第479話「そして飛べ」
雪を蹴散らして斜面を下る“鉄百足”の上に乗ったまま、俺は急いで八咫鏡を操作する。
開くのはフレンドリスト。
そこにある特別回線。
「あー、もしもし。アマツマラ?」
『おう、レッジか。さっきの噴火は何だったんだ?』
ワンコールもしないうちに相手が受話器を取ってくれた。
流石は管理者だ。
「それはまあ、おいおい。今はちょっと時間がなくてな」
『なんだ? 地下の震源をぶっ倒したんじゃねェのか?』
「一応倒したよ。それはログでも確認してる」
黄金龍――正式名称は“黄龍ゲイルヴォール”と言うらしいが――は、無事に討伐できている。
解体こそできなかったものの、その討伐ログはミカゲが確認してくれていた。
『なんか嫌な予感がするなァ。……レッジ、今どこにいるんだ?』
流石は高性能な管理者だ。
すぐに何かを察してくれた様子で、剣呑な口調になる。
「〈アマツマラ〉の上だ。ていうか、現在地は分かるだろ」
『〈アマツマラ〉の上……。これ、この速度、おま、まさか……!』
アマツマラが声を震わせる。
彼女には本当に申し訳ないが、そのまさかだ。
「一応、心づもりだけはしといてくれ」
『何回突っ込めば気が済むんだお前は!? ていうかそろそろブレーキを考えろっ!』
「大丈夫だ。ちゃんと考えてる」
『ならなんでわざわざ忠告するんだよ!』
「……ブレーキが効かない場合もある程度考えられるからな」
『ぶっつけ本番をするんじゃねェッ!』
耳元に響く絶叫に思わず顔を顰める。
しかし、伝えたいことは無事に話せた。
今は一刻を争う事態と考えて、申し訳ないが回線を閉じさせて貰う。
『あ、ちょ、レッジ待ておま――』
ブチッと断末魔を上げて回線が切断される。
俺は再び“鉄百足”の進む先へと意識を向けて、これから始める減速について説明する。
「とりあえず、ラクト。進路は〈アマツマラ〉から外して、斜面に対して直角になるように曲げてくれ」
「当然。流石に〈アマツマラ〉には突っ込みたくないよ」
ラクトは今もアーツを継続して、氷のレーンを作ってくれている。
これが無くなれば、本当に“鉄百足”の制御はできなくなるため、ラクトにはもう少し頑張って貰わねばならない。
「エイミーとヒューラは“鉄百足”の進路上に、薄い障壁をできるだけ沢山作ってくれ。それを緩衝材にする」
「了解。早速やっちゃっていい?」
「……任せて」
防御機術師が二人も乗っていたのは僥倖だった。
彼女たちが“鉄百足”の進路上に、半透明の四角い障壁を連ねていく。
障壁が硬すぎれば“鉄百足”が氷のレーンを飛び出して横転してしまい、柔らかすぎれば減速効果が得られない。
二人にはギリギリのラインを探って貰う必要があった。
飴細工のような薄い壁を“鉄百足”が次々に砕いていく。
飛び散る破片が月光を反射させて、見ている分には綺麗なものだ。
「あとはミカゲの糸で絡めて貰えれば良かったんだが……」
「流石に厳しいですね」
ミカゲは今、“厄呪”によって瀕死の状態だ。
とても動ける状況ではない。
「――しかたない」
「レッジさん? 何をやるつもりですか?」
覚悟を決めて、“鉄百足”の先端に立つ。
そんな俺をレティが訝しげに見る。
まるで容疑者を疑う名探偵のような目つきだが、べつに悪いことはしない。
彼女を安心させるため、俺はニコニコと精一杯の笑みを浮かべた。
「まあ、見ててくれ。滑ってるのがテントなら、止めるのもテントってことだ」
俺はミカゲの治療を続けているエプロンに向かって叫ぶ。
「エプロン! 10秒だけテントの効果が消える。その間だけミカゲの命を任せてもいいか?」
「10秒!? ……分かった。やってあげるわ」
短いようで長い時間だ。
それでもエプロンは〈
本当に、心強い。
「『野営地設置』――“浮蜘蛛”ッ!」
“鉄百足”の前に立ちはだかるように、巨大な鋼鉄の蜘蛛が立ち上がる。
背には三角形のテントを乗せて、八匹の小蜘蛛が張った糸によって支えられている。
「衝撃に耐えろよ!」
「きゃっ!?」
“浮蜘蛛”は体を地面に対して垂直に立てて、腹に抱えるようにして“鉄百足”を掴む。
ガリガリと氷と雪を削りながら、後ろの脚二本を地面に突き刺す。
それと同時に、左右に四匹ずつ小蜘蛛を放ち、強靱なワイヤーを使ってアンカーとして利用する。
「うぐぐ、耐久値がみるみる削れるな……ッ!」
背中にエイミーとヒューラの障壁を受け、腹部からは“鉄百足”が頭を押しつけてくる。
板挟みになった“浮蜘蛛”は、みるみるとその耐久度を減らしていく。
「“浮蜘蛛”はもともと高速機動テントってコンセプトで作ったものよ。あんなことしてたら、“鉄百足”が止まる前に壊れちゃうわ」
製作者のネヴァが、瞬く間に傷を増やしていく“浮蜘蛛”を見て悲鳴を上げる。
明らかに説明書には記載されていない使い方だ。
これでぶっ壊れても、保証は効かないだろう。
それでもやらなければならない。
「ネヴァ!」
必死に“浮蜘蛛”を繰りながら、ネヴァを呼ぶ。
地形は次々に変わり、景色は後ろへと流れていく。
ガリガリと削る雪の下には岩も転がっており、それに当たれば大きな傷や凹みができてしまう。
最悪、小蜘蛛と親蜘蛛を繋ぐワイヤーが切れる可能性もあった。
「ネヴァ、“浮蜘蛛”を修理してくれ」
「はあ!?」
俺の要請に、ネヴァは目を丸くする。
今も壊れ続けている“浮蜘蛛”を、高速で滑り続ける“鉄百足”の上から修理する。
無茶なことを言っているのは百も承知だが、急速に削れていく“浮蜘蛛”の耐久値を見ていれば、それしか方法がないことも分かってしまう。
「ネヴァ、頼む」
「……分かったわよ。レティちゃん、トーカちゃん、私の体を支えててちょうだい」
ネヴァが覚悟を決めてくれる。
レティとトーカが足を掴んだのを見て、彼女は“浮蜘蛛”の方へ身を乗り出した。
「はぁ。生産職なら平和だと思ってたんだけどなぁ」
「残念ながら、このチームに入った時点でそれは幻想だよ」
「幻想を打ち砕いた本人が言わないでよ」
皮肉を投げながら、ネヴァはインベントリからレンチを取り出す。
機械類を修理するために必要な道具だ。
「『応急修理』しかできないわよ」
「十分だ」
ネヴァはレンチ一つでできる『応急修理』だけで勝負しなければならなかった。
「パズルはあんまり得意じゃないんだけどなぁ」
ぼやきながら、ネヴァがテクニックを発動させる。
FPOにおいて釣りがルーレットになっているように、修理という行動も簡単なゲームに置き換えられている。
パネルをスライドさせて位置を入れ替えていく、パズルがそれだ。
ネヴァは真剣な表情で、ウィンドウに表示されたパズルを解いていく。
解くほどに耐久値が僅かに回復し、“浮蜘蛛”の寿命も延びていく。
「レッジ、ワイヤーは?」
「四番コンテナだ。レティ、すまんが持ってきてくれないか?」
パズルを解き続ければ無限に修理ができるわけではない。
修理には当然、損傷した部位と同じパーツを消費しなければならなかった。
「うぇええ!? わ、分かりました。ちょっと待ってて――」
「持ってきたよ! とりあえず機械っぽいパーツ全部纏めてだけどにゃあ」
突然の指示にも関わらず立ち上がったレティの背後に、三つの人影が現れる。
彼らは肩にワイヤーの束を掛けて、インベントリにも四番コンテナに詰め込んでいた機械パーツを手当たり次第詰め込んで持ってきてくれたようだ。
「ケット! 助かるよ」
「にゃあ。やることなくて暇だったし、いいってことにゃ」
ちょいちょいとヒゲを撫で、ケット・Cがワイヤーをネヴァに投げる。
ネヴァはそれを後ろ手に掴んで、早速切れかかっていた小蜘蛛のワイヤーを修理した。
「レッジさん、〈アマツマラ〉が見えてきましたよ!」
「思ったより速度が落ちてないな。もうちょい負荷掛けるぞ!」
“浮蜘蛛”の出力を上げる。
雪が吹き上げられ、砕けた障壁の欠片と共に空を舞う。
「あれ? ちょ、ちょっとレッジさん……」
「なんだ、レティ」
前方を見張っていたレティが狼狽える。
彼女の反応に違和感を覚えて、俺も前方へ視線を向ける。
暗いゲレンデに、ライトがキラキラと輝いている。
「……なんか、特設ステージ的なのないか?」
「なんか特設ステージ的なのありますよ!?」
ゲレンデの真ん中に、仮設らしい鉄パイプを組んだステージが作られている。
すでにその周囲には多くのプレイヤーが集まっていて、賑やかだ。
「もしもしアマツマラ!」
『あっおいレッジ! 勝手に通信切るんじゃねェよ!』
「それよりも、今回のミニライブどこでやるんだ!」
『ゲレンデのど真ん中だよ! 人がせっかく野外ライブの準備してんのに、そこに突っ込んでくる不審物体があるんだがなァ! なんだろなァ!』
「それを早く言ってくれよ!」
『言う前に切ったのはそっちだろうがァ!』
言い合っていても仕方がない。
現実はリアルに迫っている。
「ラクト!」
「流石に無理! もっと早く気づけてれば良かったんだけど……」
距離が近すぎて、ラクトの氷レーンでも軌道修正が効かない。
もし横転してしまえば、それこそプレイヤーを薙ぎ倒してしまうだろう。
夜で視界が悪いのも状況を悪化させている。
「レッジさん、ステージの前でアマツマラさんが手を振ってくれてますよ」
「歓迎の意思表示だと思うか?」
「だといいなぁ、って思ってます」
アマツマラが必死の形相で両腕を広げているが、あれで止められるほどウチの“鉄百足”は柔じゃない。
「仕方ない、最終手段だ」
残りの距離を概算して、覚悟を決める。
俺はレティ達の方へ向けて声を張り上げて通達した。
「ラクト、レーンは極力真っ直ぐ、平らに。エイミーとヒューラも障壁を解除してくれ。ネヴァも修理を中止だ」
「ちょ、レッジさん!?」
「何を言ってるんですか!?」
どよめく時間はない。
俺は語気を強めて従って貰う。
「俺が合図を出したら、全員“鉄百足”から飛び下りるんだ。そのあと、急いで町の中に入ってミカゲの治療を」
「そ、それじゃあレッジさんは……」
「大丈夫。俺に考えがある」
“浮蜘蛛”から“鉄百足”に乗り移り、蜘蛛をパージする。
ネヴァには申し訳ないが、あれはあとで回収することにしよう。
「白月!」
今の今までのんびりと寝ていた子鹿を呼び寄せる。
長い一日の最後くらい、一仕事してもらわねば。
『レェェエエエッジ! 止まれェェえええええ!』
アマツマラの怒声が聞こえるほど近くなる。
俺はレティたちをじっと見る。
近くなる。
ステージが迫る。
プレイヤーたちもこちらを見ている。
「今だッ!」
声を上げた瞬間、レティたちが左右に飛ぶ。
下は柔らかい雪の地面だ、死ぬことはないだろう。
「白月、『幻惑の霧』だ」
白い牡鹿の体が溶ける。
周囲は氷の結晶、雪の大地だ。
彼は実体を持った霧となって“鉄百足”の前に出る。
氷のレーンを削っていたコンテナの先端が、霧の上に乗る。
そのまま勢いを付けて、上り坂の霧を駆け上る。
「と、飛んだッ!」
「コンテナが空にっ!」
「これがスキージャンプ……」
紫紺の空に白いコンテナが跳び上がる。
霧から戻った白月が、俺の足下へとやってくる。
七つの箱が繋がった“鉄百足”は、真っ直ぐに体を伸ばして、雪山の空を飛びだした。
アマツマラの仮設ステージを飛び越え、更に山麓の方へ。
夜の深まる雪山で、束の間の夜間飛行を楽しむ。
「さて、こっからどうするかね」
プレイヤーやアマツマラを巻き込むことは回避できたが、空に逃げたせいで絶体絶命だ。
このまま落ちれば、間違いなく死ぬ。
生憎と〈受身〉スキルは鍛えていないのだ。
「レッジさーーーーんっ!」
その時、背後から大音量で名前を呼ばれる。
驚いて振り返ると、そこには白い鋼鉄の翼を広げ、青い炎を吹き上げて空を飛ぶ〈カグツチ〉が、両手を広げて迫っていた。
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Tips
◇『応急修理(機械)』
〈機械製作〉スキルレベル10のテクニック。レンチや修理所を用いて、破損した機械を修理する。修理には、様々な機械部品などを消費する。
壊れても、錆びついても、その命は消えない。
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