第466話「洞窟に行こう」※

 どこぞの王様の墓のように、無数の巨蟹がずらりと並んだ地下空間を駆け抜ける。

 しもふりとハクオウの牽引力は凄まじく、連結させた八個の大型コンテナと、その上に乗った俺たちを、風のような速度で運んだ。


「レッジさん、この先の扉を抜けたらイハルパルタシアの部屋に入ると思うんですが」

「ボスは無視して掻い潜るぞ。そのまま、深層洞窟に入る!」

「了解です!」


 レティが発破を掛け、しもふりが速度を上げる。

 それに後れは取るまいと、子子子もハクオウの手綱を振った。


「しかし、事前にここの攻略を済ませておいて良かったですね」


 コンテナの上に直立し、激しく揺れているにもかかわらず、平然と周囲を見渡してアストラが言う。

 彼の言うとおり、俺たちは事前にこの蟹の巣を攻略していた。

 そのおかげで、左右に傅いている巨蟹たちは、俺たちを敵と見なさず、襲ってこないのだ。


「おかげでカミルも写真を撮る余裕があるみたいだし」

「にゃっ!? べ、別にいいでしょ。頼まれたからやってるだけなんだからっ」

「もちろん。良いのが撮れたらあとで見せてくれ」


 カミルにとっては、ここも初めて訪れる場所だ。

 自分よりも遙かに大きな蟹が、ずらりと整列する様子は壮観で、パシャパシャと幾度となくシャッターを切っていた。


「しかし、あの人たちも逞しいにゃあ」


 ケット・Cが背後を見ながら言う。

 俺たちを追いかけてやって来ているのは、〈ネクストワイルドホース〉などの実況中継系バンドや、四将を倒した時と同じようにおこぼれを貰おうと画策しているプレイヤーたちだ。

 〈ネクストワイルドホース〉は流石と言うべきか、実況中継のプロとしての意識が高いのか、全員が強力な存在隠蔽系の装備やテクニックで固めており、巨蟹たちも反応しない。

 逆に、安易に突っ込んできた戦闘系のパーティは、巨蟹によって吹き飛ばされているところもあった。


「着いてくる分には何にも言わないけどな。少なくとも、ここくらいは余裕で凌げないと、この先がキツいんじゃないかな」

「そうだねえ。ハイエナするならせめて、もう少し考えを巡らせて欲しいね」


 そういうプレイヤーにあまり良い感情を持っていないのか、メルが少し胸のすいたような顔で言った。


「レッジさん、そろそろです」

「扉、開けるか?」

「……ぶち壊せますかね?」

「“浮蜘蛛”を用意するよ」


 自信なさげにハンマーを取り出すレティに、かっくりと肩を落とす。

 洞窟の最奥にある扉は、手前に引くタイプのものだった。

 俺は“浮蜘蛛”を展開し、小蜘蛛を白い巨石の扉に張り付かせる。

 そこから糸を伸ばして、アストラたちに引いて貰う。

「よろしく頼む」

「了解です」


 アストラたちも一度経験していることだ。

 勝手知ったる様子で蜘蛛糸を握り、コンテナの上でぐいと引っ張る。

 今回は人数も多いため、“鉄百足”が通れる程度の隙間ならすぐに開くことができた。

 僅かに開いた空間に、身をねじ込むように白い百足が滑り込む。


「あああっ! 扉閉まっちゃ駄目ぇええ!」


 後ろから、悲鳴が聞こえる。

 振り向けば、〈ネクストワイルドホース〉のメンバーらしき、片目を長い前髪で隠した少女がマイクを持って叫んでいた。

 咄嗟に飛び出した声だったらしく、本人もしまったと口を塞ぐが、もう聞こえてしまっている。

 大型のカメラを持ったクルーたちが、ペコペコと必死に謝罪の意志を示してきた。


「どうします? レッジさん」

「そうだなぁ……。レティ、内側からぶっ叩いたら行けそうか?」

「任せて下さいっ!」


 レティが意気揚々と跳び上がる。

 星球鎚を振り上げて、思い切り力を込めて、白い扉に打ち付ける。

 極大の力を受けた石扉は、勢いよく開いた。


「うわああっ!? あ、ありがとうございますっ!」


 感激した様子の〈ネクストワイルドホース〉の皆さんに、ひらひらと手を振って応える。

 彼らのチャンネルを見たプレイヤーが、ネヴァの工房で販売予定の“鉄百足”を買ってくれたら、それだけで宣伝効果は十分だ。


「レティ、子子子、速度を上げてくれ。一気にボスの足下を駆け抜けるぞ」

「了解です!」

「ヤァ! 任せてよっ」


 “鉄百足”が更に加速する。

 白く大きな柱の並ぶ廊下を駆け抜け、その奥にあるボス部屋に飛び込んだ。


「いますね、イハルパルタシア」

「“白神獣の秘玉”は持ってるから、奥の扉は開くはずだ。無駄な戦闘は避けていこう」


 白い百足が地を駆ける。

 三つ首の猛犬と、大柄な白馬に牽引されて。

 俺たちが白い丘のような蟹の側を通り過ぎると、大きな壁のような爪が掲げられた。


「右に!」

「はいっ!」


 爪の軌道を読み、回避する。

 “鉄百足”のスレスレに爪が振り下ろされ、衝撃で地面を揺らす。

 とはいえ、コイツが地震の原因というわけではなさそうだ。


「もう開きますよ」

「とっとと抜けるぞ!」


 インベントリに放り込んだままだった“白神獣の秘玉”が反応し、扉が開く。

 俺たちは一気にその中に突っ込み、イハルパルタシアの攻撃を避けきった。


「ふ、ふわああ。怖かったですね……」

「でも良い画が撮れましたよ」


 俺たちの後ろをぴったりと着いてきた〈ネクストワイルドホース〉のリポーター陣も、無事の通過できたらしい。

 彼らはどっと疲れたようで、へなへなと地面に座り込む。


「さあ、レッジさん、ついに深層洞窟ですね」

「急に活き活きしてきたな……」


 アストラが活力を漲らせ、背中の剣に手を伸ばす。

 さっきまで静かだったのに、最前線に到着した途端に、目を見張るような変わり様だ。

 隣ではアイも、早速戦旗を準備している。


「レッジさん、これはとりあえず奥に進めば良いんですか?」

「ホムスビから震源地の座標を貰ってるから、そこを目指してくれ。道中の敵は――」


 深層洞窟は最前線だ。

 空間的にも狭く、足場も悪い中、蝙蝠をはじめとした多くの原生生物が襲いかかってくる。

 ここにいるアストラたちでさえも、苦戦を強いられることだろう。


「任せるにゃあ。ボクらが全部片付けてあげるからさ」

「そうだね。まあ、ワシらに掛かれば、余裕だよ」


 ケット・Cとメルが、俺の視線に気がついて、頼もしく胸を張る。


「そうですよ。むしろ、俺が皆さんの獲物を全部獲ってしまうかも」

「別に倒してしまっても構わないんでしょ? ならお姉さんに任せなさい」

「ふふふ。我が愛刀が血を啜りたいと泣いていますよ」


 アストラだけではない。

 エイミー、トーカたちも立ち上がる。

 彼らはすでにやる気を漲らせ、まだ誰も踏破したことのない深層洞窟の最下層へと至るつもりのようだった。


「頼もしいな。じゃあ、早速だが」


 俺は前方に視線を戻す。

 鍾乳石が垂れ下がり、石筍が突き出す、暗闇に染まった大洞窟。

 その奥から微かに反響する、無数の羽ばたき。

 赤い眼光の巨大な蝙蝠の群れが、俺たちの方へと襲いかかってきた。


「一気に駆け抜けるぞ」


 そうして、俺たちを乗せた“鉄百足”は勢いよく走り出した。


_/_/_/_/_/


「……『伐採』」


◇リスナーあんのうん

わこつ


◇リスナーあんのうん

わこつ


◇リスナーあんのうん

イベント参加できないから、仕事先から配信巡回してるんだけど、ここはどういう配信なんだ?


◇リスナーあんのうん

うーん、まあ、見たまんまだよ


「……『伐採』」


◇リスナーあんのうん

えっと・・・?


◇リスナーあんのうん

キヨウちゃん推しの主が、一心不乱に〈冥蝶の深林〉の木を伐採してる配信だよ


◇リスナーあんのうん

ええ・・・


◇リスナーあんのうん

なんでリスナーが4,000人越えてんの?


◇リスナーあんのうん

一周回っておもしろいから


◇リスナーあんのうん

主、ぜんぜんこっちに反応しないから、掲示板みたいな使い方してるわ


◇リスナーあんのうん

ほんとに朝から晩まで伐採して、たまにテントに戻って切った木を簡易保管庫に預けて、また切ってる


◇リスナーあんのうん

もうそろそろ斧20本くらい消費してんじゃないかな


◇リスナーあんのうん

赤斧……だよな?


「……『伐採』」


◇リスナーあんのうん

いや、青斧


◇リスナーあんのうん

まじかよ


◇リスナーあんのうん

ちなみに主は〈支援アーツ〉持ちだから、『耐久強化』と『鋭利化』のエンチャント掛けて使ってます


「……『伐採』」


◇リスナーあんのうん

BOTかと思うほどずっと伐採してんだよな


◇リスナーあんのうん

そのうちGM呼ばれそう


◇リスナーあんのうん

霊木の相場、すげぇ下がりそうだな


◇リスナーあんのうん

冥蝶の深林で木切ったらキヨウちゃんに票入るの?


「……『伐採』」


◇リスナーあんのうん

うん。

キヨウちゃんの管理区域だしな


◇リスナーあんのうん

ちょっと前に主のフレンドっぽい人が来て、テントに溜めてた木を運んでいったな


◇リスナーあんのうん

たぶん〈キヨウ〉の生産広場で無限に矢作ってる奴だな

たまに出掛けて木材と鉱石大量に集めて戻ってきてる


◇リスナーあんのうん

主と同じ様な奴が最低でも鉱夫もしてんのか・・・


◇リスナーあんのうん

狂人単独じゃなくて組織なのか


「……『伐採』」


◇リスナーあんのうん

一定のリズムで伐採が進むの、なんかクセになるな


◇リスナーあんのうん

だろう?


◇リスナーあんのうん

俺もうずっと抜け出せねんだ


◇リスナーあんのうん

無限に伐採し続けてる主も怖いけど、それだけの放送に4,000人以上集まってんのも大概ホラーだよ・・・


「……『伐採』」


◇リスナーあんのうん

角馬の丘陵で鉱石集めてる奴おったわ


◇リスナーあんのうん

あそこ鉱石ポイントめっちゃ少ないだろうに・・・


◇リスナーあんのうん

ようやるわ


◇リスナーあんのうん

キヨウちゃん推しは怖い奴ばっかりかよ


◇リスナーあんのうん

ここの主は筋金入りだぞ

オープニングライブも参加せずにここで木切ってたからな


◇リスナーあんのうん

こわいよ


◇リスナーあんのうん

他の管理者推しの奴らもガチ勢は大体怖いことしてるから安心しろ


「……『伐採』」


◇リスナーあんのうん

伐採がシシオドシみたいに聞こえてきた


◇リスナーあんのうん

アーカイブちらっと見てきたけど、この主、普段は普通に元気にコメントに反応してるし、めっちゃ明るい大工やん


◇リスナーあんのうん

何が彼をここまで変えてしまったのか


◇リスナーあんのうん

キヨウちゃんでしょ


◇リスナーあんのうん

初見

何この放送、こわ・・・


◇リスナーあんのうん

ようこそ


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Tips

◇モルフォイアの霊木

 〈冥蝶の深林〉に生える、特殊な力を帯びた木の幹。高エネルギー存在の姿を可視化したり、超自然的な現象に干渉したりする能力がある。

 木材としては非常に固く、加工しづらい上、燃えやすく、腐りやすい。そのため、扱うには高い技術を必要とする。


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