第483話「相性の良い相手」

 海上高速航行モードに変形した“輝月”が水面を切るようにして走る。

 まだ朝の早い時間だというのに、ワダツミ近海には大小さまざまな船が浮かんでいて、釣りや狩りに精を出していた。


「俺ものんびり釣りがしたいなぁ」


 釣り糸を垂らし、船の上のチェアに身を任せている釣り人を見つけて、思わず羨望の眼差しを送ってしまう。

 俺もあれくらいゆったりとした時間を過ごしてみたい。


「昨日散々釣ったじゃないですか」


 レティがカメラ越しにこちらを見て言う。


「あれの何処がのんびりなんだよ」


 確かに昨日も釣りはした。

 したが、そもそもあれを釣りとは認めたくない。

 溶岩湖で自分よりも何倍も大きなウナギっぽい竜を釣り上げるのは、全くもってスローライフとは言えないはずだ。


「にゃあ。そういえば、昨日の特大うな重も早速出回ってるみたいだねぇ」


 甲板で日に当たっていたケット・Cがヒゲを震わせて立ち上がる。

 特大うな重は溶岩湖に棲むラーヴェイクを使う、もはやうな重の定義から首を傾げてしまう代物だ。

 当然、その食材を入手するのはかなり難しいはずだが、すでに俺たち以外にも釣り上げた猛者がいたらしい。


「今朝、〈アマツマラ〉の市場マーケットに数量限定で並んでおったな。1つ50kくらいしていた」


 狙撃銃を磨いていたMk3の言葉に思わず目を丸くする。

 いかに大きいとはいえ、あのうな重が1つで5万ビットとは。

 ラーヴェイク一体から20個分程度の肉は採れるし、二重の意味でうまいじゃないか。


「希少性が高いのと、調理難易度が高いのもあるけど、一番はその飯バフだろうね。黄将の討伐にはほとんど必須みたいだし」


 値段の理由を説明してくれたのは子子子だった。

 ラーヴェイクが生息し、黄将ゲイルヴォールが鎮座するあの溶岩湖は、通常の冷却バフだけでは抑えきれないほどの暑さだ。

 俺たちもあのうな重を食べなければ凌げなかっただろう。


「それじゃあ、黄将の討伐も盛んになってるのか」

「盛んも盛んよ。ポップ条件が四将の討伐なんだけど、もうずっとリスキルされ続けてるわ」


 掲示板を見ていたエイミーが顔を上げる。

 溶岩湖に座する黄将は、ワダツミ近海の四方にいる四将を全て討伐することでポップする。

そのため、今はどの将も哀れなことになっているらしい。


「四将のポップ地点に船団が集まって、リポップした瞬間にHPギリギリまで削るのよ。四体全部が瀕死にできたら、TELLで合図をして一気に倒すんだって」

「怖いこと考えるなぁ……」


 たしかに、四将は他の将が倒されるたびに力を増すが、力を増した瞬間に倒されてしまえば意味は無い。

 古式ゆかしい方法といえばそうなのだが、調査開拓員という存在は時に容赦がない。


「四将討伐でも、ドロップアイテムを売れば良い稼ぎになるみたいですね。むしろ、黄将に挑むよりも安定してるので人気があるみたいです。ほら、丁度あそこですね」


 そう言ってトーカが甲板から指を伸ばす。

 その先には大型の船艦がいくつも並んでおり、一点に向かって大筒の砲門を向けていた。

 船の甲板では詠唱を始めた機術師たちがずらりと並び、銃や弓を構えた戦士たちも立っている。


「お、タイミング良いですね」


 レティがぴこんと耳を伸ばす。

 彼女の視線の先で、海面が大きく膨らんだ。

 現れたのは巨大なコイのような原生生物、“白将のオニシキ”だ。

 彼が特徴的な額の角を水面上に出した瞬間、取り囲んでいた火砲が轟き、機術が炸裂する。


「白完了!」

「白完了よし!」

「白よし!」

「黒、赤よし!」

「黒赤ヨシ!」

「青よし!」

「青ヨシ! とどめー刺せ!」


 数秒の間が空き、二度目の一斉攻撃が放たれる。

 ギリギリまでHPを減らされた“白将のオニシキ”は、たったの30秒足らずで白い腹を浮かせた。

 きっと、ここだけではなく、他の三海域でも同じようなことが行われているのだろう。


「本当に恐ろしいのは人間の業かも知れないなぁ」

「レティたちは機械人形ですけどねぇ」


 ぷかぷかと浮かぶオニシキの体に登り、解体ナイフを突き立てる解体師の姿を尻目に、俺たちは更に奥の海へと進む。

 遠く後方にある〈オノコロ高地〉の方から、細い一条の光線が空に向かって放たれた。


「それで、レッジさん。この奥に何が待ってるんですか?」

「新しいネームドだよ。例によって詳細は知らされなかったけどな」


 新たな名持ちネームド原生生物エネミーが開拓の進行を阻んでいる、というのがウェイドからの通報だった。

 しかし、俺たちが知らない情報までを彼女が教えることはできないため、それ以上のことはほとんど何も聞けていない。


「まあ、たぶん魚だろ。それらしいのが出てきたら対処を頼んだぞ」

「任せて下さいよ。どんな魚が出てきても、綺麗に大名下ろしにしてみせますからね」

「頭ぶった切ってるじゃないか……」


 レティのハンマーではできても肉叩きくらいではないか、と思ったが身の安全のため言わないでおく。

 そうこうしているうちに、俺たちを乗せた“輝月”はウェイドから示された座標近くまでやってきた。

 〈剣魚の碧海〉は近海こそ魚型の原生生物で賑やかだが、遠洋へ向かうほどに魚影も疎らになり、穏やかな濃い青が広がるだけの単調な風景が続く。

 ウェイドの示した座標に到着しても、何か目につくような物は見当たらない。


「ほんとにここなんですか?」

「何にもないねぇ」


 甲板や“輝月”の額から周囲を見渡すレティとラクトも、それらしい影を見つけることはできないようだ。

「むぅ。出てきさえしてくれれば、レティがぶっ叩くんですが……」


 物騒なことを言いながら水面を睨むレティ。

 そんな彼女の願いが通じたのか、突然“輝月”の足下から細かな泡がふつふつと浮かびだした。


「レッジ、何か来てるよ!」

「何!? 魚群レーダーには何にも……」


 いち早く気がついたのはラクトだった。

 レーダーばかり注視していた俺は反応が遅れる。


「来ましたね!」

「雪月花の錆にしてやりましょう」


 レティたちは一瞬で意識を切り替え、得物を構える。

 ラクトがアーツの詠唱を始め、エイミーが盾を構える。

 その時だった。


「うわああっ!?」


 白い水柱が“輝月”を包み込んで吹き上がる。

 バシャバシャと跳ねる銀色の小さな影。

 陽光をギラギラと反射させる、流線型の魚。


「な、なんですかコレ!?」


 現れたのは大規模な小魚の大群だった。

 水面下から一気に飛び出してきたそれは、散々“輝月”のボディに傷をつけ、瞬く間に消えてしまった。

 びしょびしょに濡れたレティたちは甲板にへたり込み、唖然として口を半開きにしている。


「なんとか鑑定はできたわ。“千鱗のカンノン”――ネームドエネミーね」


 防御に徹していたエイミーが咄嗟に『生物鑑定』を使ってくれたおかげで、敵の正体が露わになる。


「つまり、こいつら……」

「群れ全体で一つのエネミーってことよ」


 エイミーは軽く言い切るが、これはなかなか厄介だ。

 今日の主戦力のうち、レティ、トーカ、エイミー、Mk3は一対一の戦いに利がある反面、多数を相手取るのは苦手としている。

 “千鱗のカンノン”など、特に相性の悪い存在だろう。


「うぎぎ……。いや、でも千回叩けばレティだって」

「素直に認めた方がいいですよ。これは分が悪いです」


 トーカがこちらへ視線を向ける。

 一旦退いて、体勢を立て直そうと言いたいのだろう。

 しかし、俺は彼女の提案に反対する。


「レティ、“輝月”を任せていいか?」

「はえっ!? ま、まあ〈操縦〉スキルは足りてると思いますが……」


 突然のことに驚きつつも、レティは頷いてくれた。

 自由に動かすのにはコツがいるが、海に浮かべておくだけなら、彼女でもできるはずだ。

 そうすれば、俺がコックピットから離れられる。


「対群体なら、俺が出ないわけにはいかないだろ」


 槍を手に取り、口元を緩ませる。

 “ブラストフィン”シリーズの“荒波を割く者”も、ここなら十全に活かすことができる。

 なにより、我が〈風牙流〉はこういう時にこそ最も輝く流派だ。


「ほら、白月も行くぞ」


 コックピットの床で寝ていた白月を起こす。

 小さな牡鹿は鼻先を押しつけて抗議するが、俺はそれを軽くあしらう。


「たまには体を動かさないと、鈍っちまうからな」


 そう言って俺は“輝月”の甲板へと飛び出した。


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Tips

◇荒波を裂く者

 ブラストフィンシリーズを全て装備した際に付与されるシリーズバフ。

 水辺、水中フィールドにいる場合に限り効果が発動する。物理攻撃力、機術攻撃力、物理防御力、機術防御力、陸上移動速度+15。水中移動速度+40。水棲原生生物に対する威圧効果上昇。

 海を翔る鮫の力。母なる海の加護。漲る水は迸る力となって、何よりも速く泳ぎ、敵を裂く。


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