第478話「足は止まらず」
しもふりの爪が、穴の縁に引っかけられる。
彼は最後の力を振り絞って、七両に減ってしまった“鉄百足”を山頂に運び上げた。
黒色の機体が悲鳴を上げて、ゆっくりと倒れる。
「おつかれさまです、しもふり」
レティは優しい目でそれを見届け、鋼鉄の体を撫でた。
「なんとか、ギリギリ助かったな」
「しもふりがバッテリー切れなんて、久しぶりに見たよ」
峻険な岩山の頂に腰を降ろし、心の底から安堵する。
黄金龍を〈カグツチ〉入りのコンテナで叩き落とした後、俺たちに立ちはだかったのは垂直の壁だった。
しもふりの尽力によってなんとか穴の外に辿り着くことができたが、コンテナをパージしていなければどうなっていたことか。
「ふぅ。久しぶりに疲れたにゃあ」
「弾を撃ち過ぎた。メンテナンスに出さねば」
「ごめんね。流石にあの穴を登れる子は飼ってなくて」
BBCのメンバーも、お互いに背中を預けて座り込んでいる。
ケット・Cでもヒゲを曲げているのだから、随分な激務であったのはよく分かる。
「ふふん。なんとも情けない姿だね。ワシなんかはアーツ打ち放題ですっきりしてるくらいだけど」
ケット・Cたちを見下ろして目を細めるのは、妙に肌を艶々させたメルだ。
彼女は穴を登っている最中にも龍に向かってアーツを打ち込んでいたが、特に疲れている様子はない。
「でももう触媒は空ですよ。ここからどうするんですか?」
メルを諫めるのは、同じ〈
コンテナには大量に触媒を用意していたはずだが、それらもほとんど使い切ってしまったらしい。
アーツは火力があるが、やはりコストが嵩む。
「まずは現在地を確定したいところですが――。まあ、一目瞭然ですね」
「山の頂上。流石に初めて来る場所ですね」
アイが周囲を見渡し、アストラがしみじみと地面を踏みしめる。
周囲には何もない。
眼下には分厚い雲が浮いている。
草木はおろか、雪すらも積もらない、寂しい土地だ。
黄金龍の極大ブレスは、遙か地の底から霊山の頂上までを一直線に貫いていた。
「そう考えると、しもふりもよく踏破してくれたな」
「何千メートルですかね。ほんとに良く頑張ってくれましたよ」
緊張や焦りであまり意識していなかったが、かなり長い距離を、しもふりは登ってくれたようだ。
「しもふりに積んでるバッテリー、特別大容量サイズにしておいて良かったわ」
生みの親であるネヴァも、過去の自分の選択は間違っていなかったと誇らしげだ。
「それで、レッジ。ここからどうするの?」
「下山するよ。一番近いところは〈アマツマラ〉だから、そこを目指す」
「ですが、しもふりが動かなくなってしまった以上、ここからコンテナを動かすのは困難ではないんですか?」
ラクトの問いに答えると、トーカが不安そうに言う。
ミカゲは依然として“厄呪”で瀕死だし、エプロンがそれを治し続けているとはいえ、“鉄百足”のテント効果がなければそれも追いつかない。
「ハクオウも、今度は寒さで無理だと思う。こんなに高いところだと、空気も薄いだろうし」
ごめんね、と子子子が手を合わせる。
原生生物である以上、そこは仕方がない。
ならば、多少無理をする必要があるだろう。
「時間も、ギリギリだな。よし、ラクト」
時計を見て、現在時刻を確認する。
初日のミニライブは逃すわけにはいかないし、急いでこの無駄に背の高い山を駆け下りなければ。
「はい?」
俺がラクトに呼びかけると、彼女は首を傾げた。
「それじゃ、行きますよー」
「ああ。思いっきり頼む」
“鉄百足”の後方に立ったレティが手を挙げる。
俺が答えると、先頭に座るラクトが不安げに眉を寄せた。
「いいのかなぁ。悪い予感しかしないんだけど……」
「これしか方法がないからな。力を貸してくれ」
「レッジが言うなら、いくらでも手伝うけどさ」
レティが鎚を振り上げる。
コンテナに乗ったメルたちが、一斉に身を屈めて衝撃に備える。
「咬砕流――」
「ちょ、レティ!? わざわざ流派技まで使わなくても」
型を決め、発声を始めたレティを見て、トーカが焦る。
しかし、一度行動を始めてしまった彼女は誰にも止められない。
「四の技、『蹴リ墜トス鉄脚』ッ」
ゴン、と鈍い衝撃が“鉄百足”を押し出す。
大砲の弾のように斜面を飛び出したコンテナに、レティも急いで乗り込む。
「ラクト、頼んだぞ!」
「分かったよっ!」
一瞬、空中を滑る“鉄百足”。
その着地点に、ラクトが滑らかな氷のレーンを作る。
コンテナの角が氷を削り、冷たい破片を飛ばしながら滑り出す。
「ひゃっほう! やっぱりスキーは最高だな」
『これはスキーとは言わないでしょっ!』
思わず声を上げると、腰にしがみついていたカミルが負けじと叫ぶ。
前にスキーをしたときは、彼女はいなかったか。
色々な体験をさせてあげるのも主としての務めだ。
「ちゃんと記録しとくんだぞ」
『無茶いわないでよっ!』
そうは言いつつ、彼女はちゃっかりとカメラを録画モードにしていた。
さぞ臨場感のある映像が撮れていることだろう。
「おお、これはなかなか。クセになりそうですね」
「楽しいだろ?」
後方、二両目のコンテナの上に直立したままアストラが楽しげに言葉を零す。
ラクトの氷によってある程度揺れが軽減されているとはいえ、よくこんな高速で滑り落ちている物体の上で何にも掴まらず立っていられるものだ。
「きゃあああっ!」
アストラの後ろにいるアイなど、体の軽いフェアリーであるのもあって、投げ出されないよう必死に団長の足にしがみついている。
うん。どちらかと言えば、こっちの方が自然な反応だ。
「それに比べて、やっぱりエイミーは安定してるな」
「全力で殴るわよ」
一両目に座っているエイミーに率直な感想を漏らすと、拳を向けられた。
そういう意味で言ったわけじゃない。
「こんなところで殴られたら流石に死ぬよ……」
「あんまり説得力ないのよねぇ」
必死に命乞いをすると、エイミーさんは肩を竦めて拳を降ろしてくれた。
「ていうか、トーカも余裕じゃない。機体の重さは関係ないんじゃないの?」
「私は〈歩行〉スキルで補ってるだけですので」
そういえば、トーカも立ってこそいないものの、揺れているコンテナの上でも平然としている。
俺が案外平気なのも〈歩行〉スキルのおかげだろう。
むしろ、〈歩行〉スキルも持っていないのに平然としている奴が異常なのだ。
「メルたちは大丈夫か?」
コンテナを跳んで、三両目に移る。
そこには互いの体をロープで数珠つなぎにした〈
「大丈夫。エプロンがアンカーになってくれてるから、案外平気だよ」
「やめてよ、恥ずかしい……」
メルは余裕の笑みを浮かべて、隣でミカゲのLPを回復しつづけているエプロンの肩を叩く。
タイプ-ゴーレムが安定しているのは、共通認識らしい。
メンバーのほとんどがフェアリーのメルたちは、やはり飛ばされる可能性があったから、全員で固定しているのは当然の対策なのだろう。
「あれ、ライムは平気そうだな」
〈七人の賢者〉で唯一の猫型ライカンスロープで、近接型機術師のライム。
彼女は平気そうな顔でコンテナに座っていた。
「猫型だからかな。バランス感覚がいいんだよ」
「なるほど。……だからケットたちも平気そうにしてるんだな」
四両目には、BBCメンバーとネヴァとムラサメの生産組が乗っている。
ムラサメも落ち着いてはいるが、ケットたちのように余裕で談笑しているわけではない。
ネヴァはタイプ-ゴーレムだ。
「すみませんね、レッジさん。私たちまで乗せて貰って」
「ま、置いていくわけにもいかないだろ」
五両目には〈ネクストワイルドホース〉のリポーターたちが乗っている。
正確に言えば穴の脱出の時からコンテナに乗っていた。
あそこに置き去りにするのも目覚めが悪いし、スペースが余っているなら問題はない。
「とりあえず、全員揃ってて良かったよ」
“鉄百足”にメンバーが揃っているのを確認し、安堵する。
あとは〈アマツマラ〉に帰るだけ。
家に帰るまでが遠足だ。
「遠足っていうには少々エキサイティングですけどねぇ」
ぴょん、と後ろからコンテナを渡ってきたレティが、自然に心を読んで答えてくる。
「たしかに、海から地底から山の上か。一日で随分回ったもんだ」
「流石は〈
レティのその言葉に、はっとする。
そういえば俺のロールは〈旅人〉だった。
普段あんまり意識しないから、すっかり忘れていた。
「もしかして、忘れてました?」
「いやぁ。特に専用のテクニックもないしな」
〈旅人〉はトーカの〈サムライ〉が習得できる『心眼』のように、ロール専用のテクニックも今のところ見つかっていない。
パッシブアビリティはあるが、それに慣れすぎていた。
「レティは複合ロールには就かないのか?」
そういえば、レティは未だに〈
「レティのプレイスタイル的には、今のところコレが一番合ってますから。何か良い複合ロールが実装されたら、遠慮なくそっちに乗り換えますよ」
「そうか。それも楽しみだな」
日々検証班が頑張っているが、それでも就職条件が複雑でまだ発見されていないロールは無数にあると言われている。
レティが望むロールも、もしかしたら既にあるのかもしれない。
「ところでレッジさん」
「なんだ?」
「忘れていた、と言えばなんですが。――今回はブレーキ、忘れてないですよね」
レティが俺の顔を覗き込む。
冷や汗が額を伝う。
「も、もちろんさ」
「めちゃくちゃ目が泳いでますよ!」
「だだだ、大丈夫大丈夫。まあ、任せとけって。……エイミーとかがなんとかやってくれるはずだ!」
マップを確認すれば、いつの間にか随分と下っている。
早く考えないと、またアマツマラに叱られる。
俺はレティに追い立てられるようにして、エイミーの待つ先頭車両へと飛んでいった。
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Tips
◇〈アマツマラスキー場〉の利用における注意事項
周囲のプレイヤーの安全を守るため、停止機能の搭載されていないスキー、ソリ、その他の物体(特殊大型機装、テントなど)での滑走は禁止されています。
ルールを守って楽しくスポーツを楽しみましょう。
利用者、もしくは施設設備への被害が確認された場合、管理者の権限に基づき人工知能矯正室へと連行します。
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