第476話「呪刃の黒忍者」

 爆発が連鎖し、斬撃が重なる。

 正真正銘、この世界の最高峰に立つ実力者たちによる、最大火力。

 まるで世界の終焉そのものをこの場だけに凝縮したような、圧倒的な力の蹂躙だった。


「すごいな……」


 アストラだけではない。

 ケット・Cやメルはもちろん、レティたちの強力な一撃も着実に命中している。

 その威力は彼らにも負けず劣らず。

 溶岩流が吹き飛び、蒸気がもうもうと立ち込める。

 煌々としたマグマに満ちたフィールドは、その姿を一変させていた。


「これほどの攻撃だ。ヤツも無事では済むまい」


 濃い煙幕によって龍の姿は見えないが、これだけは言っておきたかった。


「ちょ、レッジさん!?」

「それを言っちゃ駄目じゃない?」


 レティたちが焦った顔でこちらを振り向く。

 しかし、アストラたちの全力攻撃をモロに受けて平然としている原生生物など、この世に存在するのだろうか。

 答え合わせは、すぐに終わった。

 “風塵”の三日月団子が風属性アーツを使い、煙幕を晴らす。

 そこから現れたのは――


「げえっ!?」

「だから言ったじゃないですかっ!」


 無傷で相貌に憤怒を浮かべる黄金龍だった。

 ヒゲの一本も欠けることなく、鱗の1枚も曇ることなく。

 彼は高らかな咆哮を上げて洞窟を揺らした。

 その姿を確認した瞬間、レティたちから一斉に責め立てられる。


「流石に無傷ってのは予想外だぞ! どうなってるんだ、アイツは!」

「俺たちの攻撃は確実に全て命中しました。それでなおあの姿と言うことは、三つ可能性があります」


 戦慄する俺たちの中で、アストラは冷静に状況を分析する。

 彼は三本の指を立てて、自分の考えを披露した。


「一つ、第一形態を吹き飛ばしたので、第二形態へと移行した。FPOだと、白盾のコシュア=イハルパルタシアがそんな感じですね。

 二つ目は、俺たちの攻撃が何らかの手段で無効化された。こういう特別ステージにいるボスなら、ギミックを利用しなければ倒せないというのは定番です。

 そして最後。三つ目は、単純に防御力が高くて俺たちの攻撃が通らない。これはあまり考えたくないですが」


 どれが良いですか、とアストラが俺の方へ振り向く。

 好きなのを選んだらそれになるのだろうか。


「たぶん、一つ目と二つ目の複合だ」


 少し考えた後、俺はそう言った。

 周囲から視線が集まり、その理由を言外に問われる。


「一つ目。単純に、攻撃前と比べて龍の外見が変わってる。さっきまではこんな黄金のオーラは纏っていなかった。もっと言えば、爆発の中でHPバーが砕けるのは確認してた」


 俺だって冗談でフラグっぽい台詞を言っていたわけではない。

 傍観者として戦況を後ろから見ていたからこそ、爆発の中でガラスのように砕ける赤いHPバーが確認できていた。

 それに、今俺たちが悠長に話せているのが更なる理由だ。

 恐らくは形態移行後の硬直時間の最中なのだろう。


「それで、二つ目。こっちは始まる前に向こうがヒントを出してくれてる」


 俺たちは、崩落した瓦礫の上に乗っている。

 これを壊したのは他でもないこの黄金龍だ。

 彼自身が天井を壊せることを示している。


「つまり、私たちがすべきなのは――」


 アイの言葉を受け取り、続ける。


「戦闘の続行だ。レティ、破壊は任せたぞ」

「にゅふふ。任せて下さい! ダイナマイトもびっくりな壊しっぷりを見せて上げますよ!」


 レティが再びしもふりと共に飛び出す。

 それと同時に、第二形態へと移行を完了した黄金龍が動き始める。


「各自体勢を立て直し次第攻撃再開ッ! これより全体の指揮は取りません。高度の柔軟性を維持しつつ各々臨機応変に対応し、戦って下さいッ!」


 アイが戦旗をはためかせながら叫ぶ。

 それを聞くまでもなく、戦士たちは一斉に攻撃を再開した。


「攻撃予兆。恐らくブレス――レティッ!」


 龍が長い首を真っ直ぐに伸ばし、空中へ飛び出したレティを睨む。

 がぱりと大きく開いた口の奥から、白い光が吹き出した。

 それは一条の線となり、彼女を襲う。

 恐らくは天井を崩したものと同じドラゴンブレス。


「はんっ。余裕ですよ!」


 レティは空中で身を捩り、背後からやってきた光線を難なく避ける。

 対象を外したエネルギーは、そのまま洞窟の天井に激突してボロボロと大きな瓦礫を落とす。


「さ、頭上注意です――よっ!」


 レティは跳躍の勢いをそのままに、力一杯に星球鎚を振り上げる。

 激震が走り、天井が崩落する。

 瓦礫と言うのも馬鹿らしいほど巨大な岩が、黄金龍の頭上へ落ちていく。


「ついでにレティも降りますか」


 更に、彼女は天井を蹴って急降下する。

 星球鎚の柄を解放し、モーニングスターへと変形させて、勢いよく振り回し始めた。


「全員離れろっ! 巻き込まれるぞ」


 黄金龍の頭上に濃い影が落ちる。

 アストラたちは素早く外側へと逃げ出す。


「咬砕流、六の技――」


 ただ一人、レティは瓦礫を追いかけるように落ちながら、モーニングスターに力を込める。

 巨岩が黄金龍の頭頂に激突する。

 圧倒的な質量により、彼のHPが僅かに削れる。


「――『星砕ク鋼拳』ッ!」


 間髪いれず、レティのモーニングスターが、その巨岩を砕きながら炸裂する。

 巨岩を割り、衝撃が貫通し、黄金龍の頭を凹ませる。

 太い首を曲げて、彼は顔を溶岩に叩き付けた。


「ナイスです、レティ。これなら、私の刀も届く――」


 そこへすかさずトーカが走り寄る。

 彼女は“極刀・雪月花”を腰に構え、大きく跳躍した。

 狙うのはただ一点。

 普段は高いところにある、黄金龍の太い首。

 硬い鱗と強靱な筋肉という天然の鎧に守られた生命体の急所に向けて、トーカは真っ直ぐに狙いを付ける。


「彩花流、神髄。――『紅椿鬼』」


 彼女の身長を越える、三本の刀が一体となった巨大な太刀が神速で振るわれる。

 ただ一点、首だけを狙った鋭利な刃。

 過酷な環境で鍛えられた堅固な守りを、彼女の刃は推し通る。

 鮮血のエフェクトが吹き出し、黄金龍のHPが大きく削れる。


「俺たちの攻撃はちゃんと通じるな。一気に畳みかけるぞ」


 アストラが口元を緩め、瓦礫を蹴って駆け出す。

 その時、防戦一方だった黄金龍が行動を起こした。


「っ!」


 直上に向けて放たれたブレス。

 今度のそれは、天井に当たる前に細く無数に枝分かれして周囲に広がる。


「ふにゃあっ!?」


 猛スピードで周囲に拡散したそれは、一気呵成に飛び掛かったケット・Cたちを退ける。

 さらに、アストラの横腹にも着弾した。


「ぐあっ」

「アストラ!?」


 空中では、さしもの彼も避けられない。

 苦悶の声を上げるアストラに、思わず立ち上がる。

 無防備な所に直撃を受けた彼は、それでもマグマの中に落ちることはなく、溶岩湖に浮かぶ瓦礫の際でギリギリ留まっていた。


「大丈夫。体勢は崩れましたが、ヒューラさんのバフのおかげで傷はありません。――やられたなら、やりかえしますよ」


 一段声を低くして、アストラは剣を構える。

 そうして再び、黄金龍のもとへと走り出した。

 瓦礫を蹴り砕き、高く跳躍する。

 飛んできたアーサーにぶら下がり、一気に距離を詰める。

 黄金龍もそれに対し、水平にブレスを乱射する。

 アストラは一撃でも喰らえば無事では済まないブレスの雨の中を、最小限の回避行動だけで進んでいく。


「すげえな……」

「団長ですからね。あれくらいは余裕ですよ」


 思わず感嘆すると、アイが誇らしげに胸を張る。

 団長というのは随分と過酷な仕事のようだ。


「聖儀流、一の剣、『神雷』ッ!」


 アストラの剣が燦めく。

 放たれた剣撃は稲妻を宿し、黄金龍の腹を逆袈裟に切り裂いた。


「しかし、タフだな。レティたちの猛攻を受けても全然怯まない」

「進路の予測できない多彩なブレスと、鞭のようにしなる首。規模が規模だけに、どちらも掠っただけで瀕死も覚悟しないといけません」


 後方の俺とアイは、戦況を分析する。

 レティたちは絶えず渾身の一撃を叩き込み続けているが、黄金龍のHPの総量を考えれば雀の涙ほどのダメージしか与えられていない。

 逆に、向こうからの攻撃はどれも当たり判定が大きく、軽く掠めただけでも吹き飛ばされる。

 エプロンも忙しそうにしていて、到底ほかの事に思考を割く余裕はなさそうだ。


「どうにか動きを止められればいいんですけど……」

「それなら、もうすぐ完成するよ」


 アイが首を傾げる。

 俺は、レティやアストラの猛攻の影で密かに動いている少年を指さした。


「ウチの忍者は優秀なんでね。もうすぐ、仕事が終わるだろうよ」


 そう言った、丁度その時。

 黒装束の影が瓦礫の上に着地する。

 ミカゲは全ての準備を終えて、最後に装いを黒い狩衣へと変えた。

 彼は指を複雑に組み、印を作る。

 それと同時に、空いた手で懐から大量の釘を取り出す。


「――『千針侵呪』」


 ミカゲが銀の釘を投げつける。

 それは黄金龍の体格と比べれば、遙かに小さな存在だ。

 だからこそ、それはするりと龍の体内に入り込み、龍もそれに気がつかない。

 ミカゲはゆっくりと、指を水平に切る。


「『結呪』」


 瞬間、龍の体が膨れ上がる。

 無防備――というよりは守りようのない体内での、無数の針の蹂躙。

 呪力という理外の力を伴ったそれは、強靱な体を効率的に傷つける。


「『呪杖展開』」


 ミカゲのターンは終わらない。

 体内で暴れ回る針に苦しむ龍の周囲には、無数の杖が立っている。

 マグマの上の瓦礫や、洞窟の天井に突き刺された長い杖には、無数の呪符がびっしりと貼り付けられている。


「『呪杖結界』」


 それぞれの杖が励起して、相互に接続する。

 杖を繋ぐ赤黒い線は、呪術的で複雑な紋様だ。

 大きな呪力の渦が俺たちの目にも見えるほどの濃度で現れる。


「『呪儀発動』――『黒雷衝・驟雨』」


 ミカゲが柏手を打つ。

 呪杖に囲まれた空間に、無数の黒い稲妻が弾ける。

 以前、レヴァーレンを屠った時よりも激しく、長く、大量の稲妻が、黄金龍を貫いていく。


「『呪儀発動』――『呪穿槍嵐』」


 更に、白い人型の紙片が舞う。

 それらは瞬く間に形を変え、黒く細長く鋭利な槍となる。

 四方八方から龍を貫き、動きを固定する。


「『呪儀発動』――『呪々転々祭』」


 呪杖によって区切られた世界が、捻れる。

 龍の巨体ごと、その空間が回転する。

 黒雷が渦巻き、貫き伸びた槍が再び貫く。

 回転する世界の中で無限の苦痛を与えられ、龍は咆哮と共にブレスを吐き出す。

 それすらも歪んだ空間の中でループし、背後から龍自身を穿った。


「『怨嗟増幅』」


 そうして溜まりに溜まった怨嗟が、更に彼の力となる。

 今、ミカゲと黄金龍の間には、太く硬い呪縁が繋がれている。


「『呪傷刃』」


 ミカゲは腰に下げた短い直刀を引き抜く。

 その刃には、どろりとしたオーラが纏わり付いている。

 彼は抜き身の忍刀を携えて、軽い跳躍と共に呪杖結界の中へと飛び込んだ。


「――『闇の一刀』」


 忍者ビルドの十八番、急所に高火力を叩き込むことで確実に対象を倒す暗殺スタイル。

 黒い刃が燦めいて、槍によってピン留めされた龍の喉元を掻き切る。

 憎悪が力となり、その身に返る。

 彼の呪いによって、黄金龍は事切れた。


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Tips

◇『闇の一刀』

 〈忍術〉スキルレベル50、〈剣術〉スキルレベル60の複合テクニック。カタナ系武器でのみ発動可能。

 対象の急所を素早く切り裂くことで、致命の傷を与える。クリティカルダメージが5倍になる。

 闇に紛れ闇より現れる。その一刀は何よりも鋭く、何よりも静か。痛みを感じることもなく、安らかに眠れ。


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