第484話「その身爆ぜて」

 “荒波の三叉矛”を携えて甲板に立つ。

 運転者がレティに変わった“輝月”は安定したまま海原で円を描く。


「レッジさん、魚群探知機には何も映ってませんよ」

「そうみたいだな。恐らく“千鱗のカンノン”はステルス特性持ちだ」


 先ほど奴らが足下から跳び上がってきた時に、その姿を補足した。

 銀色に輝く滑らかな流線型で、レーダーの波を受け流すことで身を隠しているのだろう。


「しかし、そう何回も襲われちゃ堪らん。せっかくメンテを終えたばっかりの“輝月”を、またクロウリに預けたくはないしな」


 カンノンたちの体は硬く、それ一つ一つが鋭利なナイフのようだ。

 群れに襲われた“輝月”は外装が傷だらけになっているし、同じものを何度も受けたくはない。

 それならば、と俺は甲板の縁に足を掛け、一息に飛び出した。


「ちょ、レッジ!? 飛び込むなら言ってよ!」


 突然の行動に驚いたラクトが慌ててアーツを発動しようとするが、俺はそれを手で制す。


「必要ない」

「必要ないって……。まさか、アストラみたいに海面を走るつもりじゃ」


 もちろん、そのつもりだ。

 “輝月”の背上から飛び下りて、海面に達する瞬間に脚を蹴り出す。

 乾いた音と、確かな感触。

 俺は確かに海を蹴って走っていた。


「これでも脚力極振りなんだ。アストラに出来て、俺に出来ない訳もないだろ」

「そういうものではないと思うんですけど」


 トーカたちが甲板から呆れて見下ろしているが、実際に俺は海面を走ることが出来ている。


「なるほど。これはたしかに、“やろうと思えばできる”って奴だな」


 現実ではこれほど素早く、これほど力強く水面を蹴って走ることは当然出来ない。

 しかし仮想現実なら、無意識的に課している制限を取っ払い、水上だって走ることができるのだ。


「さあ、来いよイワシ共ッ!」


 バシャバシャと水面を蹴り続けていれば、向こうからもよく目立つ。

 俺が威勢良く声を上げた直後、足下に大きな魚影が現れた。


「レッジさん!」


 甲板からトーカの声。

 それが耳に届くよりも早く、行動を起こしていた。


「風牙流、五の技、『ツムジカゼ』」


 “荒波の三叉矛”を海に突き刺し、型を決める。

 鮫の牙で作られた槍の切っ先はしっかりと水を捉え、堅固な軸となって俺の体を支えた。

 技が発動するとほぼ同時に、銀色の魚群が海中から飛び出した。

 俺はその中に呑み込まれながら“身削ぎのナイフ”を振るって、手当たり次第に小魚を倒していく。


「やっぱり、一体一体はそこまで強くないな。範囲攻撃で削いでいけば、案外すぐに終わりそうだ」

「あんまり油断しない方がいいわよ」


 無造作にナイフを突き出すだけで、あらぬ方向へ飛び跳ねていくカンノンは、一昔前の無双ゲーのような爽快感がある。

 しかし、『飆』で倒せたのは群れの規模と比べれば微々たる量でしかない。

 エイミーの忠告どおり、カンノンは間髪入れず反撃を仕掛けてきた。

 真正面から魚の群れが巨大な影となって襲いかかる。


「風牙流、二の技――ッ!?」


 それを迎え撃とうとした直前、カンノンの群れは左右に分かれた。

 二つの群れが二方向から挟撃するかたちになり、『山荒』では対処できない。

 途中まで決めていた“型”と“発声”が途切れたことで、無駄にLPを消費する形になってしまったが仕方がない。

 俺は技の発動を中断し、破城鎚の挟み撃ちのような攻撃を辛くも避ける。


「猫の手、貸そうかにゃ?」

「結構! これは俺だけで楽しませて貰うさ」


 観戦していたケット・Cが、六枚刃の双剣をちらつかせながら言う。

 しかし、俺だってなかなか戦闘に出られないぶん鬱憤が溜まっているのだ。

 それの発散にカンノンは丁度良い。


「白月、『幻夢の霧』だ!」


 俺の呼びかけに応じ、白月が濃霧に姿を変える。

 ここは広大な海の上で彼にとっても技が発動させやすい。

 濃霧は濃く広範囲に広がり、“千鱗のカンノン”の結束を僅かに緩める。


「風牙流、六の技」


 そこにできた小さな隙間へ身をねじ込みながら、槍とナイフを交差させて構える。

 全方位に向けた鋭い斬撃。

 群れすべてを捌くような、華麗なナイフ捌きをイメージする。


「――『鎌鼬』ッ!」


 暴風が吹き荒れ、真空の風が小魚を切り刻む。

 しかし、それだけでは終われない。


「『強制萌芽』割れ毒壺」


 海面に投げつけた種瓶から、紫色の毒液を垂れ流すウツボカズラが現れる。

 掴まる物のない水上では一瞬で枯れてしまうが、それでいい。

 毒が水中に溶け出し、“千鱗のカンノン”の群れ全体を蝕んでいく。


「うわぁ。海洋汚染してるよ」

「またウェイドさんたちに怒られますよ」

「割れ毒壺の毒は100%天然で自然に優しいから大丈夫だよ」


 その割にはぷかぷかと白い腹を見せた小魚が浮いてきているが、それはそれだ。


「そうだ。海戦用の罠も用意してたんだったな」


 今まで使う機会がなかったためすっかり忘れていた物の存在を思い出し、早速インベントリから取り出す。


「『罠設置』機械水雷」


 どぽん、と波を立てて水面に浮かんだスイカほどの黒い球体。

 “千手のカンノン”がそれに触れた瞬間、大きな爆発と共に飛沫を上げて、群れを大きく削いだ。

 〈罠〉スキルに依存する固定ダメージだが、個体単位ではさほど強くもない“千鱗のカンノン”には効果的だった。


「さあ、もう少し付き合って貰おうか」


 槍、種瓶、罠、様々な方法で攻撃を仕掛けたが、まだまだ群れの規模は大きいままだ。

 あちらもまだ優勢を確信しているようで、俺に向かって一気呵成に襲いかかってくる。

 俺もまた水面を強く蹴り、跳び上がる。


「風牙流――」


 カンノンの群れが大きく拡散し、全方位から俺を包み込む。

 濃い影が落ち、まるで巨人の口の中へと放り込まれたようだ。

 蠢く小魚の壁がゆっくりと落ちてくる。

 このまま何もしなければ圧死という未来が待っている。


「七の技――」


 風が渦巻く。

 その中心に立って、力を溜める。

 カンノンはこの一撃で勝負を決めようとしているようだった。

 ならば、俺もこの一撃に全てを賭けよう。


「――『風雷暴フウライボウ』」


 胸に集めた風の爆弾を解き放つ。

 水面を荒し、衝撃が球状に広がった。

 技で消費したLPに加えて、俺自身もその暴風雨に巻き込まれ傷を負う。

 しかし、それ以上の速度でカンノンが吹き飛ばされていく。

 瞬く間に群れとしての形を失い、脆弱な小魚は水面に腹を見せて浮かぶ。


「かはっ……」


 急速にLPを消費したことで、視界が暗くなり、意識が薄らいでいく。

 暴風雨は短時間で綺麗に消え去り、見上げれば突き抜けるような快晴が広がっている。

 ボタボタと雨のように降ってくるのは、風に巻き上げられたカンノンたちだ。

 そうして俺もまた、ゆっくりと海の底へと沈んでいった。


「こらこら、勝手に死なないでよ」


 意識が途切れる直前、そんな声と共に白い氷が俺の体を水上へと押し上げた。


_/_/_/_/_/


T-2:PoIが〈剣魚の碧海〉のネームドエネミー“千鱗のカンノン”を討伐。領域拡張プロトコルが進行。


T-3:〈剣魚の碧海〉各地では“四将”の討伐が急速に行われています。


T-2:〈アマツマラ深層洞窟・最下層〉のネームドエネミー“黄将のゲイルヴォール”も討伐の成功例が数例存在。


T-3:現時点に於ける結果だけでも、〈万夜の宴〉の効果は一定以上のものがあると認定できます。


T-1:各拠点地下では管理者スサノオの指揮下で大規模製造施設の建設が進められています。しかし、同時に作業中の調査開拓員の間に不正な疑似経済システムが構築されています。責任者への是正を勧告します。


T-2:疑似経済システムの発展による直接的な領域拡張プロトコルへの影響は未確認。勧告は不要。


T-3:疑似経済システムによって作業効率は上昇している可能性があります。不干渉原則に基づき、放任することを提案。


T-1:反対


T-2:賛成


T-3:賛成


『投票結果が確定しました』

『提案は賛成多数で可決されました』


T-1:地下資源採集拠点シード02-アマツマラにて、管理者ホムスビが食料品を販売しています。これは管理者躯体を利用するに値する行動ではないと考えます。管理者アマツマラに対する警告を提案します。


T-2:賛成。店舗での販売に切り替えるなど、別の方法を模索すべきである。


T-3:反対。管理者ホムスビが売り歩くことにより、調査開拓員の士気向上が確認できます。


T-1:賛成。


『投票結果が確定しました』

『提案は賛成多数で可決されました』


T-1:管理者ホムスビに対して警告します。


『地下資源採集拠点シード02-アマツマラ管理者ホムスビに対し警告文を送信しました』


_/_/_/_/_/

Tips

◇『風雷暴』

 風牙流、七の技。

 八尺瓊勾玉を故意に暴走させることでエネルギーを広範囲に波及させる。暴風と雷を広げ、周囲に激甚な被害を与える。一方で、自身にも大きなダメージが入る、諸刃の剣。

 身勝手な怒りに身を任せ、衝動のままに周囲を傷つける。自分すらもその中に。


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