第482話「飛び出せ輝月」
〈万夜の宴〉の2日目が始まった。
俺がFPOにログインし、ウェイドにある〈ダマスカス組合〉の工房を訪れると、そこには見違えるほど綺麗になった“輝月”が佇んでいた。
「おお、凄いな……」
「来たな。駆動系も全部バラして組み直してる。今日一日は持つはずだ」
甘ったるい紫煙をふかしながらクロウリがやってきて、俺の隣に立つ。
初日から飛ばしてあちこちが損傷していた“輝月”を、彼らは一晩で完璧に修理してくれた。
「エネルギーの配送効率も一割くらいは上がってる。装甲に防水皮膜処理をしたから、海の上走っても昨日ほどのことにはならねぇはずだ」
「本当に助かるよ」
更に彼らはただ修理するだけではなく、初日の損傷を基に改良も施してくれていた。
“輝月”を引き渡す時に、一緒に運転していて感じた改善点を知らせたのだが、それらも全て解消されている。
「こっちも実地検証で遠慮なくいじめてくれるから、データが集まってんだ。技術班と情報解析班が泣いて喜んでるよ」
「そりゃ良かった」
くつくつと笑う仲間想いなクロウリと他愛もない話に花を咲かせていると、工房に新たな客がやってくる。
「おはようございます! 今日も一日頑張りましょう」
「おはよう、レティ。トーカたちも、朝早くからありがとうな」
やって来たのはレティたち〈白鹿庵〉の皆だ。
一夜明けて、疲れも消し飛んだ様子で彼女たちはやる気を漲らせている。
「にゃあ。“輝月”も随分綺麗になったねぇ」
「ま、わたしのハクオウには負けるけどね」
「動物と機械を比べるでないわ」
レティたちの後ろから、賑やかな声がする。
そちらに目を向ければ、揃いの黒い長靴を履いた猫型ライカンスロープの3人が耳を立てて手を振った。
「ケットたち、今日もよろしく頼む」
「いいよいいよ。こっちが好きでついてってるだけだからにゃあ」
待ち合わせ場所にしていた工房に、今日のドリームチームが集結した。
俺はクロウリに声をかけ、早速修理を終えたばかりの“輝月”へ乗り込んだ。
『レッジ、早朝に申し訳ないですが……』
丁度その時、ウェイドから通信が入る。
早速出動の要請だ。
「大門を開けろ! 物資の搬入は終わってるな。ロック解放、ケーブル分離だ」
クロウリの号令で、“輝月”を固定していたロックが外れ、ケーブルが切断される。
工房の一面に取り付けられた大きな扉がゆっくりと開き、〈ウェイド〉の瀟洒な町並みが現れる。
「レッジさん、どこへ向かうんですか?」
「西の海だ。オニシキのいた海域よりも奥に、別のネームドがいたらしい」
「と言うことは、また崖を飛び下りるんですね……」
レティがそういって眉を下げた。
“輝月”のエンジンが動き出し、全身にエネルギーが回る。
工房の扉が開ききったのを確認して、俺はアクセルを前回にして飛び出した。
「今日はヒューラちゃんがいないけど、崖下まで行けるの?」
昨日は崖下へ降りる際、エイミーとヒューラが手伝ってくれた。
今日はヒューラたち〈
「クロウリと相談してる。新しい装備があるから、エイミーもゆっくりしてていいぞ」
「そう? ならお言葉に甘えて、コーヒーでも飲んでるわ」
“輝月”が瀑布の下層に広がる森の中を走る。
途中、木を切り倒していた木こりや獣を追っていた狩人に手を振られた。
一日経って、“輝月”も随分有名になったようだ。
「レッジ、そろそろ崖際だよ」
「了解。みんな、適当なところに掴まっとけよ」
“輝月”の角の間に座っていたラクトが声を上げる。
それを受けて、俺は操作盤に手を伸ばした。
「飛ぶぞっ!」
軽快に森の中を駆けていた“輝月”が強く地面を蹴る。
切り立った崖を飛び出し、眼下の地面が急に遠のく。
飛翔能力を持たない“輝月”は重力に絡め取られ、そのまま自由落下を始めた。
「レッジさん!? 手があるんじゃないんですか!?」
「ふ、普通に落ちてますけど!」
落ちる鹿の背の上で、レティたちが非難してくる。
もう少し信頼して欲しいのだが……。
「大丈夫だって」
「でもかなり勢いついてますけど!」
「いけるいける」
「え、エイミー、優雅にコーヒー飲んでる場合じゃないですよ。レッジさんがとち狂ってしまいましたよ!」
レティがコーヒーカップを傾けていたエイミーの服をぐいぐいと引っ張る。
その間にも“輝月”は落ち続け、霧森の濃い緑が近づいてくる。
「レティ、衝撃に備えろ」
「へ?」
スイッチを押す。
瞬間、“輝月”の四本の脚に仕込まれた機構が動き出す。
「バックジェット!」
吹き出す青い炎。
衝撃波が霧森の木々を薙ぎ倒す。
反動はコックピットの俺にも伝わり、落下に逆らうエネルギーが一瞬の浮遊感を生む。
「ジェット停止。エネルギーパック、パージ」
今朝クロウリから渡されたばかりのマニュアルを確認しながら、一連の操作を進めていく。
強力な下方向へ向けた噴射は“輝月”の落下エネルギーをほとんど相殺し、地面に到達する直前で内蔵されたエネルギーを全て使い切った。
脚部に増設されていた大きなパックが分離され、森の中へ落とされる。
遅れて、“輝月”自身も安全に着地した。
「ほら、いけたろ」
「お、おお……。ほんとにいけましたね……」
床に倒れているレティに声を掛けると、彼女は信じられないと目を丸くして、飛び下りてきた崖を見上げる。
昨日、レティが乗った飛行型〈カグツチ〉で得られたデータを基に、〈ダマスカス組合〉の技術班が一晩でやってくれたのだ。
本当に、彼ら職人には頭が上がらない。
「パージしたエネルギーパックは組合が回収してくれる手筈になってる。俺たちは海に向かうぞ」
「そ、そうですね。うん、行きましょう!」
レティもようやく現実を受け入れられたようで、元気を取り戻す。
俺たちを乗せた“輝月”は、海に向かって走り出した。
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◇ななしの調査隊員
〈万夜の宴〉2日目朝の順位です。
1位・ホムスビ
2位・アマツマラ
3位・ワダツミ
4位・スサノオ
5位・キヨウ
6位・サカオ
7位・ウェイド
◇ななしの調査隊員
また結構変わったな
◇ななしの調査隊員
俺が寝てる間にアマツマラちゃんがぐいぐい追い上げてる
◇ななしの調査隊員
ホムスビちゃんもだいぶのびてんな
◇ななしの調査隊員
おっさんに続いて黄将に挑もうとしたプレイヤーが多いんだろうな。洞窟通っていくのが面倒だから、砂浜から入った奴も多いから、それはアマツマラの得点になってるんだろう
◇ななしの調査隊員
ウェイドちゃん最下位とかマジかよ
見る目ないなお前ら
◇ななしの調査隊員
キヨウちゃんが5位になってんのは木こりのおっさんのせいか?
◇ななしの調査隊員
木こりのおっさん途中の休憩でログアウトする以外ずっとやってるもんな
ある意味バケもんだよ
◇ななしの調査隊員
このゲームのおっさんはそんなんばっかりかよ
◇ななしの調査隊員
それは偏見過ぎる
◇ななしの調査隊員
良いおっさんもいるんですよ!
◇ななしの調査隊員
キヨウちゃんは今日でかなり順位上げると思う。呪術系のプレイヤーがかなり本気だしてそうだし。
◇ななしの調査隊員
さっき〈ウェイド〉から輝月がでてたな
◇ななしの調査隊員
おっさんも出勤か
◇ななしの調査隊員
お勤めご苦労様です
◇ななしの調査隊員
今回のおっさんは何してんの?
◇ななしの調査隊員
管理者からのSOS受けて出動してる
キミも危険が危なくなったら管轄の管理者に連絡だ
◇ななしの調査隊員
おっさんが出動したのは多分海の方だな
白将の奥に別のネームドがいて、一瞬で消し飛ばされちまった
◇ななしの調査隊員
通報したのお前かよ
◇ななしの調査隊員
四将を倒したことで安全な航路が発見されたとは一体・・・
◇ななしの調査隊員
安全(安全とは言ってない)
◇ななしの調査隊員
この星に安全な場所なんてあるわけないんだよなぁ
◇ななしの調査隊員
外は怖いなぁ。戸締まりしとこ・・・
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T-1:要注意調査開拓員個体(PoI)の起動を確認しました。
T-2:地上前衛拠点シード02-スサノオを出発。〈剣魚の碧海〉西方へ向かっている模様。
T-3:PoIの監視を続行します。
T-2:賛成。
T-1:賛成。
T-1:PoIがフィールド環境を激甚に破壊しています。処罰を検討する必要があります。
T-2:反対。PoIの行動は環境再生力の適応範囲内です。
T-3:反対。PoIの行動は管理者の要請によるものであり、正当性が十分に確認されます。
T-1:PoIの処罰に関する担当者の選出を要請します。
T-1:T-1
T-2:T-2
T-3:T-3
『デッドロックを確認』
『投票を初期化します』
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Tips
◇特大型BB式落下緩衝バックジェット
超大型機械獣“輝月”の四足に増設可能な、専用装備。下方向へ向けた強力なブルーブラストエネルギー方式のジェット噴射により、高所からの落下エネルギーを相殺し、安全な着陸を可能とする。
“輝月”の重量を長時間継続的に受けることはできず、よって飛行はできない。また、短時間に大量のBBエネルギーを使用するため、専用のエネルギーパックを増設する必要がある。
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