第474話「渦中の龍」

 ネヴァの製作した装備によって復活したしもふりは、溶岩地帯の酷暑を涼しい顔で駆け抜けていく。

 俺は“鉄百足”のコンテナの上に乗り、カミルが取っておいてくれた特大うな重を食べつつ、束の間の平穏を享受していた。


「いやぁ、快調快調。良い感じに風も受けられるから、涼しいね」


 隣に座ったラクトが、ぷらぷらと足を揺らしながら言う。

 エプロンの冷却バフと、うな重の“暑気払い”バフのおかげで、随分と快適になっていた。

 疾走するコンテナの上では風も受けられ、彼女の言うとおりあまり暑さも感じない。


「外気温はめちゃくちゃ高いですけどね。この後すぐに雪山に行ったら、大変なことになりそうです」


 そう言ってはにかむのは、着物を正したトーカである。

 俺がウナギを解体している間、彼女たちは熱中症で大変だったようだが、それも無事に収まったらしい。

 スポドリを持ってきてくれていたアストラたちにも感謝しなければ。


「けど、このあたりは暑いばかりで、原生生物がほとんど居ないのが面白くないわね。ウナギもあんまり殴り甲斐は無かったし」


 背後に立つエイミーが退屈そうに物騒なことを言う。

 溶岩湖が視界のほぼ全てを占めるこのあたりには、過酷な環境ということもあってあまり原生生物がいない。

 そのおかげで立ち往生していても無事だったわけだが、エイミーたち戦闘職は少し不満を募らせているようだ。


「ワシも思う存分アーツを撃ちたいね。このあたりに出てくるのは、十中八九火属性はあまり効かない相手だろうけど」

「メルは大人しく見てて下さい。今こそ我が水属性が輝くのですよ」


 後ろのコンテナに座っているメルたちもうずうずしているようだ。

 さっきのウナギも熱に耐性があるためか、メルのアーツはほとんど効かず、代わりにミオの水属性アーツなどが効果的だった。

 その事実も、メルには面白くないらしい。


「要は耐性をぶち抜く火力を出せば良いんでしょ。ワシ、がんばるよ」

「何のためにメンバー全員がそれぞれ違う属性を極めてると思ってるのよ」


 ぎゅっと拳を作って意気込むメルに、ミノリが突っ込む。

 土属性アーツ担当の彼女は、ワダツミ近海のような海上フィールドではあまり出番がなかった。

 けれど、陸上なら機術師には不得手な物理攻撃を行えるため、汎用性が高く活躍の機会も多い。


「にゃあ。どうでもいいけど、早く涼しいところに行きたいにゃぁ」


 話に花を咲かせていると、ぐったりとした声が上がる。

 コンテナの上で大の字になったケット・CとMk3が、にゃごにゃごと呻いている。


「ケットもMk3もバフは切れてないんだろ? そんなに辛いか?」

「毛玉族にはキツいにゃあ。子子子くらいなら平気かもだけど、ボクらはケモ度を上げてるからね」


 半分溶けかかったような声を出すケット・Cと、彼の隣で倒れているMk3は、全身が分厚い毛で覆われている。

 傍らに腰を下ろしている子子子は、ヒューマノイドに猫のヒゲと尻尾と耳が付いたくらいだが、彼らは設定でより猫に近い外見にしているのだ。

 一応、より猫に近い方――いわゆる“ケモ度”が高い方が、夜目が効いたり足音が静かだったりと猫型ライカンスロープとしての能力も高くなるらしい。

 けれど、その補正は微々たるもので、目的のほとんどは個人の趣味趣向の範疇に留まっていた。


「ケモ度の差がこんなところに出るとはね。逆に酷寒地帯だとわたしよりもケットとかの方が有利なのかも」


 苦しそうなケット・Cたちを扇ぎながら、子子子が言う。

 たしかに、彼らの毛皮は雪山だと温かそうだ。


「そういえば、レティ――というかウサギ型はあんまりケモ度が高いプレイヤーを見ない気がするな」


 ふと、街中での様子を思い返して呟く。

 犬や猫はケモ度最大でほとんど直立しているだけの獣といった風貌のプレイヤーもそれなりに存在する。

 けれど、ウサギ型のプレイヤーは、大半がレティくらい――頭に長い耳が乗っていて、腰に丸い尻尾が付いている程度の姿が多いようなイメージがあった。


「ウサギ型はねぇ」

「何か問題でもあるのか?」


 訳知り顔で苦笑するエイミー達に、首を傾げる。

 彼女たちはケモ度の高いウサギ型が少ない理由を知っているらしい。


「目に感情が映らなくなって、怖いのよ」

「何とかファミリーくらいのデフォルメ感ならいいんだけど、ケモ度上げると妙に生々しくなるんだよね」

「あ、でも闘技場のPvP専門プレイヤーにはケモ度高いラビット系も増えてきましたよ」


 エイミー達が口々に伝えてくれる、ケモ度高めのウサギ型の実情を聞いて、なるほどと納得する。

 リアルでウサギを見る機会は、飼っているわけでもないので殆ど無いが、確かに彼らは虚無顔の印象がある。

 ウサギが好きな人たちにとってはそれがまた可愛らしいのだろうが、普通の人間サイズで直立歩行するウサギはなかなか怖い気がする。


「なんかウサギの悪口言ってませんか?」


 話に盛り上がっていると、先頭の方からレティが声を上げる。

 しもふりに跨がっていても、背後の騒ぎが聞こえたらしい。


「ウサギは可愛いなって話をしてたんだよ」


 ペットとして飼っていた訳ではないが、学校で飼育係として世話していたことはある。

 タンタンと駆ける様子や、ダンダンと地面を叩いて怒る様子はなかなか愛らしかった。


「ぬあっ!? そ、そうですか、レッジさんもようやくレティに振り向いてくれましたか。んひひ……」


 古の記憶が刺激され、ノスタルジーを感じていると、前方のレティが肩を震わせている。

 何か怒らせるような事を言っただろうか……。


「レッジ、今のはどういう?」

「多分そういう意味じゃないので、安心して良いと思いますよ、ラクト」


 妙に迫力のある笑顔を浮かべるラクトと、諦めきった顔のトーカ。

 二人の背後ではエイミーが肩を竦めている。

 なんだ、この微妙な空気は。


「レッジさん、ちょっとヤバイですよ!」


 その時、再びレティから声が上がる。

 今度はかなり切迫した様子だ。

 それを聞いて、俺たちは咄嗟に得物を構えて立ち上がる。


「どうした?」

「道が途切れてて、行き止まりになってます!」


 レティが前方を指さす。

 溶岩湖の真ん中を貫いていた細い道が、その先で突然消えていた。

 溶岩竜の突進でも受けたのか、その向こう側にはオレンジ色のマグマしかない。


「このまま突っ込んだら死にますよね。どうします?」

「引き返す……訳にもいかないな。ホムスビのくれた座標には確実に近づいてるわけだし」


 地図を見れば、着実に目的地は近づいていく。

 順当に考えれば、この溶岩の奥にそれはあるはずだ。

 ならば――。


「ラクト、頼めるか」

「もちろん。任せて」


 ラクトがコンテナの上に立つ。

 彼女がいれば、火の海だって渡れるはずだ。


「『氷の道アイスロード』」


 幾重にも自己バフを重ねたラクトが、アーツを発動させる。

 灼熱のマグマに、途切れた道の続きが現れる。

 氷と溶岩が存在をかけて争い、白い水蒸気がもうもうと立ち込める。

 それでも、道はできた。


「レティ!」

「承知しましたっ」


 凍り付いた道を、しもふりが軽快に駆けていく。

 俺たちはついに広大な溶岩湖のど真ん中を走っていた。


「うぎゃあ、やっぱりLP消費が激しすぎる!」


 アーツを維持していたラクトが悲鳴を上げる。

 どうやらマグマで絶えず氷が侵蝕されてしまうため、短時間でもかなり厳しいらしい。

 テントの回復も追いつかないほど、急激にLPを消費していく。


「ごめんレッジ、見通しが甘かったみたい。ちょっと維持がキツいよ。ミノリさんの方が適役かもしれない」


 ラクトは悔しそうに唇を噛み、後方のコンテナにいる地属性機術師のミノリの方を見る。

 たしかに、彼女のアーツで道を作った方が、効率は良いかも知れない。

 期待を込めてミノリを見ると、彼女は表情を曇らせる。


「地属性でも厳しいですね。地属性機術は発生が遅くて、しもふりちゃんの速度についていけません。そもそも、こんなにマグマばかりでは地面を基点とした生成もできませんから」

「マジか……」


 専門家からの冷静な宣告に、思わず冷や汗が頬を伝う。

 考え無しに突っ込んでしまったが、これはかなり危ない状況になってしまったのでは。


「仕方ないわね。私がやるわ」


 そこへ、手を挙げる人がひとり。

 エイミーはやれやれと肩を竦み、アーツを発動させた。


「とりあえず、まずは様子見ね。――『大壁ラージウォール』」


 しもふりの足下に、大きな障壁が水平に現れる。

 それはしもふりの体重をしっかりと受け止めて支えていた。

 更に同じものがいくつも立て続けに現れて、マグマの少し上に道を作っていく。


「なるほど、防御アーツなら連射できる。これなら道としても使えるか」

「流石に一人だとキツいわよ!」

「……なら、私も手伝おう」


 エイミーが作り続ける障壁の間に、別の障壁も連なる。

 それを生み出していったのは、〈七人の賢者セブンス・セージ〉の防御機術師ヒューラだった。


「助かるわ。これなら幅にも余裕を持たせられる」


 エイミーとヒューラのアーツによって、しもふりと“鉄百足”は空を駆ける。

 まるで銀河を走る鉄道のようだ。


「しかし、タンクが二人ともかかりきりになるから、かなり無防備になっちゃうね」


 交互に障壁を出し続けるヒューラとエイミーを見ながら、メルが言う。

 たしかに、今どこからか攻撃が飛んでくれば、かなり危ない状態だ。


「とはいえ、溶岩湖はかなり安全だし、そうそう危ない状況にはならないだろ」


 溶岩湖にいるのはウナギくらいだ。

 それも釣り糸を垂らさなければ姿を現さないし、そう言った意味では安全な土地と言っても良い。

 憂うメルもふっと表情を和らげた、その時だった。


「レッジさん、あれ……っ!」


 レティが溶岩湖の真ん中を指さす。

 いつの間にか眼下にはすり鉢状に窪み、マグマが渦巻く、不自然な湖面が広がっていた。

 そして、すり鉢の底に、それはいた。


「安全って、なんだろうねぇ」


 メルがぼやく。

 泡を吹き上げて渦巻くマグマの中心に、それは座していた。

 蛇のように細長い体に、鰐のような厳めしい顔。

 黄金色の鱗を輝かせ、赤い瞳を真っ直ぐこちらに向けている。


「――龍だ」


 思わず言葉が零れる。

 溶岩湖の中心――ホムスビから伝えられた座標に居たのは、黄金に輝く巨大な龍だった。


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Tips

◇獣濃度

 タイプ-ライカンスロープ専用の機体パラメータ。この値が高いほどより獣らしい外見になり、嗅覚、視覚、聴覚などの感覚器や、速力、隠密性能、跳躍力などの運動能力が高くなる。

 各地のアップデートセンターにて変更ができる。


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