第473話「火中の獅子」※

 溶岩竜ラーヴェイクを解体し、皮と鱗と骨はネヴァへ、肉はカミルの方へ渡す。

 ネヴァは脇目も振らず作業に集中し、カミルも額に汗を滲ませながらくるくると働いている。


『うな重できたわよ!』

「わぁい!」


 カミルが丹精込めて作った特大うな重は、完成と同時に消えてゆく。

 彼女の立つ簡易調理台の周囲には、目をギラつかせた猛獣――もとい、腹を空かせたレティたちが取り囲んでいるのだ。

 暑い中、水分補給を忘れていた彼女たちは、一時は少し熱暴走を起こしかけていたようだが、カミルが作るうな重は丁度それを防ぐ効果を持っていた。

 うな重で元気を取り戻した彼女たちは、ついでに食欲も取り戻し、うな重がいくらでも無料で提供されるのを良いことに、焼き上げられた瞬間に争奪戦を繰り広げているのだった。


『まったく、良く食べるわね』


 巨大な漆塗りのお重がにぎやかに担ぎ上げられているのを見て、カミルが呆れる。


「それだけカミルの作ったうな重が美味いってことだろ。カミルも休憩がてら食べてもいいんだぞ?」

『別にいいわよ。そんな暇もなさそうだし』


 そう言って彼女は再び休む間もなくウナギを焼き始める。

 キッチンの周囲には争奪戦に敗れたトーカたちが今か今かと待ちわびていた。

 たしかに、こんなに視線を向けられては休むこともできないだろう。


『レッジとネヴァのぶんは取り置いといてあげるわ。感謝なさい』

「おお! たすかるよ」


 作業に手が離せない俺たちのぶんを、カミルは確保してくれているらしい。

 そういう細やかな気遣いができるところが、彼女が優秀なメイドさんたる所以だろう。


「レッジ! できたわよっ!」


 まるで娘の成長を喜ぶ父親のように目の奥を熱くしていると、もう一人の仕事人が突然声を上げた。

 驚いて振り向くと、ネヴァが興奮に瞳孔を開ききってこちらへ駆け寄ってきた。


「できたって、しもふりの防具か?」

「他に何があるって言うのよ。ほら、早速試しに行くわよ!」

「ちょ、分かったから。あんまりひっぱるな」


 熱中症とは別の意味で暴走気味のネヴァに引っ張られ、“鉄百足”先頭のコンテナの中で休んでいたしもふりの下へ向かう。

 途中でうな重を食べていたレティも連れてきたが、彼女は不服そうな顔をしている。


「あの、先にうな重食べたいんですが……」

「うな重よりしもふりでしょ。ていうか、それ何杯目よ」

「まだ42杯目ですけど?」

「十分食べすぎだよ」


 俺とネヴァに囲まれ、彼女はしぶしぶ食べかけのうな重をしまう。

 コンテナを開くと、主を認めたしもふりが嬉しそうに立ち上がって駆け寄ってきた。


「よしよし。待たせましたね。――ていうかここ涼しいですね? レティたちもこっちで休めば良かったのでは……」

「一応護衛も兼ねてるんだ。全員コンテナに閉じ籠もってるわけにも行かないだろ」


 適当にでっち上げた建前を話しつつ、ネヴァに目配せする。

 それを受けて、彼女は早速開発したばかりのアイテムをレティに渡した。


「溶岩竜ラーヴェイクの皮は極めて高い断熱効果を持っているわ。そんでもって、こっちの鱗は熱伝導性能、放熱性能に優れてる。だから、この二つを組み合わせると、内部の熱を抜いて、外部の熱を通さない、そんな感じの装備が作れるの」

「それはまた……随分と都合の良い素材だなぁ」


 ネヴァの説明に思わず茶々をいれる。

 すると彼女はすんなりと頷いた。


「当然でしょ。あのウナギはこの環境に適応してるんだから、都合の良い体の作りをしてるに決まってるわ」


 雪山の猿の体毛が保温効果に優れているのと同じだと、彼女は言う。

 そういえば、さっきもそのような話をしていた。


「ただまあ、それだけじゃ足りないから、水冷式冷却機構とか諸々も取り付けたわ。ともかく、一度着けてみてちょうだい」

「分かりましたっ」


 ネヴァからアイテムを受け取ったレティは、早速それをしもふりの装備スロットに移す。

 光の粒子が三つ首の機械猛犬を包み込み、素っ裸だったしもふりに装いを与える。


「おお、格好いいじゃないか」

「なんかピカピカしてますねぇ」


 首元を長方形のヒートシンクがぐるりと囲む。

 四本の太い脚にも、小さなものが付いている。

 胴体を覆うのも、光を反射するように磨かれた、金属質の鱗だ。

 それらは薄く滑らかな革に接続され、しもふりの大きな体を包んでいる。


「しもふり専用酷暑地帯行動装備“レオンヒート”よ。なかなか格好良いデザインに仕上がったでしょ」


 自らの仕事を見て、誇らしげに胸を張るネヴァ。

 鈍色の金属筐体を晒していたしもふりは、赤銅色に輝く獅子のような姿に変わっていた。

 熱対策は完璧なようで、しもふりはコンテナの外に出て嬉しそうに駆け回っている。


「あのサイズの機械獣の装備は、色々考えることが多くて大変だったわ」

「それを現地でよく組み立ててくれたな。助かったよ」

「むふん。私を誰だと思ってるのよ」


 しもふりが復活したことで、俺たちも動き出すことができる。

 ネヴァに深々と頭を下げると、彼女は口元を緩めた。


「よし、じゃあ立ち往生もここまでだ。早速奥に向かって再出発しよう」

「ですね。しもふりも走りたがってますし!」


 ブンブンと尻尾を振るしもふりに、レティが飛び乗る。

 力強い動力が復活したことにより“鉄百足”が動けるようになった。

 俺は急いで残りの溶岩ウナギを片付けて、カミルもキッチンを撤収する。

 そうして、しもふりの復活から十分も掛からず、俺たちは再び深層洞窟の奥に向けて進み出した。


_/_/_/_/_/


「みなさん、どうもこんにちは。〈ネクストワイルドホース〉現地リポーター班ディレクターのナカタです。ちょっと皆さんに見て頂きたいものがありまして。ほら、この超肉厚なウナギの蒲焼き! 下に詰まっているピカピカのごはん! これ、さっき〈白鹿庵〉のメイドロイドさんにロケ弁として頂いたものなんですけど、めちゃくちゃ美味しいんですよ!!」


◇リスナーあんのうん

は?


◇リスナーあんのうん

だから?


◇リスナーあんのうん

美味そうだな・・・で?


「みなさんピリピリしてますねぇ。いやぁ、このうな重に乗ってる山椒みたいだ。なんつって」


◇リスナーあんのうん

なんやこいつ


◇リスナーあんのうん

当てつけか?

そのうな重寄越せ


◇リスナーあんのうん

画面だけ見せられてもわかんねえよ!!!


◇リスナーあんのうん

なんで溶岩湖でウナギ食ってんだ、こいつ


◇リスナーあんのうん

いいなぁ、美味そうだなぁ


「やや、すみませんねぇ。あ、冷めるといけないのでちょっと失礼して。ほふっ、はふっ。おほー、うんまいっ!」


◇リスナーあんのうん

ちょっと野次馬本部にクレームいれてくっかな


◇リスナーあんのうん

こんなんBPO違反でしょ


◇リスナーあんのうん

現地飯ってだけでも美味いのに、暑い中でのうな重とか・・・


◇リスナーあんのうん

くそう・・・くそう・・・っ!


◇リスナーあんのうん

ワイ騎士団員。団長と副団長がたらふくウナギ食ってるの見ながら行軍してる模様。

辛いぜまったく。


◇リスナーあんのうん

騎士団さんがこんなの見てる暇あるんですかね


◇リスナーあんのうん

洋上のお船に乗ってるから、多少はね。

まあ出てくる料理は缶詰とかなんですけど!!


◇リスナーあんのうん

戦場に料理人連れて行く余裕ねぇもんな


◇リスナーあんのうん

田中の野郎、何にも喋らなくなったな


◇リスナーあんのうん

カメラマンも食べ続けてる田中映すなよ


◇リスナーあんのうん

カメラマンもうな丼食べててカメラ動かす余裕ないんでしょ


◇リスナーあんのうん

新手の拷問か?


「ふぅぅ。美味いですね。いやぁ、今まで食べたどんなうな丼よりも美味い。一度皆さんにも味わって頂きたいですね」


◇リスナーあんのうん

殺意湧いてきた


◇リスナーあんのうん

ハラスメント行為でええのんか?


◇リスナーあんのうん

いいもん、ボムカレー食べるもん


「おおっ? な、なんだこれはー。なんと、これは、特大う巻きじゃないですかー」


◇リスナーあんのうん

う巻き!?


◇リスナーあんのうん

ラインナップが豪華すぎるだろ・・・


◇リスナーあんのうん

なんで卵まで常備してんだよ、おっさんずキッチン


◇リスナーあんのうん

今はメイドさんずキッチンだぞ


◇リスナーあんのうん

あああああうまそーーー


「おほー、おいしいですねぇ。あー、ほっぺたおちそ」


◇リスナーあんのうん

もうちょっと食リポしっかりしろよせめて


◇リスナーあんのうん

語彙力がなさ過ぎるだろ


◇リスナーあんのうん

bbbbbbbbb


「皆さんも深層洞窟最下層に立ち寄った際には、是非食べてみて下さいね!」


◇リスナーあんのうん

シンプルにお前が嫌いになりそう


◇リスナーあんのうん

ふらっと立ち寄れるような立地じゃないんだよな


◇リスナーあんのうん

鰻屋のある町ってどこがあったかな・・・


◇リスナーあんのうん

ウェイドとワダツミにあったはず


◇リスナーあんのうん

今日は行列できそうだなぁ


「あっあれ!? なんかテント進んでね?」

「うっわマジだ。おい、早く食べろ! ていうか食べるの中断して追いかけるぞ!!」

「ちょ、まだう巻き食べてねぇんだけど!」

「待って、待ってぇえええっ!」


◇リスナーあんのうん


◇リスナーあんのうん

ざまぁ


◇リスナーあんのうん

見せびらかすのに必死で置いて行かれそうになってて笑う


◇リスナーあんのうん

早速天罰喰らってて笑うわ


◇リスナーあんのうん

すっきりした


◇リスナーあんのうん

これは神番組


◇リスナーあんのうん

視聴率ぐんぐんあがってそう


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Tips

◇レオンヒート

 大型機獣“しもふり”専用の酷暑地帯行動装備。

 溶岩竜ラーヴェイクの革と鱗を素材としており、断熱、放熱性能に優れる。機関部付近には水冷式冷却機構が搭載されており、高温部を効率的に冷やすことができるようになっている。

 オーバーヒートの危険のある酷暑環境に対応するために開発された、拡張装備。限られた設備で急造されたため、各所に粗は目立つものの、実用に耐えるだけの性能は持っている。


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