第11章【愛を知るために】

第481話「夜の作業場」

 俺が主催する開拓者企画ユーザーイベント〈万夜の宴〉の初日が終了した。

 一日目終了時点での人気順一位はホムスビに確定したが、他の六人も僅差で彼女に迫っている。

 全体としてみても各地で生産や攻略の活動が活性化し、結果的に領域拡張プロトコルは大きく躍進した。

 ただのユーザーイベントでこの成果は目を見張るものがあり、開拓司令船アマテラスに座する〈タカマガハラ〉に対しても、大きな衝撃を与えることになるだろう。


「――と、ウェイドからのお言葉だ」

「いいじゃないですか。順風満帆、快調な走り出しだと思いますよ」


 レティはそう言って、満足そうに目を細めた。

 夜も更けるこの頃、俺とレティは〈鋼蟹の砂浜〉に置き去りにしていた“輝月”を回収するため二人で赴いていた。

 トーカたち他のメンバーは粗方がすでにログアウトし、アストラとアイも騎士団の方へ顔を出している。

 今日一日、ドリームチームのメンバーには非常に助けて貰ったが、もともと彼らは非常に忙しい身の上なのだ。


「明日からはどう行動するんですか? レティは暇なので一日参加できると思いますけど」

「騎士団と〈七人の賢者セブンスセージ〉のみんなは不参加だからな。今日みたいに強引な進行はできなくなる」


 ドリームチームとして協力を要請したものの、彼らが毎日揃うわけではない。

 特にアストラとアイは騎士団の団長と副団長という役職もあり、そちらに手を割く必要がある。

 銀翼の団が二人の代わりを務めてくれているとはいえ、彼らだけでは足りない部分が出てくるのも事実だった。


「そういうわけで明日はBBCの皆と行動だ」

「なら、あんまりキッチリ計画を立てる必要はないですね。ケットさんたちですし」

「ケットたちだからな」


 自由人な彼らのことだ。

 計画を立てたところで目的地とは正反対の場所へ足を向ける可能性も十分にあった。

 一夜明けて朝になれば途中結果の順位が変わっているかもしれない。

 それによっても方針は変わるだろうし、今はあまり深く考えることもない。


「ひとまず、明日の事より今日の事だな」

「今日のこと?」


 レティがきょとんとして首を傾げる。

 四将と黄将を倒し、ミニライブも終え、一日をやり切ったと思っているらしい。


「こいつも随分働いたし、これからも働いて貰わないといけないからな。クロウリの所へ持っていって、メンテしてやるんだ」


 そう言って、手に持ったライトを上方に向ける。

 暗闇の中に浮かび上がる白い影――輝月はその名の通り、夜空に浮かぶ月のように現れた。

 腹部のコンテナがない分すっきりとして見えるが、それでも十分巨大で重量感のある姿だ。


「メンテナンスですか。なかなか大変なのでは?」

「まあな。でも、そこまで含めて手間賃渡してるんだ」


 早速、輝月に乗り込み、エンジンを起動する。

 ゆっくりと青白い光が白い牡鹿の全身に浸透し、力を漲らせていく。


「あれ、でもレッジさん。輝月って高地の崖を登れるんですか? 洞窟経由で行くわけにもいかないでしょうし」


 輝月の背に乗ったレティがはたと気がつく。

 巨大で重量もある輝月を〈オノコロ高地〉の上へ持っていくのは、高地から飛び下りるよりも難しい。

 しかし、当然そこも考えている。

 俺は輝月を走らせ、〈ウェイド〉側にある土蜘蛛ロープウェーの終端まで移動した。


 コックピットから出て、輝月の背に向かう。

 レティの側には、青いバンダナを頭に巻いた筋肉質な男が立っていた。


「よう、スパナ。よろしく頼む」

「おう。まかせろ」


 大型のライトで周囲を照らすロープウェーの近くには、職人風のプレイヤーが沢山集結していた。

 彼らは暗闇に浮かび上がる輝月の姿を見て、それぞれに声を漏らす。


「ほら、ぼさっとしてる暇はないぞ! クレーンの準備を始めろ!」


 それを指揮するのは、〈ダマスカス組合〉建築課主任のスパナだ。

 彼の声を受けて職人たちが早速動き出す。

 霧森の木の幹よりも太そうなワイヤーの束が崖の上から垂らされ、それが輝月の各所に接続されていく。

 反射材の付いたオレンジ色のジャケットと黄色いヘルメットを着けたプレイヤーたちが、互いに声をかけながら作業を進めていく。


「なんだか物々しいですね」

「これだけの重量物を上に持っていくんだ。それなりに大変なんだよ」


 輝月は重い。

 強靱なワイヤーを使っている土蜘蛛でも、その重量を持ち上げて運ぶことはできない。

 だからわざわざここに、専用の巨大クレーンを設置してもらったのだ。


「随分大がかりですねぇ。ジェットでぱぱっと飛べないんですか?」

「航空技術はまだまだクロウリたちも研究中だからな。輝月に積めるようなものはまだない」


 警告音が鳴り響く中、大きな鈎の付いたワイヤーが降りてくる。

 それが輝月の首根っこを掴むと、すぐに作業員がやってきてしっかりと接続されているか確認する。

 ワイヤーの接続作業が行われている間に、メモ帳を携えたプレイヤーが輝月の各所を入念に確認していく。

 メンテナンスに入ったらすぐに作業を行えるよう、今のうちにある程度の状況を把握しているのだろう。

 スパナが指揮する職人団は一瞬の暇もなく動き続け、迅速に作業を進めていた。


「全く、随分と厄介なモノを持ってきたな」


 指示が一段落ついたのか、スパナがこちらに恨みがましい目を向けてくる。


「初期構想は俺だが、設計と開発はそっちのお偉いさんだぞ」

「アンタも後ろから茶々入れてたじゃねえか」


 輝月は〈ダマスカス組合〉の設計課、機械課、機獣課、クロウリ、それとネヴァが協力して開発、製造された。

 俺はちょっと監修した程度にすぎない。

 しかし、スパナは自分に仕事が回ってきた原因が俺にあると思っているらしい。


「面倒だったか?」

「いやいや。こういうのが楽しいから建築課の主任なんて堅苦しい肩書き貰ってんだ」


 そう言ってスパナは笑う。

 大瀑布の階段や〈ワダツミ〉の飛行場など、彼の指揮で作られたフィールド上の建築物は多い。

 それらに関して言えば、彼ほどのスペシャリストもいないだろう。

 本人もその自負はあるようで、このクレーンの案件を持ち込んだ時も二つ返事で引き受けてくれた。


「そら、準備も終わったみたいだな」


 そうこうしているうちに職人たちが輝月に乗り込んでくる。

 これから崖上に引っ張り上げられる輝月と一緒に、彼らも帰るのだ。


「持ち上げ開始だ」


 スパナの指示で、崖上にいるクレーンの操縦手が動く。

 輝月と接続されたワイヤーが緊張し、やがてゆっくりと白い体が浮かぶ。

 連続するアラームの音と共に、輝月はゆっくりと崖上に向けて移動を始めた。




 崖際に設置された巨大なクレーンによって高地の上に運ばれた輝月は、そのまま〈ウェイド〉にある〈ダマスカス組合〉の大型工房へと運び込まれた。

 そこには歴戦の機械工たちが腕まくりして待ち構えており、早速作業が始められた。


「また一日で随分と消耗したな」


 至る所でバチバチと火花が上がり、電動ドリルやサンダーの音が鳴る。

 作業に没頭する職人たちに目をやりながら、フェアリーの青年クロウリはしみじみと言った。


「崖を飛び下りて、海を駆け回ってたからな」

「初日は慣らし運転に徹しろって言わなかったか?」


 トレードマークの黄色いヘルメットの下から、じっとりとした目が向く。


「聞いてないな。そもそも、管理者からの要請に応えただけだ」

「はっ。勤勉だねぇ」


 勤勉さで言えば、わざわざこんな夜更けにメンテナンスをしてくれる彼らの方がそうだろう。

 塩水や四将たちからの攻撃の余波で輝月は確実に損耗しているが、彼らは一見すると特に問題のないエンジンなどもしっかりと確認してくれていた。


「組長、なんか、ここの装甲がめちゃくちゃ凹んでますぜ」

「おお? ほんとだな。レッジ、何か轢いたか?」

「うん? ……ああ、砂漠でアルドベストを轢いたな」


 序盤の出来事で忘れかけていたが、高地を飛び下りる前にアルドベストを轢いていた。

 そのせいで輝月の前脚の装甲が大きく凹んでいるようだ。

 クロウリは大きくため息を吐き出すと、剣呑な顔になる。


「もうちょっと安全運転してくれよ」

「すまんね。急いでたんだ」


 凹んだ装甲は即座に取り外され、スペアパーツに換えられる。

 数人がかりの作業も手際よく進められ、輝月はみるみるうちに元の輝きを取り戻していった。


「そういえば、ジェット〈カグツチ〉にも助けられたよ」

「こっちも良いデータが取れた。コンテナ抱えて飛ぶくらいの安定性が確認できたのは棚ぼただったな」


 忙しない作業風景を見ながら、雪山でのことを話す。

 クロウリが新型の〈カグツチ〉を持ってきてくれなければ、俺はコンテナ諸共墜落しているところだった。


「飛行技術の研究も進めてるのか?」

「当然。ちゃんと間に合わせるつもりだよ」


 クロウリがヘルメットを押し上げる。

 彼は細長い煙草を咥え、ふわりと紫煙を吐き出した。


「期待してるよ」


 俺はそう言って、むせ返るような甘ったるいグレープの香りを手で払いのけた。


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Tips

◇特大型野外設置式起重機

 〈ダマスカス組合〉建築課によって設置された、大型のクレーン。直径5ミリメートルの炭素繊維ワイヤー127本を束ねたケーブル九本を同時に扱うことで、大型大重量の物体を安定的に持ち上げることが可能。

 操縦には高い〈操縦〉技術が必要となる。


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