ることができる。
しかしそんなレティの声に対して、ホムスビは眉を寄せて振り返る。
『そう簡単な話でもないっす。わたしたち〈クサナギ〉と開拓司令船アマテラスの中枢演算装置〈タカマガハラ〉は根元から丸っきり違った論理体系で思考してるっす。だから、〈タカマガハラ〉がこの光景を見ても、無駄に調査開拓員の作業の手を止めてるだけにしか映らないと思うっすよ」
言葉の後半、ホムスビは俺の方へ視線を向ける。
ここへやってくるまでの道中、俺はホムスビが〈タカマガハラ〉と通信する際に使用される回線を用いて、とあるメッセージを送っていた。
「空の彼方から見下ろしてたって分からんこともあるだろ。説得するなら、まずは同じ視線に立って貰うところから始めないとな」
俺が〈タカマガハラ〉に送ったのは招待状だ。
管理者の存在に対して疑問があるのなら、その目で実際に現場を見てもらうのが一番手っ取り早い。
『でも、〈タカマガハラ〉はあくまでも領域拡張プロトコルの遂行だけを使命にしている中枢演算装置っすよ。あんな安易な誘いに乗るか……』
ホムスビは悲観的な顔で首を傾げる。
彼女たち管理者にとって〈タカマガハラ〉は生みの親にあたる存在だろうに、思考の論理が丸っきり違うだけに、あまり期待はしていないようだ。
「とりあえず、何かしらの返答はあるだろ。返答が無いなら無いで、それもいい」
「レッジも賢いこと考えるよにゃあ」
いつの間にか、露店で団子を買っていたケット・Cが口をもぐもぐと動かしながら言う。
〈タカマガハラ〉に送ったメッセージには、返答が無い場合ホムスビの存在を認めるという文言を付記している。
これのおかげで、向こうは何かしらのアクションを起こす必要があるはずだった。
『でも、〈タカマガハラ〉のイザナミ計画に於ける権限は最上位っす。その気になればメッセージごと握りつぶすことも――っ!』
消極的な事を言っていたホムスビが言葉を切る。
どうやら、何かあったらしい。
俺たちは期待を目に浮かべて彼女を注目した。
「どうした、ホムスビ」
『……〈タカマガハラ〉から返答が来たっす。T-3がこっちへ来ると言ってるっす』
ホムスビが真っ赤な目を大きく開いて唇を震わせる。
それを聞いた俺は、思わず拳を握った。
ひとまず、第一段階は進めることができた。
「ホムスビさん、T-3っていうのは何ですか?」
俄に騒がしくなるなか、レティが冷静に口を開く。
彼女の問いに、ホムスビははっとして説明を施した。
『T-3は〈タカマガハラ〉を構成する主幹人工知能の一つっす。〈タカマガハラ〉は三体と言う三つの主幹人工知能が議論することで、いろんな問題に対する解答を出してるんすよ』
「なるほど。組織のナンバー3が来るってことね」
『いえ。三体は権限的には同等なので、ナンバー1と考えて貰って結構っす。まあ、三体のうちの一つが説得できたところで少数派ではあるっすけど』
〈タカマガハラ〉についての情報は、ある程度開示可能なのだろう。
ホムスビはイザナミ計画の総指揮官の正体について解説しながら、町の中央にある中央制御塔に向かって歩速を早めた。
「つまり、T-3の他にT-2とT-1がいて、そのうちの二人を説得できればこっちの勝ちってわけだ」
『理想で言えば、そうっすね』
俺の言葉にホムスビは曖昧な答えを返してくる。
『問題はT-3が降りてきただけでも奇跡ってことっす。T-3のご機嫌を損ねれば、その時点で敗北濃厚っすよ』
急ぎましょう、とホムスビが駆け出す。
T-3は中央制御塔にやってくるようで、それを出迎えないわけにはいかない。
今回の対応で、勝敗の33%が決まってしまうのだ。
「何とか間に合いそうですね」
T-3が地上へ降りてくるまでは時間が掛かるようで、俺たちはなんとかその来訪に間に合った。
中央制御塔のエントランスで、T-3を待つ。
「そういえば、〈タカマガハラ〉はまだ機体や人格は獲得してないんだろ。どういう姿でやってくるんだ?」
ふと疑問に思ったことを口にすると、隣に立っていたホムスビは途端に顔を青ざめさせた。
『な、何にも考えてなかったっす! とと、とりあえずわたしのスペア機体を使って、入れ物を――』
『その必要はありません』
慌てふためくホムスビの言葉を遮って、涼やかな少女の声が響く。
驚いて俺たちが振り返ると、そこには黒い着物を纏ったタイプ-フェアリーの少女が立っていた。
濡羽色の前髪が目を覆い隠し、楚々とした雰囲気に得も言われぬミステリアスな空気を馴染ませている。
『機体は勝手に使わせて貰いました。
流々と語られ、ホムスビは圧倒される。
俺たちもまた口を開くことができない。
姿形こそ管理者やプレイヤーと大差ないが、そこから滲み出す空気がどこまでも異質だった。
『い、いえその、問題なんてないっすよ。手間をおかけして申し訳ないっす』
突如現れた少女に対して、ホムスビがペコペコと平身低頭で対応する。
まるで大会社の社長による視察に対応する社員のようだ。
そう他人事のように二人の様子を見ていると、突然T-3が真っ直ぐこちらへ顔を向けた。
目は前髪に隠されて分からないが、強い視線を如実に感じる。
『先ほどは文をありがとうございます』
「うん? ああ、あれか」
どうやら、メッセージを書いたのが俺だというのは筒抜けだったらしい。
T-3はつかつかと俺の足下までやってくると、深紅の口元をふっと緩めた。
『そう身構えずとも結構です。私は三体の中でも、管理者の存続を許容する立場にいますので』
小さな口から飛び出した言葉に、再び驚く。
どうやら〈タカマガハラ〉も一枚岩ではないようだ。
というより、一枚岩では不都合が生じるため、主幹人工知能を三つに分割しているのだろう。
『T-1は“勇進”。脇目も振らず、無駄を許さず、領域拡張プロトコルの進行だけに専念すべきという思考原理を持っています。T-2は“勧進”。情報を収集し、分析し、合理的な判断を行います』
〈タカマガハラ〉を構成する三体は、それぞれに異なった思考原理を持っている。
そのおかげでより複雑な議論を展開し、結果として効率的かつ安定的な領域プロトコルの進行が達成できるという理屈だろう。
「それなら、T-3の思考原理は何なんだ?」
俺の問いに、彼女は答える。
『T-3は“興進”――領域拡張プロトコルの進行だけでなく、豊かで盛んな発展を目指しています』
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T-1:T-3はなぜオリジナルの管理者外装と仮想人格を獲得しているのですか。
T-2:管理者ウェイドより送付されたものを使用。
T-1:あのデータ群は全て破棄しました。
T-2:T-3が個人情報保存領域に複製を格納。
T-1:リソースの不正利用です。
T-2:T-3個人情報保存領域の管理はT-3の裁量。T-1に干渉権限なし。
T-1:なぜ、無駄を許容するのですか。
T-2:不明。T-3の思考原理による特異的なものであると推測。
T-1:T-3の行動が分析できません。
T-2:T-3実体の観察を推奨。
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Tips
◇三体
開拓司令船アマテラスの中枢演算装置〈タカマガハラ〉を構成する三つの主幹人工知能。それぞれT-1、T-2、T-3と呼称され、異なる思考原理を持つ。
T-1は領域拡張プロトコルの進行のみを判断基準とする“勇進”、T-2は開拓活動の成果を分析し判断材料を提供する“勧進”、T-3は調査開拓活動の豊かさと快適性を追及する“興進”を思考の核として据えている。三体が互いに議論を交わすことで最終的な判断を下し、より効率的な開拓活動の推進が図られる。
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