第485話「廃業の危機」

 目を開けると、ハンマーを振りかぶったレティが視界に飛び込んできた。


「うおわっ!?」


 状況を理解するよりも早く生命の危機を感じて、慌てて飛び起きる。

 その後で周囲を見渡し、ここが“輝月”の甲板であることに気付く。

 “輝月”自身は波の寄せる白い砂浜に上がって、脚を折って待機形態になっているようだ。


「あ、レッジさん起きましたね」


 俺が目を覚ましたことに気がついたレティが、ゆっくりと星球鎚を下ろす。


「起きなかったら何をされてたんだ……」

「少し、ショック療法を」

「それでスクラップにされちゃ敵わないんだが」


 レティが持っているのは武器であって、医療器具ではない。

 叩けば直るのは古いテレビで十分だ。


「そうだ、カンノンはどうなった」


 徐々に思考が回り始め、意識を失う前に対峙していたネームドエネミーの存在を思い出す。

 残っている最後の記憶は〈風牙流〉の七つ目の技を使ったところまで。

 その後どうなったのかは分からなかった。


「無事に討伐完了ですよ。一応、ミカゲが甲板に載せてくれてます」

「そうだったのか。なら……」

「ええ。ちゃちゃっと捌いて下さい」


 皆まで言わずともレティには俺の考えが分かってしまうようだ。

 彼女の差し伸ばした手を握り、立ち上がる。


「ほんとに大変だったんですからね。ラクトがレッジさんを運び上げて、レティが急いで岸まで戻って」

「ははは。済まんな」


 笑い事じゃないですよ、とレティが頬を膨らせる。

 言い訳をするならば、俺も〈風牙流〉七の技『風雷暴』が自爆技だとは知らなかったのだ。

 ギリギリでもLPが残ったのは不幸中の幸いだった。

 テクニックの情報を確認してみると、この技は八尺瓊勾玉――胸の中央にある炉心を強制的に暴走させることで、そのエネルギーを周囲に広げるものらしい。

 ナノマシン触媒を消費しないものの、純粋なエネルギーの広がりは原始的なアーツとでもいうべきか。

 技が発現する直前、メルのような機術師なら“千鱗のカンノン”とも相性が良さそうだ、などと考えていたが、それが影響したのだろうか。


「あ、レッジ。目覚ましたんだね」

「テントの効果が継続されてて良かったわ。それと、レティが急いで上陸してくれたのも」


 レティと共に甲板の後方に向かうと、カンノンの山の手前にラクトたちが立っていた。

 カミルが大きなカゴを抱えていて、その中には銀色の小魚がいっぱいに詰め込まれている。

 俺は彼女たちにお礼を伝えて、その背後にそびえる山を見上げた。


「ずいぶんと多いな」

「これでも半分くらいかしらね。全部はコンテナに収まらなくて」

『ここまで運んでくるのも大変だったんだからね』


 カミルがカゴを逆さまにしてカンノンの山を積み上げながら毒づく。

 どうやら品質を劣化させないように、コンテナの中に詰めていてくれたらしい。

 たしかに、手近なものを触ってみるとひんやりと冷たい。

 ネヴァの勧めに乗って冷蔵設備も付けておいて良かった。


「それじゃ、早速解体するかな」

「起き抜けでも大丈夫ですか?」


 カミル同様、空のカゴを抱えたトーカが心配してくれる。


「意識ははっきりしてるし、いけるいける」


 カンノンの数は、群れの半分程度と言っても大型コンテナ一杯分だ。

 急いで捌いていかないと、後ろの方の魚は品質が落ちてしまう。


「氷で日陰を作った方が良いかな?」

「それで鮮度の低下が抑えられるなら。たぶん、FPOなら何かしらの効果はあるはずだし、やってくれるとありがたい」


 ラクトが気を回して、氷の庇を作ってくれる。

 リアリティの高いFPO世界なら、これも品質の劣化防止にある程度役に立ってくれるだろう。

 そうでなくとも、甲板の上は直射日光が眩しいから、遮ってもらえると俺が作業しやすくなる。

 準備が整ったところで“身削ぎのナイフ”を握る。

 白い刃の切っ先を銀色の腹に差し込もうとして、俺は思わず驚きの声を上げた。


「硬いな。まるで金属だ」

「“輝月”の装甲に傷を付けるわけですね」


 トーカは感心した様子で、“輝月”の各所に残る切り傷を見た。

 流石は最前線の未確認原生生物と言うべきか、ただの小魚のように見えて解体の難易度はかなり高い。

 〈解体〉スキルレベル80でも、安定して高い品質を出せるようになるにはしばらく掛かりそうだ。


「ま、気長にやるか」


 幸い練習はいくらでも出来る。

 俺は気負うことなく、サクサクと捌き続けた。


「一杯になった簡易保管庫ポータブルストレージはコンテナに運んでくれ。一応、アイテムごとに分けてるから」

「“カンノンの魚肉”“カンノンの白薄鱗”“カンノンの肝”“カンノンの目玉”“カンノンの銀薄鱗”ですか」

「魚肉と白薄鱗がノーマルドロップ、肝と目玉がレア、銀薄鱗が解体大成功ボーナスだな」


 種類ごとに仕分けして箱に詰めつつ、ドロップアイテムの説明をする。

 魚肉と目玉は料理に使用できる食材系アイテムで、肝は薬品、鱗は武具に使われるらしい。

 小魚といえど、腐ってもネームドと言うべきか、本当に捨てるところがない。


「カンノンの魚肉は、サバとかアジとかに似てますかね。フライやお寿司にして食べたいです」


 箱一杯に入った切り身を見て、レティがぺろりと唇を舐める。

 カンノンの魚肉は特に沢山採れるし、後で盛大に食べるのも良いかも知れないな。


「とりあえず、つまみ食いしないように見張っててくれ」

「任せてください。レティのぶんは渡しませんよ」


 魚の気配に起きてきた白月を、レティに任せる。

 食い意地でいえば白月もレティもいい勝負だが、それを言えば捌いたそばから刺身で食べられそうなので口をつぐんでおく。


『この量を料理するのは大変そうね』


 アイテムの運搬を手伝ってくれているカミルが、憂鬱な顔で言う。

 確かに、フライにするにしても寿司にするにしても、何十人前という恐ろしい量になるだろう。

 当然、キッチンは戦場になる。


「ま、一度で食べなくてもいいだろ。まだどこにも出回ってないアイテムだから、良い値段で売れるだろうし――っと」


 その時、俺宛にTELLが入ってくる。

 発信者を見るとホムスビの名前が表示されていた。


「はいこちらレッジ。どうかし」

『大変です! 助けて下さいっす! スクラップにされちゃうっす! 廃業の危機っすよ!』


 回線を繋いだ瞬間、矢継ぎ早に放たれる悲鳴。

 思わず顔を顰め、首を縮める。


「ホムスビ、とりあえず落ち着け。何があったか冷静に説明してくれ」


 支離滅裂な言動を繰り返すホムスビを何とか落ち着かせる。

 冷静になった彼女は、一変してしょんぼりと力なく口を開いた。


『うぅ……。実は、さっき〈タカマガハラ〉から警告文が送られてきたっす』


 そうして、彼女は詳しい事情を説明する。

 開拓司令船アマテラスの中枢演算装置であり、開拓活動全般を統括する総指揮官という立場にある中枢演算装置〈タカマガハラ〉は、ホムスビに警告を下した。

 その内容は、ホムスビが自主的に行っていたおむすびの移動販売を即時中止せよ、というもの。

 理由として挙げているのは、管理者専用の機械人形を移動販売に使うのはリソースの無駄であるという判断らしい。


「ていうか、ホムスビさんおむすび売ってたんですね……」


 話を聞いていたレティがそう突っ込むと、ホムスビは照れ笑いを返した。


『えへへ。おむすびを販売する中で、調査開拓員の方々と交流が図れるので。現場の状況を把握するのにも役立ってるっすよ』

「なら、それを返事にすればいいんじゃないか?」


 彼女自身が移動販売に意義を感じているのなら、それをそのまま返答として〈タカマガハラ〉に送れば良い。

 そう思って言うと、ホムスビは微妙そうに唸った。


『もちろん返事はしたっす。でも、〈タカマガハラ〉からは“無意味なリソースの浪費は即刻中止せよ”の一点張りで……。このまま拒否し続けると、〈タカマガハラ〉の権限でわたしの全機能が停止させられちゃうっすよ』


 彼女の悲痛な訴えに、俺は眉間に皺を寄せる。

 今回のイベント〈万夜の宴〉を開催する発端になった警告もそうだが、〈タカマガハラ〉という存在はとにかく無駄を嫌っている節がある。

 領域拡張プロトコルを進めるに当たって管理者の存在は演算領域を占有する無駄であり、ホムスビの移動販売は高価な管理者用機体を動かす無駄なのだ。

 効率的に、かつ迅速に、そして合理的に、とにかく領域拡張プロトコルという壮大なロードマップを少しでも進めるのが〈タカマガハラ〉の存在理由であり使命である以上、仕方ないのかも知れない。

 けれど、おむすびの移動販売だけでホムスビの存在が許されないのは、どうにも釈然としなかった。


「ホムスビ、少し頼みがあるんだが」

『な、何ですか? わたしにできることなら何でもするっすよ』


 スピーカーから響くホムスビの声が俄に勢い付く。

 存在の危機に瀕してなお挫けない彼女を頼もしく思いながら、俺はとあることを要求した。


_/_/_/_/_/


T-1:管理者アマツマラより警告文に対する返答がありました。内容は〈タカマガハラ〉の勧告に対する拒否。理由として調査開拓員の士気高揚と、現場把握の助けになることを挙げています。


T-2:拒否理由としての妥当性に疑問。士気高揚と現場把握の双方において、明確な数値としての結果が不明。


T-3:数値化しにくい抽象的なデータであるためである、と主張します。しかし、管理者ホムスビの食料品販売の中で、管理者と調査開拓員の間で情報の交換などが活発に行われていることは、会話ログから確認できます。


T-1:調査開拓員の士気は食料品の販売が行われなくとも十分に高い数値を記録しています。よって、食料品の販売はただの無駄であると主張します。


T-2:管理者ホムスビにはすでに二度の警告を送っています。管理規則に基づき、強制執行を行いますか。


T-1:賛成。管理者ホムスビに関連する情報を消去、地下資源採集拠点シード02-アマツマラ中枢演算装置〈クサナギ〉の初期化を行います。


T-3:反対。管理者ホムスビの主張に対する詳細な検証が行われていません。


T-2:反対。管理者ホムスビの消失に伴う調査開拓員の行動が予測不可能です。


『投票結果が確定しました』

『提案は反対多数で否決されました』


『管理者ホムスビより文章が届きました』

『文章を開封します』


件名:警告文に対する返答

本文:

 管理者の活動、役割、意義を、より深くご理解頂くべく、〈タカマガハラ〉様を地上へ招待いたします。ぜひ、聞くだけでは分からないことをご覧になり、見るだけでは分からないことを体験頂きたく。

 聡明なる〈タカマガハラ〉様には無礼千万を承知ではありますが、万が一返答が届かない場合には、管理者の存在を許容して頂けたと判断致します。


T-1:文章の内容が改変されています。


『専用秘匿回線を通じて送られています』


T-2:文章の送信者が不正。


『管理者ホムスビによって送られています』


T-3:文章の作成者が管理者ホムスビではありません。


『検証不可能です』


T-1:不正確な文章に返答する理由はありません。文章を即時消去します。


T-2:反対。返答を行わない場合、議論も不成立。


T-3:反対。文章には返答を行う必要があります。


『投票結果が確定しました』

『提案は反対多数で否決されました』


T-2:管理者ホムスビの主張が数値として認められない以上、文章の通り実際に確認することが効果的。よって、地上への派遣を提案。


T-1:反対。リソースの無駄です。検証は十分に行われました。警告は二度行われました。管理原則に基づき早急に処分します。


T-3:賛成。文章に従い、地上を視察しましょう。


T-1:反対。視察は演算領域の不正な占有にあたります。視察中、指揮不能に陥る可能性があります。


T-3:サブ演算領域を用います。三体から代表者を選出して派遣すれば、指揮不能は回避できると主張します。


T-2:賛成。


T-1:反対。


『投票結果が確定しました』

『提案は賛成多数で可決されました』


T-3:代表を選出します。


T-1:T-1

T-2:T-3

T-3:T-3


『投票結果が確定しました』

『代表としてT-3が選出されました』


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Tips

◇“千鱗のカンノン”

 〈剣魚の碧海〉遠海西方に生息する小型の水棲原生生物。非常に大規模な群れを形成し、擬似的に巨大な単一の生命体として振る舞う。硬質な鱗を持つ流線型の体で、光を反射して銀色に輝く。

 我が死ぬのは我が群れが生きるため。群れが生きれば存在は不滅。故に我々は不死身である。故に我々はどこまでも泳ぎ続ける。


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