第448話「無邪気な悪魔」

 多少のトラブルはあったものの、カミルも最後にはエンジェル☆メイド装備の採用を許してくれた。

 もしくは、彼女はなんだかんだと言いつつ、最終的な決定権は俺にあるというスタンスを崩さず、受け入れてくれたというべきかもしれない。

 ともかく、これで今後カミルをフィールドへ連れていく際にも、少しは安心することができるだろう。


「そうだ、カミル」

『なによ』


 むっすりとした表情を隠そうともせず、カミルがこちらをギロリと睨む。

 装いは元のクラシカルなメイド服の方に戻っているが、モップと箒は自らが座る椅子に立てかけている。

 天叢雲剣による武器ではないため、コンパクトに折りたたむことができないのだ。


「これ、よかったら使ってくれ」

『これって……カメラじゃないの』


 俺はインベントリに用意していたアイテムを取り出し、カミルに渡す。

 それは、俺がこの星に降り立ったその日に購入した、一眼レフのカメラだった。

 〈撮影〉スキルレベル1から使用可能な入門機で、表現の幅や機能こそ乏しいが、その分扱いやすく、初心者向きのものだ。


「メモリーカードも差してある。好きなものを撮影して、何か良い画が撮れたら、見せてくれると嬉しい」

『いいの? あたし……』

「使ってるうちに、〈撮影〉スキルも覚えるだろ。たぶん」


 今のカミルには〈撮影〉スキルはない。

 だが、〈杖術〉スキルが覚えられたのだから、今後そのカメラで遊んでいれば、習得できる可能性はあるはずだ。

 そう言って、俺は押しつけるようにしてカミルにカメラを渡す。

 どうせ、捨てるに捨てられずストレージの肥やしになっていたものだ。

 俺は数世代新しいものを使っているし、最悪、壊れても悔いはない。


「いいじゃないですか、カメラ。レティの勇姿をばっちり撮って下さいよ。あとできればレッジさんの写真も撮って、ダースで下さい」

「レッジの撮る写真だと、どうしても見下ろされてる感じがしてたんだよね。カミルならわたしの方が若干身長も高いし、良い感じに撮れるんじゃないかな」


 レティたちにもそう言われ、カミルはそれなら、とカメラを受け取ってくれる。

 以前の雪山での撮影はビデオカメラを構えているだけだったが、それでも彼女はそれなりに楽しそうにしてくれていた。

 自分でシャッターを切ることができれば、それもまた、彼女の楽しみになってくれるだろう。


「いいじゃない、いいじゃない。それならちゃちゃっとベルトを作ってあげるわ」


 それを見ていたネヴァが階下の工房へと向かい、すぐに戻ってくる。

 彼女が作ってくれたのは、革のベルトだった。


「出掛ける時は、これを首に掛けて、こっちを腰に巻き付けておけばいいわ。激しい動きでもカメラが遊ばないように」

「流石だな。助かる」

「代金はレッジ持ちよ」


 カミルがメイド服の上から革のベルトを巻き、カメラの方にも細いネックストラップを通す。

 首に掛けておけば落とす心配が無くなり、移動時や戦闘時は、腰のベルトにカメラを固定すれば動きやすい。

 普通に写真家プレイヤーたちに向けても売れそうな便利アクセサリーだ。


「ああ、忘れてたわ。“衝撃の浄化杖”と“破撃の浄化杖”は、どっちもこれに収納できるようになってるわ。天叢雲剣よりは不便だけど、両手に抱えて運ぶよりはマシでしょ」


 そう言って、ネヴァはインベントリから更なるアイテムを取り出した。

 それはカミルの体格からすると少し大振りな、真鍮の金具が取り付けられた、トランクケースだった。


「モップも箒も、柄の部分を伸縮できるようにしてるの。一応、『木工細工』っていうそれなりに上等なテクニック使ってるのよ」


 ネヴァがモップを手に取り、柄をくるりと回す。

 ぴったりと合わさっていたために見えなかったラインが浮かび、長い柄がするすると縮んでいった。

 機械などを使っていないらしいが、随分と滑らかな動きだ。


『へえ。これは凄いわね』


 感心しながら、カミルが箒を同じように縮める。

 どちらの杖も、三分の一程度の大きさにまで短くすることができるようだった。

 その大きさなら、トランクケースの中にも収まる。


『いいわね。気に入ったわ』


 ネヴァから提供された全ての装備を身に纏い、カミルは嬉しそうにその場でターンする。

 カメラを首から提げ、トランクケースを持ち、クラシカルなメイド服を装う少女、というのはなかなかに見ない姿だ。


「さすらいのメイドさんって感じですね」

「メイドがさすらってどうするのよ……」


 レティの評価にエイミーが苦笑して頬を掻くが、なかなか言い得て妙だ。

 理想の主人を求めて荒野をさすらう孤高のメイドさんだ。

 掃除道具を巧みに扱い、暴漢や野獣にはエンジェル☆メイドとなって戦う。


「……カミル、ある日突然居なくなったりしないよな?」

『何を馬鹿なこと言ってるのよ』


 彼女が突然、まだ見ぬ主人を探して旅立つところを想像してしまい、少し不安になる。

 カミルはそんな俺を、呆れたような目で見てきたが。


『あぅ。カミル、かっこいい』


 装備を整えたカミルを見て、スサノオが声を上げる。

 ぱちぱちと手を叩き、カミルに熱い眼差しを贈っている。

 管理者からそんな反応を向けられ、カミルは慌てた様子でそれを止めた。


「あら? もしかしてスサノオもメイド服欲しくなっちゃった?」

『あぅ。スゥも着てみたい!』


 そこへ素早く接近するネヴァ。

 彼女の怪しい笑みに気付かず、スサノオは無邪気に頷く。

 その瞬間、ネヴァはキラリと目を光らせて、インベントリからもう一着のメイド服を取り出した。


「じゃーん! こんなこともあろうかと、メイド服作ってたのよ」

「い、いつの間に……」

「カミルの服を作りながら、並行して作ってたわ」


 驚く俺たちに、ネヴァはこともなげに言う。

 無駄に器用なことをする職人である。

 思いもよらないサプライズに、スサノオは声を上げて喜ぶ。

 早速、ネヴァから服を受け取ると、その場で着替えた。


「うわぁ、似合ってるわねぇ!」


 それを見て、ネヴァが歓声を上げる。

 確かに、黒髪と白い肌のスサノオに、シックな色合いのメイド服はよく似合う。

 スサノオ自身も、いつもの黒いワンピース以外の服を着て、嬉しそうにくるくるとその場で回っていた。


「で、ネヴァ」

「なに?」

「何が仕込んであるんだ?」

「流石に分かっちゃうかぁ」


 てへぺろ、と舌を出すネヴァ。

 彼女が普通のメイド服を作るはずもない。


「カミル。ちょっとこっちに来てくれる?」


 ネヴァがカミルを手招きする。

 その笑顔に警戒心を露わにしつつも彼女はスサノオの隣に立った。


「で、手を握って『機装展開』って言ってちょうだい」

『はぁ!? あ、アタシがスサノオの手を!? 握れるわけないでしょ!』

『あぅ。スゥはいいよー?』

『ふにゃぴっ!?』


 ネヴァの要請に、ぶんぶんと首を振って拒否するカミル。

 彼女の手を、スサノオがすんなりと握る。


「ほらほら、『機装展開』って言ってちょうだい」

『はわ、はわわ……』

『あうぅ。カミル、一緒に言ってあげるよ。――せーのっ』


 混乱でオーバーヒートしかけのカミルを、スサノオが強引に促す。

 そんな状況でも管理者に刃向かうことは許されないようで、カミルは何とか口を開いた。


『き、『機装展開』ッ!』


 その瞬間、二人が光に包まれる。

 カミルとスサノオ、両方のメイド服が変化を始め、その外見を大きく変える。

 ネヴァは変身する少女たちを見てご満悦の笑顔を浮かべていた。


「見なさい! クラシカル・バトル・メイドドレスは二着一組、二人で一つなのよ。カミルのメイド服は潔白の天使エンジェル! スサノオのメイド服は漆黒の悪魔デビル!」


 光が収まり、二人の姿が露わになる。

 カミルは先ほどと同じ、青と白のエンジェル☆メイドの姿で、顔を真っ赤にしている。

 彼女と手を握っているスサノオは、赤と黒のカラーリングの可愛らしいミニスカメイド服になっていた。

 カミルの天使の羽の代わりに、腰のあたりから先がスペードのように尖った細い尻尾が飛び出しており、頭には金色のティアラが輝いている。


「これがいわゆる双子コーデというやつか?」

「だいぶ情報が古いですし、双子コーデってこういうのじゃないと思いますよ」


 ともあれ、二人のメイド服は統一感もあり、なかなか似合っている。

 衣装が変化したのを見て、スサノオも嬉しそうに飛び跳ねていた。


『ネヴァ!? ななな、何やってるのよ! 管理者に悪魔の服着せるなんて!』

「ええ……。別に悪の権化って訳じゃないからいいじゃない。可愛いし。ねー?」

『あぅ! かわいいっ!』

『ふきゅぅ』


 ネヴァに食って掛かるカミル。

 彼女の隣でスサノオが笑顔をいっぱいにし、ついに情報の処理が追いつかなくなったらしい。

 カミルが倒れると、その瞬間に二人の衣装も元のメイド服へと戻ってしまった。


「っとと。大丈夫か?」


 床に倒れる前にカミルを抱きかかえ、椅子に座らせる。

 スサノオは衣装が元に戻ってしまって、少し残念そうにしていた。


「管理者はスキルが使えないって話だったから。スサノオの変身はカミルが一緒じゃないとできないわ。まあ、これはこれで“二人は一つ”感が出てエモいけど」


 んふふ、と笑いを堪えるネヴァ。

 最近、何か忙しくてストレスでも溜まっていたのだろうか。


「メイドドレス-悪魔デビル-の方は、特に攻撃的な能力はないわ。管理者って戦闘には一切関われないんでしょ? 代わりに気配を消す感じの能力を伸ばしてるわ。ミカゲの忍装束みたいな感じね」


 ネヴァが気配を殺していたミカゲの方を見て言う。

 スサノオたち管理者は戦闘には参加できないというのは、制作中のネヴァとの世間話の中で言ったことだ。

 それを早速この衣装に適用しているのだがら、腕だけは良い。


「とりあえず、私の作品はこれで以上ね。今回のは特に傑作だから、レッジは是非写真を撮って送ってちょうだい」

「カミルから了承が得られたらな……」


 久しぶりに思い切り仕事ができたわ、とネヴァが両腕を天井に向かって突き出す。

 その顔はいつになく晴れやかなものだった。


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Tips

◇クラシカル・バトル・メイドドレス-悪魔デビル-

 黒い布地に白いフリルのエプロンを合わせた、基本に忠実なメイド服。戦闘を想定し、軽くて丈夫で動きやすい工夫が随所に施されている。

 キーワードによって形態を変化させる機装であり、変化後は一変して、“メイド☆デビル”形態という、赤と黒の可愛らしいミニスカートのメイド服となる。悪魔をイメージさせる細い尻尾と角を模したティアラがポイント。

 “メイド☆デビル”形態の時、移動速度が5%上昇し、周囲の原生生物に僅かな“威圧”を与え、発見されづらくなる。


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