第467話「宙を駆ける」
〈アマツマラ深層洞窟・最下層〉に立ち入った俺たちは、最初の洗礼として無数の蝙蝠に襲われた。
上層、〈ホムスビ〉の近くでエイミーが予習していた“バレットバット”によく似ているが、あれよりも更に一回り大きく、凶暴な相貌をしている。
そして、何より――。
「うわあああっ!?」
「『プッシュガード』ッ!」
暗闇から飛び出してきた大蝙蝠は、羽を畳み、ミサイルのような速度を出していた。
川に飛び込むカワセミのような勢いで、タイプ-ゴーレムのエイミーよりも遙かに大きな存在が飛んでくるのだ。
その単純な衝撃だけでも、喰らえばただではすまない。
「大丈夫、レティ」
「だ、大丈夫です。助かりました」
しもふりに跨がっていたレティを襲う大蝙蝠を、真正面から殴り飛ばしたエイミーも、なかなかの反射速度だ。
彼女はしもふりの頭、レティの前に立ち、盾拳を構える。
広い洞窟の天井からは、次々と大蝙蝠が飛び出してきた。
「――『
エイミーに向かって牙を剥く大蝙蝠の大群に、氷の魚群が喰らい付く。
横腹を食い破るように、獰猛な動きで銀の魚群が洞窟の空を駆け巡る。
「LPは使い放題だからね! 今度こそ、景気よく行くよっ!」
四将、“青将のダシャク”では足場役に徹していたラクトが、威勢良く声を上げる。
何だかんだ言いつつ、鬱憤が溜まっていたらしい。
今までの分を全て吐き出すように、彼女は盛大に蝙蝠を蹂躙していった。
「彩花流、壱之型、『桜吹雪』」
銀の魚が暗闇を駆ける中、地上では桜吹雪と斬撃が舞う。
チン、と刀が鞘に収まり、影を固めたような大蜘蛛の群れが、一斉に血を吹き出してバラバラになった。
「大蝙蝠だけじゃないですね。これは……“八百眼のアダラ”の上位種ですか」
トーカの斬撃を真正面から受けた黒い蜘蛛は、眼を赤く光らせ、口から白い糸を吐き出す。
彼らはそれを器用に使って、バラバラになった自身の体を縫合していた。
「群体はあんまり、得意ではないのですが……」
気の向かない表情で、しかし闘志を漲らせ、トーカが鯉口に手を添える。
そんな彼女の真横を、後方から放たれた巨大な火球が通り過ぎた。
「――苦手なら、ワシらに任せておけばいいよ。ちゃちゃっと片付けて上げるからね」
氷刃が飛び、蝙蝠の羽をズタズタに切り裂く。
大地が隆起し、上下左右から押し潰す。
烈風が群れを薙ぎ倒す。
緋色のローブをはためかせるメルの背後で、〈
「トーカ、とりあえずコンテナに戻れ。エイミーは前方の防御を頼む。ここで立ち往生してても物資を浪費するだけだ。メルたちのアーツを主軸にして、迎撃しながら群れを突破するぞ」
「了解。任せなさい!」
地面に降りなければ攻撃ができないトーカたちは、今はまだ出番ではない。
まだ洞窟の入り口に立ったばかりで、道は長いのだ。
彼女もそれは承知している様子で、後ろ髪を引かれながらもコンテナに戻る。
「では、出発しますよ!」
レティがしもふりに発破を掛ける。
子子子のハクオウがそれに続き、“鉄百足”は再び洞窟の奥に向けて進み出した。
「あはははっ! やっぱりレッジといると、楽しいね!」
「この爽快感はなかなか味わえませんよねぇ」
興奮し、声を上げるメルたち。
テントのおかげでLPに余裕のある彼女たちは、バカスカと景気よくアーツを連射している。
深層洞窟の原生生物は、彼女たちの技量でも一撃では倒せないほどに強靱な生命力を持っているが、こちらは別に倒す必要は無い。
蝙蝠ならば翼をもぎ、蜘蛛ならば脚を消し飛ばすことで移動能力を削ぎ、“鉄百足”の速度に追いつけなくすればいい。
そんなわけで、俺たちの背後には見るも無惨な姿になった原生生物が、ボトボトと地面に落ちて蠢いていた。
『はぴっ! ふにゃっ! ぴゃいっ!?』
最下層はまだ地図すらできていない。
進むたびに更新されていくマップを見ながら、目的の座標へ辿り着くにはどうしたらいいか悩んでいると、背後から可愛らしい悲鳴が聞こえてくる。
振り返ると、カメラを抱えたカミルが、涙目になっていた。
「……カミルは何をやってるんだ?」
『後ろから火の玉が飛んでくるから避けてるのよ!』
そう言って彼女は隣に立っているメルを指さす。
炎髪の少女は今も景気よく、連発の効く火球のアーツを放っていて、とても楽しそうだ。
「別に、メルだってカミルに当てるようなヘマはしないだろ」
『鼻先ギリギリを掠められたら、例え直撃しなくても怖いでしょ!』
メルは蝙蝠を撃ち落とすことに集中しているようで、真横にいる俺たちの会話も耳に入っていないらしい。
「仕方ないな」
『わにゃっ!? な、何するのよ……』
「こっちにいた方が安全だろ」
俺はカミルの肩を抱き寄せ、体の前に誘導する。
メルとの間に俺が入れば、まだマシになるだろう。
「そういうわけで、カミルは撮影を引き続き頼む」
『わ、分かったわよ……』
彼女の小さな両肩に手を置いてやると、多少は安心してくれたらしい。
落ち着きを取り戻したカミルは、カメラを構えてシャッターを押し始めた。
「――納得いきませんね」
前方に座っていたトーカが、こちらを振り向いて言う。
仏頂面で、ぷっくりと頬を膨らせている。
「何が気に入らないんだ?」
「ラクトやメルさんたちだけ楽しんでて、私たちの出番がないことですよ!」
不用意に聞いてしまって、若干後悔する。
どうやら彼女は一連の戦いの中で、若干バーサーカー的な所が出てきてしまったらしい。
楽しそうにアーツを放つ機術師陣を真っ直ぐに指さして、羨ましいと怨嗟の声を上げる。
「仕方ないでしょ、トーカは近接なんだから。遠くにいる敵はわたしたちが撃ち落とす。適材適所ってやつだよ」
「わ、私だって撃ち落とせますよ!」
「斬撃飛ばす系統のテクニック、あんまり持ってないじゃないの」
ラクトもラクトで、さっきのダシャク戦で指をくわえているしかなかった腹いせか、トーカを見下ろすような不敵な笑みを浮かべて言う。
売り言葉に買い言葉。
うら若き少女たちが言い合っているのも見ていられないが、その内容が物騒なのも頂けない。
どう諫めようかと片眉を上げて思案していると、トーカがミカゲを呼んだ。
「ミカゲ、ちょっと来なさい」
「……何?」
「今から姉さんの言うとおりにやりなさい」
「えっ」
うっかり近づいてしまった弟の肩に手を回して、トーカがひそひそと声を殺して何やら伝える。
覆面の隙間から見えるミカゲの目に、驚き、呆れ、怯えなど様々な感情が現れていた。
「無理だよ」
「無理っていうのは嘘つきの言葉なのよ。やってやれないことはないわ」
「でも……」
「デモもストライキもない! ほら、あんたはぴゃぴゃっと糸出すだけで良いんだから」
「ええ……」
「返事は?」
「……はい」
笑顔なのに圧のあるトーカに迫られては、弟は逆らえない。
ミカゲが首を縦に振ると、彼女は満足そうに頷き、刀に手を添えた。
「えっと、トーカ? 一体何を――」
「レッジさんは見ていて下さい。ちょっと天井にいる蝙蝠を斬ってきますので」
妙に自信の満ちた顔で言われ、何も聞けなくなる。
呆然としていると、ミカゲが洞窟の天井に向かって腕を伸ばした。
「『絡め糸』」
勢いよく放たれる、白い糸。
それは天井付近で蠢く蝙蝠の翼に纏わり付き、動きを制限する。
「ではっ!」
たんっ、とコンテナを蹴ってトーカが跳躍する。
それだけでは距離が足りず、彼女は勢いよく刀を引き抜いた。
「『迅雷切破』ッ!」
虚空を切りながら、斜め上方向へと瞬間的に跳び上がる。
テクニックの性質を応用した高速移動で、彼女は蜘蛛糸の絡まった蝙蝠へと近づいた。
「ほっ!」
「ちょ、トーカさん!?」
高く跳び上がったトーカは、蝙蝠を蹴る。
蜘蛛糸を解こうと藻掻いていた蝙蝠が驚いた顔になるなか、それを足場にした彼女は、更に高くへと跳び上がっていた。
「ミカゲッ!」
「分かってる。――『絡め糸』」
ミカゲが次々と糸を乱射していく。
密集する蝙蝠の群れへ向かって撃てば、特に狙いなど付けなくとも何かしらを拘束することができる。
そうして動けなくなった蝙蝠をトーカは踏み台にして、空を駆けていた。
「いいじゃないですか、成功です! ――彩花流、捌之型、三式抜刀ノ型、『百合舞わし』ッ!」
洞窟上部を飛ぶ蝙蝠の群れに突っ込んだトーカが、笑い声を上げながら斬撃を飛ばす。
自身を中心とした球状の範囲内の大蝙蝠が、羽を切り裂かれて落ちていく。
勢いに乗った彼女は、それすらも足場にして、空中を移動する。
「すごいことやってんな……」
『調査開拓員って、意味が分かんないわ』
その曲芸じみた光景を見て、俺とカミルは揃って口をあんぐりと開ける。
とりあえず、調査開拓員がみんなあんな風だとは勘違いして欲しくない。
「――なるほど、妙案ですね」
「あれなら楽しそうだにゃぁ」
勘違いして欲しくなかったのに、嫌な予感がする。
恐る恐る振り返ると、さっきまで静かにしていたアストラとケット・Cが目をキラキラとさせて、宙を駆けるトーカを見ていた。
「団長!? ちょっと、冷静になって下さいよ」
「アイ、こんなに楽しそうなことを逃す手はないだろ」
「お願いだから考え直して下さい!」
困惑したアイが団長を引き留めようとするが、一度スイッチの入ってしまった彼は、暴走した〈カグツチ〉よりも止まらない。
アイの制止をするりとくぐり抜けてしまう。
「あの、アストラさん? ケットさん?」
「ミカゲくん、俺も飛びたいので手伝って貰って良いですか」
「ボクもよろしく頼むにゃあ」
「ちょっ」
俺の真横を通り過ぎ、ミカゲの元へと向かう二人。
トッププレイヤーの彼らに頼まれては、ミカゲも首を横には振れない。
姉の方をちらりと見て、彼女が自力で空中にいるのが分かると、観念した様子でこくりと頷いた。
「最初は感覚を覚えた方がいいですね。アーサー、『流転する光』だ」
「ボクはたぶん、すぐに行けるにゃあ。とーうっ!」
蜘蛛糸が絡まり、落ちてきた蝙蝠にアストラとケット・Cが飛び乗る。
それを足場に跳び上がった二人は、トーカと同じように群れを斬りながら滞空していた。
『やっぱり、調査開拓員ってヘンだわ』
「俺もなんか自信なくなってきたよ……」
唖然として見上げるカミルに俺は何も言うことができなかった。
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Tips
◇『絡め糸』
〈忍術〉スキルレベル20のテクニック。袖に仕込んだ糸を射出し、対象の動きを阻害する。糸の射程、射出速度は〈忍術〉スキルレベルに、妨害できる時間は対象の強さと習熟度に依存する。糸の種類を変えることで、様々な特性を付与することも可能。
狡猾な捕食者は油断しない。どんな弱者にも手を抜かず、最後の牙を突き付けるその時まで、反撃すら許さない。
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