第477話「急登黄泉比良坂」
ミカゲが丹念に準備を施し、満を持して発動した呪儀の数々。
レティたちが注意を引いていたおかげで長い長い準備時間を終わらせた呪いは、黄金龍の体を破壊した。
龍は結界の中に封じられ、雷と槍によってズタズタに切り裂かれ、トドメの一刀によって事切れ、戦いは決着を見せる。
「――かはっ」
全員が疲労困憊で押し黙るなか、龍の前に立っていたミカゲが口からどす黒い粘液を吐き出す。
それと同時にLPを急速に失い、膝から崩れ落ちた。
「ミカゲッ!」
トーカが駆け寄り、すんでの所で抱きかかえる。
マグマは依然として煮えたぎり、そのまま落ちていれば死んでいた。
今もまだ、死の淵にいる。
トーカは弟を抱えたまま、俺たちのいる“鉄百足”までやってきた。
「恐らくは“厄呪”でしょう。エプロンさん、回復をお願いできますか?」
ミカゲのLPは“鉄百足”のテント効果も押し負けるほど急激に減っている。
幸いだったのは、LPが一瞬で消し飛ばされるわけではないこと。
不幸なのは、これが三術由来のデバフであるということ。
「ごめんなさい。“厄呪”の解除は〈支援アーツ〉ではできないの。LPを回復し続けることならできるけど……」
〈呪術〉によるデバフは〈呪術〉にしか癒やせない。
三術スキルはそれだけが別系統に分類されるほど、他のスキルとは法則が違っていた。
「それなら、急ぎましょう。ボスは倒せたので、目的は達しました。三術連合のどなたかに連絡を取れませんか?」
アイが素早く行動の指針を示す。
こういった事態に強い彼女は、とても頼もしい。
俺たちはそれを聞いて、早速動き出す。
ここは地の底、一番近い町でもかなりの時間が掛かる。
「まだ終わってません!」
しかし、その時。
アストラが激しい声を上げる。
「なにっ!?」
驚き、溶岩湖の中央を振り返る。
そこでは無数の呪いによって倒れた筈の黄金龍が、ゆっくりと長い首を持ち上げていた。
「全員、早く戻れ! 撤退するぞ!」
「はいっ」
反射的に叫ぶ。
「第三形態まであるとは、少々サービスしすぎじゃないか?」
「第一形態が呆気なく倒されましたからね」
レティたちは攻撃に出ることなく、素早く“鉄百足”の方へと戻ってくる。
今はヤツに構っている暇はない。
「レッジ、僕は死んで良いから。戦って……」
「馬鹿言うなよ。こんなとこで死んだら回収も大変だ。スキルが減ったら、復帰まで時間が掛かる。それなら一旦退いて、また挑む方が楽だろ」
ミカゲを見殺しにすれば、まだ他のメンバーは戦える。
けれど、それでは今後の行動に差し支える。
極めて合理的な判断だ。
「レッジさん、龍がブレスを撃ちますっ」
「うおっ!? おお?」
トーカの声に驚いて、反射的に目を覆う。
てっきり“鉄百足”の方にブレスが飛んでくるのかと思ったが、いつまで経っても衝撃はやってこない。
首を傾げて腕を下げると、龍は直上に向かって大きく口を開いていた。
その首が太く大きく膨張し、大量の力をその内側に溜めている。
「全員、“鉄百足”に到着しました。いつでも出発できますよ」
その間にレティたちが戻ってくる。
しもふりが“鉄百足”に繋がれ、出発の準備が整う。
その直後だった。
「みんな、目を閉じろ!」
閃光が広がる。
轟音は閾を超え、聴覚センサーが麻痺する。
離れていても感じるほどの熱気と暴風。
それほどのエネルギーが全て余波。
死の淵から甦った黄金龍の、溜めに溜めた力の解放を受けたのは、頑丈な岩盤の天井だった。
「あ、あれは――」
「天井に穴が……ッ!」
瞼を貫通するほどの光を放ち、極太の光線は岩を穿つ。
そこには、真上に真っ直ぐと貫く巨大な穴が開かれていた。
まさに荒ぶる神の所業。
人智を超越する力の爆発に、アストラでさえも言葉を失う。
そんな中で俺の脳裏には一つの可能性が過っていた。
「ホムスビ、アマツマラ。どっちでもいいが、今の轟音は地上に届いてるか?」
管理者達と通じる回線を開き、急いで確認をとる。
あれほどの衝撃だ。
俺たちがここにくる原因となった地震よりも甚大な影響が、地表にも現れているはずだった。
『おう。ばっちり来てるぜ。またなんかやらかしたみてェだな』
『今度のは地震だけじゃないっすよ。山の頂上から大きい光線が飛び出してきましたから』
ホムスビの言葉に思わずぐっと拳を握る。
「やっぱり、光線は貫通してたんだな。それなら、よし」
『うん? レッジさん? どうかしたんですか?』
『おい、お前、またなんか企んで――』
管理者達から必要な情報は得られた。
ならば今は時間が惜しい。
申し訳ないが強引に通信を切り、全員に向かって叫ぶ。
「黄金龍が地上までの最短経路を作ってくれた。ご厚意に甘えて、使わせて貰おう」
龍のブレスは力強く、山を貫き頂まで達した。
ならばそこを駆け上がれば、一気に外に――〈アマツマラ〉の近くに出ることができる。
「ちょ、レッジさん!? 無理ですよ。穴はほぼ垂直ですし、追撃が来たら避けられません」
反対するのはレティだ。
彼女の言うことは正論だった。
しかし、そんなことは些事だ。
「しもふりの爪があれば、壁も登れるはずだ。傾斜が120度以下なら“鉄百足”も張り付ける」
「120度の傾斜って、もはや壁すら通り越してるんだけど……」
ラクトが何か言うが、今は構っている暇がない。
「ブレスの方も任せてくれ。
レティの赤い瞳を真っ直ぐに見つめて訴える。
「……分かりました。レティたちが全滅したら、レッジさんのせいですからね」
「分かってる。その時は責任取って何でも言うこと聞いてやるさ」
俺が与太や冗談で言っているわけではないと、信じて貰えたらしい。
レティがしもふりの首元をぽんと叩く。
「エイミー、ヒューラ、道を頼む」
「任されたわ」
二人の防御機術師によって、空中に道ができる。
それは螺旋を描き、龍の頭上に開かれた穴へと続く。
「それじゃ、出発しますよ!」
レティの声でしもふりが駆け出す。
“鉄百足”も動き出し、俺たちは溶岩湖の上空を駆け上っていった。
形態移行直後の黄金龍は動きが緩慢だ。
その隙に、穴へ飛び込む。
「さ、しもふり。踏ん張り所ですよ!」
しもふりの鋭い爪が壁面に食い込む。
八個の特大コンテナをぶら下げたまま、強靱な四肢で壁を駆け上る。
「龍が頭を突っ込んできます!」
「任せろ。――『強制萌芽』、“鉄条薔薇”」
懐から取り出した種瓶を、後方の穴の壁面にぶつける。
濃縮栄養液が漏れ出し、封入されていた種が一気に割れる。
一瞬で硬い壁面に根を下ろし、蔦を伸ばす。
鋭い棘は鉄より硬く、針のように鋭い。
太く強靱な蔦は一瞬で穴を塞ぎ、濃緑の葉を茂らせ、鮮やかな赤い薔薇が咲き乱れた。
「薔薇園!?」
「特別頑丈な薔薇だ。狭い場所じゃないと使えないのが難点だが、この程度の穴なら十分塞げる」
薔薇が成長しきった直後、その向こう側から力強い衝撃が放たれる。
首を伸ばした龍が、棘だらけの薔薇の壁に当たったのだろう。
根も深く伸ばしているから、多少の頭突きじゃびくともしない。
「さ、どんどん登るぞ!」
「はいっ」
鉄条薔薇が龍を阻んでいる間に、少しでも距離を稼ぐ。
俺の声に応えて、しもふりが更に速度を上げる。
溶岩湖から離れ、気温も下がってきたことにより、ネヴァが作ったしもふり用の装備レオンハートも脱ぎ捨てた。
重りを外し、しもふりは更に逞しく壁を駆け上っていく。
「レッジさん、龍が薔薇を突破しました」
「種瓶は効果時間が短いし、これだけ稼げれば十分だな。よし、次だ」
壁が突破されたなら、新たな壁を作るだけだ。
俺は“鉄百足”の最後尾――八番コンテナのロックを解除する。
そこから飛び出したのは、巨大な扇形の金属板。
それは穴の下に向かって落ちながら、円形に展開する。
「〈カグツチ〉専用超大型特殊装甲円盾。想定してたデビューじゃないが、まあ仕方ないだろ」
円形の盾は大きさを調節し、穴にすっぽりと嵌まる。
見た目からして、デカいマンホールみたいなものだから、なかなかどうして様になっている。
円盾は更に追加で二枚、合計三枚を穴に設置する。
これだけあればもっと時間を稼げるはずだ。
そう思った矢先のことだった。
「レッジさん!」
アストラが声をあげる。
円盾の中心が赤熱し、どろりと溶解する。
その奥は激しく燃え上がっていた。
「盾三枚を貫通したのか!?」
「ギリギリ三枚目で耐えたみたいですが、次はなさそうですね」
盾に開けられた穴の向こう側に、激しく睨み付けてくる龍の顔がある。
ヤツは大きな鉤爪のついた足を使って、穴を登って追いかけて来ていた。
随分と執念深い龍である。
メルやMk3が次々と攻撃を放っているが、それをものともせず喰らい付いている。
「次はどうするんです?」
「そうだな……。これはあんまり使いたくなかったんだが」
閃光弾やら電気柵やら、手当たり次第に罠を投げていくが、それも大した効果は見られない。
着実に距離を詰めてくる龍に対して、出口はまだまだ先の方だ。
俺は覚悟を決めて、最後の切り札をきる。
「――ごめんな、アマツマラ」
“鉄百足”の接続部が解放される。
落ちていくのは、最後尾八番コンテナ。
コンテナそのものが巨大な金属塊であり、相応の重量を持つ。
その上、中に詰まっているのは〈カグツチ〉の専用装備類と――〈カグツチ〉そのもの。
「うわわっ!? しもふりが急に楽そうになりましたよ」
「当然だ。何十トンの重りを外したと思ってる」
白い長方形のコンテナが落ちていく。
それの向かう先にあるのは、龍の鼻先。
狭い穴の中だ、避けることもできない。
ゴン、と鈍い音が穴に反響する。
その直後、耳を劈くような絶叫と共に、龍は穴の底へと落ちていった。
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Tips
◇〈カグツチ〉専用超大型特殊装甲円盾
特大機装〈カグツチ〉での運用を目的に開発された、超大型の円盾。収納時は扇形に格納され、円形に展開することで使用できる。
衝撃吸収ナノマシンジェル、自己修復ナノマシンジェルを間に封入した特殊多層装甲製であり、物理的、機術的な攻撃の双方に対して高い耐久性を示す。一方で円盾とはいえ非常に重量があり、運用するには一定の技量が必要となる。
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