第475話「勇者十七人」
渦巻く溶岩の流れの中心に、黄金に輝く龍が鎮座していた。
とぐろを巻き、厳めしい顔をこちらに向けている。
「龍!?」
「あれが地震の原因っぽいね」
レティたちが驚く中、ラクトは冷静に周囲を観察する。
龍の直上、赤く照らされた洞窟の天井には、巨大なエネルギーをぶつけられたように深く抉れていた。
そのおかげか、龍の周囲には“鉄百足”が乗れそうなしっかりとした岩の足場がいくつか散在している。
「エイミー、ヒューラ。近くの岩まで道を作ってくれ」
「分かったわ。レティ、舵取りよろしく」
二人の機術師によって空中に道が作られ、そこをしもふりが牽く“鉄百足”が走る。
ゆるく螺旋を描きながら、俺たちは無事にしっかりとした足場に接地した。
「龍、襲ってきませんね」
「十中八九ボスだろうし、まだ巣の中に入っていないだけだろうな」
「それにしては、随分と睨まれてるけど」
足場に降り立った俺たちを、龍は真っ直ぐに睨み付けている。
あれで存在を認知されていないと思う方が難しいだろう。
無差別に襲ってこないだけありがたいと思わなければならない。
「一旦、退いて。あとでしっかりと対策を立ててから挑むって手もあるが――どうする?」
一応、皆の意志を確認しておく。
俺の問い掛けに対して、レティたちは苦笑を浮かべる。
「もちろん、今からぶっ叩きますよ」
「もうすぐ初日のライブがあるからね。さっさと終わらせてウェイドたちの舞台を観に行かないと」
それぞれの武器を展開しながら、異口同音に答えが返ってくる。
ケット・Cたちも、メルたちも、当然、アストラたちも。
すでに臨戦態勢に入っていた。
「しかし、周囲は一面火の海だぞ。ワダツミ近海の時みたいに水面を走る訳にもいかない。ラクトたちはともかく、レティとかは厳しいんじゃないか?」
龍を取り囲むのは煮えたぎる溶岩だ。
泳ぐどころか、アストラが海でやったように足を付けるだけでもただではすまない。
良くて“大火傷”、悪ければ一瞬で足が消える。
「たぶん、見た目よりは余裕だと思いますよ?」
しかし、案じる俺に対してアストラが軽く返してくる。
彼は一面に広がるマグマの流れを見渡して、しっかりと頷いた。
「溶岩ばかりが目立ちますが、瓦礫がいくつか浮いていますから。あれを足場にして跳躍すれば、問題ないでしょう」
「そうだにゃあ。ボク、アストラ、レティ、トーカあたりの軽装戦士ならそれでもいけると思うよ。エイミーみたいな重戦士はどうだろね?」
アストラの意見に賛同しつつ、ケット・Cがエイミーの方を見る。
彼らは軽装戦士、つまり装甲は薄いが機動力に秀でたタイプ。
それとは対称的に、エイミーは重装戦士。
耐えることに主眼を置いているため、素早く動くには不得手だ。
しかし、そんなケット・Cの視線を受けて、エイミーは不敵に笑う。
「ここまで“鉄百足”を運んできたのは私よ? むしろ何時でも何処でも足場が出せるから、有利なくらいね」
そう、エイミーには〈防御アーツ〉がある。
しかも彼女はそれを正確無比に発動させ、足場として利用する曲芸じみた運用が可能なのだ。
それを聞いて、ケット・Cは頷く。
「それなら安心だにゃあ。機術師陣とMk3は“鉄百足”からの狙撃でいいね。レッジもテントの維持があるからこっちで待機かな」
「まあ、それが妥当だろうな。戦えそうなら俺も加勢するが、あんまり期待しないでくれ」
素早くそれぞれのポジションを取り決め、全員で共有する。
「カミルも、火の粉くらいは払ってくれると嬉しいな」
『わ、分かってるわよ。アタシの事は気にしなくてもいいわ』
戦闘には参加しないが、カミルも戦闘用侍女服に着替えて箒を構えている。
確実に、あの龍は遠距離攻撃手段――恐らくはブレスのようなものを持っているだろうし、気をつけてもらわねば。
「それでは、地下溶岩湖の黄金龍戦、スタートです!」
レティが声高に宣言する。
「さ、行きますよ。しもふり!」
そうして、機脚の跳躍力で先んじて龍のテリトリー内に突っ込んでいった。
彼女に声を掛けられ、赤い獅子の姿をしたしもふりも雄々しい咆哮を上げて駆け出す。
「あっ! 抜け駆けは許しませんよ!」
「にゃはー! 正々堂々合法的に暴れるにゃ!」
後を追って、トーカたちも飛び出していく。
「では、レッジさん。俺の勇姿もじっくり見ていて下さいね」
「はいはい。まあ、死なない程度に頑張ってくれよ」
アストラがコンテナを蹴って飛び出し、大翼を広げたアーサーに掴まって滑空する。
青いマントをはためかせ、銀の鎧を輝かせ、彼は一気に加速して龍の懐へと飛び込んだ。
「あの男も張り切ってるね。それじゃあ、ワシらも負けてられないか」
コンテナではメルたちが不敵に笑う。
輝月のテントほどではないが、“鉄百足”のテントもそれなりに高性能だ。
ラクトを含めた七人のLPもしっかりと支えてくれるだろう。
「んー、やっぱり私は前に出ようかな。そっちの方が楽しそうだし!」
「……私も」
〈
“雷迅”のライムと“大壁”のヒューラは、機術師ではあるが前衛的な働きもできるタイプだった。
「LP使いすぎてマグマに落ちないでよ」
「分かってるって。バックアップはよろしくね」
ライムがグローブを嵌めた両拳を突き合わせる。
彼女の隣では、ヒューラが黒く刺々しい大盾を両手で構えていた。
「『耐え忍ぶ岩亀の悲曲』」
“鉄百足”の上で、大鷲の戦旗が広がる。
高く真っ直ぐと掲げるのは、凜とした顔のアイだ。
彼女の声はフィールド全体に響き渡り、俺たちの各種能力を大きく底上げしてくれた。
その勇壮な歌声とエフェクトが、開戦の鏑矢となる。
「『
ずらりと並んだメルたちが、声を揃えてエフェクトを重ねていく。
ワダツミ近海の四将戦でも見せなかった、彼女たちの最大火力を引き出すための、長い長い前準備だ。
「『特殊機術封入弾装填』『弱点観測』『精密射撃』『隠密姿勢』『一撃必中』『決死の一撃』『修羅の構え』『勇者の誉れ』『原始の衝動』『破壊の衝動』」
巨大な狙撃銃のスタンドを立て、コンテナに伏せたMk3が流れるようにバフを重ねながら、拳ほどもある巨大な弾丸を装填する。
それと並行して、マグマの中を左右に展開しながら駆け抜けるレティたちも力を溜めていた。
「『猛攻の姿勢』『猛獣の牙』『猛獣の脚』『修羅の構え』『飢乏の刃』『猛者の矜持』『破壊の衝動』『決死の一撃』『不屈の精神』『勇者の誉れ』『原始の衝動』『悪鬼の左腕』」
「『猛攻の姿勢』『猛獣の牙』『猛獣の脚』『修羅の構え』『飢乏の刃』『猛者の矜持』『両断の衝動』『心眼』『不屈の精神』『勇者の誉れ』『原始の衝動』『悪鬼の左腕』『刀装・青』」
トーカがマグマの中に浮かぶ瓦礫を踏んで跳躍しながら自己バフを重ねていく。
そのたびに彼女の纏う空気が、歴戦の武者のそれになる。
レティも瞳を赤く輝かせ、勇猛な戦士の覇気を帯びていく。
「全員へ。10秒後に一斉攻撃です」
時間を計っていたアイが声を上げる。
近接班と遠距離班、二つの攻撃を同時にあてる。
練り上げた力の集大成をぶつけ、初弾で龍の体力をできる限り削る。
その一撃で削り切れれば理想的だが、そうは問屋が降ろさないだろう。
「『
「『
〈
それにより、レティたちは更に堅固な守りと激しい力を得た。
最後に、制限時間のギリギリを待って、アストラが輝かしいエフェクトを身に纏う。
「聖儀流、三の剣『神覚』。重ね、四の剣『神啓』。重ね、五の剣『神崩』。重ね、六の剣『神愚』。重ね、七の剣『神羅』。重ね、八の剣『神気』。重ね、九の剣『神光』。結び、聖儀流神髄、『神威』」
アーサーの『流転する光』の影響か、彼は空中に浮いていた。
直立し、対面する龍を睥睨する。
白銀の光は神々しく、彼の身には人智を超えた上位存在の力が宿る。
アストラの双眸が、青い炎を吹き上げて燦めいた。
「白月もなんかやるか?」
物々しい空気のなか、特にやることもない俺は、傍らに座る白月に話しかける。
彼は興味なさそうにそっぽを向き、大きな欠伸を漏らした。
『何を暢気にしてるのよ、まったく』
「そう言われてもなぁ」
カミルが呆れて、箒の先で脇腹を突っついてくる。
場違いな俺たちを残して、彼らの戦意は極限まで高揚していた。
持ちうる全ての力を込めた最高の一撃を放つため、17人の戦士が総力を結する。
「――攻撃、開始ッ!」
アイが叫ぶ。
その瞬間、轟音の重奏が鳴り響いた。
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Tips
◇『勇者の誉れ』
〈戦闘技能〉スキルレベル80のテクニック。
一定時間、全てのステータスを5%上昇させ、受けるダメージを5%カットする。
数えきれぬ艱難辛苦を乗り越えて、その胸に輝く勇気の炎を持つ者へ。過去の苦難は自信となり、勇ましき力の源となる。
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