第468話「溶岩地帯」
羽を斬られ、飛行能力を失った蝙蝠たちがボトボトと落ちてくる。
俺はアイと協力してそれを払いのけながら、洞窟の天井付近を飛び跳ねている三人を見上げた。
「ほんとにずっと飛んでるなぁ」
「〈歩行〉スキルがレベル80でも、あんなの普通はできませんよ」
蝙蝠を踏みつけ、空中に居座るトーカたち。
俺も〈歩行〉スキルはカンストまで上げているが、あそこまで自由に動ける自信はない。
ましてや、楽しげに笑いながら剣を振り回しているアストラはその〈歩行〉スキルすら持っていない。
あの曲芸じみた動きを自身の運動能力だけでやっているのだから、正直言って頭がおかしい。
「やっぱトッププレイヤーはどこか突出してるというか、頭のネジが抜けてるというか」
「レッジさんも大概ですからね」
アイが戦旗を振り回す。
大きな旗が、突っ込んできた蝙蝠を三匹ほど纏めて絡め取り、“鉄百足”の脇に叩き落とした。
「レイピアは使わないのか?」
「一対一の状況ならレイピアの方が楽ですけど、向こうがこれだけ沢山いると、流石に捌くのが面倒です」
「それなら、
アイは〈歌唱〉スキルを攻撃に転用した、
それを使えば、蝙蝠や蜘蛛の群れも纏めて無力化できるだろうに、彼女は気の向かない様子で口を曲げた。
「広範囲スタンはできますけど、普通にうるさいですから。レッジさんたちにも迷惑が掛かりますよ」
メルたちのアーツで迎撃ができているのなら、そちらの方がいい、と彼女は言う。
頬を赤らめているあたり、それだけが理由ではないのだろうが、あんまり進んで使う気にはなれないらしい。
「この後もしばらく続くだろうし、アイたちが危なくなったら使ってくれよ」
「分かってます。使い惜しんで死ぬほど愚かじゃないですからね」
そう言ってアイは胸を張る。
〈大鷲の騎士団〉の副団長として、その判断力には俺も一目置いている。
今のところは奥の手として、温めておいて貰おう。
「レッジさん、前方に分かれ道です!」
前方からレティが声を上げる。
顔を向けると、メルの火球によって照らされた洞窟の奥が、左右二つの道に分かれていた。
「どっちに行きますか?」
「とりあえず、座標に近い方だな。――右に行ってくれ」
「了解です!」
レティがしもふりを繰り、進路を定める。
深層洞窟の最下層は未踏破の階層であるため、まだ地図ができていない。
そのため、ホムスビが示した座標に繋がる道がどちらかは分からず、選んだ道が正しいとは限らない。
それでも立ち止まっている暇はないので、直感で決める。
あとは俺の祈りがどれだけ通じるかだ。
「最下層は、あんまり構造が複雑じゃないのが幸いだな。上層の奥とか下層はもっと通路も細くて入り組んでるんだろ?」
「そうですね。下層、中層はまさしく天然の迷宮です。マッパーが泣いてましたよ」
アストラや騎士団精鋭と共に攻略をしていたアイが、困り眉で口元を緩める。
踏破率が低く、地図が作られていないフィールドを探索する際には、マッパーと呼ばれる職のプレイヤーが活躍する。
しかし、騎士団が擁する本職でさえも苦難するほど、深層洞窟は複雑な構造をしているらしい。
最下層は巨大な穴が一本伸びており、緩やかなカーブを描く以外に曲がり角もあまりない。
マッパーにとっては優しいフィールドだろう。
「とはいえ、こちらはこちらで群れが際限なく集まってしまうので、大変ですけどねっ」
アイが戦旗を振るって蝙蝠をはたき落とす。
彼女の言うとおり、広いということは遮蔽物が少なく、向こうからも俺たちがよく見えると言うことだ。
洞窟を進めば進むほど、蝙蝠も蜘蛛も続々と現れ、岩石を纏ったワームや小型車ほどもあるネズミなども混じり始める。
テントの恩恵を受けてでアーツを撃ちまくっているメルやラクトたちのおかげで、そのほとんどが一方的に撃退できているが、普通に攻略しようと思うとかなり辛いだろう。
ここに棲む原生生物は、群れの数としての力だけでなく、純粋に個々の力もかなり強いのだ。
「レッジさん、今度は上り坂と下り坂です!」
「下りだ。下へ下へ行くぞ」
「分かりましたー!」
“鉄百足”が傾き、坂道を下っていく。
ごつごつとした岩の足場を、細い脚が巧みに捉え、滑らかに駆ける。
この不整地でも安定して動けるように、ネヴァと共に試行錯誤を続けた自慢の機構だ。
「レッジさん」
「どうした?」
いよいよ以て敵の密度が増していく。
俺は〈風牙流〉の技も使いながら、“鉄百足”に群がってくる原生生物を薙ぎ倒してく。
そうしていると、背後のアイから声が掛けられた。
彼女は怪訝な顔をして、周囲を見渡している。
「少し暑くないですか?」
「そうか? 動き回ったからかもな」
「この程度で暑くなることはないですよ」
俺の言葉に、彼女はきっぱりと否定する。
普段から最前線で指揮を執っている彼女にとって、この程度は激しい運動にカウントされないらしい。
「それなら、メルが火炎放射してるからか?」
「見た目には熱いですけど、機術の火は熱を伝えませんから」
「それもそうか……」
ラクトの出した氷を触っても冷たく感じないように、機術で生成された物質は少し特殊で、本物の氷や炎とは若干性質が異なっている。
そう考えてみると、確かに気温が上昇しているような気がした。
「もしかして、地熱か?」
「かも知れません」
〈鋼蟹の砂浜〉から考えても、俺たちは随分と地中深くまでやってきた。
地熱によって気温が上がっていても、不思議ではない。
「コンテナにクーラーアンプルも積んでる。エプロンにも伝えておこう」
「お願いします」
気温が上がれば、“熱暑”や“酷暑”といった状態異常が発生する。
徐々にLPが削れていくもので、当然対処できるならした方が良い。
幸い、こんなこともあろうかとアンプルは用意していたし、支援機術師のエプロンなら冷却系の支援アーツも施してくれるだろう。
メルたちの支援をしていたエプロンに、そのことを伝えていると、再びレティから声が上がった。
「レッジさん、レッジさん、ちょっとヤバイですよ!」
「今度は何が来た?」
コンテナの上を渡り、百足の前部へと向かう。
その時、上から悲鳴が聞こえてきた。
「うわわわっ! レッジさん、避けて下さい!」
「うん? どわっ!?」
見上げた直後、トーカが落ちてくる。
避ける間もなく彼女の下敷きとなって、コンテナに倒れる。
「とと、びっくりしたにゃあ」
「突然環境が変わりましたね」
直後、アストラとケット・Cが軽やかに戻ってくる。
俺は目を回しているトーカを脇に退けて、周囲を見渡す。
「蝙蝠がいなくなった?」
「蜘蛛もだにゃあ。気温が一気に上昇して、突然動きを止めた感じだにゃ」
あれだけいた原生生物の軍勢が、全て消え失せていた。
そのせいでトーカたちも足場が無くなり、帰還を余儀なくされたらしい。
「レッジさん、見て下さい!」
レティの声。
彼女はしもふりに跨がり、真っ直ぐ前方を指さしている。
その指の先には、オレンジ色に輝く光景が広がっていた。
「溶岩湖?」
「どおりで暑いわけです」
太く長い洞窟の下り坂を駆け下りる“鉄百足”の向かう先には、広大な溶岩湖が広がっていた。
ぶくぶくとマグマが泡をたて、どろりとした溶岩がゆっくりと流れている。
頼りない、細い道がぐねぐねと曲がりくねりながら続いているほかには、地面らしいものもない。
当然、落ちたらただでは済まないだろう。
「レッジさん、このまま進みますよ?」
「ああ、そうしてくれ。ホムスビから貰った座標には、着実に近づいてる」
念を押して確認するレティに、俺も頷く。
俺たちは深層洞窟最下層の奥に広がる、溶岩湖地帯へと突入した。
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Tips
◇熱暑
高い気温による状態異常。八尺瓊勾玉に負荷が掛かり、LPが徐々に減少していく。クーラーアンプルや一部の料理系アイテム、また〈支援アーツ〉の術式によって対処が可能。
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